……実にくだらない(非エロ)
湯川学×内海薫


湯川は考えていた。
ひたすら、時の経過など気にもせず、一人静かに。


事の発端は、三十分程遡る。
内海がぽつりと口にした、素朴で何気ない疑問だった。

「湯川先生って、子供苦手なんでしたっけ」
「苦手じゃない。嫌いなんだ」
「蕁麻疹が出るくらい」
「……それがどうしたんだ」

溜息混じりに――少々苛立っているとも取れる口調で――湯川が返した、その次の瞬間だった。

「じゃあ、自分の子供だったらどうするんです?」

しん、と静まりかえる研究室。
湯川の視線は黒板に、内海の視線は湯川に。
困っているのか、真剣に考えているのか――湯川が内海の方に振り返る気配は、ない。

「……何でもないです、忘れてくださいっ!」

何故か取り乱した様子で、内海は自分の荷物を引っ掴むと、その勢いで研究室を後にした。

ばたん!と大きな音を立てて、閉まる扉。
そして、依然と黒板の前で固まっている、湯川。

困っているのか、真剣に考えているのか。
湯川は後者だった。
方程式だの科学的理論だの、何ら通用しない内海の質問に、必要以上に真剣に向き合っていた。

勿論そんな彼が、研究室を後にする時の内海の顔が真っ赤であったことを、知るはずもない。

そして現在も、湯川は真剣に考え続けているのだ。
チョークを手にすることもなければ、黒板に方程式を書き連ねることもなく。

(どうすれば良い?……そうだ。まず、子供は……女だと仮定しよう)

漸く、湯川の脳内に具体的な考えが浮かぶ。

早々にそうしていれば良かったものの――思い返せば、自分でも向き合ったことのない問題だった。
故に、思考は「子供は嫌いだが、そういう訳にはいかない。しかし……」と、無駄な無限のルー
プを繰り返していたのだ。

(子供は、幼い頃から物理や化学に興味を持つだろう。そして、サンタクロースは信じない)

湯川の脳裏に、幼い頃の自分が甦る。
不意に、笑みが漏れた。
嫌いな子供の事を考えているのに、だ。

(母親は怒る。僕をだ。父親である僕を。「物理的にどうだの、化学的にどうだの、って、また
変な事教えたんでしょ!」と言って――)

ふ、と湯川の顔から笑みが消えた。
母親?と、また新たな疑問が生まれたのだ。

(母親、そうだ、肝心な事を忘れていた。迂闊だ……しかし誰が?)

身辺にいる人間で、母親となる人物を仮定しようとする。
そして真っ先に浮かぶのが――内海だった。

湯川は、不覚にも顔が火照っていくのを感じた。
そして軽く頭を横に振り、考え直そうとするが、上手く行かない。

(彼女の娘、そして僕の娘。つまり僕と彼女は夫婦で、故に)

顔の火照りが、全身に広がっていく。
自分らしくない。
湯川は静かに、一人抗う。

ただの空想だ、偶然彼女が絡んだだけだ。
違う、欲望じゃない。
でも、決して彼女を否定する訳でもない――。

「……実にくだらない」

思考回路を短絡させんばかりに膨らんでいた想像と葛藤が、その言葉となって、空気の如く抜け
出した。
しかし、顔から全身へと広がった火照りは、依然冷めそうにもない。

余計なことに、時間と頭を使ってしまった――。

湯川は、ふらふらと椅子から立ち上がる。
暫く躊躇い、自分の携帯へと手を伸ばした。
そして、今一番憎いと思える人間に電話を掛ける。

『もっ、もしもし』
「話がある。今すぐ研究室に戻って来たまえ」
『え?あの』
「今すぐに、だ。分かったな」

その人物が酷く驚き、何処か怯えているのも気に留めず、湯川は用件を告げて電話を切った。

あのくだらない問題を持ってきた彼女に、それなりの報復をせねば――。

体の火照りが退くのと、その人物が来るのを待ちながら、湯川は報復の方法と手段を考え、ひっ
そりと笑みを漏らした。






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