あまり無自覚が過ぎると、痛い目を見るぞ3(非エロ)
湯川学×内海薫


――― この、展開は。

「キミが一体どこまで僕に紳士然とした態度を求めていたのかは知らないが、
1つ忠告しておく。内海薫という女性は、キミ自身が思っているよりずっと
魅力的だと自覚しておいた方がいい」
「嘘…」
「白衣1枚で男の前に現れるほど無防備だとは思っていなかったが」
「だって、それは」
「僕を異性として意識していなかった?」
「していなかったのはそっちの方じゃないですか…!」

湯川の下で、目尻を潤ませ気丈にも言い返してくる薫を言い含めるように、
再度淡々とした調子で口を開く。

「あまり無自覚が過ぎると、痛い目を見るぞ」
「今、遭ってるじゃないですか!」
「……ということを今、教えている」
「また、屁理屈ッ」
「それで、どうする?」
「……え?」
「キミが僕のことを嫌いで、どうしても不快だというのなら無理強いはしない」
「…………湯川先生…」

迷うように、薫の瞳が小さく震える。

軽く唇を噛んで、うろうろと視線を彷徨わせる薫は、もう無理に暴れようとはしなかった。
彼女の力がすっかり抜けたのを感じ取って、湯川は薫の両手を拘束を解く。
待つことは、苦手ではない。
じっと、彼女の答えを待つつもりだった湯川の手に何かが触れた。
薫の指だ。――― 彼女の冷たい指先が湯川の指に絡んでいく。薫は、湯川の方へ
目線を上げようとしない。元々意地っ張りな彼女のこと、それが精一杯なのだろう。

黙ったまま、湯川は空いている方の手で薫の濡れた髪を梳いた。
彼女の全身は、どこもかしこも冷え切っている。
片方の手をしっかり絡ませ、湯川は再び薫の唇に口付けを落とした。
今度は、静かに目を閉じて薫もそれを受け入れる。「んっ…」先ほどは触れるだけだった
そこに、今度は舌先が侵入するのを感じて薫が小さな声を漏らした。

気が付けば、貪るような深いキスに変わっている。

「ん、ふっ…」

湯川の熱い舌に、薫は口内を執拗に犯され、無意識に喘ぎ声を上げる。

――― どうしよう。すごく、…気持ちいい…。

繋がれた手、指先にきゅっと力を込めて薫は湯川に応えた。変人と名高い科学者である
彼のキスは、想像よりもずっと上手くて、情熱的だった。

ふと、湯川の唇が離れる気配を悟って薫は目を開いた。
ひょっとすると、名残惜しそうな表情になっていたかもしれない。至近距離で側にある湯川の
顔はいつになく優しく、唐突に恥ずかしさに襲われた薫は咄嗟に目を伏せた。

「湯川先生…?」
「思っていたより可愛らしい反応をするんだな、キミは」
「ちょっ、それってどういう」

条件反射のように噛み付こうとした矢先、ぐいっと逞しい腕に上半身を引っ張り上げられた
薫は、一瞬の間に彼の胸の中に抱かれていた。

(…熱い。ドキドキしてる)

そういえば、抱き締められるの、初めてだ。

ぎゅっと抱きすくめられた状態で身動きが出来ないが、薫はおずおずと両腕を彼の
背中に回し、顔を胸の中に埋めた。温かくて、気持ちがいい。

「研究室だということを、忘れていた」
「………そうですね…………へ?」
「そして、ここはただの床だ」
「湯川先生?」

変人なのだから、彼の突飛な発言には慣れているつもりだったけれど、こんな行為の
最中に湯川が冷静なトーンで言い出したものだから、さすがに薫も虚を突かれて
聞き返した。「どうしたんですか、急に?」

ふむ、と束の間言葉を選ぶように思案顔を浮かべた湯川は(当然薫にの表情は
見えていない)、しっかりと薫を抱き止めたまま、言った。

「勿体ないな」

(へ?)

「勿体ない……って、何が?」
「キミと初めてセックスをする場所がこんな所では勿体無いと思ったんだ」
「セッ……」

瞬間湯沸し沸騰気の如く瞬時に顔を真っ赤にした薫は、言い淀み言葉を失う。
一体この変人科学者は、何を突然言い出すのだろう?

「勿論、キミがどうしてもここがいいというならその希望に沿うつもりだが」
「な、ちょ、……え、ええ?」
「どうする?」
「どうするって、そんな…」
「もう少しで仕事が片付く。それまで待てるか?」
「待てるか、って人を発情期の猫みたいに!待てますよ!」
「なら、コーヒーでも飲みながらそのソファで寛いでいるといい。すぐに終わる」

売り言葉に買い言葉、で思わず勢い込んで答えた薫は、不意に状況が
ガラリと変わっていることに気が付いた。変えたのは勿論。

(…………へ?)

奥のソファを顎で示すなり、湯川は力の抜けた薫の身体を支えたまま立ち上がった。
そして、本当に未練も残さずパソコンに向き合って座ってしまう。
呆然と立ち尽くしていた薫は、ようやく思い出したようにやや冷めかけたマグカップを
抱えて移動する。言われたまま、ふらふらと奥のソファに。

(…………………なんなのそれ、そんなの、アリ!?)


やはり、変人は変人だった。
押し倒された(まぁ、有り体に言えばだ)側の薫の方が寸止めされているという状態
なのは一体これ如何に?

「しんっじらんない…」

黒い合皮製のソファに身体を沈め、温まったコーヒーを啜りながら、薫は恨みがましい
視線を送る。良いように振り回されたことが腹ただしいのに、それ以上に湯川が自分を
大事に扱ってくれたことが嬉しく感じてしまっているのだから、始末が悪い。

「あー、もう最悪」

思っていたよりもずっと、彼に嵌ってしまっているようだ。
何処かで聞いたような、言ったような台詞を呟いて薫は小さな苦笑いを零す。

「そんなに焦るな。夜はまだ長い」
「焦ってません!」

振り返らずに言い放った湯川学の背中に、薫は頬を膨らませ、
あっかんべーと子供のように舌を出す。
何故だか、彼もまた笑っているような、そんな気がした。



ゆっくりと、夜の帳が下りていく ―――― 台風は、勢力を弱めて北上していく。
湯川と薫の2人が大学を出るのは、あと1時間後の話。






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