そちら側の人間ではないだろうな(非エロ)
湯川学×内海薫


「ごちそーさまでした〜」

ぱんっと両手を打ち鳴らし、あたしは空のお皿を拝む。
そしてちらっと彼をうかがった。

「先生、本当にいらなかったですか?ちょっとはお裾分けしたのに、場所代も込めて」
「生憎腹は空いていない」

あたしのナイスな提案に(もうないけど)湯川大先生はどこかむすっと応じてくださった。
ので、しらっと尋ねてみる。

「先生、なんだか怒ってます?」
「僕が君に怒る理由はない。後片付けをきちんとしたまえ」
「それはもちろん、じゃあ、非理論的なのに美味しいって言えばいいのに」

言ってやった。
湯川先生は無表情に一心に、あたしを無視してパソコンを見ていて、それが尚更勝った気分でいっぱいにしてくれる。だって先生絶対、うまい!って顔してましたもん?

「ふふふふふふふ」
「…なにが可笑しい」
「いいえー。先生でも認めたくない、悔しいことってあるんだなって」
「君はまた非論り」
「あたしは悔しかったですよ」

遮って、腰を上げる。お皿を持って隅のシンクに向かいながら、

「見知らぬ女性を、もう死んでるとはいえ200箇所以上刺せるなんて。そして犯人は、そこまでした男が死んでも、なに食わぬ顔であたしや千秋さんと話していたなんて。
見抜けなかったことが、悔しかったです」

ここで料理をしたのは、いつものように愚痴りたかったからだ。けれど一方的に暗くなりたいわけじゃない。少しでも軽減して愚痴るためにわざわざ料理、て、結局は、愚痴なんだけど。
今回の被害者と城ノ内先生、湯川先生には特に伝えてはいなかった。そんなことを言わずとも、先生なら全力で謎を解いてくれると思っていたからだ。
はたしてこの人は応えてくれた。


「…ありがとうございました、湯川先生」

先生は、緩慢な動作であたしを見た。

「僕は自分の興味で動いたまでだ」
「はい。 ―で。美味しかったですか?」

鬱陶しげに視線を逸らされ、にやり、と笑うあたし。
…認めざるおえない。このとき少し、調子に乗ってしまっていたことを。

「それにしても異常ですよね」
「異常?」

すでに興味が外れているのだろう、あまり実のない先生の声。
鸚鵡返しを気にもせず、あたしは続ける。

「そうです。金沢と小杉。言ったでしょう、金沢は金を渡して、小杉をペットのように扱っていたって」

小さなシンクをがちゃがちゃ鳴らして洗う。
深いお鍋はわりと年季が入っているのか、コゲ跡が付きやすいようだった。

「小杉宅にピザを配達したことのある人が見つかって、その人の証言なんですけど… あるとき小杉は首輪を嵌められ、裸同然の格好のまま、四つん這いで玄関まで出てきたそうです。口にお金をくわえて」

リアルに想像したくないので早口だ。もう少し水が欲しくなって蛇口をひねる。

「部屋の奥で女が笑っていたそうです。小杉もとても、楽しそうな顔をしてたとか。まったく信じられません。異常です」
「とすると、君にはそういった欲求はないのか」
「?どういった欲求ですか??」
「相手を思い通りにしたい」

突然くっきりと先生の声が固まった。
かたん、と、席を立つ音がする。

「自分の言うことを聞かせたい。望むように動かしたい」

声だけじゃなかった。なぜだか動けず、振り向けない。
まるであたりの空気もあたしも、一瞬で硬質化したような。
…なん、だろう、これは。

「好き勝手に扱いたい」

蛇口からは滂沱の水がシンクを打って、なのに先生の声がよく、通る。

「有無を言わさず従わせたい」

ようやくぱっと振り仰ぐと、いつのまにこんなに近づいたのか、薄い眼鏡の奥からじっと、先生があたしを見ていた。

「そういった欲求だよ。君にはないか?」

鼻先の距離で彼は言う。
あたしはただただ滑り出るまま、答えた。

「さ、さっぱり理解できない、ですかね…」
「なるほど。確かに君は、そちら側の人間ではないだろうな」

変人ガリレオの長い睫毛がおかしそうに瞬いて。
その薄い唇から伸びたものが、あたしの唇に触れた。
ぴと、と張り付き、なぞるように下から、上へ。

「…悔しいが、いい味だ」

そうして先生は頷いた。
あたしの両肩に手を添えて、くるっと反転させる。必然的に、あたしは出入り口の方を向く。

「後は僕がやっておく。君はもう帰りたまえ」

そっと送り出す動作で体を押され、ああ鞄、手に取って、あたしは非常にゆっくりと出て行った。
出て行って。扉を閉めて。
…なにいまの。
するん、と腰が抜けた。すでに見慣れた十三研究室、その前で、あたしは頭を抱えて丸くなる。うまく息が出来ない。ちょ、ちょっと落ち着きこう。整理しよう。理論立てよう。うそあたしのセリフこれ?いや今こそ閃け刑事の勘。
そのためにもまず正しく呼吸くしなければ、思って実行しようとした、そのとき。
ドアの向こうから忍ばせた微笑が聞こえてきた。

「手を貸そうか、内海君」
「け、結構です!」

慌ててなんとか立ち上がる。


「そうか。ならば片付けは、貸しだ」

走り出すタイミングでそう聞こえ、思わず耳を塞いだあたしは全速力で離脱した。






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