少し静かにして待っていたまえ(非エロ)
湯川学×内海薫


カチン、と湯川はコンロのスイッチを捻った。

「なに、してるんですか?」

予想は付くが、妙な機械に拘束されて座っている薫からは湯川の行動は見えない。

「とりあえず落ち着くためにコーヒーでも飲もう。ミルクと砂糖は?」
「こんな状態でコーヒーなんて飲めません!」

薫は、手が動くものなら頭を抱えたい気分になった。
東京の半分が吹っ飛ぶ、もちろん真横にいる自分もその側にいる湯川も消し飛んでしまうだろう
威力のバクダンを前にしてコーヒーを勧めてくるとは何事だろうか。
だが湯川はいつもの口調で

「そうか。では」

とカップを持ち上げた。
そのまま薫の前まで来ると、カップの中身を一口含み、まるでワインのテイスティングをするように口の中で転がした。
何をしているんだろう、と薫がその様子をじっと見つめると、湯川は口をつぐみ腰をかがめて近付いてきた。

「うわあああ!? 先生、なにを!?」

目の前にいまだかつて無いほどの湯川のアップが迫ってきた。
唇にしっとりとした柔らかい、少し熱いものを感じる。
瞬きも忘れ、薫は目の前の湯川を凝視していた。
唇が震える。
触れ合っているものとは違う、柔らかく熱いものが薫の唇をなぞりはじめる。
湯川の舌だ、と気が付いた時にはそれは薫の口腔内に進入していた。

「ん……う」

湯川の舌と共に、ぬるく甘い液体が流れ込む。
少しの苦みと、薄い香りのインスタントコーヒーは薫の頭をクラクラと揺らす。

「落ち着いたか?」

唇が離れた第一声はそれだった。
薫は下を向けるぎりぎりまで顔を伏せた。

「なんか――よけいに緊張したというか、熱が出そうです」

酔ってしまったように頭がクラクラとする。こうして拘束されて座っていなければ倒れ込んでしまっただろう。

「何か、混ぜましたか?」
「何も。ミルクと砂糖は少しだけ入れたが」

湯川は上着を脱ぎ、実験台に木島から受け取った紙を広げた。作業に取りかかるつもりなのだろう。
薫からはもう背中しか見えないが、きっといつものように真剣な顔で取り組み始めたに違いない。

「お酒、飲んだみたいにふらふらします」

返事の期待はせずに薫はぽつりと言った。

「それは妙だな」
「はい?」
「僕は何も混ぜていない。にもかかわらず君はアルコールを摂取したような状態に
なっている、と言う。インスタントコーヒーと少量のミルクと砂糖以外に混じったものとして
考えられるものは他に僕の唾液くらいのものだ。面白い。実に興味深い」
「あ、あの…せんせ?」
「つまり君は僕の唾液で酔っぱらうかもしれない、ということだ。これはあとでゆっくり
検証しよう」
「せんせえ!? 何を言ってるんですか!?」
「だが、まずは目の前のこいつだ。少し静かにして待っていたまえ」






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