このようなデータは集めておくべきだと思ったからだ(非エロ)
湯川学×内海薫


「明日、仕事を終えてからうちに来ないか」

薫が、捜査の合間で一息入れているところに、湯川から電話がかかってきた。

「明日、大学で別の学部がフォーラムを開く。
他学部の学生は立ち入り禁止のため、うちの研究室の学生も大学に来れない。
そうなると、明日行う予定だった実験ができないので、明日は僕も大学へは行かないことにした。
できれば、夜は君と過ごしたいのだが」

付き合ってから、もうしばらく経つが、デートの誘いはたいてい薫の方からだった。
だから、湯川から誘ってくることはめずらしい。
本来なら「行きます」と即答したいところだが、今の薫にはそれが難しかった。

「とっても行きたいんですけど……。
今担当している捜査が難航していて、明日も帰りが遅くなりそうなりそうなので、
湯川先生のところへはいけそうにないんです」
「そうか。それは残念だ。
また落ち着いたら、連絡をくれ」
「おーい、内海、そろそろ聞き込みいくぞ!」

弓削からの呼び出しがあったので、薫は湯川との電話を早々に終わらせた。


それが昨日の話。
ところが、今日になって、難航していた事件が急展開を迎えた。
そして、意外にもあっさりと片付いてしまったのである。
そのため、薫は定刻どおりに署を出ることができた。
薫は湯川に「やっぱり会えることになりました」と電話をかけようとしたが、
発信ボタンを押す前に、あることをひらめいた。
突然、湯川の部屋を訪れて、驚かせようと思ったのだ。
湯川は見た目とは反して、案外寂しがりやのところがあるので、
今日会えないことに内心はがっかりしているはずだった。
突然、尋ねていったら「連絡もいれずに来るなんて君はいつもいつも非常識だ」とかいいつつも、
喜ぶだろうと考えた。
薫は、連日の捜査で少し疲れてはいたが、
名案を思いついたのがうれしくて、ウキウキしながら、車に乗り込んだ。

マンションにたどり着くと、薫は、湯川にもらった合鍵で、
湯川の部屋のドアをこっそり開いた。

「……!」

湯川は在宅中のはずなのに、なぜか家の中は真っ暗だった。
湯川先生、出かけちゃったのかな、と疑問に思っているところに……。

「あ……」

何やら寝室の方から、声が聞こえた。
薫は、不審に思って湯川の寝室の方へおそるおそる近づいていった。
すると……。

「……や……あっ……だめ……っ」

ドアを隔てた寝室の中から女性の喘ぎ声らしきものが聞こえてきて、薫は仰天した。

「はぁん……ん……あ……」

――先生……まさか……。

あらぬ考えが薫の頭をよぎる。

――今日は私が来ないのがわかってたから、他の女(ひと)を……。

薫は眩暈がした。

――先生、私だけを愛しているなんていいながら、浮気してたの?

薫の目に、涙が浮かぶ。
このまま帰ってしまおうかとも思ったが、それはくやしい。

――とにかく、先生をひっぱたいて帰ろう。

薫の頬は、怒りで真っ赤になっていた。
寝室のドアをそっと開ける。
中は真っ暗かと思っていたが、ぼんやりと薄明るい光が寝室からもれた。
ドアの外からおそるおそる覗くと……。

ベッドはからっぽだった。
かわりに――。

「実にすばらしい」

湯川はうっとりとした表情でパソコンの前に座っていた。
そして、高速でキーボードをたたいており、湯川の背後へ近づいていっても、
作業に集中して、薫にはちっとも気づかない。
パソコン画面には、薫の恥ずかしい姿が映っていた。
……しかも、ノーマルなものではなく、ことの最中、湯川に要求された衣装やプレイのものだった。
どうやら、動画の編集作業中のようだった。

「……ひゃ……せんせ……や……あっ」

寝室のドアの外からは気がつかなかったが、喘ぎ声はよくよく聞かなくても、薫のものだった。

「湯川先生……」

薫が思わずため息交じりの声をもらすと、湯川は驚いて振り返った。

「内海君! 今日は来ないといっていたはずなのに、なぜここにいるんだ」
「早く帰れることになったから、こっそり訪ねて湯川先生を驚かそうと思ったんです。
それより……」
「先生! いつこんな映像とってたんですか!」

そうなのだ。
薫は、湯川が最中の映像を録画しているなんて知らなかったのだ。

「このようなデータは集めておくべきだと思ったからだ」

湯川は悪びれもせずに堂々という。
薫はとたんに脱力感に襲われた。
そして……薫のこぶしは、怒りで小刻みに震えた。

「こンの……! 変態ガリレオ!!!」

薫の右ストレートが湯川の顔に見事に決まった。
椅子から落ちた湯川を放置したまま、

「湯川先生なんてもう知らない!」

と薫は怒り心頭で部屋から出て行った。

「内海君の行動は、さっぱり予測できない……」

しばらく時間が経過した後、湯川は左頬を抑えながら、ぽつりとつぶやいた。


それから、湯川は1ヶ月ほど薫とは口を利いてもらえなかったとか。






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