湯川学×内海薫
「おい、内海くん…」 ここは湯川の部屋。 ベッドでは酔っ払った薫が、スヤスヤと心地よい寝息をたてて眠っている。 起こそうと何度か声をかけたが、一向に起きる気配はない。 「なぜ、こんな状況に…」 湯川は、薫に触れたい衝動に必死に耐えながら、自宅に薫をあげた事を後悔した。 今日、湯川は事件解決に貢献した礼にと、薫に飲みに誘われ出かけた。 一度は断ったのだが、 「何度も事件を解決してもらってるのに、それじゃ私の気が済みません!私のおごりですから、じゃんじゃん飲んで下さい!」 と、半ば強引に連れ出された。 しかし、湯川がじゃんじゃん飲む間もなく、下戸の薫が先にできあがってしまった。 「内海くん、もう飲まない方がいい」 「な〜に言ってるんですか、せんせ〜。まだまだいけまふよ」 やんわりと諭す湯川を、薫は呂律が回らない口調であしらった。 それでも何とか居酒屋を後にし、湯川は薫を家まで送ろうとした。 「内海くん、送っていくから、君の家の場所を教えてくれないか?」 「え〜、まだ飲み足りないれす…そうだ!せんせぇの家で飲み直しましょ〜」 「今日は帰って、ゆっくり休みなさい。さぁ、家の場所を…」 「や〜だ、教えません」 一向に家の場所を教えてくれない薫を、放って帰る訳にもいかず、湯川は仕方なく薫と共に、タクシーで自宅へ向かった。 湯川の家に着いたのはいいが、すでに薫は爆睡しており、仕方なくベッドルームに運び寝かせた。 「全く、飲み直そうと言ったのは君だろう…」 湯川はベッドに腰掛けながら、子供のように無防備な薫の寝顔を見つめていると、思わず薫の頬に触れそうになる。 「まずいな…このまま同じ部屋にいては、理性が飛んでしまう」 そう思った湯川は、薫の意識が戻るまでリビングで過ごそうと立ち上がろうとした。 その時だった。 「どこ行くんれすか〜、せんせぇ。今日はとことん飲むんれすよぉ」 薫がそう言いながら、ガバッと湯川の背中におぶさるように抱きついてきた。 予期していなかった薫の行動に、湯川の鼓動はドクドクと早鐘を打った。 「う、内海くん、起きてたのか?」 「私はずっと起きてますよ〜?」 「さっきまで、酔い潰れて寝ていたじゃないか」 「何言ってるんれすか?そんな事ないれす、まだまだ飲めますよ〜」 後ろから抱きついたまま喋るので、薫の息が湯川の耳をくすぐる。 「わ、わかったから、離したまえ、内海くん」 「やだ、離しませ〜ん」 薫は湯川のらしくない狼狽ぶりが面白いらしく、離れようとしない。 湯川は限界だった。 「…内海くん」 -------------------- 天使の声 「いや、待て!酔い潰れて意識朦朧とした女性を勢いに任せて抱こうなど言語道断だ。 君にはモラルというものがないのか?まして彼女は意中の相手だろう。 ここは静かに寝かせてやるのが紳士たる正しき姿だ」 悪魔の声 「据え膳食わぬは…というだろう、先人の教えに倣うべきだ。 誘ってきたのは内海くんの方だ、彼女の好意に応えてこそ正解と考えられはしないか? そもそも君は彼女を悦び鳴かせてみたいとは思わないのか?単純に考えてみたまえ。 自ずと解は導き出されるだろう、フハハハハハハハハハハ」 (天)「現時点で彼女にとっての僕の位置付けは、仕事上のパートナーにすぎない。 その関係を酔った勢いで崩すなど、彼女の本意ではないだろうし 僕としてもそんな無粋な真似は御免被るな」 (悪)「それ深読みし過ぎだ。 考えてみたまえ、独身の女性がこれほど前後不覚になる位飲み潰れているんだ、 興味のない男の前でこんなに無防備な姿を晒すと思うのかい? 彼女が僕に好意を抱いているのは間違いない、よって双方合意だと考えられる」 「とんでもない屁理屈だな。 元々彼女が酒に弱かっただけという可能性もあるだろう? それに異性として認識されていないからこそ無頓着に酔い潰れているのかもしれない。 もしそうであるなら君の自分本位な論理は破綻する。そして安易に 内海くんに手を出した君―――即ち僕は、彼女の信頼を裏切ることになる。 野蛮な行為は止めてもらいたいものだな」 「全く、君は面白みに欠けるな。紳士などと気取っているだけで、 結局は彼女に嫌われたくないと逃げ腰になっているだけだ。 彼女が好きなんだろう?ならば押してみることも時には必要さ。 今こそ最大の好機だと分からないのかい」 「僕は彼女を傷つけたくないだけだ。 本能的な欲求しか頭にない君に非難される覚えはない」 「君の頭の固さが嘆かわしいよ」 「君に言われるとは心外だな。これは頭の硬軟の問題ではない、常識の問題だ」 「ならば彼女が今ここで僕に―――まあつまりは君に好意を告げたとしよう。 さて、どうする?酩酊状態による気の迷いと捉えるのか、本心だと判断するのか。 結局相手の気持ちを推し量るなど、自己満足に過ぎないのさ。 それならば自身の欲求に従った方が余程合理的だ」 「愚問だな。話にならない。 つまり君は今内海くんを欲望の対象と捉え、自分のものにしたいとそれしか頭にないだけだ」 「当然だ。僕にとって彼女は特別な存在だからね」 「だったら酔いつぶれている彼女に手を出すような下劣な真似はやめたまえ。 もっと正当な手段で彼女を求めるべきだと言っているんだ」 「堂々巡りだな」 -------------------- 天使と悪魔が忙しく舌鋒を振るい、しばしの睨み合いの最中。 湯川の背中にしがみついてうつらうつらと夢見心地の表情を浮かべていた薫が不意に呟いた。 「…せんせ」 どこか甘えるような熱さを帯びた声に、湯川の背筋を性感帯を刺激されたような ぞくりとした快感が駆け抜けていく。 天使と悪魔の不毛な争いから一旦離れ、湯川は小柄な薫を見下ろし なるべく声のトーンを落とし、込み上げる衝動を必死に押さえつけながら答えた。 「どうした、内海くん」 「すき」 ぽかっと湯川の口が開いた。ついでに思考も軽くショートした。 こと専門分野に関しては饒舌を誇り、問答無用に自分のペースに引き込んでしまう彼が 珍しく言葉を失い、聞き間違いかと薫の表情を見返した。 熱に浮かされたような赤い頬をし、酔いのせいで大きな瞳を潤ませた薫は いつになく妖艶で、かと思えばとろんと目尻を下げた顔は子供のように幼く、 そのアンバランスさが湯川の本能を刺激する。 「せんせ、好き」 湯川のシャツを掴んだ手のひらに力が込められ、薫がさっきより明瞭にもう一度言った。 硬直した湯川の耳に、悪魔の囁き。 ――――さあ、どうする? “彼女が今ここで僕に―――まあつまりは君に好意を告げたとしよう。 さて、どうする?酩酊状態による気の迷いと捉えるのか、本心だと判断するのか” 「僕もだよ、内海くん」 落ち着き払った声で応じた湯川の目に、恥じらいつつも嬉しげに顔を綻ばせた薫が映る。 「しかしいただけないな…君は非常に、無自覚に過ぎる」 湯川の中の悪魔が、ニヤリと浮かんだ笑みを噛み殺した。 -------------------- 悪魔の声↓ 「さあ気持ちは通じ合った、何も問題はない。 早く剥いて撫でて揉んでこねくり回し存分に彼女を鳴かせるといい」 天使の声↓ 「待て、暴走するな!性急に事を進めると彼女の恥じらいを堪能できない!」 -------------------- 「よし、それでは内海くん服を脱ぎたまえ」 「よし、じゃない!センセいきなり脱げって…じゅ、順序ってものが」 「君は服を着たままが良いのか? なるほど、僕としても興味がない訳ではない。そのままでいこう」 「違いますっ!そうじゃなくて、その……せんせ、キ…」 「着?」 「キス、したいんですッ」 「ああ、キスか」 「何ですかそのどうでも良さそうな顔!?」 「いや、僕は君の裸や喘ぐ姿を早く見たかっただけでキスを蔑ろにしていた訳ではない」 「そ、そんなあからさまな表現と言い訳やめてくださいッッ」 「ふむ。成る程ねだられるというのも良いものだな。 内海くん、何をして欲しいのかもう一度口に出して言ってみたまえ」 「…先生、意地悪です」 「君はとっくに知っていると思っていたが?」 「ええ知ってますよずーっと前から知ってますよ! それでも私は湯川センセを好きになった筋金入りの馬鹿なんだから、 何度だって言いますよーだ」 「酔ってるな、内海くん」 「センセ、好き。センセ、……キスして?」 SS一覧に戻る メインページに戻る |