僕に何をしたかった?(非エロ)
湯川学×内海薫


「何なのよっ、もぉ…」

この発言をした本人、内海薫は本心からそう思っているだろう。
そもそも内海をこの気持ちにさせたのは、目の前を歩いている湯川学だ。

(純粋な乙女に何をさせようとしたの、この人は!!!…でも、湯川先生が起きてなかったら、良かったのに。)

「何なのよっ、もぉ…」

内海はもう一度、さっきの言葉を、同じように口にした。
ひとつだけ違うのは、湯川に聞こえていたか───それだけ。

「君こそ何なんだ。」

黙っていた湯川がいきなり口を開いた。
まさか言葉が返ってくるとは思っていなかった内海がびっくりしていることを知る由もなく、湯川は内海の方へ振り向いた。

「それは此方の台詞だ、君こそ何なんだ。」

いつものように、淡々と、

「君は僕に近づいてきた。何がしたかったんだ?」

続く湯川の言葉は、内海の耳へ吸い込まれていく。
その言葉は、内海を困らせる言葉だ。

「あ、あの…」

ドS湯川、発生。
内海のこの言葉で、ドS湯川が発生した。

「僕に何をしたかった?はっきりと言いたまえ。」

そう、はっきりと。
分かるように、言いたまえ。
そう呟きながら、湯川は内海を壁に追い詰めていく。
抵抗したいのに、抵抗できないのは、惚れた弱みからだろうか。
とうとう、内海は壁に追い詰められてしまった。
二人の顔は、近い。
二人が出会った時の様に。

───どれだけ、そのままでいただろうか。

いきなり、湯川はベッドへ歩み寄り、そのベッドへ横たわった。

「もう一度聞こう。君は僕に何がしたかったんだ?言えないのなら、再現をしてくれ。」
「はあぁっ??!!」

内海はびっくりして叫ぶ。

「な、な、な!!!何でですか??!!」

──あんなこと、絶対出来ない──

でも、今なら、
今なら、出来る気がする。
今なら、何をしても、
これからに影響はない気がする。

そう思った内海は、よしと頷いて、ベッドに横たわった湯川へと、近づく。
10センチ、8センチ。
少しずつ、湯川との距離は近づいていく。
6センチ、4センチ…

「本当に、いいんですね??」
「あぁ。」

内海の問いに、湯川が頷く。
それを見た内海は、柔らかく笑い、湯川との距離をゼロにした。

この二人がホテルを出るのは、三時間後のこと。



少しずつ、湯川の顔が近付く。―――否、距離を縮めているのは薫の方だ


端正な顔立ちに見惚れることはこれまでにも幾度となくあった、
しかしこれほど接近したのは初めてで、しかも彼女は絶対の目的として
彼に自分から「キス」をする、という単純明快にして途方もない難題を抱えている。

動じるな、という方が無理な話だ。
案の定、薫はがちがちに緊張した面持ちで、真っ赤に頬を染めている。
ぎゅっと握り締めた掌は、力を込めすぎて白く変色していた。

ベッドに横たわり目を瞑っていた湯川だが、気配で彼女の動向を探っていた。

(何せ不用意に目を開けて薫にプレッシャーを与えてしまうと、彼女がこの行為
自体から引いてしまう畏れがあった。確実に経験も知識も貧困と予想できり薫だ、
彼女の決心と勢いを鈍らせる訳にはいかなかったのである)


さて、そんな湯川の思惑など露知らず、もうお互いに息が掛かる位まで
顔を寄せた薫だったが、そこで一旦動きを止めた。
さらさらと肩から流れ落ちた黒髪が、彼女の唇よりも先に湯川の頬を撫でる。
その感触に湯川が薄目を開けると、耳元で薫が囁いた。

「せんせ、…目、閉じてて」

恥じらいと吐息を多分に含んだ声は、どこか幼げなのに官能的で湯川を刺激する。

思わず本能的に薫を抱き寄せたくなり、彼女の懇願も聞かず目を開けようとした
湯川の唇に、しっとりとした柔らかいものが触れた。
ほんの数秒、唇に押し付けられる程度の感触を残し、すぐにそれは離れていく。

触れ合うだけの拙いキスだ。
しかしその不慣れ具合と懸命さが非常に薫らしい、と言えるだろう。

―――たったこれだけの行為で、存在を感じるだけで。
こんなにも強い感情や衝動が生じ得るなど、未だかつて湯川は経験したことがなかった。

そもそも、たった1人の女性にこんなに執着や独占欲が沸こうなどと、
薫に出会う前の湯川にしてみたら何故予想など出来ただろう。


唇を離し、湯川の様子を窺うように間近で顔を覗き込んでいる薫は当然、
そんな彼の強い想いを知る由もない。
また以前にその感情の片鱗を見せたことも、おそらく皆無に近い。

そんな状況の中で彼女がこのような行為に臨むことは、
相当な勇気と決意を要することだったに違いない。


湯川は自身にやや加虐的な性癖があることを承知している。
が、今この場面で彼女を貶めるような偏屈な嗜好は持ち合わせていなかった、
素直に薫を喜ばせ、安心させよう――――彼女を虐め、悦ばせるのは服を脱がせてからでいい。

「…湯川先生?あの、私…」

言葉を発さず身じろぎもしない湯川に不安を覚えたのか、薫の語尾が震える。
と、不意に湯川の手が薫の手を掴んだ。
驚きに目を見開いた薫に、湯川が「先に言っておこう」と口を開く。

「せ、せんせ?」
「僕にとって君は、どうやら特別な存在らしい」
「え…」
「これは今まで経験した事のない感覚だ、それに理屈も定義も存在しないあやふやなものに
考えを巡らせ解こうなど、無駄な徒労だと思っていた。
僕は、愛などといった不明瞭な感情に惑わされるのは御免だったからね。
――――しかし、今までの持論は撤回しよう。愛について考える時間も持つべきだった、
おかげで解を導き出すのに時間が掛かってしまったよ」
「…………せんせ、すみませんもうちょっと簡単に」
「つまり僕は」
「先生は?」


難しい顔で真剣に湯川の言葉を復唱している姿に、愛しさが膨れ上がる。
そう、確かにこれは理屈ではない。どうしようもなく、相手を欲してしまうこの気持ちは。


薫の手を掴んだまま、湯川がベッドから上半身を起こした。
軽い身のこなしは、薫に言葉を挟む余裕を与えない。
そのままベッドから足を下ろした湯川は、きょとんと自分の動向を見守る薫の膝に
腕を差し入れ、背中に手を回しひょい、と軽々彼女を抱き上げた。

「きゃ、ちょ、せんせっ!?」
「随分軽いな君は。子供を抱いてるようだ」
「し、失礼なっ!」
「刑事は体力勝負だろう、しっかり食事を摂っているのか」
「食べてますっ!
ていうか先生、この状況でどうしてそんな情緒の欠片もない話…っ?」

手足を強ばらせ、上擦った声で必死に抗議する薫を目で制し、
湯川は彼女をベッドにそっと横たえた。
つまり先程とはまったく逆の体勢になった訳である。


「僕は内海くんを愛している」
「…………」
「つまり、そういうことだよ」
「…」

薫を見下ろす立場になった湯川がさらりと言い放った。
ぱっちりと大きな瞳を見開き、薫が湯川を凝視すること数秒。
みるみるうちに顔が紅潮していく薫の目尻に、涙が膨れ上がっていく。

「やだ…」

ぶるっと体を震わせた薫は、涙目の自分の表情を隠すように両手で顔を覆った。

「せんせ、そんなの、反則です」

その、薫の指の隙間から押し殺した声が漏れる。

涙で濡れた掠れ声をしっかり聞き取ろうと、湯川が彼女の口元に耳を近づける。

「僕がどんな反則を犯したと?」
「だって…だって、私の方がずうっと前から先生のこと好きだったのに」
「それは初耳だな」
「私のことなんて眼中にないと思ってたのに」
「悪いが、僕は本当に興味のない相手に時間を割くような真似はしない」
「湯川先生は物理の世界ではすごく有名なんでしょう?
それに学生の女の子達からも同業の女性からも人気があって、モテて…
平の刑事やってる私なんかとじゃ、釣り合うはずないって思ってたんだもの!」

堪えきれない嗚咽を含んだ薫のそれは、既に泣き声に近い。
湯川は微笑を浮かべ、自分の顔を隠す薫の手を掴んだ。
そっとその手を退けると、ぼろぼろと子供のように涙に濡れた薫が現れる。

咄嗟に顔を背けようとした彼女の頬に手を添え動きを制した湯川は、薫の額に口付けた。

「それでも僕は、君を見つけた」

潤んだ瞳で湯川を見上げる薫は、完全に動きを封印されている。
涙の滲む目尻を拭うことも出来ないまま、睨むようにただ、湯川を見つめるだけだ。

“愛おしい”

脳裏に浮かんだフレーズは、湯川にとって彼女を正しく認識した言葉であり、
彼自身を納得させるのに十分過ぎる効力を持っていた。

「君を愛している」


もう一度、彼女を見つめ囁く。
微かに薫が頷いたのを認め、湯川はゆっくりと彼女へ唇を落とした。


長く濃厚なキスを交わした後。
呼吸を乱し、上気した顔に妖艶さを加えた薫が縋るように湯川の首筋に腕を回す。

「私も、湯川先生を」





「という夢を見たんだが」
「な、なななななんて夢を見てるんですか、勝手に!」
「君は他人の夢に出るのに許可を求めるというのか?不可解な話だな」
「そ、そういう問題じゃありません!だだ、大体今は捜査の途中で!」
「何故顔が赤いんだ君は」

「誰のせいですか、誰の!?先生のむっつりスケベー!!」






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