君が欲しい
湯川学×内海薫


湯川が浴室に入ったとき明かりの暗さは薫がまるで死んでいるかのように映らせた。
その光景を目にした時、湯川は柄にも無く動揺してしまった。


「内海君…!」


服がぬれるにも構わず湯船から薫の身体を引き上げる。

―間に合って居なかったら。―

確たる確証もない最悪の事態が湯川の頭を過ぎり、彼にしては本当に珍しく動揺が満ち溢れていた。
だから薫が薄らと目を開き「あれ…せん、せ?」と実に能天気な声を上げた瞬間、



酷く安堵して堪らず彼女が裸体にも構わず薫を抱き寄せていた。

「へ、あ、えぇ?!せ、せせせっせっせえんせいいぃ?!」

抱きつかれた当人は当人でほとんど悲鳴にも近い裏返った声で湯川を呼んだ。
薫からしてみれば寝起きに突然抱きつかれて、
しかも抱きついている相手は変人と名高い湯川で、

相手が湯川という事がただただ頭の中を駆け巡り自分がどんな状態という事まで考えるに至らなかった。



早い話薫は混乱していた。
顔が見えない湯川に雰囲気が伝わる程。


「…君は田上に……正確には田上が雇った男に、だが…、…殺されかけたんだ。」
「…え?!、あ………そ、そう…ですか…。」

混乱していると悟った湯川は嘆息を一つ付いた後、ごく簡潔な説明する。
と今度は落ち込みが薫の心内を満たした。

しかし、落ち込んで悶々と自分を責めるさなか、ふと一つの疑問が浮かび上がる。
それ、ならばこの状況を如何にか納得も折り込みで理解できそうだった。

そう思う頃には薫は既にその疑問を口に出していた。


「あの…心配、してくれたんですか…?」
「あぁ。」
「…………す…すみません…。」

湯川に素直且つ即答され、ウンチク及び皮肉又は嫌味の立て並べオンパレードで
遠まわしな肯定なり否定なりしてくるのだろうと思っていた薫は、勢いでなく心の底から謝った。

「…って…何時まで抱きついているんですかぁ!」

だが、それも束の間大分落着きを取り戻した薫は自分の状態にやっと気づき、大いに大暴れ、元より抵抗した。

「やだ、もう、何で、こんな、…ああもう離れてくださいあっちむいてください!」
「……色気の欠片もない。」
「ええ、ええ!どうせ色気もなければスタイルも良くはないですよ!」
「いや、こう抱きしめている限りでは君のスタイルは決して悪くない。むしろ良い。」
「そいう事を言ってるんじゃないんです!良いから離れて下さい!離れたら直ぐあっち向いてください!」
「…内海君。」
「何ですか!まだ何…、か…。」

薫の言葉が止まる。
湯川の瞳の奥にある妖艶たる光をまともに捉えてしまったせいで。

「せんっ…せ……?」

すぐ其処までこみ上げているはずの抗議の声は喉元から一糸たりとも出ずに消えてしまい、
そして其れを声にして出す事は無かった。

「…内海君、君は十分魅力的だと思う。」
「………。」
「第一僕は禁欲主義という訳では無い。好意を寄せる女性の裸体を目の前にして何も思わない筈が無いだろう?」
「…っ…でも、だからって………え、は?…ちょ、ちょっと待って下さい!」
「何だ?」
「今の言い方ッ…ま、まるで先生が私をす、すすすす好、き、み、みたいな…ッ!」
「そう言っているが、何か問題でも?」
「な、無いですけど……。」
「…ならば、一体何が君の中につっかかっているんだ。」
「だ、だって…そんな急に、好きと言われたって…。」
「内海君。」
「……………何、…ですか…。」


「君が欲しい。」


湯川にストレートに求められもはや薫は抵抗する気などさらさら無かった。
正直、諦めたと言っても過言でも無かったが、もちろんそれだけではなかった。
むしろ今頃になってようやっと自覚したといっていい。
そして、その自覚した思いを薫は口にする。

「せんせ…好き、です…。」
「…そうか。」
「せんせ…は…?」
「…君はもう解っているだろう?」
「…言葉にしなきゃ伝わらない事だってあります。」
「…なかなか、意地が悪いな君は…。」
「その台詞、絶対に先生に言われたくありませんっ…!」

ぎ、っと睨みつける薫にため息を一つ付いたと思えば耳元へと近づいて囁いた。

「…好きだ内海君。」

文字にしてみればたった6文字の言葉にどくり、と薫は心臓が跳ね上がるのを感じた。
何か言葉で返そうと開いた薫の唇は荒々しいまでの湯川の口付けに塞がれ、掻き消されてしまった。

「……んっ…ぁふッ…。」

割り込んできた舌にたどたどしくも薫は答えようとした。
ようとした、と言うのは湯川に捕まったが最後、良いように口内を蹂躙された訳で。
薫が息苦しくなった頃、離れた二人の口元を銀糸が繋ぎ止めた。名残惜しそうに。

「……ッ……っは……んッ!」

息を吐いたのも束の間、鎖骨に吸い付くと同時に湯川の指が薫の中へと入り込んできた。

「あ、…くぅっ…、っ、ぅあ…!」

それは、多少なりとも潤んではいても経験の少なさが薫に痛みを与える。
しかしそんな痛みは、ツンと立ち上がった胸の突起を舌で舐め上げられる事で、打ち消された。

「は、ひ、あッ、あぁ、や、んッ!」

痛みを感じ無くなる頃には、既に湯川は指の数を二本に増やして指の腹で肉壁を擦り立てていた。

「ッぁ…あ、や、そ、こぉ…だ、め、ですっぅ、あ、っく…。」
「…駄目、か……。」

薫が駄目だと言った箇所を今一度確かめると、湯川をにこりとあの笑みを浮かべた。
その笑顔に薫が見とれる事など無く、

「…良いの間違いでは無いのか?」
「あ、あぁあッ!や、は、あぁあ、せ、んせ、あ、んッ…!」

その箇所だけに的を絞って勢いを付けて湯川の指が激しく中を掻き回した。
其れだけに留まらず胸を弄っていた舌がトロリとした蜜溢れるソコへと近づいた。
それは、詰る所湯川に真近で見られるも同じであり、
快感に浮かされた頭でもそれがどういう意味を持つのか位は薫にも理解できた。

「や、ゆか、わせんせ、そんな、ところッ、ひゃ、あ、んッ!」

皆まで抵抗の言葉を言わせずに、湯川はちゅ、と陰核を吸い上げる。
そして、中に入り込んでいる指で強引に入口を開かせれば、その開かせた内部へと舌をねじ込んでいった。

「う、あぁっ、ゆ、かぁ、せん、せッ、あ、は、あぁああッ!!!」

耐えきれぬ快感に薫はその白い肌の肢体をしなやかに仰け反らせ、逃げようとする。
しかしそれを許すような湯川でなく足と腰を押さえつけ、舌で存分にその内部を堪能する。

「せん、せぇ…あ、ぁッ…んんッ…!……?」

突然、内部を蹂躙していたはずの湯川の舌が蜜と共に引き抜かれ、薫は困ったように眉を下げ、湯川を見上げた。
薫が見上げた先ギラついた欲望を孕んだ瞳をした湯川と視線がちょうどかち合った。
薫が羞恥心で目をそらしたところで、ぬりゅっ、と指でも舌でもないソレが
入口付近でゆっくり入ったかっと思えば、一気に奥のほうまで入り込んだ。

「っ…っく、あ……い、った……。」

勢い、薫は浴室の冷えたタイルの壁に押し付けられるが、冷たさを感じたのはほんの一瞬、熱に全てかき消される。

「あ…せん、せ、ふ、ぁ…。」

蜜を掻き出すうようにゆっくり動かしたと思えば、
意識がとびとびに為りそうな程激しく突き動かされる。

「あ、あぁッ!あ、ん、くぅッ…!ゆ、かぁせん、せぇ…!」

脳天まで突き上げるような快感に身悶え、湯川を咥える肉壁は伸縮をきつくさせる。
薫は羞恥心が、湯川は理性が、そんなものはとっくに吹き飛び。
あとはただ、お互いがお互いを求めて止まず、繋がることで生まれる温もりを渇望した。

「あ、あぁぁあああぁッ!!!」
「……っぐ、ぅッ…!」

二人が達するのと、薫が意識を手放すのはほぼ同時だった。

薫が目を覚ますとそこは既にベッドの上だった。
しかし、そんな事よりもずっと、傍に湯川が居ないことが薫の心を掻き乱した。


「湯川、せんせっ…!」


だから、



「あぁ。起きたのか内海君。」


後ろから湯川に声を掛けられた時はド○フ宜しくずっこけるかと思いさえした。
薫が後ろを振り向くと如何にか乾いたらしい昨日のワイシャツとスーツに着替えていた。

「僕は大学の仕事があるのでね…先に失礼するよ。」
「あ、はい。」
「……あぁ、そうだ内海君。」
「はい?」

部屋を出ようとした湯川を見送ろうと呆けていた内海は、
ほんの一瞬だけの湯川の口付けにさえ虚をつかれただ呆然と湯川を見上げた。

「では、いってくるよ。」
「…はぁ………いって、らっしゃい。」


―薫が恥ずかしさで蹲る数十秒前の事だった。






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