君を、愛している…と思う
湯川学×内海薫


「…メリー…クリスマス…」

研究室に不釣り合いなその呟きのあとに続いた沈黙は、その部屋の主によって、唐突にやぶられた。

「…その、内海…君…」
「へ?」

涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、湯川の腕の中に収まったままで、内海は顔を上げた。

「ひとつ、聴きたい事があるんだが…」
「ききたい…こと?」
「その……さっきの君が言っていた『気持ち』…と言うのは…」
「は?」
「は?…じゃ無くて、解体を始める前に君が口にした『こんな時ぐらい…』と言う……」
「あ?……ああっ…」

耳まで真っ赤に染め、その場から逃げようと身を捩らせる内海を、逃がさないとばかりにしっかりと抱きとめ
ると、湯川は少々強い口調で内海の耳元に唇を寄せた。

「…その、つまり君が言いたかったのは一体…」
「あの、あの!湯川先生!?えと…」

うろたえる内海を無視して湯川は言葉を続ける。

「僕は」
「ぼくは?」

その予想外に強い口調を耳にし、内海は伏せていた顔を上げ涙に濡れた大きな瞳を見開き、驚いたよ
うにじっと湯川を見つめた。

「…心の底から、君を死なせたくないと思った」
「…はあ…」
「自分でも驚いたよ。君を、こんなにも大切に考えている自分に」

内海の瞳は、まばたきを忘れたかのように湯川を凝視し続けたままだ。

「…君は僕にとって…無くてはならない存在になってしまった」

止まっていたはずの大粒の涙が、再びぼろぼろと内海の瞳から溢れ落ちた。

「せんせい」
「何だ」
「…ちゃんと言ってくれないと分かりません」
「だから言っているだろう」
「わかりません」

自分をじっと見つめたまま、ぼろぼろと涙を零し続ける内海の視線を避けるように、湯川はその小柄な身
体を腕の中に抱え直した。

「…君を、愛している…と思う」

暫く間を置いたあと、諦めたようにゆっくりと湯川が呟いた。

「…何ですか…その『思う』って」

刺々しい言葉とは裏腹に、内海の両腕が、しっかりと湯川の背に廻される。

「…君は」

やや戸惑いぎみの声色が、内海の耳に届いた。
もう逃げられない。誤魔化せない。
内海はぎゅっと目を瞑った。

「君の言う『気持ち』とは、そう言う意味ではないのか?内海君」

内海は応えない。応えられない。

「内海君」

声と同時に、かじり付いていた両腕を剥がされ、大きな手のひらが両頬に触れた。
驚く間もなく、強引に顔を上向けられる。
目を開けると、酷く嬉しそうな湯川の笑顔が視界に飛び込んで来た。

「そう、僕は君を愛している。君はどうなんだ」

みるみるへの字に曲がってゆく内海の唇から目が逸らせない。

…まずい。笑い出したくて溜まらない。
湯川は沸き起こる感情を、必死に抑えた。
もちろん、今この場でそんなことをしようものなら、彼女は即座に臍を曲げてしまうはずだ。
そして、当分元に戻らないだろう。
元の位置まで戻すには、どれだけの時間と労力を費やす事になるか、さすがの湯川にも全く予想が付かない。
そこまで考えをめぐらせると、湯川は内海の額に自分のそれをこつんとぶつけ、口を開いた。

「目を瞑るんだ」
「え?」
「目を瞑るんだ」

ダメだ。堪えられない。
こみ上げてくる笑いを必死に抑えると、への字に曲がった内海の唇に、自分の唇をそっと押し付けた。

「ゆか…」

紡ぎだされた言葉を飲み込むように深く口付け、細く小さな身体を抱きしめる。
そして気がついた。
おかしいわけでは無い。ただ愛しいのだと。
愛しくて愛しくて、愛しさのあまりに沸き起こってくる笑みと切なさ。
経験したことのない感情と衝撃に襲われ、自分がいかに彼女を愛しんでいたかと気付き、湯川は驚いた。
無邪気で、衝動的で、その思考は彼には全く理解不能。
しかし、純粋で、一途で、必死で……。
そんな彼女を自分だけのものにしてしまいたいと。
抑えるまもなくあっという間に膨れ上がり、どうしようもなくなったその純粋で強烈な独占欲。
そのあまりに非論理的な感情に愕然とし、湯川は抱きしめていた内海の身体を文字通り『身を切るような思い』で引き剥がした。

「…っん…」

甘やかな内海の声が耳朶に触れる。
今までに経験した事の無いほど強烈な甘い誘惑が湯川を容赦なく侵食してゆく。
そんな事は、今まで一度も無い。
くらりと視界が歪んだ。

「…君が悪い」

搾り出すように発せられた声に、内海が閉じていた瞼を開く。

「…は?」

その強烈な視線に、湯川は初めて内海から目を逸らした。

「僕は、僕にできる限り最大限の対処をした。だが…」
「だが?」

最後まで言葉紡がせはしない。
彼女を自分のものにしたい。もう、どうしようもない。彼女が欲しい。
自分の中に、こんな非論理的な感情が潜んでいたことに驚きながら、湯川は開き直った。
そうだ、もう…どうしようもない。
もう一度その細い身体を抱えなおすと、甘い唇を衝動のまま貪る。

「ふっ…ん…」






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