楽しませてもらおう(非エロ)
湯川学×内海薫


「ゆ・か・わ・せんせー」

年が明けてしばらくしたころ。
湯川が夜遅くまで研究室で学生たちから提出されたレポートを読んでいると、陽気な声に静寂が破られた。
目を瞬いて静寂を破った不埒者───内海薫を見つめると、へにゃりと笑って湯川の横をすり抜けて研究室に侵入する。

「内海君、なんの用だ?僕はレポートの採点で忙しい……」

そう言いかけて、言葉が詰まる。
目の前の女性が突然、黒のパンツスーツを脱ぎ始めあられもない姿になったのだ。

「……何をしているんだ。服を着ろ」
「んー…だってー、スーツを着たまま寝ちゃうとー、しわしわになるんですよー。しわしわになったら大変じゃないですかー。だからー、脱ぐんですー」

鼻を掠める微かなアルコール臭。湯川は僅かに顔をしかめながら、コート掛けに吊るしていた白衣を薫の身体にかけながら言った。

「内海君、酔っているな君は。大体、なぜここで寝る。自分の家に帰りたまえ」
「それはー、湯川せんせーに逢いたかったからー」

屈託なく笑う薫に湯川は視線をそらす。
───酔っ払いの言うことだ、真面目に受け取ってはいけない。
そう言い聞かせていると、薫は研究室にあるソファに下着姿で横になり始めた。

「…僕に逢いたかったのはわかった。だが、それはここで寝るという行為の答えにはなっていない。ここで寝ては風邪を引くから、服を着て帰りなさい」
「じゃあ、せんせーが温めてくださいー」

そう言って薫は湯川に手を伸ばす。
一瞬湯川は身体を強張らせるが、小さくため息をついて呟いた。

「…いいだろう。君が誘ったんだ、楽しませてもらおう」

研究室に泊り込むときに使用している毛布を持ってくると、ネクタイを緩めながら薫の身体に覆いかぶさる。
薫もそれに応えるように湯川の背中に腕を回して抱きつき、微笑んで瞼を閉じた。


「…いた、たた…。頭痛い〜…」

こめかみを指先で押さえながらゆっくりと薫が瞼を開けると、すぐそばに湯川の顔があった。
薫の身体を抱きしめ、ちょうど柔らかい胸を枕にして気持ちよさそうに寝ている。
───端正な顔立ちしているよなー…じゃない!

「先生、湯川先生!起きてください、いったいどういうことなのか、説明してくださいよ〜!」

薫の叫びに湯川は眉を寄せ、ゆっくりと起き上がった。

「……ああ、おはよう。…内海君。いや、下の名前で呼んだほうがいいか?」
「あ、おはようございます…じゃないです!私、何でこんな格好…っていうか、ここ先生の研究室?!」
「覚えていないのか?君が昨夜、何をしたのか。僕に…何をねだったのか」

湯川は立ち上がり、乱れたシャツとネクタイを直しながら薫に言った。

「え、え?!嘘、でも私ほとんど裸だし……」

一人パニックになる薫を尻目に、彼女が脱ぎ散らかしたスーツを集め彼女に差し出す。
そして、低い声で耳元で囁いた。

「前から魅力的だと思っていたが、昨日の君は特によかった。君が覚えていないのは残念だがね」

その言葉に薫は真っ赤になり、すばやく服を身にまとって

「失礼します!」

と叫んで逃げて行った。
それを見送り、湯川はレポートを広げていた机の前に戻り椅子に腰掛けた。
僅かに彼女の残り香が身体に残っていて、疼くのを感じる。

「…今日は休講だな。昨日、僕がいかに紳士だったのか。そして、僕がそんなに紳士ではないことを彼女に教えることにしよう」

そう独りごちると、スーツのジャケットを羽織り、コートとマフラーで寒さに備えると研究室を後にしたのだった。

そしてスポーツを嗜む湯川が、薫にその体力を見せ付けるのはそれから数時間後───。






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