田上昇一×内海薫
※陵辱注意 「っ……!」 口付けられる最後まで、薫は声を出せなかった。首を捻ろうとして掌に頬を抱え込まれ、もはや身動きはできない。せめてそれ以上を 許したくなくて、食いしばったはずの歯列は、田上の舌で簡単にこじ開けられた。好きに口内を舐られ、嫌悪感で身の毛が弥立つ。 喉に流し込まれる唾液をやむなく飲み込むうち、薫の目に再び涙がこみ上げた。できるなら舌を噛み切ってやりたいぐらいなのに、 受け入れるしかない。それが悔しくてならなかった。 「……初々しいですねぇ、内海さん。キスぐらいで泣いてて、後どうするんですか?」 「……」 変態。卑怯者。ぶつけてやりたい言葉は山ほどあるのに、声にならない。せめて、その思いを眼差しに込めた。眦の切れ上がった 大きな目に睨まれ、田上は意外そうに眉を上げた。 「まだそんな目ができるんですね。さっきまで可愛らしく泣いてたのに、面白いなぁ、女性って」 田上は再びカメラを取り出し、薫の攻撃的な表情をそこに納めた。このときばかりは言葉通り面白がっているだけで、湯川を苦しめる 材料作りとは考えていないように見えた。実験対象が興味深い反応を見せたときの、科学者の顔だ。しかし、カメラを退けると、 そこにあるのはもう、いつもの田上の笑顔だった。明るい人懐こいその表情の裏に、何があるのかを知っている薫は、思わず怯んだ。 「いいですよ。思いっきり僕を憎んで下さい。そのほうが汚し甲斐があります」 田上は笑った顔のまま、薫の着衣を引き剥がし始めた。薫は顔を背け、全力で抗ったが、拳を握ることさえできず、されるがままだった。 やがて現れた、一糸纏わぬ薫の姿に、田上は満足げに笑う。おおかた、支配欲を満たされているのだろう。 「意外に華奢なんですね……この身体で、大の男を追いかけたり捕まえたり、大変でしょう?」 「……」 薫は無言で目を閉じた。怯懦を見せれば田上を喜ばせるだけだし、睨みつけるだけの気力は最早ない。ならせめて、反応を 示さないことが最大の反抗だと、薫は判断した。その様に薫の意思を読み取ったのか、田上はクスクスと笑う。 「可愛いなぁ、内海さん。分かりやすすぎですよ。男の心理も分かってない。そういう顔されると、男は却って その気になります。意地でも感じさせてやろうって」 「……」 「特に、研究者肌の男はね。天国で湯川先生とする時にでも、参考にして下さい」 カッと頭に血が上るのを、薫は感じた。湯川への思いを恋愛感情とは認識していなかった薫自身にとって、それは意外な反応だった。 しかし、田上にとっては違ったらしい。予想通りの実験結果を得た科学者の顔で、田上は笑っていた。 「素直な内海さん。身体のほうも同じことを願ってます」 「……」 見透かされている。こんな屑に、何もかも。薫は唇を噛み、意地でも何の反応も示してやらないことを誓った。 「……っ……」 それから、田上の執拗な愛撫が続いた。薫は可能な限り全身を強張らせ、性感を得ないよう努めていた。 しかし、薬で無理やりに弛緩させられた身体には難しい。何度か、薬のせいで声が出ないことに助けられているのを、 薫は自覚していた。ただ触れられるだけならまだしも、田上の指と唇は、的確に薫の性感帯を刺激してくる。 包皮をめくって小刻みに陰核を叩く指も、繰り返し乳房を舐る指も、全身を滑る手さえ、どこか機械的で、 愛撫と言うより、人体の構造を熟知している者ならではの、技術のように思えた。こういうときでも、 科学者はやはり科学者なのだろうか。もしかして、湯川先生も? 「……あ……!」 その瞬間、薫は2つの衝撃を覚えた。愛液が滲んだこと、そして、同時に嬌声を発してしまったことに。薬が切れている? そう思って手を動かしたが、相変わらず四肢の自由は利かない。混乱と恥辱で、薫の脳裏はぐらぐらと歪んだ。 「声、出ましたね。摂取から80分、大体設計通りかな?」 「何……れ……」 茫然とする薫に笑いかけると、田上はその背後に回り、膝の間に抱くような形で薫を抱え込む。臀部に屹立した物が当たるのを 感じ、薫はぞくりと肌を粟立てた。 「あの薬、僕のオリジナルなんです。クロロフォルムをベースに色々と、媚薬も少し。最初は全身の筋肉が弛緩して声も出ないけど、 声だけは短時間で戻るようにしたんです。もちろん、大声はしばらく無理ですけど」 「……っや……!」 ぬかるんだ谷間に指を差し入れられ、薫は悲鳴をあげる。拒絶の意思を露にしたのに、その声をむしろ求めるように、田上は 侵入をやめなかった。 「もっと、いっぱい啼いて下さい。そのためだけに作ったんですよ、あの薬」 「ひやっ……やぁっ……!」 声を限りに叫んだが、叫びとは程遠い声が漏れるばかりだ。それをいいことに、田上の侵入は深度を増し、2本目の指が 挿入される。中で指を曲げられるのを感じて、薫は高く声を上げた。 「見て、内海さん」 「……!」 指図され、反射的に向けた視線の先には、部屋の隅に置かれた化粧台があった。縦長の細い鏡には、拘束されてもいない手を ただぶら下げ、脚を大きく開いて田上の指を受け入れ、息を弾ませている女の姿が映っていた。どうして、これが私なの。 まるで望んで犯されているような自分の姿に、薫は気が狂いそうになった。 「自分のイク時の顔、見たことありますか?」 「やめ……て……」 薫の拒絶が合図だったかのように、田上の指がゆっくりと動き出す。陰核を捏ね回す親指と、中で動く2本の指が、 同時に速度を増す。空いた方の手で痛いほど乳房を掴まれ、鏡の中の女が切なげに顔を歪めた。 「やらっ、やっ、嫌ぁっ!!」 否応なく高みへ押し上げられ、薫は遂に果てた。指を引き抜かれ、糸の切れた人形のようにベッドに横倒しになる。 陶然とした表情のまま涙を流すその顔は、田上にとっては絶好の被写体となった。カメラの光に照らされ、それでも薫は 反応できない。自分が自分でなくなったような気がしていた。 「ひあっ……あ……!」 陰核をしゃぶり回され、薫は何度目かの絶頂を迎えた。非現実感と絶望が、薫から抵抗する力を奪っていた。 「舌を出して」 だから、そのときも薫はうっすらと眉をひそめただけだった。唇のすぐ傍に、憎んでも憎みきれない男の陰茎があるというのに。 「上手にできたらご褒美に、一番楽な死に方をさせてあげます」 ごほうび、に。らく、に。薫は靄のかかった頭で田上の言葉を咀嚼すると、やがておずおずと舌を出した。たどたどしくそれを 舐めあげ、奉仕する。猫みたいだと、田上が笑った。 「入れますよ。舌つかって下さい」 肉塊を口に含まされ、喉まで突き入れられながら、それでも薫は田上の指示通り、舌を動かす。どうせもう、足掻いても無駄だと 知っていた。どうせもう、取り戻せはしないことも。ガラス球のようになった薫の瞳は、侵襲を繰り返す田上のそれを無感動に見ていた。 膨張した田上の自身はやがて引き抜かれ、薫の口元に銀糸を残した。 「意外と脆いんですね、内海さん」 田上は探るように、薫の歯列に親指を割り入れた。今なら噛み付くこともできるのに、自失した薫は表情を変えることさえしない。 「これじゃ救われませんよ、あの人。自分のせいで恋人が死んで、それだけでも辛いのに、恋人は犯人に平気で脚を開いてたなんて。 まぁ、僕的には助かりますけど」 あのひと。あの、人。記憶の端に薄汚れたコーヒーカップが浮かんで、薫は微かに目を見開いた。 「あなたは科学者としてのあの人を信用してるって言ったけど……こんな写真が手元にあったら、いくら湯川先生でも 冷静な思考は期待できませんよね」 「―――!」 ガリリ、と薫は渾身の力で田上の指に歯を食い込ませた。田上の親指に残った2つの歯型から、血が滲む。田上は自らその血を 舐め上げ、計算どおりとでも言うように笑った。 「本っ当に素直な人ですね、内海さん。一度頭の中を研究したいぐらいだ」 「何度でも言うわよ」 薫は今までにない激しさで、田上を睨みつけた。薬の効果が大分弱まったらしく、呂律が回ることにも、薫は力を得た。 「私は湯川先生を信じてる。あんたの小細工なんか、あの人は物ともしない。必ずあんたのこと突き止めてくれるんだから」 「へえ……」 田上はいつものように破顔したが、目が少しも笑ってはいなかった。彼にとっても、やはり湯川は特別なのだ。 「妬けますね。さっきまであんなに可愛かったのに、余計なこと言うんじゃなかったな」 「できないわよ、あんたには。湯川先生のことで、頭がいっぱいなんでしょう?あの人に負けたのが、」 “悔しくて”と言いかけたところで、薫は頬を平手打ちされた。手を上げた田上の顔には、最早笑いがない。 「憎まれ口が過ぎました。お陰ですっかり萎えちゃいましたよ」 睨視する薫を無視して、田上は薫の黒髪を引っ掴んだ。そうして、薫の口に陽根をねじこむや否や、鞠でもつくように薫の後頭部を 上下させた。後頭部の引き攣れるような痛みと、喉奥に亀頭を叩きつけられる苦しさに、薫はたまらず涙を滲ませた。 今までの丁寧な扱いが、まるで嘘のようだ。それだけ薫の言葉が図星をついていたのだろうと、決して頭の回転の早くない薫でも 分かるのに、田上はそんなことも察することができないほど、激昴しているらしい。薫の口内でそれが膨れ上がると、田上は 乱暴に薫の髪を引き上げ、ベッドに放った。うつ伏せに倒れ、激しく咳き込む薫の尻を、田上は高々と持ち上げる。 「後悔して下さい。僕だけが気持ち良いようにしますから」 「……っあ……!」 一挙に最奥まで突き入れられ、薫は悲鳴をあげることさえできなかった。 「いやっ!いや、あっ、ああぁっ!」 それは、先ほどの口淫同様、セックスと言うよりはただの暴力だった。まるで人形にでもするように、薫の快感はおろか、 骨にも関節にも何ら気遣いはしない。薫は田上の獣欲の赴くまま、ひたすら犯され、揺さぶられた。 「助けてぇっ!やだっ!やだあぁっ!」 「まるで子どもですね。恥ずかしいなぁ、お隣に聞こえますよ」 田上は蔑むように言って、体位を変えた。向き合う形になった田上は、やはり口調の通り冷たい視線で薫を見下ろしている。 しかし薫は、それどころではない。隣に聞こえる。助けが求められる。 「たすけ、て……たすっ……!」 決死の叫びは、再び始まった田上の抽送に寸断された。圧迫感と微かな性感で、まともに助けを呼べない。 「素直もそこまでいくとただの馬鹿ですよ。夜中にそんなイイ声で助けてって言われて、まともに取り合う人がいますか?」 「ふっ……う、あ……」 「せめて、僕の名前を叫ぶぐらいの気遣いを見せてください。一応、刑事なんだから」 「……た……!」 叫びかけた唇は、今度は田上の唇で塞がれた。深く舌を絡められたまま犯され、気が遠くなる。やっと唇を逃れても、 すぐさま掌で唇を覆われ、あるいは口内に指を差し入れられて、薫の唇から漏れるのは、吐息と切れ切れの叫びばかりだった。 このままじゃ本当に、ただ犯されて殺される。何か、他に手段はないのだろうか。この男の名前以外に、何か、“遺留品”は。 そうして思い立ったのは、いつか鑑識で見た、女の死体だった。綺麗に整えられて尖った爪先と、指の間に、何か糟のようなものが 詰まっていて、美人鑑識医にその正体を問うと、『その子の復讐』と彼女は笑って答えた。現場で争って相手を引っ掻いたときのものだろう、 やがてDNA鑑定の対象になる、犯人の皮膚だと。 薫は全ての力を二の腕に注ぎ込み、腕を振り上げようとした。しかし、身体機能は未だ回復しておらず、なかなか持ち上がらない。 「どうかしました?」 正面から田上に問われ、薫はギクリと心臓を躍らせた。 「何かしたいなら、言ってください。多分、あなたの最期の願いになりますから」 「……」 駄目でもともとだ。薫は賭けに出た。 「あなたの肩、抱いてもいい?」 「え?」 「最後だから。……嫌?」 咄嗟に、上手い嘘がつけたと思った。肩を抱く形でなら、爪を立てても不審には思われない。問題は、それ以前に田上に勘付かれないか どうかだが。果たして、田上はにっこりと微笑んだ。 「いいですよ。嬉しいです」 大事そうに薫の手をとり、自分の肩にかける田上の仕草に、薫は不可解な胸の痛みを覚えた。一瞬、田上が本気で喜んでいるように 見えたのだ。 薫の戸惑いを乗せたまま、絡み合った二人の身体が動き始める。 「あ……あっ……!」 揺さぶられながら、薫はかたく目を閉じた。何馬鹿なこと考えてるの。こんな酷いことされて、挙句殺されるってときに。 殺された人たちの顔を、胸の痣を、一つ一つ思い出す。そして最後に、あの偏屈な天才科学者の顔を。手がかりさえ残せば、 どんなトリックを使われても、あの人は必ず真実を捜し当ててくれる。 「内海さん……!」 「やっ、あっ、あぁっ!」 名を呼ばれ、薫は好機とばかりに、田上の肩に深々と爪を立てた。身体の中央から注ぎ込まれる体液より、爪の間の異物感を 確かに感じる。これでいい。これで大丈夫。程なくして殺されるというのに、薫は奇妙な安堵感を覚えていた。 「可愛いんだからなぁ、内海さん、こんなときに。殺すの嫌になりますよ。せめてもう一回抱きたいです」 全てが終わって、一度ベッドを立ちかけた田上は、わざわざ戻ってきて薫を抱きしめ、お門違いにぼやいた。 もしかして、助かる?抱きかけた期待を、薫はすぐに放棄した。この男が、一度立てた計画を、たかが女との閨事のために 破るはずがない。 「でも……朝までには『消さなきゃ』だし、しょうがないですよね」 やがて、田上はしぶしぶといった感じで立ち上がり、裸の身体に衣服を纏った。消さなきゃ。ああ、やっぱり殺すんだ。妙な諦観と 覚悟があって、薫は少しも取り乱さなかった。いつか、絶対に湯川先生がこの人を追い詰めてくれる。犬死にはならない。 そう確信しているせいだと、薫は思った。 田上は、玄関に放ってあったらしい鞄を片手に戻ってきた。何やら大きな鞄だがどうも空らしく、空いた片手に持っているのは、 小さな注射器一本だ。 「それが……兵器?」 「まさか。ただのカリウムですよ。静脈注射すれば楽に死ねます」 薫は、田上の言葉の意味が分からなかった。その注射器一本で人が殺せるなら、他にどんな兵器が必要なのだろう。 「僕ね、ずっと疑問だったんです。何で推理小説って、まず死体が見つかるところから始まるんだろうって。 死体がなかったら、まず殺人事件とは思われないでしょ。日本の失踪者って、年間30万人以上ですよ」 言いながら、田上は薫の腕を凝視し、程なくして一点に狙いを定めた。 「だから、殺し方はシンプルでいいんです。問題は隠し方。一番の隠し方って消すことだと思うから、その線で 開発しました。詳しく説明すると長いんですけど、まぁ要するに、3時間後、あなたの身体はこの世にありません」 薫はゆっくりと目を見開いた。身体が、ない? 「あなたのその綺麗な目も、髪も、手足も……爪に挟まった僕の皮膚も、全部消えてなくなるんです」 「……や……!」 薫が叫ぶのと、彼女の皮膚を注射針が突き抜けるのとが、同時だった。目尻から零れた薫の涙に、田上が愛しげに口付ける。 「さようなら、内海さん。最後の嘘、ほんとに嬉しかったです」 その言葉を、薫が最後まで聞けたのかどうか、誰も知らない。 SS一覧に戻る メインページに戻る |