仲直り
村井茂×村井布美枝


「無茶いうなッ」
「そっちこそ無茶ばっかり……!」

一瞬、睨みあってから布美枝はフイッと茂に背を向けた。
怒っているからではなくて、情けなさに泣きそうになって泣き顔を見られるのが嫌だったからだ。
それでも嗚咽が漏れそうになってくるのを、必死に口唇を噛みしめて耐える。
急な結婚だったからろくに嫁入り道具も持たせてやれんと、両親が代わりにくれたお金だって
もう残り少ない。
頼りの下宿代もしばらく前から滞りがちになってきていて当てにはできないし、それでも今に
3冊分の原稿料が入るからと、ずっと騙し騙しやってきたのに……。

あんなに簡単に、原稿料は諦めろ。音松親方にいくらかのお金を包んでやれと言うなんて。
お金は都合のいいときに、無限に出てくるものじゃないのに。

少し滲んだ視界で、ささくれた畳を仇のように睨みつける。
茂が無理をいう気持ちは理解できても、布美枝からは絶対に折れたくなかった。
張り詰めた空気が、無言の室内に流れていく。

どれくらいそうしていたのだろうか。
頑なな布美枝の背後で、茂がふうっと息を抜いたのが聞こえてきた。続いてガシガシと、荒っぽく
髪の毛を掻きまわす音もする。
きっとこの後に続くのはいつも通り、紙にペンが走る音だろう。
ああ、やっぱり私の怒りなんてこの人はちぃっとも気にしないんだと、さらに悲しい気持ちになった
ところで、不意に茂の腕が布美枝のお腹に回った。
あ…と思う間もなく布美枝は簡単に引き寄せられ、茂の足の間に収まってしまう。

「ッ!、あ、あのっ……」

焦って振り返るより先に、布美枝は肩先に茂の顎が当たるのを感じた。
途端、すぐ近くにいる茂の存在を意識して体が強張り、動けなくなる。

「……無茶言うとるのはわかっとる」
「……」
「でも俺は、ほんとに親方には世話になったんだ……あの人がおったから今の俺もおる」

囁いた茂の言葉を、耳よりも先に振動で感じる。
布美枝が俯くと、自分のお腹に回った茂の腕が視界に入った。
ずっと原稿ばかり描いている器用な指が、今は布美枝の服をしっかりと握りしめている。

「……私、怒っとるんですよ? 無理、ばっかり言って」

ほぅとひとつため息をついて、そっと自分を抱きしめる茂の腕をさする。

「ああ、わかっちょう」

答えた茂の腕に力が籠った。
片腕しかなくても、茂の、その力強い腕のなかにすっぽりと包まれているのは気持ちいい。背中を
心持ち背後に倒すと、茂の熱が服越しに伝わってきた。
その熱で、さっきまで硬くなっていた布美枝の体が柔らかく解けていくような気がする。

「……ほんまにわかっとるんですか?」
「……ああ」

ほんの少し顔を動かして、布美枝の項に鼻をうずめるように茂が頷く。
ジン…と布美枝の中心に熱いものが灯った。

「もう……私、まだ許してないんですからね」
「それもわかっちょう」

口げんかの続きのような言葉には険はなく、睦言だ。
茂の息と口唇を項に感じて、布美枝は無意識に首を傾けた。
茂の指先が器用に動いて、布美枝の服のボタンを一つずつ外していく。
スカートからブラウスが引きずり出されたと思ったときにはもう、茂の指が服越しではなく布美枝
の素肌を触っていた。

「音松さんもおるのに……」
「もう寝とるだろ」
「さっきまで、私たち言い争いもしちょりましたけど?」
「ケンカの後は仲直りと決まっとるな」

ああ言えばこう言う。
打てば響くような茂の言葉にクスクスと笑いながらも、乳首を悪戯する茂の指先に、段々布美枝の
息が上がっていく。
焦らすような愛撫にほんの少しだけ腰を揺らせば、いつの間にか堅くなっている茂の股間にぶつかった。
お尻に当たるソレが何なのかに思い至り、布美枝の肌が赤く染まる。
一瞬で火照った体に気がついた茂の舌が、耳の後ろを撫であげた。

「おい、下着脱いでこっち向け」
「え…」
「下着。濡らすと気持ち悪いだろ?」
「で、でも……まだ寝るには早いし……布団もないし……明るいし……そんなこと」
「だから全部脱がんでもいいから、下着だけ脱いでこっち向け言うとる」

恥じらって逡巡する布美枝を煽るように、茂の指が敏感になった乳首を擦る。捏ねたところから
痺れたような快感が全身に走った。

「…あッ、ん」

漏れた声を途中で口唇を噛むことで殺し、ビクンと体を竦める。笑った茂の手が、布美枝の体から離れた。

「ほれ……早く」
「は、はぃ……」

掠れた声に急かされて、手早く下着を脱ぐ。脱いだ下着をどうしようかと悩み、自分の視界に入らないで
あろう本棚の前にそっと置いた。

「布美枝……」

後ろから、自分の名前を呼ぶ茂の声がする。
茂が自分の名前を呼ぶのはほとんどが睦み合う時で。それはまさに今だと思って、布美枝は肌蹴た
ブラウスの前をなんとなく合わせながら振り向いた。
俯いた視線を上げれば、作業机に寄りかかるようにして茂がじっと布美枝を見ている。
視界の隅に、反り返った茂の欲望が見て取れた。
多分、布美枝が下着を脱いでいる間に自分もズボンの前を開けたのだろう。
そこ以外きちんと着こんだ茂の少しだけ間抜けな姿に、くすりと笑いが漏れる。
手が差し伸べられ、布美枝はまた茂の腕のなかに戻った。
膝立ちになり、スカートで二人の腰回りが見えないようにそっと隠す。

「誰も見ちょらんのに」
「でも恥ずかしいですけん」

大きな茂の手のひらが、布美枝の頬を包むように優しく触れる。ゆっくりと二人の顔が近付いた。
二度三度、口唇をなぞるような口づけを交わしてから、茂の舌が伸びてくる。ノックするような舌の動きに

、布美枝は微かに口唇を開いた。
すぐさま入ってきた舌が、布美枝の舌を絡め取りきつく吸い上げる。同時に首筋をなぞり降りていた手が

布美枝の胸を掴んで大きく揉みしだいた。

「っ、ぁ……」

痛みと快感に漏れた嬌声は、深く口づけた茂の口内に吸い込まれて消えていく。
ゆらりと本能的に揺らした布美枝の腰が、茂の欲望を掠める。熱い肉の存在と、それを迎え入れるため
にすでに十分に濡れている自分の場所を感じて、布美枝の体が一層赤く染まった。
ぎゅっと思わず茂の肩に置いた指先に、力が籠る。

「そのままなぞっとれ。我慢できなくなったら入れてもいいけん」

耳元に舌と一緒に吹き込まれた茂の言葉に、ただ頷いて応える。
結婚してから何度も経験しているのに、この体位は自ら動かなければならないから未だに恥ずかしくて
慣れない。
布美枝は舌で口唇を舐めると、触れるか触れないか微妙な距離を保ったまま前後に腰を動かした。
自分の充血した花芯に、茂の欲望を擦りつけて揺する。
茂の舌が乳首を転がすように舐めた。舌で愛撫できないもう片方は茂の指先が同じように弄っている。

「ぁ…あ、あぁ…ん」

湧きあがってくる快感に耐えられなって、布美枝の口唇から甘い声がこぼれ落ちる。
一度漏れだすと、声を抑えることはもうできなかった。

「も、もう……」

入れていいですかと問うよりも先に、スルリと茂の熱棒が布美枝のなかに入ってくる。
あまりにスムーズな挿入に、自分が入れたのか、茂が入れたのかもよく分からなかった。
ようやく満たされた充足感に、布美枝は息をついてわずかにのけ反る。
深い場所に当たった体内と花芯からの疼きに急かされるまま、布美枝の腰がもどかしげに動きだした。
いつの間にかスカートを捲りあげ尻に当てていた茂の手が、その動きをサポートする。
言葉もないまま、重ならないハッ、ハッと二つの荒い息が狭い室内に響いた。

「ッ!」

数度の動きで布美枝が絶頂に達し、なかが痙攣した。その動きに釣られて、茂も熱いものを
布美枝の体内に迸らせる。

「……ぁ」

自分のなかに溢れたものの感覚に、布美枝は声をあげ快感に小さく体を震わせた。
目を閉じて呼吸を整えていると、茂の口唇がやさしくこめかみに触れてくる。
うっすらと目を開けると、汗をかいた茂がもう一度深く布美枝に口づけた。

「あっついな」
「……そうですね」

口唇を放してすぐの茂の言葉に思わず笑みがこぼれる。
見れば本当に、茂は額から汗を滲ませていた。

「汗、かいちょりますね」
「ああ…」

布美枝の指が、そっと茂の前髪を額から払う。
お互いになんだか離れがたくて、また口唇を合わせた。
茂の口唇は布美枝の目尻に触れたり、鼻に触れたり、そうかと思うとまた口唇に戻ってきて
その度に深く舌が絡みあう。

「……ん、ぅ」

口づけに夢中になっていると布美枝のなかで、茂の存在が大きくなった。
気がついた布美枝が驚いて、茂の目を覗きこむ。

「お前のなかは気持ちいいけん」

にこりと笑った茂が、足を揺すらせた。
その動きに、敏感になっている布美枝の体にじんわりとした快感が広がる。

「あ、あぁん……」
「今度はもっとゆっくりやるか」
「仕、事は……? もうせんのですか?」

戸惑った布美枝の問いかけに答えたのは、花芯に触れた茂の指先だ。
そっとなぞられただけで、布美枝は自分のなかでおき火のように燻っていた欲望がまた
湧きあがってくるのを感じ取る。

「……まあ、仕事はもうちっと後から始めても平気だろ」

愛撫を続けたままぼそぼそと呟いた茂の声は、次第に勢いを増してくる突き上げた動きに
気を取られた布美枝の耳に半分も届かなかった。

「あ、あああっ、もうこんなになっちゃって!」

終わった後、身支度を整えようと離れた布美枝の声が大きく響いた。

「おい、夜だぞ。もうちょっと静かにせい、どうした?」
「どうしたじゃないですよッ! って、ああ、あなたの服もっ……どうしよう……」

呑気な茂の声に、これだけは無事だった下着を手に持ったまま布美枝が振り返る。
気がつけば結局二人の間にあったスカートは見事なまでに皺だらけになっていたのだ。
しかし振り返った布美枝の視界に茂のズボンが目に入り、声の勢いは小さくなり途方に暮れたようになる。
情けなさそうに自分を見つめるその視線に、茂はなんで布美枝がそんな表情で自分を見るのが分からず
きょとんと見返していた。

「ズボン……」

ぼそりと呟いた布美枝の言葉に、茂が視線を下げる。
その先に、前だけを広げていたために二人の愛液に塗れ、見事に股のところだけ変色していたズボンが
あった。






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