ひとりでできるもん
村井茂×村井布美枝


締切の押し迫るある夜更け。
茂は悶々とペン先で一点を突いたまま、その手が動くことはなく、
ぼんやりとカレンダーを見つめていた。

(……あと三日ほど…だろうか……)

斜め下に視線を走らせれば予定の締切日のしるしを思い出し、
ブルブルと頭を振って再び机に目を戻した。

「だらぁ…。今はそんなこと考えてる暇はないのだ」

意に副わぬ流行りもの漫画とはいえ仕事は仕事。
請け負ったからには描かぬわけにはいかない。
集中して筆の走るままにアイディアを描いてはみても、
いつの間にやら怪しげな女体が表れた。

「!」

慌てて紙を丸めて床に落とす。

「いかん、いかん」

筆の音が止まったのを見計らったように、襖越しに呼びかけられた。

「あの…。お茶が入りました」
「お、おぉ…」

遠慮がちに襖が開き、布美枝が微笑みかける。

「何かお手伝いすること…ありますか?」
「ええ。……まだ起きとったんか、もう遅い。先に休め」
「けど…」
「ええったらええっ、集中できんっ」

つい語気を荒げてしまうのも仕事に熱中するあまりのことと、布美枝は知っている。

「すみません。それじゃ…お先に」
「ん」

居間に戻ってしまってからも、布美枝の声が耳から離れない。
朗らかな笑い声もいいが、ちょっこし消極的な小声も堪らなく健気でいい。
邪魔にしているのではなく、気になって仕方がないから、気が散るのだ。

(参ったな…)

悩まされているのは迫りくる締切ではなく己の煩悩。
こんなことは今までなかった。
それはあの甘美な柔肉の味を知ってしまったからか…
それでも半週も前からお預けを食っているからか…

(全く。毎月毎月…ちゃーんと忘れず訪れるものなのだなぁ…)

茂にとっては奇妙な女体の神秘に、深くため息をつくしかなかった。

月のこの時期に、それが布美枝の身に訪れるのを知ったのはいつだっただろう。
数度体を重ねてからというもの、布団に潜り込めば抗うことなく従順に夫に従うのは
夜の営みでも変わらぬ布美枝だったが、ある夜、頑として身を交わされた。

『…いけません…っ』
『は?』

口に出すまでもなく、茂の顔にハテナマークが浮かんでいたのだろう。
布美枝は『あの…そのぉ…』と口を濁すばかりで、はっきりと理由を言えない。

『どげした。嫌…なのか?』
『え……』

嫌だと言えば嘘になる。けれどいいと言って自ら誘うような真似もできない。

『……照れとるのか? 何を今更…』
『違います…っ。だから…今日は……その…』

覆い隠すように自らの両肩を抱いていた手が下腹へと降りて、手を重ねる。
茂ももう四十路の男。流石に口に出すのは憚られたが、
女の体に月の周期があることぐらいは知っている。

『あ…。そうか、そうか…』

どんな顔をしていいか分からず、茂はかかかっと笑った。
あまりに奔放な笑い声に、布美枝はふと不安になって顔を上げる。

『違いますっ。下しているのではないですよ…っ』
『分かっとるわ』

しかし夫婦ともなれば知らぬ存ぜぬで目を背けてばかりもいられない。
こちらの下半身にもイロイロと事情がある。

『こほん。それで…いつ頃まで…だ?』
『はい?』
『だから。一週間ほどと世にいうが…』
『はい…。そげですね…』

無意識に指折り数えているのをちらり見る。

『月によって違いますけん…。たぶん、週明けには…』



興味のないことにはからっきしの茂であったが、その時からこの時期を忘れることはない。
よくよく注意して見れば確かにその時期には布美枝の様子は異なっていた。
それとなく接触を避けるようにしたり、少し厚着をしていたり。
不自然な時間に人目を避けて洗濯しているのもそのせいなのだと知った。

(仕方ないことだけん、分かってはおるが…)

理性と本能は時として相反するもの。
茂は治まりの利かない身を揺すって、じっと襖越しの居間に耳を澄ました。

(……もう…眠ったろうか…?)

このまま悶々とやり過ごすことも敵わず、茂はペンを置いて股ぐらを寛がせた。

(そういえば。これも久しぶりだな…)

やはり一人で過ごしていた頃とは違い、家にはいつも布美枝がいる。
それにこうして自分で慰める必要もなく、床を共にするのが常だった。
しばらくは互いに不慣れで、うまくいかないことも間々あったが、
いつしか布美枝も行為に慣れてきて…

(ああ…。いっぺん、上に座らせたことがあったなぁ…)

茂が胡坐をかいた上に跨るよう告げると、目を白黒させて驚いていた。
しかし急くように強請る茂の「ええから」という言葉に逆らうことはできず、
向かい合わせにぎゅっと茂の肩に抱きついた布美枝の身は羞恥に震えていた。
先端が擦れ合うだけでもびくりと跳ねて、自ら誘うように腰を下ろすことはできず、
結局茂が導くままに片尻を掴み下ろされて、繋がり合った。

(…子猫のように鳴いとったなぁ…)

しばらくは茂が突き上げるに任せていた布美枝も、根が器用なのかこつを覚えたようで、
茂の肩にしがみ付いたまま腰を揺らめかせていた。
その度に目の前の乳房も揺らめいて。
堪らず茂が吸いつけば、驚いたように「きゃっ」と声を上げてしまい、
上の住人を気遣って慌てて口を塞いでいた。

まるで映像のごとく甦るのは、茂のイマジネーション豊かな才でもあるのか。
押し殺した布美枝の喘ぎまでも耳の奥に思い出されて、
上下する手は速度を増した。

「……あの」
「!?」

襖越しの声に茂は息を詰める。
今にも放出しかけた己を握る手も止まった。

「まだ…寝てなかったのか」
「……はい。今夜は冷えますけん、どてらを」

すすっと襖が開き、茂は慌てて大きな背を丸めた。

「ええっ!」
「でも、体を壊しますから。あ…火鉢の火が消え…」
「自分でやるからええ! 一人にしてくれ」

あっちへ行け、とばかりに睨みつけられ、布美枝は口を尖らせた。

「……火鉢の用意くらいさせてください。邪魔はしませんから」
「一人でできるっ。ええから…」
「そんな…。そんなこと言わんでください」
「ああ?」

布美枝は切なげに眉根を落とした。

「そりゃあ…大事なお仕事ですけん。一人で頑張っとってのことでしょうけど…。
少しでも…いいですから、手伝わせてください。二人で…頑張りたいんです」

茂は叫びだしたいのをグッと喉もとで耐える。

(こっちだって、二人で頑張りたいわっ! それがこん週はできんのだろうが!)

「あら?」

描いては捨て描いては捨てしてきた煩悩丸出しの落書きに手を伸ばされ、
茂は慌てて紙くずを取り返した。

「ええからっ。あっちへ行け!」
「は…はい。ひゃっ!」
「ん?」

開いた股ぐらが目に入ったのか、布美枝は顔を手で覆って振り返った。

「あっ! いや、これは…」
「い…いくら仕事に集中されていても…。お手洗いはちゃんと…行ってください」
「は? だ…だらぁ、小便ではないわっ」
「はい? でも…」

「……。あ…あぁあ、もうええ!」

焦燥感に耐えきれず、茂は布美枝の手を引いた。

「ひゃ、な…何……。ん…」

長い片腕は布美枝の首筋からたすき掛けのように背を羽交い絞めに抱き寄せることも容易だ。
不意打ちに唇を合わされて、布美枝は息も整えられず身を硬直させる。
お構いなしで吸いつく茂のペースに押されて、布美枝の唇が弛緩していくと、
隙を見つけて茂の舌が伸びた。

「ん…んぅ……」

鼻から漏れる甘い声は、口づけの合間、不意に唇が開いた時には明確に漏れる。
やはりイマジネーションよりもずっといい。
耳心地のいい声に煽られて、茂はますます胸を弾ませていた。

「……はぁ…。あんた…手伝うと、そう言ったな」
「…は…はい…?」

まだ夢見心地で息も整わぬまま答える。

「二人で頑張りたい…と。そう、言ったろう?」
「はい。言いました」
「わしは、一人でできる。そう言ったのに、手伝うと言ったのはあんたの方だ」
「はい…?」
「いくら女でも。言ったことに責任は持たんがいけんな」
「はい」

顔突き合わせた茂の形相は鬼気迫るものではあったが、
まるで先生に道徳の説教でも受けているような言葉に、思わず布美枝は吹き出してしまう。

「何だ?」
「ふふっ。そんな当たり前のこと、そげん顔して言わんでも…」

何を手伝わされるのか、まだ分かっていないのだろう。
まだ暢気に肩を震わせて笑っている布美枝に頬を寄せ、くすぐったそうに首をうねるのも
構わず、茂は囁いた。

「それじゃあ…ちゃんと、手伝ってもらおうか」
「はい…? あ…」

茂の手に導かれて、指先が強張りに触れる。

「あ…あの。えっ…?」
「ほれ、ちゃんと掴んでみい」
「あの、でも…私……。今日は…まだ……」
「分かっとるっ。だから…。だから、一人でできると言っとったんだ」
「え? 一人…で、って??」

布美枝にとっては分からないことだらけだったのだろう。
けれど説明している暇はない。
すでに強張りは角度を上げ、先端が濡れ照るほど切羽詰まっていた。

「こうして、掴んで…だな」
「はいぃ…」

これは仕事と関係あることなのか。いやそんなはずはない。
混乱するままに布美枝は茂に手を添えられて、脈打つ昂りを上下に扱き始めた。

「…もうちぃっと…力を入れてくれ」
「でも…。痛くは…ないですか?」

赤ん坊の手首とも違う、蒟蒻とも違う、奇妙な感触。
扱くほどに茂は苦しげに息を詰めるから、何かへまをしないか心配になってしまう。

「痛くなどない。ほれ、早く…」

先を促す茂の言葉に、布美枝はひとつ頷いて覚悟を決める。
その覚悟はそのまま姿勢に表れて、きちんと背筋を伸ばして正座に座り直した。

「……っだら。そんなに真剣に…。華道や茶道ではないのだぞ」
「は…はぁ」

かと言ってどういうふうにしたらいいのかなど布美枝には分からない。
正直、茂にだって分からない。

「……」

茂は布美枝の手から離れて、浴衣の合わせ目に指を伸ばした。

「…あ……、いけんよ…。よして…ください」
「ちぃっとぐらい、サービスじゃ。サービスしてくれ」

分からないな…と、布美枝は首を傾げても、その手は止まらない。
袂がたわみ柔らかな乳房に手が伸びると、堪らない感触を求めて茂の手が蠢いた。

「……んっ…いけんよ…」
「ん? よもやここからも血が出るわけではあるまい」
「な…っ。当たり前ですっ」
「おぉ…」

頭には血が昇るのだなと、茂は感心するように頷いた。
しかしあまり怒らせても歩が悪い。
袂を開いた手を脇に回し、布美枝の身を寄せた。

「…あ…」
「そのままでええ…。ちぃっと…味見だ」

言うや否や茂の舌が胸の頂をぺろりとなぞる。
肌寒さのせいか既に尖り始めていた赤い蕾に吸いつくと、布美枝は唇を縫い縛る。
柔肉の谷間を渡るように左右行き交えば、強張りを掴む手の力が弱まってきて…

「……ほれ。ちゃんとせんと……これでは生殺しだ」
「……っ」

こくりと頷いて強く扱きあげられて、茂も息を漏らした。

奇妙な感覚だった。
されるがままだった夜の営みとは違う形とはいえ、掌にしっかりと茂の欲情が伝わる。
心なしか強めに握り上げれば不規則に息を詰めるのは、苦しいのではなくて
感じている証拠なのだろうか。

「…んっ……」

甘い疼きの走る胸の先を強めに吸いつかれて、思わず息を詰める。

同じように感じてくれているのだろうか。
布美枝は奇妙な嬉しさも感じて、優しく、そして時に強めに茂自身を掴んで上下した。
胸肌に茂の昂った吐息を感じる。
布美枝の手が速度を増すと、強張りもまた硬度を増した。

「……ふみえ…」

不意に顔を上げ、上気した視線がかち合う。
荒い息を噛み殺す唇、妙に火照った視線に布美枝はどきりと胸を弾ませた。

「は…い」
「……で」
「……はい?」
「…口で……して、くれ」

途端に顔を真っ赤にしたから、意図は伝わったのだろうか。

「え…。で、でも…そげんこと……」
「早う…っ」

切羽詰まった茂の声に弾かれて、布美枝はごくりと喉を鳴らし頷いた。
今にも果てそうなところを耐え、茂が顔をしかめると、
その頬にそっと布美枝の左手が添わされた。

(…ん……?)

目蓋を開けば、ゆっくりと布美枝の顔が近付いてくる。
布美枝からの口づけは初めてだったけれど…

(そう、ではない…)

精一杯茂の唇に吸いついて、柔らかな唇を押しつけてくる。
拙い口づけでは物足りない。茂は堪らず舌を伸ばして、
引っ込み思案な布美枝の舌を誘い出して絡めた。
その感触は充分に火照った下の口の感触を思い出させて、
茂はぶるりっと肩を震わせる。

(……だらっ…)

もうこれ以上の我慢は利かない。
茂は慌てて布美枝の肩を押して離れたが、布美枝はいつまでもその手を休めなかった。

「いけんっ」
「はい…?」

先端を覆うように手を伸ばし、布美枝の手が止まる。

「フハッ」
「?? あの…何かいけんかった、ですか?」

きゅっと握った布美枝の手に掴まれたまま、茂は迸った。

「……っ、はぁ…はぁ……」
「?? あの…」

数度痙攣した強張りは徐々に力を失い、二人の手の隙間にどろりと白濁したものが伝う。

「え…えぇから、早う拭うものを…っ」
「は? あ…はいっ」

机上のハナ紙を手に取ると、茂は布美枝からそれを奪うようにして背を向けた。

「??? …ぁ……」

気まずそうに背を向けて始末をしている背中を見つめていたら、
やっと布美枝も理解し始めた。
思い出せば「一人でできるっ」と睨みつけた姿は、思春期の青年が艶本を隠すような
幼さにも似ていて、思わずくすくすと笑い出した。

「……何だ」

そんな姿で低い声を出したところで、布美枝の笑いは止まらない。

「何がおかしいっ」

口を尖らせて振り返った姿に、布美枝は「すんません」と口では言いながらも、
その唇は笑みを消せなかった。

「ふふっ。…もう…二、三日の辛抱ですけん。堪忍?」

しなを作った甘い声はぞくぞくと耳に響くから、茂は思わずざんばら髪をくしゃりと掻いた。

「うるさい…っ。……ったく…、だから気が散ると言うとるのだ」
「あはは、あ……すんません」

押し殺すこともできず笑い顔を見せる布美枝に、茂が仕返しをするのは……
また週明けの話。






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