今日
村井茂×村井布美枝


今日、なのだろうと布美枝は思っていた。

戌井が帰ったあと、間借り人の中森も賄いに礼を言って二階へ戻っていった。
茂が風呂に入っている間に、布美枝は布団の準備をしていたが
その手は小刻みに震え、心ここに在らず、
心臓が喉から出てきそうなほどぎゅうぎゅう胸が高鳴った。

茂と結婚、東京に出てきて約半月。
締め切り締め切りと日々まともに話しさえできなかった。
布団を敷いておいても、朝起きると茂は仕事部屋で机に突っ伏しているか、
そのままごろりと横になって寝ているかのどちらかだった。
そんな中で、床を共にするなど当然なかった。
そういえば覚悟して臨んだ新婚初夜でさえ、
少しの間話はできたものの、
結局酔いつぶれた茂が眠ってしまって何事もなかったのだ。


しかし、今日、と布美枝は改めて思った。

よかれと思ってやった仕事部屋の掃除から、
茂の思わぬ不興を買ってしまい、布美枝はひどく落ち込んだ。
帰って来ない茂を待つ間、本当に不安で仕方がなかった。
が、戻ってきた茂から自転車をプレゼントされ、
二人で出かけ、初めて色々な話ができた。
布美枝は、茂という夫に少し近づけた気がしていた。

茂を追い立てていた原稿は上がり、
夫婦につかの間のやすらぎの時間ができたのである。


「あんたも入ってきたらええですよ」
「えっ!」

いつの間にか風呂から上がった茂が立っていて、布美枝は飛び上がった。

「あ、は、はいっ」

そそくさと出て行く布美枝を見送りながら、
茂は頭をぽりぽり掻いて、ちらりと布団に目を落とした。
やはり、今日、なのだろうと茂も思っていた。

親に強引に進められた結婚だったが、
結婚した以上はそれなりの生活があって然るべきなのだろう。
布美枝の「ここで暮らしていくんですけん・・・」の言葉が思い出される。

独りで居たこの家が、中森の同居はともかく、
少し賑やかになったのは間違いなく布美枝という存在の所業だ。
今日の深大寺の散策も、墓めぐりも
全部独りで楽しんでいたことなのだが、
二人で、というのも存外悪くないものだと思った。

締め切りも何とか乗り越えた。
明日からは富田のオヤジに頼まれた戦記物の漫画に取り掛からなければならない。
今夜くらいはゆっくり・・・
とまた、布団に目をやる。

「・・・」

また頭をぽりぽり掻きながら、茂は布団ではなく仕事机に向かった。
とりあえず布美枝が戻ってくるまで、次回作の案を練っておこうと思った。
そうしなければ、他の想像力にかきたてられ、
居ても立ってもいられなかった。

布美枝が緊張した足取りで風呂から戻ったとき、
茂は仕事机に向かって何やらブツブツ言いながら鉛筆を走らせていた。

ああ・・・。
この人はやはり仕事のことしか頭にないのだ・・・。

布美枝は少しがっかりした。
壊れるくらいに高鳴ってどうしようもない心臓を抱えて、
ひとり緊張していた自分に脱力していた。

小さくため息をついて、布美枝が長い髪から落ちる雫を丁寧にふき取っていると
茂が大きくクシャミをした。

「大丈夫ですか?半纏、着たらどげですか?」
「ああ、えっと」
「あ、こっちに」

居間に投げ出されてあった茂の大きな半纏を持って、
布美枝は茂の机に近づく。
机上のスケッチブックには飛行機や戦艦のラフスケッチがあった。

「・・・すごい!何も見んでもこげにキレイに描けるんですね!」

身を乗り出した布美枝に、茂もまんざらでもない風で

「まあ、描き慣れとりますけん」
「次に描く漫画ですか?」
「そげです。戦記物を頼まれました」
「戦記物・・・」

布美枝にはあまり漫画のことはよくわからなかったが、
引き続きスケッチブックに絵を生み出していく茂に、
心底感心して、しばらくその様子を見ていた。

すると茂がそのままの体勢で「・・・今日はすまんでしたね」とつぶやいた。

「怒鳴ったりして」
「そんな、あたしこそ、余計なことして」
「・・・」
「・・・」

会話が、途切れてしまった。

布美枝の心臓がまた、早鐘を鳴らし始める。

仕事机から布美枝に向き直った茂は、
ぎゅっと口を一文字に引き締めて俯いている布美枝に、
どう声をかけようか、しばし戸惑った。

どう考えても、この女房は29年間男を知ることがなかったわけで。
そして、やはり自分と同じように、
今日がその日なのだろうと思っていて、自分なりに覚悟を決めているようで。

「緊張」を全身で物語っていて、少し可笑しくなった。

「ははっ」
「・・・えっ?」
「や、ずいぶん肩に力が入っとると思って」
「え・・・え、や、えっと」

真っ赤になった布美枝の左腕を軽く掴んで、
茂はそっと、唇を近づけた。

とたんに布美枝ははっとして、急いで俯いた。

茂の唇は目的地ではなく、布美枝の額に、落ちた。

「・・・」
「あっ、す、すんません!」

さっきよりさらに真っ赤になって額を押さえる布美枝を見ながら
茂ははははっと笑った。
それから、少し、また沈黙があった。

沈黙を破ったのは、意を決したかのような布美枝の声だった。

「あ、あの、あたし!・・・その、なんも、わからんのです。どげしたらええのか・・・」
「・・・」
「女房ですけん、その、コトは、ちゃんとせんと、と思うんですけど、
 いざ、となると・・・どげな顔して、どげしたらええのか・・・」

だんだん小さくなる声と、だんだん小さくなっていく身体、を
茂はそっと近づいて、右腕で抱き寄せた。
電信柱の面影もすっかりなく、布美枝はすっぽり茂の腕に収まった。

どき、どき、どき、どき

声はもう、出ない。
すると茂の落ち着いた声が、布美枝の背中から聞こえた。

「まだ半月ですけん、嫌なら嫌、と言うてくれたらええです」
「え・・・」

そして、抱き寄せる手を離し、体勢を元に戻すと、布美枝をじっと見つめた。
布美枝はそんな茂をしばらく見ていたが、慌てて俯いてしばらく黙っていた。
が、やがてかすれた小さな声で

「いや・・・じゃ・・・ない、で、す」

その言葉に押されるように、茂の右手が布美枝の長い髪を撫で、
ゆっくり、顔を近づけてきた。
布美枝はもう俯くことなく、茂の唇を自分のそれで受け止めた。

触れる。一度。
二度目。
角度を変えて、三度目。

少し離れたあと、今度は頬に。
そしてまぶた、鼻、反対の頬。そして、四度目の唇。

鼓動が尋常でないほど音を鳴らすので、
布美枝は息苦しくなって「はっ」と喘息した。
その瞬間を、茂は待っていたかのように逃さなかった。

開いた口のわずかな隙間から、舌を割り込ませる。
布美枝はびっくりして思わず茂から身体を離そうとしたが、
茂の腕ががっちりとそれを止めて、深い口づけを続けた。

やがて唇は離れたが、布美枝はぼーっとしてしまっていた。
絡まった舌の感触がまだ残っている。
そんな布美枝を見て、茂はぽりぽり頭を掻いて、
居間に敷いてあった布団を一組、ずるずると仕事部屋に引っ張ってきた。

襖を閉めると、後ろから布美枝を抱きしめた。

はっとした布美枝はまた肩に力をこめたが、
今度はその肩あたりに茂の唇が降りてきて、また脱力する。

長い髪をよけ、首筋からゆっくり肩にかけて舌を這わした。
布美枝はぞくっと身震いをする。
その間、茂の右手は布美枝の寝巻きの帯をゆるめ、
合わせ目からそっと寝巻きの中へ進んでいく。

ふたつの丘陵のうちひとつを揺さぶると、布美枝の口から息がもれる。
その先端をすこし弄んでみると、また恥ずかしそうに嘆息した。

二人はゆっくり身体を布団に沈めていった。
茂は左肩で身体を支え、右手は布美枝の左胸を、口で右胸を愛撫した。
布美枝は初めての感触に緊張もしたが、やがてその快感に酔いしれていく。

布美枝が閉じていた目をそっと開けると、自分の胸に吸い付く茂の顔が見えた。
また鼓動が一段と大きく跳ねた。
するとその茂と目が合い、まるで「見るな」とでも言う風に、
また深い口づけをされた。
息が、できないほどの。

「はっ、は・・・ぁ」

絡む舌、揉みしだかれる胸、
ふと、腿のあたりに当たる硬い感触。
布美枝の心臓はまた何度目かの跳躍をした。

まるで邪魔者のように、茂は自らの寝巻きを脱ぎ捨てた。
実家の兄や弟の裸でさえまともに見たことがなかったけれど、
こうも男の身体とは美しいものなのか、と布美枝は思った。

残念ながら、左肩のすこし先からはぽっかりと空間になっていたけれど、
分厚い胸板と、太い右腕、くっきり浮かぶ鎖骨。
このままうっとり見ていたかったが、またしても「見るな」という口づけ。

何度も受けていると慣れてくるもので、布美枝もその口づけに応戦していると、
今度は茂の手が布美枝の内腿をなで上げ、そして秘所へと向かっていく。

恥ずかしさにあせる布美枝は、茂の肩を全力で押し上げてみたがびくともしない。
茂の中指が下着の上から布美枝の割れ目を確認し、
そして次の瞬間には下着の中に手を入れ、直に攻めてきた。

「やっ・・・!」

さすがに抵抗した布美枝だったが、茂の指は入り口を探し当て、そっと入り込んでくる。
中を確かめるように蠢く指に、布美枝は背中をのけぞらせた。

「あっ・・・ぃや・・・」

遮るように茂の唇に布美枝の声が吸収された。

鼻からもれる、布美枝の声にならない声と、
布美枝の泉から聞こえてくるクチュ、クチュ、という音。
時折、茂がもらす息苦しそうな喘息。

しんとした冷たい部屋に、それだけの音がしばらく続いた。

どのくらいそうしていたか、やおら茂が上体を起こし、
布美枝の脚に手をおいてそっと開かせた。
布美枝はどきりとして、ぱっと脚を閉じたが、
それを見た茂が、今度はそっと、一度目のときのような口づけをしてきた。

唇を離した茂は、少し困ったような表情をしていた。
布美枝は伺うように茂を見つめる。

「・・・ええか?」

小さくうなずいた。布美枝は目を閉じて、茂に任せるしかなかった。

やがて、ぎゅっ・・・と。

布美枝の茂みを分け入って、茂自身が入ってきた。

「いっ・・・!」

先ほどまで遊ばれていた指とは比較にならないほどの大きさのものが、
布美枝の中に入ってこようとする。痛みが、走る。

茂の背中に必死にしがみついて、布美枝は痛みに耐えた。
ゆっくり、確実に進んでくる茂自身を感じながら。
その間も、茂は布美枝のまぶたや耳に、口づけをくれた。
まるで労うように・・・。


やがて、ぴたり、と茂の動きが止まり、ふう、と息を吐いたのがわかった。

「全部、入ったけん」
「・・・あぁ・・・は、い」
「ちょっこし、動く」

言うなり、ゆっくり腰を動かし自身を抜き差しし始める。
また痛みのあまりに茂の肩を掴んで、涙目になった布美枝だったが
茂は優しくその涙を吸い取ってくれた。

「はっ・・・はっ、はあっ」
「あ・・・っ、あ・・・あ・・・」

動きに合わせて、二人の呼吸が重なっていく。
部屋には、火鉢の暖しかなかったが、二人はすでに熱に乱されていた。

やっと布美枝の痛みがやわらいできたころ、
「もう・・・終わる・・・」
茂が苦しそうにつぶやいた。

やがて、どくっと布美枝の中で茂が脈打ったのが分かった。

「はあ、はあ・・・」
「あぁ・・・はぁ・・・」

しばらく二人は折り重なって息を整えていたが、
茂が布美枝に軽く口づけると、そっとその身体を離した。

照れくさそうに、そそくさと寝巻きを回収する。
布美枝も脱がされて行方不明になっている寝巻きを探した。

「ああっ」

思わず、布美枝が叫んだ。

「え?」

茂がびっくりして振り返る。

「シーツが・・・」

見ると、うっすらシーツに血がにじんでおり、
二人の愛液がまざってびしゃびしゃになってもいた。
この様子だと、敷布団も被害にあっているであろうことは想像できた。


「どげしよう・・・換えがない・・・」

シーツも布団も、二組しかない。
寝巻きも羽織っただけの布美枝が呆然としていると

「ちっと狭いが、一組で寝たらええでなーですか」
「え・・・」
「寒いし、ちょうどええ」

にっこり笑う茂を見て、今さらながら布美枝はまた、
顔を真っ赤にして俯いてしまった。

その日の夜は、二人一組の布団で狭いながらも一緒に寝た。
布美枝は茂の右腕を枕に、幸せの中で眠りについた。






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