村井茂×村井布美枝
風呂あがりの布美枝は、風呂場を出てすぐに「そうだ」と何かを思い出した。 そのまま外に出て、郵便受けを確認した。 葉書が一枚、入っていた。 すると慌てた様子であとから茂が飛び出してきた。 「どげした!?」 「え?ああ、今日郵便受け、一度も見とらんだったので…」 「…ああ…そげか」 ほっと息を吐いて、茂は布美枝が中に入るのをじっと見届けてから、戸を閉めた。 今日の茂は一挙手、一投足こんな風である。 布美枝が洗濯物をとりこむ間も、じっと傍でいたり、 夕飯を作る間も、仕事机ではなくちゃぶ台で本を読んでいた。 何と言っても、あの口づけ…。 何か、変だ。布美枝の第六感が告げていた。 葉書の送り主を見て、布美枝は「やっぱり」とつぶやいた。 「何がだ」 「境港のお義母さんです。この前返事を出したもんだけん、 そろそろその返事が来る頃だと思っとったんです」 「…あんた、イカルと文通でもしとるのか」 「そげなわけでは…手紙がくるけん、返事を出すでしょう。 そしたらまたその返事が来て…」 結局筆まめ同士がやめるタイミングを逃しているだけなのだ。 茂はふっと鼻で笑った。 そんな亭主を布美枝は口を尖らせてじろりと見上げて、 「…返事に、あなたの様子がおかしい、と書いて出しときましょうか」 と、葉書を取り出しながら言ってみた。 茂はぎょっとして布美枝を振り返った。 「な、なんでだ?なんもおかしいことなんかなーぞ! そんなこと書いてみろ、明日にでもイカルが飛んでくるでなーか!」 「だって、今日はなーんかそわそわしとるし、よそよそしいし、 さっきだって、あげなとこであんな…」 言ってから布美枝は赤くなって黙り込んだ。 思い出したら恥ずかしさがこみ上げてきた。 今日の茂は確かにおかしい。朝は普通だったのに。 昼すぎ、原稿を届けて帰ってくるなり倒れこんだので、驚いて思わず覗き込んだが 高いびきをかきだしたので、布美枝は思わずずっこけた。 お腹がすいたら起きるかと思ったのに、2時近くになっても起きない。 (よっぽど疲れとったんだ…) 無理に起こすのも忍びないので、そのままにして買い物に出かけた。 出先でちょっとしたトラブルに見舞われて帰りが遅くなった。 早足で帰っていると、向こうから茂が走ってくるのが見えた。 手を振ると立ち止まって、まるで狐につままれたかのような顔をして布美枝を見ていた。 そこからだ。 何かおかしい、と感じたのは。 布美枝が遅くなったことを謝っている間ずっと、 穴があくように布美枝を凝視していたかと思うと、 急に抱き寄せて口づけた。 布美枝はびっくりして心臓が張り裂けるかと思った。 「何かあったんですか?」 田んぼ道をゆっくりと帰る途中に、問いかけても答えてくれない。 たまにちらりと振り返って、布美枝がちゃんとついてきているかを確認しながら、 ただ黙って歩いていた。 斜め後ろから茂を観察しながら布美枝は、 なかなか落ち着かないでいた胸の高鳴りと格闘していた。 誰が通るかもわからない道のど真ん中で、 あろうことか抱きしめられて口づけまで…。 「とにかく」 茂の声にはっとして顔をあげた。 「妙なことをイカルに書いてよこすな。ええな」 「…」 偉そうに言ってのけた茂をじとっと横目で見ながら、 布美枝は二人の湯のみにお茶を汲み、ちゃぶ台に並べた。 それから、葉書を前に空を仰いで鉛筆を鼻の下で少し弄んでから、 「拝啓、母上様…」と書き出した。 「茂さんは近頃女房に何やら隠し事をいたし候…」 「ぶー!」 飲みかけたお茶を噴出す茂。 「きゃー、もう、大丈夫ですか」 「げほっ、お前…妙なことを書くなと」 茂が葉書を取り上げようとする。 ひょいとかわす布美枝。 「じゃあ、何があったか教えてごしない」 「何もない!」 「是非母上様直々に真相の追及をば…」 「だらっ!」 また取り上げようとする。 ひょいとかわす布美枝…の左手を、ぐいと掴むと 次の瞬間茂がその懐に飛び込んできた。 バランスを崩した布美枝が、後ろに体勢を崩す。 そのまま茂は布美枝を押し倒して…。 「んっ…」 甘く、唇が重なった。 ひらひら、葉書は床に舞い落ちる。 しばらくして離れた茂の唇を、布美枝は下から指でなぞりながら 「教えて…ごしない」 ちょっと潤んだ瞳でねだられて、茂はかなり動揺したが、 その答えは、再びの口づけだった。 …言えるか、お前が居なくなったのではないかと焦っていた、なんて…。 そんな茂の心の声を、布美枝は聴けずにいたが、 唇の間から侵入してきた茂の舌が、布美枝の舌と遊び始めたので それ以上の追及ができぬまま、甘美な海に放り出されてしまった。 茂が明かりを消すと、背を向けた布美枝はそっと寝巻きを解き始めた。 そのうなじにクラクラしながら、茂は後ろから抱きすくめて舌を這わせた。 「ぁ…」 小さく喘ぐ声。 いつもこの女房は二階の住人に遠慮する。 布団にうつ伏せに寝かせると、布美枝の白い背中に余すことなく口づけた。 熱い吐息は布団に吸収されていく。 耳や頬に唇で合図を送ると、 今度はごろり、と体勢を換えて形の良いふたつの山が現れた。 舌と指で刺激を与えると簡単に突起して、また遠慮がちに喘ぐ。 実にもどかしい。茂はもっと布美枝を無茶苦茶にしてやりたくなった。 指を布美枝の一番敏感な場所へと滑らせると、 もうすでにぐっしょり、汗とは違う潤いを溢れさせていた。 下着を取ると、二本の指で手前の突起を弄んでみた。 「は…っぁ…ぃやぁ…」 くしゃっと、茂の頭を自分の方へ押さえつけて悶える。 それから中指でくい、と中の具合を調べると 腰をひねってまた一段と熱い液体を溢れさせた。 茂が指に絡まった布美枝の愛液をぺろりと舐めると、 布美枝は暗がりでもわかるくらいに、恥ずかしがって目をそらした。 茂は布美枝の頬から首筋、胸から腹に、どんどん唇を下ろしていく。 布美枝はくすぐったさに耐え切れず、くすくすっと笑ったが、 次の瞬間、はっと大きく息を吸い込んだ。 「あっ!いゃっ…!!」 茂の舌が、布美枝の茂みの向こうの溢れる泉を直接刺激し始めたからだ。 「や…あ…だめ、あぁ…、そんな…あっ…あ…」 これまで感じたことのない強烈な快感に、布美枝は悶え通しだった。 クチュ、クチュ、ピチャ…その卑猥な音もまた布美枝を未知の世界へ連れていこうとした。 「は…ぁ」茂の息遣いもどうしようもなく淫靡な空気をもたらす。 それでもまだ、布美枝は布団の端で口を押さえて、 声をたてないように必死になっていた。 茂は布団を取り上げてさらに布美枝の泉を舌で虐めてやる。 今度は枕を引っ張ってこようとしたので、 茂は布美枝の耳元で囁いた。 「…雨だ」 「…ぇ…?」 耳をすますと、ザーーーーという雨音。 いつの間にか夜の帳はぬるい雨に包まれていた。 「雨の音に消されて、二階までは聞こえん」 「で…でも…」 「俺にだけは、聞かせろ」 「え…」 「声を、聞かせろ」 ― 布美枝。 「…えっ…」 ぼうっとした中で、しかしはっきりと聞こえた。 茂が…名前を呼んだ。 やがて、熱くなった茂の硬いものが布美枝の中に入ってくる。 「ああっ」 一気に突き上げられて、肌が泡立った。 「もっと、声…を…」 「ふ…あっ、あ…は…あぁ…!」 茂を抱きしめて、布美枝は本能の赴くままに声をあげた。 茂が布美枝の中で押したり引いたりするたび、 布美枝の意識は遠く、遥か先へ連れていかれる。 二人の息遣いが、重なり、乱れ、また重なり、暑い部屋の中の温度をもっと熱くさせる。 どんどん二人は快感の絶頂へ登りつめて…。 「ああああああっ…」 布美枝が境界を越えたとき、茂も一緒にそこを越えた。 「どっちかが止めんと、永遠に続くぞ。葉書代もバカにならん」 「嫁の私から止めるのは気が引けます」 毎度の通り、ひとつの布団に二人で入って、 愛し合ったあとの余韻を愉しんでいた。 布美枝の髪をくるくると弄びながら、 茂はため息をついた。「好きにせぇ…」 そうして猫でも抱くように布美枝をぎゅっとすると 額に口づけて頬ずりした。 布美枝がちょっと遠慮がちに、つんつん、と茂の胸をつついた。 「ん」 「あの…」 「どげした?」 「…もいちど…名前で…呼んでごしない?」 「…」 茂はちょっと肩をすくめて「寝る」と言って目を閉じた。 「あっ!もう、けちっ!色々書いて送りますよ!イカル様に」 「だらずっ、もうその話はやめぇ」 「じゃっ、呼んでごしない」 「…もういっぺん襲うぞ」 「えっ…」 たじっとなった布美枝を、茂はまたぎゅうと抱きしめた。 布美枝はじたばたとして逃れようとするがなかなかできない。 ほどなくして茂は寝息をたてはじめた。 あんな時間まで寝ていたくせに、どうしてまたこんなに簡単に落ちるのか…。 茂の睡眠欲に白旗を揚げさせられるのは、いつも布美枝の方だった…。 「けちっ…」 SS一覧に戻る メインページに戻る |