ヤキモチ焼けました
村井茂×村井布美枝


漫画のストーリーの展開に行き詰ると、散歩に出かけるのが茂の常だった。
真夏のうだるような暑さはもうすっかり薄れ、
墓めぐりにはもってこいの秋の夕方。
しばし「何十年も死んで、心が寛容になった」先人達の墓と対話し、
ぶらぶらとススキを揺らしながら家に戻ってきた。

すると。

「ああっ、だめ、だめです、浦木さん…」

開いた窓の向こうから、切羽詰ったような布美枝の声。

「でも、奥さん…」

もうひとつの声は、あのイタチ男、浦木だった。

「中はだめです、外に、外に出してください、お願い…」
「…じゃあ、行きますよ」
「はい…あ…行く、行きます…」

何なんだ、この会話は?!

茂の頭は一気に沸騰し、沸点をも通り越すほどにかっと熱くなった。
まさか自分の留守にイタチと布美枝が?!
そんなはずはない!が、今の会話はまさに濡れ場の男女のそれではないか!
信じられない思いで茂は、持っていたススキを放り投げると
ただでさえ壊れそうな玄関の扉を勢いよくあけ、だだっと居間に駆け込んだ。

「浦木ぃ!!」

どすの効いた茂の声と

「きゃー!やったーー!」

布美枝の黄色い声は同時。

布美枝と浦木は、鬼気迫る形相の茂を振り返って「?」顔をした。

「…おかえりなさい」
「なんだ、ゲゲ?何怖い顔しとるんだ、お前」

茂の想像とはうらはらに、濡れ場のはずの二人はしっかり服を着込んでおり、
布美枝はハエたたきを、浦木は丸めた新聞紙を持って立っていた。

「…な、にを、しとったんだ?」

茂にはその場の状況が理解できなかった。
すっかり鬼の形相はなくなっていたけれど。

「ゴキブリが出たんです。もう涼しくなっておらんようになったと思っとったのに。
 それで、浦木さんに追いやってもらったんです」
「奥さんが家の中で叩き潰すのは気味が悪いから、外に出してくれと言うのでな。
 二人でゴキブリを追いやっとったんだ」
「うまく外に行きましたね」
「私の巧妙なる誘導のたまものですな」

笑顔で向き合う二人に、茂はちょっとむっとした。

しかして、自分の勘違いをどうにも説明のしようのない茂は、
「な、何しに来たんだお前はー!」結局浦木に当たるしかなかった。

「何しにとは冷たいじゃないの。近くを通ったから様子を見にきたんでねーか。
 そしたら煮物のええ匂いがして…」
「メシにありつこうって魂胆か!」
「…いやあ、まとまった金が入るまであと2、3日あるんでな。ちっとひもじいんだわ」
「帰れ!この野良イタチ!」

飼われたイタチがいるのかどうかはわからなかったが、
茂は浦木を蹴飛ばしながら玄関まで来ると、
自分が勢いよく入ってきて、その反動で開けっ放しになってあった扉から追い出した。

慌てて布美枝があとから追いかけてきて
「浦木さん、助かりました。これ、ちょっこしですけど」
と言って、握り飯の包みを渡した。

「ああっ!ありがとうございます、奥さん。
 それにしてもあげな鬼のような亭主によー尽くしとりますなあ。
 この前なんかもほれ、無理矢理玄関先でねぇ」

と言われて、はっとして布美枝は真っ赤になってしまう。

玄関前の廊下で、夫婦の甘い口づけを交わしている姿を
浦木にばっちり見られてしまったのはつい一月ほど前だった。

「ま、独り身としては目の保養、下半身の慰めに…」
「だらくそがっ!!さっさとどっか行けっ!!」

茂がまた赤鬼のように追いかけてこようとしたので、浦木は慌てて逃げていった。

部屋に戻った茂は、持って行き場のない怒りと恥を抱えてちゃぶ台の前に座った。
布美枝は呆れた顔でその背中を見やり、
「何もあそこまでせんでも…」と言って少しため息をついた。

「お前なぁ…!」

と言いかけて、布美枝を振り返る。
ふっと自分の想像の中の濡れ場で、浦木に抱かれて悶える布美枝の表情を思い出してしまった。

「ん?」
「ぐっ…」

茂は言葉を飲み込んでしまった。

「…お手伝い、しましょうか?」

そうっと襖を開けて、布美枝は茂の様子を伺った。
今日は浦木が来てから機嫌が悪いようで、ずっと口を利いてくれない。
もしかしたら「寝ろ」と言われるかも、と覚悟した。
けれど「…ん」と言って、原稿を布美枝の作業机に差し出してくれた。
ほっとする。

言葉はかけてくれなかったけれど、布美枝は嬉しくなって作業を始めた。
しばらくしんとした中、ペンの走る音と原稿をめくる音だけがしていた。
やがてこの沈黙に耐えられなくなったのは、茂の方だった。

「…おい」
「はい?」

布美枝は原稿から顔を上げずに返事をした。

「…浦木をそうそう家に上げるなよ」
「え?」

ぱっと顔を上げる布美枝。
茂の低い声に少し怖気づく。

「どげしたんですか?あなたの幼馴染でしょう?」
「ろくなヤツでないと言っただろうが」
「それは…そうですけど」

中森のこと、少年戦記の会のこと、色々と思い当たる節がある。

「けど、あたしは色々話が聞けて楽しいです。
 あたしの知らん頃のあなたのこと。今日もようけ話してくれました」
「…」
「ケンカばーっかししとったとか、昔から食いしん坊だったとか」
「ろくでもない…」
「浦木さんと話しとると楽しいですよ。話し上手ですけん、おもしろい…」
「そげなら俺と別れて浦木と一緒になったらえーでなーか」

言ってから、しまった、と思った。
思わず口をついて出た台詞は、しかしもう拾い返しようがない。
我ながらなんと子どもみたいなことを…。
なんとも厭味な、えげつない言い方と内容。
ガシガシ、頭を掻きむしる。すると、左側の視界にきらりと光るものが飛び込んできた。
はっとして顔を上げると、布美枝が大粒の涙を零して肩を震わせていた。

「な…」
「ひっく…な、なんでそげなこと…言うんですか…ひっ…
 何をそげに…今日は怒っとられるのか…あたしにはわからん…ひっく…」
「や、な、何も、泣かんでも…」
「ひっ、えっ…えーん…」
「わ、悪かった!嘘だ、本気で言ったんでなーわ!」

なかなか止まらない布美枝の涙に、茂はほとほと困り果てた。

自分のつまらない勘違いから、本当は浦木にも八つ当たりをしたのはわかっていた。
けれど、布美枝をも泣かせるまでのこの幼稚さ…。
自己嫌悪に拍車がかかるが、かといって布美枝にかける言葉は見つからない。

おどおどしながら、布美枝を抱き寄せ、背中をとんとん叩いてやる。
布美枝はぎゅっと茂の背中に腕をまわして、その胸の中でしばらく泣いていた。

「…悪かった…」

としか言いようがない。
しばらくしてようやく少し落ちついた布美枝を見て、ほっとした。
壊れ物でも扱うように、そっと布美枝の肩を抱いて自分から引き離すと、
涙の痕を軽く指でぬぐってやった。

それを合図に思ったのか、布美枝は茂を見上げる。
目と目が合うと、どちらからともなく、唇を触れ合った。

熱い吐息とともに離れた唇を、今度は布美枝の首筋に落とす。
茂の右手は既にブラウスのボタンをはずし始めていた。

と、布美枝の手がそれを制止する。

「…訊いてもええですか?」
「…ん」
「もしかして…」
「ん?」
「やきもち、やいとったですか?」
「!」

見上げてくる布美枝の、どこか悪戯っぽい視線から、茂は思わず目を逸らしてしまった。

「浦木さんのこと、ええように言ったからあなた、怒ったんでしょう?」
「…ぅ」

自分の顔が赤くなるのを感じた茂は、手で顔を覆うが
布美枝の「口撃」に撃沈寸前までの痛手を被っていた。

「うふふ」
「何を…さっきまで泣いとったヤツが」

それを言うのが精一杯だった。もう白旗を揚げるしかない。

すると。

布美枝が、茂の首に飛びついてきて、勢い余って後ろに倒されてしまった。
いつもとは違い、布美枝に組み敷かれ、見下ろされる茂の図。

その布美枝の顔には、さっきまでの笑みはなく、ちょっと緊張した面持ちがあった。

そうっと茂の唇に自らのそれを落とすと、二度三度、繰り返す。
稚拙なキスだったが、茂はただそれを受け止めた。

「あの…」

声も緊張しているような布美枝の問いかけに、視線で返す。

「今日は…このままで。その…物真似ですけど」
「…ん?誰の」
「あなたしかおらんです。あなたしか…知らんのですけん」

顔を赤くして視線をそらす布美枝を、いじらしく思いながら、
茂は下から布美枝の唇を誘いにいって、布美枝もそれに誘われて、二人は深く口づけた。

布美枝は茂の、茂は布美枝の、お互いの服のボタンをはずしていく。
布美枝の両手は小刻みに震えて、なかなか上手くいかない。
片手なのに、ずっと茂の方が早かった。
下着の上から柔らかい乳房の感触を愉しんでいると、怒られた。

「ぁ…ん、もうっ、気が散るっ」
「寝転んどるだけでは退屈だが。お前がトロくさいんだ」

やっと茂の服を脱がせることに成功すると、
広い胸にドキドキしながら唇を落とし、鎖骨に添って舌を這わせた。

「こそばゆいな…」

少し笑って、茂は言った。

今度は二つの突起を舐めあげてみる。
一方は舌で、一方は指で、愛してみる。
布美枝なら、この瞬間に鳥肌が立って一気にそれが下半身に飛び火するところだが、

「ぁははっ、こそばゆいわ…くっくっく…」

茂には何だか、子どものくすぐりあいのような反応しかしてもらえない。

布美枝は少し情けなくなってしまった。
茂がいつも布美枝にしてくれるように、優しく愛撫しているつもりなのに。
動きを止めた布美枝を、覗き込む茂。

「おい?」
「…ええこと、ないですか…?下手くそで…すんません…」

うーむ、と茂はちょっと悩んだが、
布美枝の手を取って、自分の足の付け根のあたり、
硬くなったそれ自身へ、導いてやった。
少し、躊躇した布美枝だったが、意を決したようにズボンを脱がせて、
それに触れて、何ともいびつな形を確かめるように撫でる。
そして、下着の中に手を入れて、直に触れた。

既にぬるっと先走った液がそれ自身を濡らしており、
生温かく、まるで生き物のように、その心臓を、どく、どく、言わせていた。
いつもは触れる間もなく、布美枝の中へ入ってくるそれを、
今日初めてそれ以外の場所で確かめているのだ。
遠慮がちに付け根から先端へ撫で上げる。
そして手の中にそれ自身を包み込み、上下に動かしてやった。
茂の吐息が熱くなった。

少し、嬉しい。
布美枝の愛撫で感じてくれることが、ただ嬉しかった。
しばらくそうして、茂の様子を伺っていると
負けじと茂も布美枝の下半身へと手をのばしてきた。

「…あっ…」

こちらも既に潤いが十分満ちていて、
すんなりと二本の指の侵入を許してしまった。
あっさりと下着を剥ぎ取られ、今度は下から布美枝が攻撃される。

「だ、めです…きょ、うは…あたしが…」

支配権を握るのだから…と言いたかったが、続かなかった。
まだまだそんな権限が持てるほど熟達してはいない…。
ちらり、と布美枝はそんなことを思った。

やがて茂に促され、その補助に添って
そそり立つ茂自身の上に布美枝の入り口が宛がわれ、ゆっくり腰を下ろした。
ぐっと入っていく感覚が、いつものように突かれるような衝撃ではなく、
貫かれる、という表現が正しいだろうか。しかし快感には変わりない。

「…っぁ」

布美枝は茂に覆いかぶさるように崩れた。
リズミカルに下から突かれる。
それに合わせて、布美枝も腰を動かした。
布美枝の中で、先ほどの生き物が暴れだす。

いつもは布美枝に覆いかぶさって、よく見えない茂の顔を、
今日はじっくり見ることができる。
快感に眉をひそめ、熱い息を吐いている茂。
否応無く、淫らで、とろけるような空気に包まれ酔ってしまう。
茂は布美枝の視線に気づくと、口の端だけを持ち上げて、
仕返しとばかりに布美枝の乳房を掴んで弄びはじめた。

「はぁ、は…ぁ…」

互いの息遣いが荒い。
布美枝はどんどん腰の動きを速める。
自分の快感と、茂の快感と、互いの高みに到達するまで、あとわずかだ…。

「っ…あぁ…ふ…み…」

名前を、呼んでくれるより先に、
大きく嘆息した茂が、その動きを止めた。
と同時に、布美枝の中に飲み込まれていた生き物がその種子を吐き出した。

――――――

本日の被害状況。

一、仕事部屋の座布団二枚。

二、布美枝のスカート。

以上を洗濯してきた布美枝は、すやすやと寝息をたてる茂を見やり、
ひとり、「ふふ」と笑みを浮かべた。
その子どものような寝顔と、やきもちをやいてくれたときの顔。
それだけでこの世の幸せを全部自分が抱きしめているような気分になった。

浦木さん、また来んかなあ…。
来たら、この人の妬いた顔、また見られるのに。

いつもは迷惑千万の浦木も、そう思うと何だか恨みきれない男に思えるのだった。






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ