村井茂×村井布美枝
「村井さん、お届け物です」 よく晴れた日の朝、布美枝が洗濯物を干していると、 安来の実家から荷物が届いた。 実家で採れた蜂蜜、 姉のユキエの嫁ぎ先からの野菜、 そして母ミヤコからの達筆な手紙など、 布美枝にとってはどれも心に染みるありがたい贈り物ばかり。 その中に…。 「あーっ!にしきやのお饅頭!」 「饅頭?」 仕事をしていたはずの茂が、「饅頭」の言葉に反応して、いそいそと寄って来る。 「安来では老舗の和菓子屋さんなんですよ」 「そげか」 そんなことはどうでもいいとでも言いたそうに、茂は饅頭の包みに手をかけた。 そんな茂を見ながら、布美枝は呆れたようなため息をついて、 お茶を淹れようと立ち上がった。 懐かしいな、「にしきや」か…。 ふふっと、昔を思い出して笑った。 それに気づいた茂が 「ん?」 びりびり、子どものように包みを乱暴に破きながら布美枝を見上げた。 湯呑みを差出しながら 「あたし、今頃この和菓子屋さんの女将さんだったかも知れんのですよ」 にこにこしながら言った。 「え?」 「あなたとお見合いするずーっと前、このにしきやの若旦那さんとの お見合いの話があったんです」 「…」 ぴたり、茂の手が止まる。 「初めての縁談の話だったけん、すごくドキドキして。 洋裁学校の帰りに友達と相手の顔、見に行ったりして。ふふふ…」 茂の周りに怪しげな雲がかかってきたのに、布美枝は気づかずに話し続けた。 「客商売の家の方だけん、すごくにこやかで、親切で、優しそうな方だったな」 「布美ちゃん」そう呼ばれてにっこり振り返る自分の姿。 想像してワクワクしていたっけな。 布美枝が回想的妄想に浸る横で、茂はむっつりして 「…にしきやの女将さんよ、その話、いつ終わるかね。 もう俺は饅頭を食べてもええかね」 いらいらして訊いた。 「な、なんか怒っとりません?」 「ふぇふに(別に)」 乱暴に饅頭を口に放り込んでそっぽを向いた。 小声でブツブツと「どーせ、俺は愛想が無うて、気が利かん男だわ」 布美枝は向こうを向いた茂を、無理矢理覗き込んだ。 茂はさらにそっぽを向く。 負けじと覗き込む布美枝。 ぐいぐいと顔をそむける茂。 しばらくそんなことを続けたかと思うと、 「ぷっ…あはははは」 とうとう布美枝は笑い出してしまった。 「何が可笑しい!」 「だって…あはは、こ、子どもみたいに、何拗ねとるんですか」 「…」 ぐう、という音が聞こえたような気がしたが、 またしても茂はぷいと首を向こうへ向けて、仕事机に戻ってしまった。 「…もう」 布美枝は茂の傍へ這って近づくと、下からその顔を覗き込む。 「…和菓子屋の女将になれんで残念だったな」 「…漫画家の女房にはなれましたよ?」 「ずいぶん段が下がったでねか」 「そうでしょうか」 「貧乏だし」 「うふふ」 布美枝は姿勢を正して茂に向かい、 「こーう、この辺に…」 人差し指をくるくると、茂と自分の間を行ったり来たりさせて 「ご縁の糸があるんです。見えんけど、ある」 「糸…?」 「あなたとは、それで繋がっとる。 にしきやさんとご縁がなかったのも、いずれあなたと会うように 糸がちゃあーんと、導いてくれとったからです」 「…」 「それから布美枝は、ご縁の糸で繋がっていた茂さんとお見合いをして、 漫画家の女房になりました。こっぽし」 「めでたし、なのかね?」 「まだこの話は続いとりますけんね。でも終わりが良ければ全てめでたし、です」 「そげか」 二人は顔を見合わせて、同時に微笑んだ。 茂が布美枝を抱き寄せて、たくさんのキスをくれた。 …までは良かったのだが、次は胸をまさぐりだしたので、 さすがの布美枝もストップをかける。 「こっちの饅頭のが、やらかくて美味い」 「ちょ、もう、何言っとるんですか」 などというやりとりをしながら、二人はごろんと転がって、 何度かキスを繰り返したり、くすぐり合いをしたりして嬌声を上げていた。 「おい、ゲゲ上がるぞ。おっ、美味そうな饅頭って…オーイ!」 寝転がったままの二人が見上げたその先に、ニヤニヤ顔のイタチが出現した。 「お前らほんとに、昼間っから好きだねぇ」 「…浦木…お前は…ほんっっっっっとに…!!!!!!」 そして毎度お馴染みの光景が繰り広げられるのであった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |