ゲゲ先生のご趣味(非エロ)
村井茂×村井布美枝


「う〜む…」

編集部より送られてきたペラ紙一枚を前に、茂は首を捻っていた。

原稿に向かうのとは少々異なる様子に、布美枝はそっと背中から覗き込んだ。

「…水木先生…徹底解剖……?」
「あー。今時の読者は作品だけでなく、作者にも興味を持つもんなんだのー…」

羅列された質問を、虫食い問題のようにいくつか空欄を残して進める姿は、
苦手なテスト用紙を前に時をやり過ごすゲゲ少年の姿を思わせた。

「こげなもん聞いてどうするんだか」
「ふふっ。あ、でもこの『先生の趣味は?』なんて、簡単じゃないですか」
「あ?」

ふとひとつ思い当ってペン先を押しつけると、

「お墓巡り、ですよね?」
「む……」
「あ…れ? 違いました??」

別の答えを書きかけた手を止めて、茂はきょとんと見開いた布美枝の瞳を見つめた。

俺の趣味は──
確かに墓巡りもいい、戦艦作りも好きだ。
いまやテレビ鑑賞も趣味といえるかもしれないし、何より食うことが好きだ。

けれど一番の趣味・鑑賞といえば……

いつからか、目の前の布美枝が喜ぶ顔を見るのが一番好きになっていた。

墓場鬼太郎の連載を喜ぶヤッターダンス──あれは良かった。
たまに上機嫌で鼻唄を歌うのは知っていたが、まさか奇妙な踊りまで堪能だとは知らなかった。

そもそもこの家へ初めて訪れたタクシー内では──夢見る少女のごとく
きらきらした瞳で東京の街並みを車窓から見上げていたっけ。

空母のごとく長い茂好みの顔が様々な表情を見せるのを、茂はこよなく愛していた。
少しでもその喜ぶ顔がみたくて、布美枝も知れず発奮していることも間々あった。

けれど、あまりやり過ぎてもいけない。これは微妙なさじ加減だ。

ラジオを一六銀行から出してやった時は、期待通りの笑顔がみれて満足だったが、
自転車を買ってやったりなどすれば、喜びを通り越して泣いてしまったりもする。
あれは本当に驚いた。何も泣かんでも……。

それに心配ごとに頭を悩ませている時も、やはりうまくいかない。
ご近所連中……あの時は太一の心配だったろうか?
せっかく喜ぶだろうと鬼太郎の新刊を一緒に見ようと開いてやったというのに、
思うようには喜んでくれず、ついこっちも当てが外れてムッとしてしまった。

この趣味は、本当に奥が深いのだ。

やり過ぎがいけないといえば……
せっかく悦ばそうとして発奮しても、失敗する夜もある。

あんな処やこんな処をまさぐっている間は、嬉々として身を捩るのに、
それならもっと……と執拗に舌を走らせれば、その喘ぎが苦しげに潤んでしまう。
こっちがどれほど辛抱して、湧き出る泉への侵入を耐えているのか知らんのだろう。

ふとやり過ぎて目を上げると、熱を帯びた瞳が潤んでいる。
あれはいかん。あの、猫のような瞳で見つめられるのには本当に弱い。

それでいて、こちらの我慢すらも振り切れてしまい、もっと啼かせてしまうことになってしまう。

事後。ぐったりと横たわる姿をみて、しまった…とは思うのだが、
翌朝になれば鼻唄交じりの上機嫌で台所に立ち、朝飯の一品も多いところをみると、
これはこれで失敗ではないのかも、しれない。

テレビくんの原稿料に目を丸くして、ひと桁ひと桁数える無邪気な表情は、
思わずじっと凝視してしまうほどだったな……などと思い起こしているうちに、
また無意識に微笑んで眺めていたらしい。

「どげしました? あの…違っとってですか……ね」
「ん? あ…ああーそげだな。墓巡りだったわ」

よもや何十万部数もの雑誌に、嫁の笑顔鑑賞が趣味です、などと惚気るわけにもいか
ない。

茂は気恥ずかしさを噛み殺し、口元を歪めながら、
達者な字で『墓場めぐり』と書き入れた。






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