喜びの日(非エロ)
村井茂×村井布美枝


 「まさか…赤ん坊か?」
口元を押さえながら、布美枝はこくりとうなずいた。心なしかその顔色が青い。

「あ…でも、とりあえず明日病院行ってみんことには、何とも…」
「今日行け」
「え?」
「こげな事は早いこと調べた方がええんだ。今日行け。今すぐ行け」

強い口調に圧され、半ば追い出されるように布美枝は家を出た。

布美枝を送り出し、玄関先でにわかに落ち着かなくなった茂の背中から
浦木が声をかける。

「いや〜おめでとうゲゲ。俺も親友として祝福するぞっ」

そういって茂の肩に腕を回した。そのニヤニヤ笑いに、茂は思わず仏頂面で返した。

「…まだ出来とると決まってはおらん。喜ぶのは早い」
「女がああ言うのは大抵、確信しとる時だ。それに…」

演出めかして言葉を切り、顔をずいと寄せた。

「身に覚えが無い訳ではないんだろ?んん?」
「ダラ言うなっ、身に覚えがないのに赤ん坊が出来てたまるか!」

ぶんっと体を振って浦木の腕をほどいた。

「夫婦円満で、結構なことじゃないの〜」

カラカラと笑う浦木を、もうお前帰れ、といつものとおり首根っこを掴み
家から叩きだした。

「赤ん坊か…」仕事に戻ってみても、早く布美枝が帰ってこないかとばかり
考えていた。ぬか喜びでは困る、あまり期待しすぎないようにと心がけても
はやる気持ちは抑えられなかった。

  一方、診察を終え帰路につく布美枝は、どことなくふわふわした気持ちで
歩いていた。

お腹の中に赤ちゃんがいる。二人目の子供が生まれるのだ。
布美枝はそっと腹部に手をやった。最近おめでたい事続きだったが、
自分にとって一番身近に感じられて嬉しいのはこのニュースに思えた。
経済的な事情が許せば、藍子にもきょうだいの賑やかさを与えて
やりたいとも密かに思っていたのだ。

「お父ちゃん、喜んでくれるかなあ…」布美枝はつぶやいた。

『子供は、大変だぞ…』

藍子を身籠った時の茂の言葉を思い出した。
今思えば、急に妊娠を告げられてあの人も不安だったのだろう。だが。

あの時よりはだいぶ暮らし向きも良くなったけど、また漫画の仕事が
いつ途絶えるとも限らない。子供が二人となると、確実にお金がかかる。

「喜んでくれるとええけど…」嬉しさの中に、ほんのひとさじの
不安を落とした。

 「ただいまー」布美枝がドアを開けると、なんと玄関の前で茂が
待ち構えていた。「遅かったな」

「病院混んでて…。お父ちゃん、もしかしてずっとここで待っとったの?」
「ずっとではなーぞ。お前が遅いけん…、それより、どうだった」

やや緊張しながら布美枝は報告した。

「やっぱり、出来とりました」

一瞬、間があいた気がした。

「予定日は?」
「来年の1月です」
「今何ヶ月目だ」
「もう二ヶ月目に入ったと…」
「男か女かわからんのか」
「無茶言わんでくださいっ」

矢継ぎ早に飛んでくる質問を受けながら、
布美枝は妙な気分を味わっていた。

(あれ、なんか…)

茂はそうか、そうか、と確認するようにうなずき、
せわしなく足踏みしている。

(この人…もしかして、はしゃいどるんだらか)

表情からは判りづらいが、実家に連絡しなければとか、栄養がどうとか喋っている夫は
興奮していると形容できる様子だった。

思わず観察するような目つきになった布美枝に気付いたのか、
茂は取り繕うように一つ咳払いをした。そして、布美枝の目を見て、

「大事にせえよ」と言った。

喜んでくれている…。体の内から幸福感が湧き上がった。
何を不安になっていたのだろう。新しい家族が増える事を、この人は喜んでくれている。

「だんだん…」

布美枝は微笑んだ。茂も照れくさそうに笑い、
妻の、まだ目立たない腹部に手の平をあてた。その大きな手から
体温が伝わる。布美枝も、その上から両手を重ねた。

「……」夫婦は見つめ合った。

「おかあちゃーん」そこに、藍子が居間から駆け寄ってきた。
慌てて二人は手を離す。

「藍子、来年にはお前もお姉ちゃんだぞ」
「おねえちゃん?」
「ああ。お母ちゃんのお腹に赤ちゃんが出来たんだ。お母ちゃんが
大変そうな時は手伝ってやらんといけんぞ」
「わーい、あかちゃん!あかちゃん!」

まだよく呑み込めていないなりに嬉しそうな娘を、茂が頭を撫でてやった。

(皆、あんたの事、楽しみに待っとるよ)

布美枝がお腹に呼びかけた。

幸せそうな村井家を、居間の一反木綿が、これまた幸せそうに見つめていた。






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