村井茂×村井布美枝
『悪魔くん』の初回のテレビ放送を、思いがけず境港の両親までも一緒に見届けて、祝杯に沸いた今日。 しかしその夜の茂は、祭りの後の侘しさに似た様相を呈していた。 キィ…キィー… 静まり返った仕事部屋に、イスの軋む音がしている。 風呂上りの布美枝がそっと部屋を覗くと、 イスに座って身体を揺すらせる茂の後姿があった。 「おとうちゃん?」 呼びかけられた茂が、首だけ後ろに向けて布美枝を見る。 「まだお仕事ですか?」 「うん…」 布美枝が肩を揉むと、茂は無言で背もたれに身を預け、目を閉じてじっとしている。 今日の放送に向けて、仕事を詰めていたから疲れているのだろうか。 それとも、こみ上げてくる何かに思いをはせ、感慨にひたっているのだろうか。 戌井との電話でのやりとりを聞いてしまった布美枝は、後者の茂を想像した。 「おとうちゃん」 「ん」 布美枝は少し意地悪く、茂の肩から首に手をまわして、顔のすぐ横から茂を覗き込んだ。 「泣いとったの?」 「だらっ。誰が」 ぷいと横を向いた茂に、少し微笑んで、それからそのままぎゅっと大きな背中を抱きしめた。 「…やめんで良かったですね、漫画」 茂は何も言わなかったが、うんうんと小さく頷いた。 「最近夜が冷えるようになったけん、もう寝ろ。身体冷やしたらいけん」 布美枝の手を解いて、イスごと布美枝に向き直ると、そっと大きくなったお腹に手をやった。 その優しさに感謝して、「おやすみなさい」一礼して立ち去ろうとした。 すると。 「…あー…ちょ、っと」 イスから立ち上がった茂が、布美枝を呼び止めた。 「どげしましたか?」 「うん、ちょっと」 少しそわそわしていたが、やがて布美枝の腕を取ると、軽く引き寄せて口づけた。 しばらくして、布美枝の方から唇を離すと、追いかけてきて今度は舌を絡ませる。 熱を帯びたキスにドキドキして、茂の肩に置いた布美枝の手が少し震えた。 唇が離れたあと、つっかえるお腹に遠慮しながら、茂は布美枝を抱きしめた。 「お、おとうちゃん…」 「これくらい、ええだろ。ずいぶん我慢しとるんだけん…」 「…」 「うーむ…けどモノ足りん」 呟くと、茂の手が布美枝の背中から尻のラインを撫でながら辿る。 「やっ…」 「…だら、なんもせんわ」 「助平」 じとっと茂を睨みつけてみたが、拗ねたような顔の茂に思わず噴きだしてしまい… 「笑うなっ」 「あははははっ、だ、だって…」 ケラケラと布美枝は笑った。 むっつりとした顔で、茂はまた仕事机に向かう。 「もうええっ!仕事するっ!コーヒー持ってきてくれっ!」 「あは、は、はい…」 クスクスとほくそ笑みながら、布美枝は台所に行き、コーヒーを持ってまた現れる。 背中がいじけているのが分かって、またクスクスと笑いがこみ上げる。 その笑いの中には、たくさんの愛おしさが詰まっていて。 「はい、コーヒー」 仕事机の横の机に、コーヒーと夜食のどら焼きを置くと 「おやすみなさい」 去り際に、ぶすっとした茂の横顔にキスをひとつ落として、布美枝はにっこり微笑んだ。 SS一覧に戻る メインページに戻る |