木婚式
村井茂×村井布美枝


「先生?これ、そのペン立ての、ちゃいますか?」

今日も忙しい一日が終わり、三人のアシスタントが帰り支度をしているとき
倉田が床に落ちていた小さなボタンを拾って茂に差し出した。
見ると、確かに布美枝にもらったペン立ての飾りになっていたボタンだった。

「だいぶ長いこと使っとるけん、取れたんだな」

「先生、これ、奥さんからのプレゼントじゃないですか?」

妙に何事にも鋭い小峰が、ずばりと当ててみせた。

「そういえば〜。先生のものにしてはずいぶん可愛いらしいとは思ってたんだよな〜」

菅井が、ひょうたん顔をにやにやさせながら、倉田の後ろから茂をちらりと見る。
茂は頭をぽりぽり掻いてから、少し乱暴に件のペン立てを引き寄せて、被害状況を確認する。
これは、結婚一周年のときに布美枝からもらったもので…などと、
惚気ながら説明するのはこの無愛想な男には到底無理な話だった。

「…あっ!!」

とたんに茂が大声を出してイスから立ち上がったので、三人は驚いてそれぞれ一歩づつ引いた。

「しまった…」
「ど、どないしはったんですか?」

強ばった表情でカレンダーを睨む茂に、三人は眉をひそめて顔を見合わせる。

「先生?」

後ろから呼ばれて、はっとして振り返った茂は、

「…な、なんでもない。お疲れさん、また…明日も頼む」

そう言って三人を残し、そそくさと仕事場から撤収した。

もう0時近くになっていた。
台所を覗いてみると、寝巻き姿の布美枝がまだ片付けをしているところだった。
ほっとしたが、すぐに緊張して、義妹のいずみが居ないか周りを確かめる。
その気配に気づいた布美枝が、茂の姿を認めると「お疲れ様です」と言ってにこっと笑ってくれた。

「コーヒー入れましょうか?お風呂に入りますか?」
「うん…コーヒー」
「はい」
「…喜子は?」
「よー寝とります」
「藍子は?」
「最近はあたしより、いずみの方がええみたいで。一緒に寝とります」
「そげか」

最近では、愛娘の顔を愛でる時間もさほど取れない。
そんな状態だから、愛妻と愛し合う暇など到底…。
というよりも、喜子を身ごもって以来ずっと…ということになるので、
果たして前回の営みがいつであったのか、
その行為への誘い方でさえ、もう既にすっかり忘れてしまっている。
40も過ぎた大の男が、こんな欲丸出しのことを考えているのも滑稽だが、
30を過ぎて2人も子どもを生んだにも関わらず、
なおその身体のライン美しく、艶かしい布美枝も異常だと思った。

長い間見ていない、あの寝巻きに隠された向こう側はどうなっているのだろう…。
などと考えていると、ふわっとコーヒーの香りが茂の鼻腔をくすぐった。

「どげしましたか?」
「え?」
「何か考えこんどるみたい」
「あ…いや…」

見透かされるのかと思って、慌てて角砂糖をどばどばと投入する。
布美枝は苦笑いして茂を見ていた。「甘そう…」味を想像して、うえーっと舌を出す。

「…すっかり、忘れとった」

コーヒーを一口飲んで、茂は詫びの気持ちを含めて呟いた。

「え?」
「今日…30日、だったな」
「……思い出しましたか」

やれやれ、という顔で布美枝は茂を見たが、すぐに笑顔になって

「思い出してくれただけでも嬉しいです。
 忙しいんだけん、今日が何月何日かなんて、意識しとらんのでしょう?」

今日は1月30日。
茂と布美枝の、結婚記念日だった。
きっかけは、先ほどのペン立て。
倉田がボタンを拾わなければ、あるいは何も思い出さずにいたかも知れなかった。

「何年になる」
「36年だから…丸5年です」
「ふぅ…ん、なんかまだ、全然だな」
「何がですか?」
「えっ…と…」

何がと訊かれると、具体的にこうだと言えることがなかった。

まだ全然、月日としては浅いな、とか。
まだ全然、これからが長いよな、とか。
まだ全然、お前は若いな、とか。
まだ全然、あの頃と同じくらいに、お前のことを…………とか…。

出会って5日で結婚したのだ。つまり、知り合ってからもまだ5年ということ。
それにしては、ずいぶん密度の濃い5年を過ごしてきた二人である。
5年の月日の様々なことを思い出して、しばし二人の間には沈黙が流れた。

「今夜は雪が降るそうです」

布美枝が窓を見やりながら「テレビで言うとりました」と言った。

「1年目のときと同じ。あの日も雪が降って…。あなたが雪かぶって帰って来て」
「ああ、そげだったな。深沢さんが倒れたときだ」
「なーんもない、粗末な記念日でしたけど。でも」

幸せだったぁ…と呟いて、目を伏せた布美枝の横顔の美しさに、茂はどきりとさせられた。

「あ、でも、今日だってしあわ…」

続きを言わせてもらえずに、布美枝の唇は茂の唇に塞がれた。

重ねる唇の隙間から、茂の舌が忍び込んできて布美枝のそれと交わりあう。
絡み合っては離れ、また互いを求め合って行き交う。
茂の右手が、布美枝の頬を軽く撫でて、それから人差し指を首筋から辿りながら降下させ、
布美枝の柔らかい胸に到達すると、ノックをするように軽くつついた。
布美枝にはそれが何の合図なのか、一瞬で分かった…。

唇が離れると、布美枝は急にすっくと立ち上がり、茂のコーヒーカップを取って流しへ向かった。
その突然の行動に茂はためらった。拒否、されたのだろうか。
イスに座ったまま、そんな布美枝の後姿をじっと見つめていると、
ふいに布美枝が振り返って、茂の手を取って引っ張った。
よろけながらその誘いに任せていると、隣の居間まで来てぴたりと止まり、
茂に振り返りざま、ぎゅっと抱きついた。
肩に顔を押し付けて、蚊の鳴くような声でぼそぼそと

「…二階は…いずみがおりますけん…」

と、呟いた。

考えてみれば、結婚した当初こそ中森という同居人が居たけれども、
もともとこの狭い家に出入りする人間などいくらもいなかったはずなのだ。
しかし、ここのところの村井家の人口密度の高さは、こういうときに障害になる。

喜子を妊娠してからの布美枝の手伝いとして、
いずみが来てくれたのは、茂も心底感謝しているが、
身内であるいずみは、こういうときには気兼ねをしてしまう人間の最たるものではある。
まったくの他人の中森とはまた少し、気の使い方が違う。

アシスタントの三人だって、独身の若い男どもばかり。
茂と布美枝が、どこかそういう艶っぽい雰囲気をかもし出してしまえば、
とたんに沸き立ってしまいそうな勢いがあった。

加えて、殺到する仕事に付きまとう編集者。
これがまた、仕事を運んで来てくれる福の神とは言え、
まだかまだかと迫ってくるときは、鬼のようにも思えて、
布美枝との距離を最も遠ざけてくれている原因と言ってもいいだろう。

久々の営みが、台所横の居間というのはずいぶん色っぽさがないが、
ぜいたくを言っているほど、茂の欲も品が良いわけではない。
強く抱きついている布美枝の肩を押して、少し自分の身体から離すと、
すとん、とその場に腰を下ろし、布美枝の手を引っ張って自分の胡坐の上に座らせた。

自分の足に跨った布美枝の、白い太ももが寝巻きから露わになって、思わず撫でる。

「…ゃっ…」

過敏に反応して、細い指が茂の肩を掴んだ。
図らずも互いの顔が間近になって、そのまま深く口づけを交わす。
口づけたまま寝巻きの帯を解いて、背中を手でまさぐるだけで、また敏感に反応する。

ホックを外して、ブラジャーだけをずらすと、寝巻きの隙間から形の良い乳房が茂の眼前に現れた。
思わず果実に食らいつくように吸い付く。
柔らかい乳房の先端に、実るピンク色の実を認めて舌を伸ばした。

「…っあ…っ」

よがる布美枝の身体を右腕で支え、なおもその実を口に咥えて遊んでいると、
ふと、赤ん坊の匂いがする。
気になって少し顔を離して見ると、先端からじわじわ母乳が出ていた。

喜子が生まれてまだ1ヶ月なのだ。当然といえば当然である。
布美枝はそれに気づいて慌てて胸を隠してみたが、茂がそれを制し、
滴りはじめた乳を舌ですくって舐めた。

「っ…」
「…甘いな」

本来なら、今この時期の布美枝の身体は、「母」としてのもので
自分が抱いて良いものではなかったのかも知れない…。
けれど、甘い乳の匂いは、大の男をも夢中にさせるほどの効力を持っていたようで
茂はまた布美枝の乳房を揉みしだき、果実から零れる甘い汁を吸った。

「はっ…ん…んんっ…ぁあっ…」

数ヶ月ぶりの熱い愛撫に、布美枝の遠慮がちな嬌声の中にも昂ぶりを感じる。

やっぱり…と茂は思った。

しばらくぶりに見た布美枝の細く、美しい身体は、2人の子どもを生んでなお崩れることなく
柔らかいところは柔らかく、しなやかなところはしなやかに、さらさらとした肌も健在だった。
早くその先も確かめたい…茂の手が、布美枝の寝巻きを全て脱がそうとしたとき。

「いやっ……」

それまで無抵抗で茂に身を任せていた布美枝が、急に寝巻きをぐいとひきよせ、
まるで剥ぎ取られまいとするように、胸の前でぎゅっと握り締めた。
そして、申し訳なさそうにずるずると茂の膝から降りて、畳の上にへたりこんだ。
突然のことに驚いた茂は、かける言葉もなくしばらく呆然と布美枝を見ていた。

「さ…寒いのか?」

やっとのことで出た茂の言葉に、布美枝はぶるぶると首を横に振った。
何やら言いたげな顔で、所在なさそうに肩をすくめている。

「あの…」
「どげした?」

今さら、やっぱり無理だとか言うのだろうか。
茂は先ほどから張り切って突っ張っている自身の下半身を思って、少し同情した。

「そのぅ…」
「なんだ、はやこと言え」
「…びっくり…せんでね」
「え?」
「傷痕…」
「あ…」

布美枝が慌てて寝巻きを着込んだ理由が、茂にもやっと分かった。
帝王切開の傷が、まだ癒えていないのか…。

「見せてみろ」
「…」

しばし戸惑い、躊躇する布美枝だったが、茂が手をかして膝立ちにさせると、素直に従った。
ゆっくり寝巻きを観音開きに解いた。
細い首から筋が延びて、鎖骨がくっきりと美しく浮かぶ、その下には形のよい乳房。
ウエストのラインはくびれをくっきり造って、尻へと続く綺麗な湾曲線…。
何も、変わらない布美枝の美しい身体…。
その中心に、縦に赤い手術痕が見えた。

「痛むのか」
「違和感はありますけど…痛みはもう、ないです」

そっと、指先でそれに触れると、ぴくりと布美枝が反応する。
まるで申し訳なさそうに、少し潤んだ瞳で茂を見下ろしている。
茂は傷痕にそっと唇を押し当てると、布美枝を見上げて

「おかあちゃんの勲章だな」

言ってから、にこっと笑った。

布美枝の表情が一瞬にして緩み、いつもの笑顔が戻る。
抱きついてきた布美枝の肩越しに見えた背中は、以前と同じようにしなやかだった。

布美枝の身体をゆっくり支えながら、そうっと横たえると、
傷痕を少し撫でてから、秘所へと指を伸ばす。
以前なら、もうそこには茂を迎え入れる準備が万端整っているほどの潤いが溜め込まれていたころだが、
今日はいかんせん、前回の営みから日にちが経ちすぎているせいか、
布美枝の緊張そのままに、下着の中はじんわりと汗ばんでいるだけだった。

指で突起を弄んでみても、布美枝はわずかに腰をゆすらせるだけでかたくなに入り口は閉ざされたまま。
茂は恥ずかしそうに閉じられた布美枝の脚を割って、顔を埋めた。布美枝の身体がそれだけで反応する。
ざらっとひと舐めすると、はあっと大きく息を吸い込んで身を震わせる。
それが誘い水となって、反応した場所からじわっと液がにじんでくる。

「あっ…ん…」

身をよじる布美枝の腰を捕まえて、さらに舌で攻めると
堰を切ったように、泉の水が溢れ出してきた。
指を浸入させれば、内襞が驚いて弾くように抵抗する。
それでも無理矢理に奥へ進めば、布美枝がのけぞって声をあげた。
蜜を味わうようにねっとりと舌を這わせて、探し物でもするように指を掻き分ければ、
布美枝の肢体が淫らにくねり、「し…げ…さ…」うわ言のように茂の名を呼ぶ。

外は予報どおり雪が降るほどに冷えてきたが、
二人の身体は、強く互いを求めるあまりに足先まで火照り、
茂は思わず乱暴に上着を脱ぎ捨て、自身の最も熱く昂ぶる場所を勢いよく解放した。
そのまま乱暴に攻めてしまいたくなる衝動を抑え、だらりと横たわる布美枝の、
赤い傷痕に今一度口づけてから、ゆっくり、その身を挿し入れる。

「…っっ…んっあ…」

熱いため息が洩れて、布美枝がまたその背中をのけぞらせる。
のそりのそりと進んでいく分身が、内襞にじわじわと押し返され、
長い禁欲生活のせいで、何もせずにもすぐに達してしまいそうになる。

「…大丈夫か」

気をそらせるために、布美枝に問いかけてみる。
眉をしかめて、半分涙目になっている布美枝が、それでもこくこくと頷いた。

最奥まで挿入すると、茂は届く範囲の布美枝の全てに口づけを繰り返した。
その間にも、腰を軽く突き上げて攻める。

「ふっ…んんっ…あっ…、あ…ん…」

布美枝の艶かしい声に、茂の欲はいっそう深くなって、もっと乱してやりたくなる。
指で敏感な突起を弄んでやると、さらにハラハラするような声が響いた。

「やっ…あっ、あっ…ん、あん、ああっ…ああっ」

上下する乳房にも吸い付くと、懇願するようにまた名前を呼ばれる。

「しげぇさ…ん、も…ぅ、はぁっ…あっ…も、ぅ…やめっ…」

茂の肩に掴まっていた布美枝の手が、ずるずると力を失っていく。
溜めこんでいた涙がぽろぽろと零れていくのが見えた。
茂はそれを唇ですくいとって、布美枝の耳元でひとつ大きく息を吐くと、一気に腰を打ちつけた。

「あああ…っ!」

布美枝は思わず茂にしがみついた。
茂も布美枝を強く抱いて、唇を塞ぐと、腰の動きをさらに速める。
布美枝が鼻を鳴らして、その動きに任せて身を揺らす。
やがて茂自身は、布美枝の奥底へ、数か月分の精を全て吐き出した。

息を整える間も、二人は強く抱きしめあったまま、じっとしていた。
ふと、傷は大丈夫だろうかと気になって、茂は身体を起こして布美枝を見下ろした。

「大丈夫か」

布美枝はそれに笑顔で答えた。
そして、両手を広げて子どもが抱っこをねだるように、茂に催促をする。

「ん?」
「起こして、ください」

茂は布美枝の腕をひっぱって、繋がったまま座る格好になった。
布美枝はぎゅっと茂に抱きついたまま、しばらく動かない。

「どげした?」
「…おとうちゃんとこうしておるの、久しぶりですけん…」

確かに、夫婦の営みもご無沙汰であったが、
二人でゆっくり話すこと自体も、ずいぶん久々のことだった。

「…ああ、そげだ」
「はい?」
「ペン立て、お前にもらったやつだ。飾りが取れてな」
「あら、そげですか」
「直るか」
「はい。長いこと使ってもらえとって、嬉しいです」

にっこり笑う布美枝の顔を撫でて、茂も微笑んだ。
二人はまた、何度目かの口づけをした。






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