ロールキャベツ
村井茂×村井布美枝


昭和37年1月30日。今日は初めての結婚記念日。

茂が家を出た後、掃除を終え、買い物から帰ってきた布美枝は早速
夕飯作りに取りかかった。今日は、新聞で見つけた新しい料理に
挑戦する予定だった。

「本当は、もっとお肉を多くしたいとこだけど…」

独り言を言って、大量の玉ねぎを刻み始めた。ひき肉の代わりに、
玉ねぎとパンくずでボリュームを出す作戦だ。

あとは煮込むだけのロールキャベツ。
火を点けて鍋にフタをすると、一息ついて、窓から外を眺めた。

結婚して一年。振り返ってみれば、あっという間の一年だった。
実家にいた頃よりもずっと濃い時間だった気がする。

「あの人の40年生きた内の1年、かあ…」十歳年上の夫を想った。
40分の1というとほんの一時に感じた。

(私、あの人の人生の一部になれとるんだろか)

思わずそんな事を考えてしまうのは、亭主に惚れた女房の宿命か。

家事をする人間がいなかったら茂は多少は困るだろうが、
いないならいないで一人でなんとかするだろうとも思う。
漫画のアシスタントもしているが、所詮は素人の仕事だということも
わかっている。布美枝は、ほんのり切ない気持ちになった。

旦那様は優しく、毎日は穏やかなのに。

茂にとって必要な女房になりたい、いなくてはならない存在で
ありたいと望んでしまうのは、欲張りだろうか。


カタタタタッ、と鍋の中の蒸気がフタを持ち上げた音で布美枝は我に返った。

「『40年、50年と一緒に生きた果てに、これで良かったと思えたら
それでええんだ』」結婚式前夜の源兵衛の言葉を復唱した。
まだまだ結婚生活は先が長い。そのうちの一年を終えたぐらいで、
焦ってどうする。

「いつまでも新婚気分でいけんな、うんっ」

自分を叱咤し、目の前のロールキャベツの味見に集中した。

その夜、茂は遅くに帰ってきた。倒れた深沢に病院まで付き添って
色々時間をくったせいで、先ほどおでんをつまんでいたのに空腹だった。

布美枝がよく煮込んだロールキャベツを皿によそう。
茂の目の前に出されたのは、見た事がないものだった。

「ロールキャベツです。今日初めて作ってみたんで、うまく出来たか
ちょっこし心配なんですけど…」
「ハイカラな料理だな」

食欲をそそるコンソメの匂いを漂わせるロールキャベツに、茂は大きく
かぶりついた。

「うん、美味い」ほおばりながら感想を述べた。
「そげですか?良かった」

好き嫌いのない茂だが、はっきり褒めてくれる事は少ない。
布美枝は嬉しくなって、他の料理も張り切って器に盛り付けた。

「これ、またたまに作ってくれ」

淡々と茂が言った。

「……はいっ!」美味しい、と二度言われた気がして、心の中で
両のこぶしを握った。


食べながら、頬を紅潮させて笑顔になる布美枝が視界に入って
茂もこっそり口元に笑みを浮かべた。
喜ばせる為に褒めた訳ではない。だが、自分の言葉にこうも素直な
反応を見せる女房を、可愛いと思った。

茂の後に布美枝が風呂から上がって、二人の布団を敷いている間、
茂は外の雪を眺めていた。当初布美枝が出窓だと期待していた所で、
目の前には墓場が広がって、ある意味で絶景だ。

布美枝も茂の隣に並んで、舞い散る雪を眺めているうちに、
結婚式の夜の記憶が蘇ってきた。

「一年前も、こげな風に雪が降っとりました」
「一年前?」
「境港の実家で、あなたと外を眺めてた時です」
「雪なんて降っとったか?」茂が首をかしげた。
「降っとりましたよ!あなたは先に眠っちょったけん、覚えとらんですけど」

布美枝はふふっと笑った。そんな妻を茂は横目で見た。

一年前までは存在すら知らずにいた女。
布美枝が自分の生活にもたらしたものを思い起こしてみた。

温かい食事、清潔なシャツ、掃除が行き届いた部屋、お帰りなさいと
迎えてくれる声、生姜の湿布、机に飾られた野の花、時々口ずさむ
故郷の唄…そんなものは、なくとも平気なはずだった。

何より、鬼太郎の新刊を涙を流して喜んでくれる女性がいるとは
想像しなかった。自分が心血を注いで描いている漫画を、同じように
大事に思ってくれる女房が傍にいるのなら、結婚も思いの外いいものだ。

布美枝は今夜のロールキャベツと同じだ。それまでは知らなくとも
生きてこれたのに、一度その味を知ってしまったら知る前にはもう戻れない。

「どげしました?」

いつの間にか隣の布美枝を凝視していたらしい。

「あー、いや……」

今考えていた事を伝えたら、きっと妻は喜ぶのだろう。
その瞬間の顔を見たいと思わないでもなかったが、結局何も言わなかった。
口に出すと軽々しく、情緒に欠ける気がしたし、

(だいたい、こっぱずかしいでなーか)

茂はくしゃくしゃと髪を掻き、次の瞬間、布美枝の首の後ろに手をかけ
引き寄せて唇を奪った。どうせなら、言葉以外で伝えたい。


夫の口付けに、夜が始まる気配を感じた。

結婚記念日だし、〆切明けだし、全く期待していなかったと言ったら
嘘になる。唇を離した後、布団に行くか、とボソっと茂が言い
布美枝がうなずいた。

布団の中で二人は向かい合って座り、もう一度深い口付けをした。
その間も、茂の右手は布美枝の髪や首や肩を点検するように撫でていく。
浴衣越しにその手が胸の膨らみを捉えたとき、体をびくっと緊張させた
のがわかった。

(まだ慣れとらんのか…)

初心な女房に感心するやら呆れるやら。浴衣の帯をほどくと、
湯上がりで下着を着けていない裸の胸に簡単にたどり着いた。
左の乳房に吸い付くと、その先端が舌の上ですぐに硬くなった。

「ん……っ」

そのまま胸の中に顔を埋めようとしたがこの位置では体が遠い。

「俺の横に、足置けるか」
「え…あ、はい」

言われた通り、膝をたてて両足を開いた。既に浴衣は脱がされていたので
ショーツひとつでこの体勢は恥ずかしい。
ずるい、そっちは脱いでないのに…。心の中の抗議も虚しく
最後の砦も茂の手で外され、すぐに布美枝の入り口に指が侵入してきた。

その刺激に、思わず自分の体の後ろに両手を付いた。
やわやわと攻める指に反応して、分泌液が沁みでて内側が絡み付いてくる。

「指、食っとる…」

茂がつぶやいた。

「やだっ…!」恥ずかしくて死にそうだった。感じている表情を見られたくなくて
顔を背けると、茂がまるで心を読んだように、指を抜いて布美枝の顎を掴み
また唇に吸い付いた。

布美枝は意を決して頼んだ。

「あの…、あなたも、脱いでごしない…」

「おう」言われずとも、といった風で茂が身に付けている物を脱ぎ捨てた。

既に茂のものが、布美枝の中に入りたいと主張している。
布美枝の臀部を片手で掴み、、濡れそぼった入り口にそれをあてがうと
一気に貫いた。

「いやぁっ……っ!!」

体重を後ろ手で支えていられなくなって、後ろに倒れこんだ。

茂が前後に動くと、合わせて布美枝の胸も揺れた。
汗ばんだ白い乳房に長い髪が張り付いて、ひどく淫らだった。

「ぁあ…やだ、…はぁっ…」

甘やかな声が漏れた。


眉間に皺を寄せ、快感に耐えていた布美枝がふいにつぶっていた目を
開き、何かを訴えるように茂を見つめてきた。

「あ…な、た」
「…どげした」荒い息遣いで訊く。
「あなた……」
「……うん…」

布美枝は、ただ夫を呼んだ。今こうして結ばれているのに
なぜだか無性に切なくて、茂という存在を確認したかった。

布美枝の目が潤み、涙がひとすじこめかみに流れて―――――
その光景が茂の、男としての征服欲を煽った。
相手が泣く理由に考えを巡らせる余裕もない。骨盤を押さえつけ、
布美枝の中をかき回す。布美枝も無意識のうちに茂の腰に
脚を絡めていた。

離したくない。離れたくない。今この瞬間だけでなくお互いが同じく
想っていることを、二人とも知らないまま繋がっていた。

やがて、布美枝の奥が痙攣したのを合図に、茂は中に精を吐き出した。

営みが終わった後も、布団の中で二人は裸で身を寄せていた。

「…寝間着、着んといけませんね」
「あー…まあええだろ。このままでもぬくいけん……」

気だるげな声で答えると、茂は布美枝の背中に回した右腕に
かすかに力を込めた。


そのままとろとろと眠りにつくかという時、茂が思い出したように質問した。

「そういえばさっき、何言い掛けとったんだ?」

涙のわけが知りたかった。

「あ…ええと」

さっきとは、まさに営みの最中の事だ。あの時の感情を布美枝自身も
うまく説明できなくて、だから言った。

「……私も、忘れました」

茂の胸に頬をすり寄せる。このひとときはただ、夫に甘えていたかった。
茂もそれ以上は訊かずに、布美枝の髪を撫で、指ですいて玩んだ。


やがて寝息が聴こえ始めた部屋の外では、雪がしんしんと
降り積もってゆく。こうして、新婚時期から次の季節へと移り変わろうと
してゆく二人だった。






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ