お静かに…
村井茂×村井布美枝


過労がたたって突然倒れた茂が、数日の休養を強制されている間、
喜子は嬉々として、茂の傍にまとわりついていた。
最初はそんな喜子を制するのは藍子の役回りだったが、
休養が3日目になるころには、普段なかなか相手をしてもらえない分、
茂を取り合って二人の小競り合いが始まった。
布美枝は二人を叱ったが、茂はそれを制して子どもたちを傍らに置き、
のんのんばあの話や、妖怪図鑑を持ち出しては、季節はずれの怪談話で盛り上がっていた。

結局、どちらが病人かわからないほどに、二人の娘はぱったりと倒れこむように眠りにつき、
3日布団の上で過ごした茂の方は、深夜にも関わらず睨むようにして雑誌を読み耽っている。
布美枝はその横で枕に新しいカバーを付けながら、少し口調に怒気を含めて言った。

「休養するのに、子どもと遊んどってどげするんですか」
「体力使うようなことはしとらん。まあ、藍子の宿題見たときは頭痛がしたが」

小学生の宿題に頭を痛めてしまう父親というのはどうなのだろう…。
呆れて、ついため息が出る。一緒に怒りも何処かに連れて行かれてしまった。

やがて茂は、雑誌を閉じてのそりと起き上がると

「明日からは仕事するぞ」

宣言するように言ってから大きく伸びをした。

「…もう1日休んだらどげですか?」
「もうすっかり良くなった。寝るのはええが、ずっとは退屈だ」

まだ不安の残る布美枝のまなざしが、
知らず知らず口より先に「大丈夫ですか」と問うていたようで、

「心配するな、大丈夫だ」

顔をしかめて枕を受け取りながら言った。

言い出したら聞かないのがこの男の常だ。
それに、あまり食い下がると「仕事のことには口を出すな」と言い出しかねない。
そのことでつい先日大喧嘩をして、布美枝は家を飛び出したのだ。
3日はきちんと休んでいたのだし、これ以上はもう言うまい。
自分を納得させるように、布美枝は「うん」と頷いた。

「…試してみるか」
「え?」

茂の言葉に顔を上げたと思った次の瞬間には、
もう布美枝の目は天井に向けられていた。
ゆっくり降りてくる唇。
触れあってもなお、何が起こったのか悟るのに数秒かかった。

「…いけんっ…おとうちゃ…」

無理矢理顔を背けて、口づけから逃れる。
しかし振り払われた唇はすぐに首に落とされて、筋に沿って滑る。

「も…いけんっ…って」

抵抗する布美枝を嘲笑うように、耳たぶを甘く咬まれてふっと息を吹きかけられた。
それが布美枝の「何か」に障った。
かっと目を見開いて、全身の力を振り絞って茂を押し戻し、自身の体勢を起こした。

「もうっ!いけんって言ってるでしょう!」
「ちょ…静かにせぇ」
「休養しとったんですよ?わかっとりますか?」
「わかっちょう!」
「自分をいくつだと思っとるんですか!若くないんです、無理したらまた倒れますよ?」
「人を年寄りみたいに言うな!」
「早い人なら孫もおる年です!」
「だらっ!」

珍しいくらいの布美枝の剣幕に、思わず茂も語気が強くなった。
険悪な雰囲気で互いに背を向ける。

「電気消しますよ。ええですね、寝てくださいよ!」

小さくなっていじける夫を無視して、布美枝は明かりを消すと自分の布団に潜り込んだ。
しばらくして、茂も自分の布団へ戻っていく気配があった。
ほっと息を吐く。
鼓動がまだ激しく内側から胸を叩いている。
本音を言えば、一瞬そのまま流されてしまいそうになった。

以前のように、激しい営みが日を空けずにあった若さはもう今はなく、
時おり、思い出したように求められ、胸を高鳴らせてそれに応じていたのだ。
けれど今日は、茂の身体を第一に考えなければならないと思った。
怒ることで必死に自分を抑え込んだ。
無理をさせてはいけない、まして自分のためになど…。

思えば思うほど、目が冴えて眠れなくなった。
口づけさえも、以前がいつだったのか思い出せないほど久々だったのに。
咬まれた耳が、痛いわけでもないのにじんじんと脈打つ。
息苦しくなって、ぱっと布団から顔を出した。
すると、暗闇の向こうでそれに気づいた茂が、反射的に布美枝を振り返る。
闇の中でも、互いの視線がかち合ったことが分かった。
急いで身体を捻ってその視線から逃れる。

ブレーキをかけたのは自分の方なのに、茂の肌をもっと感じたくてうずうずする。
自分の中の制御がだんだん利かなくなり始めたことに、布美枝は焦った。
もう一度求めてきてくれたら、きっと今度は拒まない。
そんな身勝手でずるいことを考えてしまうことに、嫌気がさす。
先ほどのいたずらのような愛撫が、まるで媚薬のように
今さらながら布美枝の身体と心を蝕み、悩ませる。

そのとき。
バタバタっと畳が鳴った。布美枝はびっくりしてがばっと起き上がる。
同時に茂も異変を察知して起き上がった。
二人は顔を見合わせたが、布美枝は顔面蒼白といったふうで、
逆に茂は少しわくわくしたような、少年のような笑みを浮かべていた。

「…畳たたきだな」
「え?」
「妖怪だよ」
「ええっ?!」

しんと静まり返る部屋。音はもう聞こえなかったが、逆にそれが妙な恐怖を呼び、
思わず布美枝は這って茂の傍までいくと、その懐にしがみついた。

「…なんも悪さはせんよ」

頭のすぐ上からした茂の声に、少しほっとする。
と同時に、はたと我れにかえって、目前の分厚い胸に意識が移る。

「あ…」

撥ね返しておきながら、またその腕の中に戻ってしまっていた。
落ち着かない鼓動は、いたずらな妖怪のせいではなく
今まさに理性と欲の間に立たされた、どうしようもない焦りのせいだ。
火照る顔をよそに、頭だけがやたら冷静に心の中の矛盾を指摘していた。

「妖怪に感謝した方がええかな」

冗談のような、少し本気なような、茂の言葉に救われた。
愛おしさの勝ちだ、と布美枝は思った。
茂への想いと、そこから生まれるどうしようもない性の欲。
優等生の布美枝の形ばかりの言い訳は押し込められ、愛欲が布美枝の身体を乗っ取った。

ゆるりと茂を仰ぐと、自ら唇を差し出した。
応じる茂の唇から、やがて柔い舌が割り込まれ、絡まって淫らな音を立てる。
隙間から洩れる湿気たため息と、甘い呻きに、身体が熱を帯び始めた。

「…さっきの…」
「ん?」
「おとうちゃんが呼んだの?」
「…俺を妖怪の頭領かなんかかと思っとるのか?」
「ふふ…」

奇妙な現象も、茂の腕の中なら不思議と怖くなかった。
茂と結婚してから、ときたま背筋の寒くなるような気配を感じたり、
「いそがし」などという妖怪の姿だって、この目で見てきた。
きっと、布美枝の気持ちを後押ししてくれた、おせっかい焼きの妖怪なのだろう。

「…大丈夫ですか?」
「重病人みたいに言うな」

甘い口づけの合間に、布美枝は茂のパジャマのボタンをはずしていった。
淡いブルーの合わせを開くと、広くて厚い胸が現れる。
頬をすり寄せ、その熱を確認すると、骨を辿るように接吻する。
両耳から顎下にも唇を寄せて、ちらりと舌を這わせてみると、
くすぐったそうに身をよじる茂が、また愛しくてたまらず抱きしめた。

そのままそっとその身体に体重をかけた。
茂の身体がゆっくり布団に沈んでいく。
布美枝は自ら服を脱ぐと、あとから追いかけて覆いかぶさる。

まるで乳房を子どもに与えるように、茂の顔を胸の谷間に抱きしめ、
そして茂は存分にその乳房を口に含んで、先端を舌で舐め吸う。

「あっ…ん…」

その愛撫には、激しさこそ薄れたが、年齢を重ねた丁寧な刺激が練りこまれていた。
何度も何度も愛されて、布美枝の身体に刻み込まれた、茂の愛撫。
この男にしか与えられない快感が、確かにそこにはある。
触れられてもいないのに、両脚の間からじわりと溢れてくるものがあった。

しばらくそうして、布美枝はうっとりと茂を見下ろしていたが、
何やらその動きが妙にぎこちなくなってきて、やがてぴたりと止まる。
布美枝の背中に回された右手にぐっと力が入り、抱きしめられたかと思うと、
柔らかなその胸の中で、はあっと息を吐いた。

「…いけんな」
「どげしました?気分が悪いですか?」

焦って顔を覗き込む。
少し情けない顔をして、茂は布美枝から目を逸らした。

「…年を取るといけん…タイミングを逃すと…」
「え?」
「…下が言うことをきかん」
「…?」

布美枝は身体を少しずらして、茂の脚の間に自分の脚をそっと差し入れた。
いつもなら硬い反応があるはずの場所が、今はどうも事情が違っていた。
茂は顔を横に向けて、布美枝を見ようとしない。

「…あたしが…一度止めたからですか…」
「いや…」
「すみません…」
「だから謝るな」

重い空気がその場を包んで、二人は釘を打たれたかのように動けなくなってしまった。
布美枝は身体を起こして座り込み、顔を背けたままの茂の横顔をそっと撫でた。
拗ねたような、しゅんとしたその顔に、きゅっと胸が絞まる。
茂の顔を撫でていた手が、自然とその身体の上を滑るように降下しはじめたのは、
あるいは布美枝の本能が突き動かしたことだったのかも知れない。

胸から腹、そしてその場所へたどり着いた布美枝の手に、
少し驚いた様子で茂は顔を上げた。
見上げたとたんに唇を塞がれて、また少し虚をつかれたかのようだった。
口づけの間に、手が下着の中に挿しいれられ、そのモノへ直接刺激が与えられる。
根元から先へ指が這い、やがて包み込まれて上下する。
身構えて力の入っていた茂の身体が、少しずつ脱力していく。

唇が離れると、布美枝は茂に向かって柔く微笑んだ。
その微笑みの中に何かを見て取った茂が「…待て」と小さく制したが、
布美枝は、胸と腹にひとつづつ唇を落としてから、茂のそれと対面した。

温い唾液と舌の感触に、その場所は一瞬脈打った。
頭をもたげたそのモノに、布美枝は無心で舌を這わせた。
唾液とそうでない液が混ざり合って、微かな光に照らされる。
口内に含んでまた吐き出して、丁寧に先端を吸い、また含む。

「…っ…ぅ…」

その繰り返しに、茂が熱い息を洩らすのが微かに聞こえた。
淫らな水音が部屋の中に響いて、それが布美枝の下半身へも影響を及ぼしていた。
脈打つ生き物はやがてその生命力を回復させはじめ、形を変えていく。
ゆっくり変化していく様を、根元から頭部へ舐め上げて後押しすると、
そこからまた舌と一緒に咥えて下へ上へと刺激した。
布美枝の中で、もう咥えることも困難なほどに別物に成り上がったそれを
荒い息とともにようやく口から取り出して、ちらと茂を伺った。

「…どげですか…?」
「訊くなっ」

照れているのか、背けた横顔が何とも可愛らしく、
安心とともに自然と笑みが零れた。

「このまま…」
「いや」

かぶりをふった茂が布美枝の手を引き、自分の胸に抱きしめると
労うように額や頬に口づけをくれた。
その合間に耳元で囁く。

「入れてくれ、お前の中に」

茂の声はこういうときに、どうにもその低音が背中をくすぐる。
そして布美枝の中に潜む淫らな部分を、否応なく引きずり出す。
逆らうことなどできない、だが強制とは違う、不思議な声音。

確認せずとも、茂を受け入れる潤いが十分なのは分かっていた。
布美枝は下着を取ると、今一度、茂の上へ重なり、胸に頬を寄せた。
その鼓動を確かめてから、上体を起こし、
眠りから覚ましてしまった茂の性を、自らの入り口にあてがいゆっくり腰を下ろす。

「ん…っ…」

身体を支える腕が震えていたが、茂の右手がその細腕を掴んでくれていた。
その頼もしく愛しい男も、寄せてくる快感に今は目を閉じている。
頭を下げて覗き込めば、自分の中へと消えていくもうひとりの茂が見えた。
全て呑み込んだあと、大きなため息とともにいったん動きを止める。

「大丈夫…ですか…っ?」
「…その言葉、そっくり返す」

不敵な笑みを浮かべて茂は、ぐっと腰を上げた。

「あっ…も、いけんっ!」

茂を制するように首に腕をまわし、唇が触れる1ミリ手前で囁く。

「無理したらいけん…」

言ってから口づけ、そのまま布美枝の方からゆっくり腰を前後させた。

とは言え、布美枝にもさほどの余裕があるわけではなかった。
自分の中の茂が大きくその存在を誇示し始め、膣奥の行き止まりで
まだ先へ進もうとするかのように、強く圧迫してきてハラハラする。
だからといって腰を引けば、すぐさま茂の右手がその腰を押し戻し、
ぐっと貫いたまま離れようとしてくれない。
声を洩らさないよう気遣って塞いでいた唇も、息があがってそれどころではなく
激しい喘息と甘い嬌声が相まって、この上なく艶な空気が部屋を包んでいた。

見下ろした先にぼんやりとにじむ茂の顔に、じわりと浮いた汗が光って
眉間に寄せた皺が、布美枝の腰の動きとともに一段と深くなる。
感じてくれているのだろうか…。そう思うと少しだけ頬が緩む。
いつもは与えてもらう快感を、今日は与える側に居るちょっとした優越感。
それでいて、この上なく蕩けそうな感覚にも包まれている。
このふたりだけの特別な時間を、もっとずっと共に味わっていたい…。

しかし慣れない攻めに、布美枝の体力もリミットを迎えそうだった。
いったん動きを止め、息を整えながら腰にまわされた茂の手をとった。
指を交互に強く握りしめ、布団に押さえ込むと、意識を下半身に集中させて
全体力を総動員して腰の動きを加速させた。

「っは…」

茂が小さく呻いた。
大きな脈動を感じた瞬間、握っていた手を振りほどいて茂が布美枝の腰を強く抱いた。
思わずバランスを崩して、広い胸になだれ墜ちる。
布美枝の中で脈打つ茂から、熱いものが遡っていく感覚を確かめ、
荒い息を整えつつ、張っていた肩の力が抜けていく。
汗の中に混じる茂の匂いに酔いしれて、その胸の上で目を閉じた。

翌朝。

藍子と喜子を送り出したあと、一通りの家事を済ませて台所で一息ついていると、
絹代が現れて「買い物に行く」と言う。

「今日から仕事?そげなら鰻でも買ってこようかね」
「…はあ」

母の愛は微笑ましいが、どうしても笑顔がひきつってしまう。

そこへパジャマ姿の茂があくびと共に現れた。
そのボタンが掛け違っているのに気づき、昨日の睦みごとを思い出して、
布美枝は慌てて台所に向き直ると、茂のコーヒーを用意し始めた。

「このだらずが、何時だと思っとるの。50になっても寝坊が直らんとは…」

見上げる絹代に顔をしかめながら、茂は新聞を取って席につく。

「ほんなら、行ってくるけんね」
「はい、気をつけて」

笑顔で送り出す布美枝。全く我関せずといった風の茂。
すると

「…ああ、そうだ」

絹代は玄関へ向かう足を止め、今一度部屋に向き直った。

「しげぇさん」
「あ?」
「布美枝さん」
「…はい?」

「あんたやち、夫婦喧嘩も、仲直りも、夜中にするならもちっと音量下げなさい」

瞬間、二人は石のごとく固まった。
布美枝の手から茂に差し出されたコーヒーカップが、
ごとり、と音を立てて落ち、
受け取ろうとして差し出された茂の右手も、それに間に合わず。
机を伝った熱いコーヒーが、茂の膝に零れ落ちた。

「…あっつ!!」






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