おしおき
村井茂×村井布美枝


ガタッ、ガタガタッ。ワワワワン!ギャン!ガラガラッ。バシッ!

「しっしっ!あっち行け!このクソ犬!」

乱暴に木戸を閉める音と犬の鳴き声に、フミエは何事かと外の様子を
うかがった。茂は出版社めぐりに出かけて留守だった。
浦木が青い顔をして玄関に飛び込んできた。

「いや〜、ひどい目に合いました。石をけっとばしたら野良犬にあたって・・・。」

犬に食いつかれたらしく、浦木のズボンには大きなかぎざきが出来ていた。
フミエはしかたなく裁縫箱とバスタオルを持ってきて、

「これに着替えて待っとってください。かがりますけん。」

浦木をうながした。

「いや〜、すまんですな、奥さん。助かります。」

浦木は遠慮もなにもあったものではなく、ベルトをはずしてズボンを
おろしにかかった。フミエがあわてて顔をそむける。
・・・浦木はなんだか妙な気分になった。
今、自分はあるじのいない家で、細君を前にズボンをおろそうとしている。

(な、なんだ?この気持ちは・・・。)

今の今まで、幼なじみの茂の妻に、けしからぬ気持ちなど抱いたことはなかった。
晩婚の茂が見合いでやっと迎えた嫁は、10歳年下とはいえもう30まぢかで、
浦木とタメをはるほどのっぽでやせぎすの、およそ色気のない地味な女だった。

(だが、この女、最近みょうに色っぽいんだよな・・・。)

浦木が妙な気を起こしたのは、この家の雰囲気もあった。赤貧洗うがごとし
と言った感じのボロ家なのに、一歩はいるとあたたかく、幸せな空気に
あふれている。茂にかいがいしく仕えるフミエ、そんなフミエに対して
ぶっきらぼうに振る舞いながら、明らかにぞっこん参っているらしい茂を、

(このイタチ様の目はごまかせねえ。だが、なさけないねぇ・・・。)

ほほえましくもばかばかしく、浦木は観察していた。

だが、それだけではなかった・・・。この家に漂うものは、茂とフミエの間に
かもし出される、濃厚な愛の気配・・・。

(さぞかし毎晩はげんどるんだろう、ご苦労なこった。)

だが、二人目の妻にも逃げられ、さびしい生活を送る浦木は、この家の
甘すぎる空気にあてられてもいた。

「お、奥さん・・・!」

浦木は思わずフミエの後姿に抱きつこうとした。だがズボンがおろしかけ
だったため、歩幅が狂ってフミエをまきぞえにして倒れこんだ。

「だらっっっ!何をやっとるーーっっ!」

大喝とともに、浦木はえりくびをつかまれて引きはがされた。

「ま、待てゲゲ、これにはわけが・・・。」

フミエは押し倒されてわけもわからずぼう然と二人を見上げていた。

「???あら、あなた、お帰りなさい。」

浦木はほうほうの体で逃げ出した。

(いけんいけん。俺は何をやっとるんだ!ゲゲの女房に手を出そうとする
なんて・・・!)

ようやく安全なところまで来ると、今来た方向を振り返って

(ふぅ〜。死ぬかと思った。・・・しかし、女房を寝取られでもしたら、
ゲゲの奴、ほんとに俺を殺しかねん。あぶないあぶない・・・。
それにしても、あの家の雰囲気には、男を狂わせる何かがあるな・・・。)

当分あの家には近づくまいと、浦木は走るようにして駅へ向かった。

浦木を玄関まで追いかけたが、逃げ足の速い浦木の姿はとうになく、
茂は鬼の形相で部屋にもどって来た。

「イタチに何をされたっ!」
「?・・・あの、浦木さんが犬にズボンを破られたんで、直してあげようと
して・・・。そしたら浦木さんがズボンにひっかかって転んだんです。」

たしかにかたわらには裁縫箱とバスタオルがあり、何よりも無邪気な
フミエの表情が、何もなかったことを証明していた。

(だが、浦木のあの目・・・。俺にはわかる。あいつは明らかにフミエに
欲情しとった・・・!)

フミエに関してはおそろしくするどい茂のカンはあたっていた。救いなのは、
フミエにその気がなかったことだが、無用心なことこのうえない。

「おまえ、女学校で婦徳というものを習わんかったのか?」
「?」
「亭主の留守に他の男を家に上げてはいけん!」
「いやだ、浦木さんですよ・・・?」
「浦木だろうがなんだろうが、男は思いもかけん相手に発情することが
あるんだ!魔がさすと言うやつだ!たとえ二階の下宿人のような
かそけき男でもな!
だけん、女の方が身をつつしんで用心せねばならんのだ!」

あきれたように微笑むフミエを乱暴に押し倒し、スカートの中に手を
つっこんで秘所をさぐりあてる。あまりのことにフミエの身体は硬直し、
いつもならすぐにうるんで茂への愛を示すその場所は、固くとじられ、
何のうるおいもなかった。
濡れていたらどうしよう、と思っていたのもたしかだ。茂はひっこみが
つかなくなってフミエの唇を奪った。
強引にこじあけ、舌を吸って愛撫する。指をさし込んだままの場所がゆるみ、
茂の指が動きやすくなった。

(お前が、うっかりしたことをするけんだ・・・!)

茂は、身勝手な理屈で自分をごまかし、フミエの下着をはぎとると、
今の出来事に思いがけず勃興したものをつき入れた。

「いやっ・・・いやぁっ・・・!」

フミエはあらがったが、茂にくさびを打ち込まれた下半身は動かすことも
できない。畳の上に押さえ込まれ、茂の激しい腰の動きに責めあげられて
次第に言葉は意味をうしなっていった。
強引な挿入が、いつしかいつもどおりの愛の行為となる。きょうの茂は
いつもより激しく、ちょっとこわかったけれど、フミエを絶対に離さない、
という執着が感じられて、フミエは愛される喜びにおぼれた。

嵐のような時間がすぎて、茂は身支度をととのえると、まだ起き上がれず、
散らされたままのフミエを見下ろして、

「お前は危なっかしくていけん。俺が言ったことを忘れるなよっ。」

言い捨てると、仕事部屋に入ってフスマを閉めた。
玄関に人の気配を感じ、フミエはあわてて洗面所に走った。
身づくろいをしながら、やっと今までの出来事を振り返る余裕ができた。
どうやら、茂は浦木とのことを、過大に誤解しているらしい。

(だけんといって・・・。こげな乱暴するなんて・・・。)

だが、今フミエの中を通り過ぎた嵐は激しくも甘く、思い出すだけで胸が
たかなった。
茂以外の男など、考えたこともなかった。だが、たしかに茂の言ったとおり、
フミエにその気がなくても、男の力にはかなわない。

(そんなことになったら生きておられんわ・・・。でも・・・。)

その時は茂に殺してもらいたい・・・、フミエはそんな非日常的な幻想に
とらわれ、夢見ごこちで洗面所を出た。

「やあ奥さん。ただいま帰りました。これ、畑で安く売ってもらったんです。
家賃が遅れとるおわびです。」

中森が、真っ赤に熟れたトマトを、満面の笑みを白い顔にうかべて差し出した。

(この人も・・・?まさか・・・。)

「あ、ありがとうございます・・・。」

フミエは、いくらなんでも心配性にすぎる、とおかしく思いながら、
トマトを受け取った。






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