風邪の妙薬
村井茂×村井布美枝


北風の吹きつける寒い日が続いていた。村井家の財政は逼迫の度合いを
きわめており、冷たい風がひときわ身にしみるようだった。
フミエは風邪をひいて熱を出した。ハナをかもうにも、ハナ紙を買う
金すらなかった。

「なあ、映画の看板描きにでもなるか。・・・マンガ、やめるか。」

ハナ紙を買う金すらなかった事実が、よっぽどこたえたのか、めずらしく
茂が弱音をはいた。

フミエが、うつらうつらとした眠りから覚めると、茂は仕事部屋の机で
軍艦の模型を作っていた。どん底の経済状況で、のんきに見えるかもしれない。
けれど、フミエは茂を責める気にならなかった。一生懸命描いたマンガの
原稿料がもらえなかった。原稿料を払う側の戌井もお手上げ状態なのもわかっている。
つらい時こそ、楽しいことをして、心を明るくしなければならないのだ。
フミエは、茂の心に寄り添うように、模型作りの手伝いを始めた。

「私、一緒にやっていきますけん。・・・私の腕と合わせて三本ありますけん、
なんとかなりますよ。」

茂は、プラモデルのパーツを注意深くニッパーで切り取るフミエの顔を
じっと見ていたが、やがて二人して模型作りに没頭していった。

フミエがセメダインをつけてさし出す部品を、茂がピンセットではさみ、
艦橋にとりつけた。

「これでええ。」

嬉しそうにのぞきこむフミエ。顔が近い。

「おい・・・。」

茂が顔をぐっと近寄せると、唇を重ねてきた。

「いけんよ・・・。風邪がうつりますけん。」
「誰かにうつすと、治るというだろう。」
「だって・・・。」

なおも何か言いかける唇を、茂がふさいだ

茂は、ハナ紙も買えないほど家計を逼迫させたうえ、漫画をあきらめるなどと
弱音をはいた自分を責めもせず、励ましてくれた妻に深い感動を覚えていた。
だが、そんなことを口に出して言えるような男ではない。
こみあげる愛をおさえきれず、ただフミエの唇を奪い続けるだけだった。
フミエの身体から力がぬけ、机からニッパーの落ちる音がした。

「ここじゃ、またお前の大きな尻で、金剛に甚大な被害が出るかもしれん。」
「もうっ・・・。」

二人はもつれあうようにしてフミエの布団まで歩いた。ひさしぶりの
深い口づけに、早くも身体の中心に火がつき、フミエは布団までの数歩が
つらかった。
フミエがひざまずき、浴衣を脱ごうとして帯を解くと、

「冷えるといけんけぇ、そのままでええ。」

茂はそう言って、えりの間からこぼれた乳房に唇をはわせた。
フミエは、そんな茂の髪をいとおしそうに梳きながら、大きく吐息をついた。
茂がフミエの下着に手をかけ、もどかしそうに

「邪魔っけなもん、とってしまえ。俺も脱ぐけん。」

フミエが後ろを向いて立ち上がり、下ばきを脱いで振り返ると、信じられない
速さで服を脱ぎ散らかした茂が、浴衣ごとフミエを抱きしめた。
舌をからめあいながら、くずおれるように布団の上にひざ立ちになる。
茂がフミエの両腿の間に片足をさし入れて広げさせた。
舌で首すじや耳を愛撫しながら、茂の指は無防備にひらかれたフミエの秘所を
もてあそんだ。あふれる愛液が腿をつたわり落ちる。

「あぁ・・・。だめ、そげにしたら・・・。」

フミエが腰をよじり、座り込みそうになる。

「おっと。座るんなら、この上に座れ。」

茂は指を抜き取ると、フミエの腰をつかんで引き寄せた。
急に愛撫を中断され、フミエはたまらずに茂の胸に倒れかかった。
茂はフミエの顔を上げさせ、ねっとりと口づけると、

「ほれ。」

たけりたつものを手で支え、フミエをうながした。
フミエはのろのろと身体を起こし、茂の肩につかまって腰を浮かせた。
茂が先端を含ませる。フミエは大きく息を吸うと、ゆっくりと吐きながら
茂をのみこみ始める。少し入れては、また深呼吸をする。
目の周りが赤らみ、目に涙がいっぱい溜まっているが、真剣な表情だ。

(大マジメな顔しちょる・・・。)

一児の母になっても、まだ初心さを失わず、何事にも一生懸命な妻が
可愛いかった。そんなフミエを見ることも、この体勢をとらせるたのしみの
ひとつだった。

「は・・・あ・・・。」

全部のみこんで、フミエがため息をついた。
何度もこの形をとらされているけれど、どうしても慣れることはできなかった。
茂をのみこんでいく自分の入り口を、否応なく意識させられ、わきおこる
快感に耐えながら、律動を繰り返さなければならない。
茂に全てを見られながら乱れていく自分が、恥ずかしくてならなかった。
だが一方で、この体勢だからこそできることもあった。
自分が茂を感じさせている、と実感できることだ。茂に組み敷かれ、あるいは
後ろから抱かれる時、巧みな愛撫にとろかされ、侵入を心待ちにしているところを
貫かれた後は、茂に追いつめられ、はぐらかされ、何もわからなくなるまで
感じさせられる。そんな時、茂がどんな顔をしているかなど、見ている余裕はなかった。

取りすがりたい気持ちを抑え、茂の胸に手をついて身体を起こし、腰をゆすり
始める。つながった所からじわじわと広がる快感をやりすごし、茂の表情を見る。
思いがけず目が合い、どぎまぎする。

「ん?どげした?」

あなたのエエ顔が見たくて・・・とは言えず、目を閉じると、身体の底から快感が
こみあげる。思わずあえぎをもらすと、茂がその口を吸い、口内を犯した。

「んん・・・ん・・・。はっ・・・はぁ・・・あ・・・。」

フミエの目尻から涙があふれ出し、茂の上でいやいやをするように身体がよじれた。

「くっ・・・。」

茂も感じている・・・!フミエの心は喜びにおどった。だが、感じすぎていて、
これ以上どうしたらいいかわからず、茂の胸にすがってただあえぎにあえいだ。
茂が下から数度つきあげ、リズムをつくってやると、フミエもそれに合わせてまた
動き出す。次第に動きが激しくなり、自分の意思とは関係なく、止まらなくなる。

「はっ・・・はっ。あっ・・・あぁっっっ・・・んんっ・・・。」

もう何も考えられなくなり、頂きに向かって腰をふり続けるだけの、みだらな
生き物になり果ててしまう。
フミエが放った絶叫が、茂の口内に吸い込まれる。茂はそのまま唇をはなさず、
むさぼり続けた。頭が真っ白になるような絶頂感と、息が出来ぬ苦しさに、フミエは
意識をうしないかけた。

茂はだらりとなったフミエをそっと布団に横たえると、そっと腰をひいた。
ずるりと引き抜かれる感覚に、フミエがひくっと震えた。
まだわなないている身体に掌を這わせると、うっすらと汗をかいた肌は、吸いつく
ようになめらかだった。胸にほおを寄せると、「とくん、とくん・・・。」いつもより
早い鼓動が聞こえる。今、ここに二人きりで生きている・・・突然そんな感傷に
おそわれ、茂はさっきまでフミエを貫いていたものを、再び突き入れた。

「だっ・・・だめっ・・・。も・・・だめぇっ。」

フミエは力なく抵抗したが、もう自分の身体が自分のものでないように自由にならない。

「俺は・・・まだ、終わっとらんぞ・・・。」

達したばかりのフミエの内部は熱く、ひくつきながら茂にからみついた。
茂も激しい快感につつみこまれ、フミエの中に精をはなった。

翌朝。

「へーーーっっっ・・・くしょん!・・・くっそーっ。おーい、お母ちゃん。おーーい!」

茂は案の定風邪をひき、のどが痛いと言って寝ていた。

「はーーーい。」

(もぉ〜。昨日いちにち寝とったけん、洗濯物がたまって大変なのに・・・。
のどが痛かったら大きな声出さんといてごしない。)

フミエは外で洗濯をしていたが、ぶつぶつ言いながら手をふき、部屋に入って来た。

「何かご用ですか?」

ひざまずいたフミエに抱きつき、唇を奪おうとする。

「もぉっ・・・。おとなしく寝とってごしなさいよ。」
「風邪は、人にうつしたら治るけん。」
「もう私にはうつりませんよ・・・。」

フミエはなおも腕をからめてくる茂のおでこに自分のおでこをそっとくっつけると、

「まだ熱があるわ。しょうが湯でも作りますね。」

フミエがお盆に乗せてきた湯飲みの横に、ハチミツのびんをみつけ、茂の目が輝いた。

「あ〜、そげにちょんぼしでは、ちーっとも甘くないわ。ケチケチせんと、
もっとたっぷり入れぇ。」

大騒ぎする茂をよそに、フミエはハチミツをたっぷりすくったスプーンを口にふくんだ。

「あーーーっっ!ずるいぞ!自分ばっかり。」

フミエはスプーンを置くと、茂にずいっと顔を近寄せ、騒ぐ唇を封じた。

「むむ・・・。」

熱で乾いた唇に、フミエのしっとりと冷たい唇がここちよい。茂は蜜の味がする
フミエの唾液を、甘露のようにむさぼった。

茂はあれからすっかりおとなしくなってしまい、しょうが湯を飲んだ後は、
布団に横になって静かに眠りについた。

(目病み女に風邪ひき男と言うけれど・・・。)

「かわいいこと・・・。」

フミエは抑えきれない笑いをもらし、茂に食べさせるカユを煮はじめた。






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