幸福罪
村井茂×村井布美枝


いずみが安来へ戻り、話し相手が居ないしんと静まり返った部屋で、
心地よい寝息をたてる二人の愛娘の寝顔を確認しながら、
布美枝は、いずみと倉田の別れのやりとりを思い出し、少し切ない思いでいた。

互いを想い合っていた二人の別れ…。
自分がもっとしっかりした姉だったら、安来の両親をなんとか説得して、
二人の想いを成就させてあげられたかも知れない。

(不甲斐無いなぁ…)

やがて、のろのろと茂がやってきて、くたびれた身体を大の字で布団へ投げ出し、
大きくため息をついた。

「お疲れさまです」
「安来から電話あったのか」
「はい、無事に着きましたって」
「そげか…」

目を閉じたまま茂が、「明日、倉田にもそげ言っといてくれ」と呟いた。

「…好き合うとったんだろ」
「…!…ご存知だったんですか」
「まあな」
「驚いた。おとうちゃんはこういうこと、疎い人だと思っとった」
「バカにするな」

布美枝は、倉田がいずみにプレゼントした絵のことを話した。
笑顔のいずみの絵は、布美枝の女心をもくすぐる眩しいほどの一枚だった。

「何度も描き直したって言っとられました。いずみも嬉しかっただろうな」
「…絵描きは口下手なヤツが多いけんな。絵でないと伝えられんだったんだろ」
「ええなあ。あんなキレイに描いてもらえて、羨ましい」

ちら、と寝転んだままの茂に視線を寄越す。
目は口ほどに物を言い。
布美枝の視線の中にある、期待を含んだ言葉を察知したように、

「なんだ、描いて欲しいのか?」

狙い通りの答えが返ってきた。

「描いてくれるんですか?」

思わず声が少し裏返る。
倉田が描いた、いずみの絵を思い出してわくわくした。
が、寝転んだまま茂は、頭の上の棚にあったメモ帳と鉛筆を取り、
うつ伏せの体勢ですらすらと描いたかと思うと、ほいっと布美枝にそれを差し出した。
ひらひらと舞う、白い一反木綿。

「む…」
「どげした、いくらでも描いてやるぞ。また額縁にでも入れて飾っとくか」

布美枝の思惑は、茂に憎らしくも上手くあしらわれ、
はしゃいでしまった恥ずかしさに頬が火照った。
肩を震わせてくくく、と笑う茂に枕を放り投げ、掛け布団を頭から被る。

「明日色入れてやろうか。今のお前みたく紅い一反木綿も面白い」
「もうええですっ」

また、くすくすと笑い声。
鼻息荒く背を丸めてぎゅっと目を閉じていると、ふいに後ろから茂の腕が布団に探り入ってきた。
胸の前で組んでいた布美枝の手を探し当て、ぎゅっと握りしめると
そのままぐい、と引っぱって強引に身体を仰向けさせる。
あ、と思ったときには、もう唇がすぐそこまで接近してきていて、
言おうとした文句の言葉が、茂の唇に吸い込まれてしまった。

ちらちらと唇を舐めてくる舌の合図に、わざと乗らずに頑なに口を真一文字に結んでいると、
やがて顔を離して布美枝の様子を窺ってくる。

「お、随分むくれとるな」
「…一反木綿なんか抱いても、つまらんでしょう」
「刺々しいな。厭味が効いとる」

ふいと横を向くと、却って首筋が留守になってしまい、すかさず温い舌がざらりと滑る。

「ふ…っ…」

布美枝の反応にまた、くすと笑う。

「意地悪…」

瞳を伏せ気味に、口を尖らせた布美枝を見て、首を傾げて茂が問う。

「絵なんか描かせてどげするんだ?遺影にでもするつもりか」
「もう!ええですっ。ちょっこし羨ましかっただけです。
あたしもおとうちゃんにあんな風に描いてもらえたら、嬉しいなあって…思っただけです…」

少し真顔になった茂が小さくため息をついたので、しょんぼりしてしまう。

「あのな」

やおら体勢を起こしながら、茂の真剣な低音調の声がした。

「絵は絵描きの魂を宿すもんだ。あいつ、何度も描き直したと言っとったんだろ?
魂を宿すのは、並大抵の労力じゃない。想っとる相手の絵なら尚更な。
手を抜けんのだ、自分に嘘をつくことになるけん。想いのぶんだけ、魂も削る」

茂の言葉に、もう一度あの絵を思い出す。
絵の中に垣間見えた倉田の想い。
口下手な絵描きが、絵に載せて託す自らの熱情…。
別離のために描いた、切なすぎる一枚。

「絵描きなら皆同じだ。俺だって。
魂込めるほど大事な人間の絵なぞ、簡単に描けるもんではない」
「……え…?」

自分の言葉に感心して頷く茂だったが、
見つめる布美枝の熱い眼差しに気づいて、はっとして固まった。

「おとうちゃん……」

『魂込めるほど大事な人間』…?
まさか…自惚れてもいいのだろうか。
激しく高鳴る鼓動に、思わず潤む布美枝の瞳。

自分で自分を追い込んだ茂は、慌てて目をそらして髪を掻きむしった。

「あー、いやっ、その…と、とにかくっ!
今の仕事量では…どげだい他の絵を描く時間はないわっ」

照れくさそうに言う茂を見つめて、布美枝は熱くなる胸を抑えて微笑んだ。
胡坐を組みなおしたり、咳払いをしたり、忙しく落ち着かない茂に、
そっと近寄り、身体を預けた。広い胸が優しく受け止めてくれた。

髭のざらつく顎が、遠慮がちに布美枝の頬を擦り上げると、
耳を甘く噛まれ、ぺろりと舐められる。
くすぐるような愛撫に布美枝は肩をすくめた。

茂の右手は、甘い時間へ誘うように布美枝の髪を梳き、
二つの唇は深く重なり合い、身体はゆるりと布団へ堕ちていった。

湿った息と共に割り込んでくる舌を迎えながら、ボタンにかける右手を手伝う。
服の合わせからするりと入り込んでくる温かな五指に、やがて弄ばれる柔い乳房。
袖から腕を抜いて、服と肌着を身から離すと、布を纏わぬ上半身を全て茂に曝した。

「…っ…あ…」

下から持ち上げるように揉みしだかれる胸。
それによって疼く乳首が、茂の舌の思うままに操られる。
口の中で保温された唾液が、舌先から布美枝の胸の先端に絡まった途端、
一気に冷やされてぞくっと背中に冷気が走る。
薄暗い部屋に照らされる尖った影。そしてそれを覆っては周囲を這う紅い長舌。

上半身の快感が伝染して、むずむずとする脚を擦りあわせていると
茂の膝がその間へ割って入ってくる。
勃起した硬直が服越しに宛てられて、ずいと腰を密着させて主張する。

「や…っ…ん…」

ただそれだけで、疼く場所から熱い液が蕩けだす感覚があった。
布美枝の反応に、茂は愉快そうにその戯れを繰り返す。

「もぅ」

小さく頬を膨らませて、布美枝が茂を睨みつけると、
ふっと笑って口づけをくれる。
頬、耳、鼻、瞼、降ってくる柔らかさに愛おしさが募る。
口づけられながら、秘所へと挿しいれられる右手をそっと迎え、
ぬるりと入れられた指に息を呑んだ。

「は……っ…ぁ…」

どうしようもなく身悶える様を、あの眼差しが見ているのかと思うと
その羞恥がさらにぞくぞくと身体への反応を促す。
指で摘まれ、弾かれる芯に、一段と胎の奥からの疼痛が増していく。
茂の指の刺激が、子宮に響く。
胸の谷間に埋めた茂の頭を、ぎゅっと抱きしめた。

「………げぇさ…ぁん…」

懇願するように名を呼べば、一層愛撫の熱が昇華する。
たまらず布美枝の艶声が高く啼き響く。

やがて今度は布越しではなく、直に分け入ってくる男根の感覚。
強引にではなく、じわりじわりと進んでくる。

「あ…っ…」

思わず寄せた眉間の皺に、湿気た唇が優しく降ってきた。
重なり合う身体、触れ合う肌と肌、伝わる鼓動、汗の中に混じる愛しい男の匂い。
震えるほどの幸せ…。

(いずみ…)

思いがけずいずみの顔が浮かんだ瞬間、刺されたように心臓が痛んだ。
とたんにぽろぽろと涙が零れだす。
驚いた茂が動きを止め、布美枝を覗きこんだ。

「痛かったか?」

ふるふると首を横に振って答えるのが精一杯だった。

「…どげした…?」

また、あの優しく低い声と、頬を撫でる温かな右手。
表しようのない言葉が、涙となって次々溢れる。

「…わからん…わからんの…」

この涙をどう説明すればいいか分からず、ただ泣きながら茂に縋りついた。
思い浮かぶのは、倉田といずみの切ない別れの光景。
愛しい男に抱かれる極上の幸福、それを知らぬままに去っていった妹。
言葉に出来ない想いを絵に注ぎ込んで、別れを受け入れた倉田の悲哀の背中。

二人の想いを知っていながら何もできずにいたくせに、
皮肉にもそんな自分はいままさに、愛しい男から与えられるこれ以上ない程の幸せに包まれている。
別離た二人に対する罪悪感と、茂からもらう最高級の幸せ。
布美枝を二つに引き裂く感情を、果たしてこの深い眼差しの最愛の男に
どう説明すればいいのだろう。

戸惑いながら、幾度も口づけをくれる茂を仰ぎながら

「…っ…もう…ええです…けん…」

喉の奥から絞りだすようにせがんだ。

「何も…考えられんくらいに…っ…」
「…」
「…して…っ…!」

何か問いたげな瞳がそこにはあったが、茂はその求めに小さく頷くと、
布美枝の左脚に手をかけ、一気に脈動を貫いた。

「…っあっ…!」

背をのけぞって一瞬耐えたが、波動はそれだけに留まらず次々と押し寄せる。
いずみの涙も、倉田の哀しい笑顔も、その波に流されて消えた。
脚にかかっていた茂の右手が、布美枝の左手を絡め取って強く握り締められる。
痛いほどの力だったが、伝わる温もりに不思議と胸がじんとなった。

「はっ…あっ―――…っあっ…!」

硬度した熱情を貫かれ、そぞろ起つ襞が蠢いて捕らえる。
突き上げては去っていく快感が、布美枝の身体と思考を占拠していく。
意思とは無関係に淫れる肢体、呼吸もままならない深い口づけの嵐。
褥に撒き散らされた長い髪が、握られた手に絡まる。

目を閉じれば聴こえるのは、茂の荒い息と強く脈打つ鼓動の音。
そして目を開けば見えるのは、茂の苦しそうな表情と光る汗。
ゆっくり滲んでいく光景に、また涙腺が決壊したのだと悟った。
濡れた窓ガラスを拭くように、茂の唇が涙を掬ってくれた。視界が晴れる。
この人を、絶対に失いたくない…。

「―――――…ふ、ぅっ!…っ……あっ…!」

その瞬間は真っ白だった。

跳ね上がった布美枝の身体を、茂がぐっと押さえつけた。
ひととき息を止めた茂が、大きくため息をついて、その肩から力が抜ける。
膣奥に充填される茂の精を感じながら、その重みと温もりに今一度しがみつく。
上下する茂の肩に唇を寄せて、声に出さずに呟いた。

『…愛してます…』

※ ※ ※

「…あたしがもっと…力になってやれば良かった」

茂の胸の中に収まったまま、布美枝がぽつりと呟いた。
茂は何も言わずに、腕枕の向こう側の布美枝の髪を弄んでいた。

「何もできんだったのに…あたしだけ…幸せで」
「…」
「いずみに…二人に…申し訳なくて…」

そしてまた感情と一緒に溢れ出す涙。
茂の右手がぽんぽんと布美枝の背中を撫でてくれる。

「好き合っとる二人が…なして別離れなならんだったんだろう…」

言ってから自分の言葉に怯えて、茂の胸に今一歩沈み込んだ。

(あたしだったら耐えられん…)

ぎゅっと目を瞑る。

静かに息を吐いた茂が、寝床の上を仰いだ気配があった。

「なあ」
「…はい」
「おばば殿なら何と言うだろうな」

茂が仰いでいたのは、箪笥の上の登志の遺影だった。

「おばば…?」
「お前が言うとっただろ、ご縁の糸の話。おばば殿が言うとったと」

随分前に話したような気もするが、茂がそのことを覚えていたのが少し意外だった。

「残念だが二人は糸で繋がれとらんだった…ということでないのか」
「ご縁の、糸…?」

今度は茂が頷く。

「どっかにおるんだろ、あの二人にも。繋がれとる糸の先に。
きっとおばば殿なら知っとられるんだろうがな」

言葉が出てこず、布美枝は頷くしかできなかった。壊れた蛇口からまた涙。

「あーもう泣くな」

さすがに呆れたような顔で、しかし優しく抱きしめられる。
目を閉じて全て委ねた。


うつらうつら、夢に堕ちていく途中で、布美枝は微かな声を聴いた気がした。


「…幸せなのが罪だ、言うなら…」

――――俺も一緒に罰を受けてやる。






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