出逢う前から(非エロ)
村井茂×村井布美枝


「しげーさんっ!今度こそお見合いしてもらいますけんねっ!!」

絹代の怒号が茂の家中に響き渡った。修平はまぁまぁと言いながらも止める
つもりはさらさらないらしい。

「…そげなこと言ったって、こげな貧乏漫画家に来る女なぞおらんし、そもそも
嫁を養う余裕なんかないけん。」
「『ひとり口では無理でもふたり口なら何とかなる』という言葉があります!」
「一人も養えんのに二人も養えるわけなぁが。」
「屁理屈を言うもんじゃありません!!」

引き下がる気配はまったくないようだ。ちらりと修平を見やると来る途中で
買ってきたらしい新聞を眺めては「今度の歌舞伎座は…」と我関せずだ。

今度こそ見合いをしろと言うがこれまでにもしてみてもいいかと思わなくは
なかった。
だが、全て見合いをする以前に先方から断ってきたのだ。片腕を失った売れない
漫画家なぞに嫁ごうとするような物好きな女がいるわけない。

「もうええけん、早く兄貴んとこ行ったらええが。」

怒りを抑えて早く二人を帰そうと促した。

「先方は見合いをすると言うとられます。」

絹代は打って変わってぐっと落ちついた声になった。が、すぐに元のイカルに
戻った。

「と〜に〜か〜く〜!写真と釣書は置いていきます。先方と日取りが決まったら
また連絡しますけんね!!」

嵐のようにやって来たかと思うとまた、嵐のように去って行った。

(見合いをするだと…?どうせ、仲人に借りがあって断れんのだろ。)

二人を見送るとちゃぶ台に置かれた写真と釣書を見ようともせずに仕事部屋に
入ってしまった。

どれくらい時間が経ったのだろうか。辺りはもう真っ暗だった。ひどい空腹を
覚えた茂は絹代が置いていったふかし芋でも食べようと再びちゃぶ台の前に腰を
下ろした。

(うん、やっぱり芋は境港に限る。)

食べながらふと目に入るのは絹代が置いていった写真と釣書だった。
無造作に端の方へ押しやったが嫌でも目に入る。

(顔くらいは見ておくか。)

再び手に取ってまずは釣書の方から読み始めた。

「飯田布美枝…か。」

そして写真を手に取った。
印象的な目をしている、と茂は思った。少しはにかんだ笑顔が可愛らしいと
思った。


………とくん。


茂の胸が弾んだ。
慌てて写真をしまいこんで何かを振り切るように頭を振るとそそくさと仕事部屋に
戻った。


『・・・さん、朝ですよ…起きて…。』
「…もうちょっこし寝かせてくれ、・・ぇ…」

優しい声に起こされたような気がしてがばっと茂は起き上がった。どうやら
そのまま仕事机に突っ伏して寝てしまったらしい。

(俺は今、何て…?)

いつもなら改めて寝直すところだが、しっかりと目が覚めてしまい、仕方なく
顔を洗ってまた仕事部屋に戻ろうとした。
ちゃぶ台を見ると茂が無造作に置いたままの写真と釣書がまた目に入って
しまった。無視して昨夜の残りのふかし芋を朝食代わりに食べ始めたが
どうしても目がそちらの方へと引き寄せられてしまった。
怖い物でも見るかのように引き寄せて再び写真を取り出した。


……とくん。


とうの昔に忘れたと思っていた胸の高鳴りに茂はひどく戸惑ってしまい、

「いけん、墓へ行こう。」

ばりばりと頭を掻きむしりながら出かけてしまった。

茂がその目玉に”一目惚れ”をするのは、もうあと少し…。






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