たき火の後始末
村井茂×村井布美枝


「お父ちゃん、鳥さんたくさんいたねー!」
「富士山、きれいだったねー!」

喜子は、ふだん忙しすぎる茂がたっぷり相手をしてくれるので、ずっと笑いっぱなし。
ふだんは冷静な藍子も今日は喜子といっしょになってはしゃいでいる。
富士山の小屋を手に入れてから、一家は茂が仕事を調整しては時折ここを
訪れるようになっていた。
茂は先日過労でたおれ、3日間床についただけで仕事に復帰した。
だが、その間にたまった仕事にまた追われ、ようやく休みがとれた週末、
ここにやって来ることができたのだ。

昼間、はしゃぎ過ぎた子供たちは、夕食の後あっけなく眠ってしまった。
晴れ渡った夜空に、月がこうこうと照りかがやいている。
フミエは茂に誘われて小屋の外に出た。

「ええお月さま・・・。」

子供の頃のことなど思い出しながら、月のおもてに見入っていたフミエのかたわらで、
茂が何かごそごそやっている。

「何しとるんですか?お父ちゃん。」

茂は、そこら辺の枯れ枝を集め、マッチで火をつけた。
火は魔法のように燃え上がり、安定した炎となった。

「火ぃつけるの、うまいんですね。」
「兵隊に行っとったけん、こげなことは朝めし前だ。」
「あったかい・・・。やっぱり、夜はちょっこし冷えますね。」
「俺は、たき火がしたいけん、別荘を買ったようなもんだ。ええだろう?
こげして月の下で火をたいとると、原始時代の人の気持ちがわかるようだ。」

フミエがやかんを持ってきて、茂が器用に組んだ石の上にかけた。
コーヒーを飲もうというのだ。インスタントだけれど、こうして野外で飲むと、
ことのほかおいしかった。

「意外とうまいな・・・。」
「便利になりましたね。昔はコーヒー豆買うのもたいへんで・・・。」
「高かったけんな。でも、コーヒー飲んどる間だけは、貧乏も忘れられた。
お前はぜいたくだと言うて怒っとったが、これのおかげで生きる力がわいたんだ。」

フミエには、今まで茂といっしょに飲んだ数え切れないコーヒーの中でも、
忘れられない味があった。だが、あえて口には出さなかった。
茂も同じことを考えている、なぜかそう思えたからだった。

「あの出版社の社長は、今どげしとるかな?お前を相手に値切ったりして、
ひどい奴だった。」
「あの人も苦労しとられたんですよ。奥さんも乳飲み子をかかえて働いてる、
あんたはのんきだね・・・って言われました。私も働こうと思ったとたん、
藍子が出来てしもうて・・・。役に立たんだったですね。」
「・・・いや、それでよかったんだ。お前はうちにおるのがええ。航空母艦は、
決まった場所におるのが仕事だけん。」
「・・・また、航空母艦って言う〜!」
「だらっ!空母がそこにおらんかったら、どげな撃墜王でも、補給が出来んで
海に落ちてしまうんだぞ。」

(空母は、そこにおるだけでええ・・・。)

おまえが、俺の帰る場所だ、どこへも行くな・・・そう言われているのだ。
茂の愛情表現は、いつも突拍子もなくてわかりにくいが、フミエにはだんだん
それを感じ取ることができるようになっていた。

たき火の火はじょじょに小さくなり、夜気が二人をつつんだ。並んで
丸太に腰かけた、お互いの身体のぬくもりだけが感じられる。
茂がフミエの肩を抱いて、口づけしてきた。
口づけはしだいに深くなり、お互いの欲しているものがわかる。
茂が立ち上がってやかんの水をたき火にかけて消した。

「ほんなら、行くぞ。」

小屋に帰るのかと思っていたフミエが手を引かれ、連れて行かれた先は・・・。

「ええっ?」

茂が車のドアを開け、助手席にドッカリと座りこんで、躊躇するフミエを
中に引っぱりこんだ。女としては長身のフミエが、天井に頭をぶつけないためには、
茂に密着するしかない。フミエはしかたなく茂の上にのしかかるようにして
シートにひざまずき、ドアを閉めて背もたれにつかまった。
茂は下からフミエに口づけながら、ズボンのボタンをはずして、脱ぐように
うながした。

「俺のも脱がしてくれ。お母ちゃんは昔っから、おツユが多いけんな。」
「もうっ!イヤラシイことばっかり言って・・・!」

軽口をたたきながらも、茂が切実にフミエを求めていることは、茂の前の
固い感触が教えていた。フミエは頭の中がじぃん・・・としびれ、自分も茂をもとめて
身体の芯がとけてゆくのを感じた。

茂が自らの屹立したものを手でささえ、フミエがたっぷりとうるおった
秘所をそれに近づけた。ゆっくりと茂を食んでゆく・・・。
途中まで来た時、茂が待ちきれない、というように突き上げた。

「んっ・・・!お、とう・・・ちゃん・・・たらっ・・・。」
「もうベテランなんだけん、そげにおそるおそるやらんでもええだろう?」

心も身体も、茂でいっぱいになる・・・。フミエはそれでも、ちょっと怨じてみせた。

「もう、古女房にはイヤ気がさしたのかと思うちょりました・・・。」
「だらっ!このトシになって、イヤなもん相手に、勃つわけがなかろう。
男なんて、単純なもんだ。そげなこともわからんのか?」
「わかりません・・・。あなたしか・・・知らんのですけん。」

あなたにしか、恋をしたことがないから・・・。
お互いをよく知らぬまま結ばれたふたりだったけれど、いっしょに暮らしていく
うちに知った、ときめき、よろこび、悲しみ・・・。
フミエは、急激な繁栄をとげる世の中とは隔絶したようなあの小さな家で、茂と
ふたりきりで必死で生きた若い日々を思った。
茂の仕事が評価されるようになって、生活は激変したが、フミエはいつもかわらず、
茂だけをみつめて生きてきた。茂が多忙すぎて、いつしかフミエの目を見て話さなくなり、
身体を求められる時だけがわずかな救いとなっていた。昼間の茂のつめたさに傷つき
ながら、夜はそんな夫の訪れを待っている自分がみじめだったこのごろ・・・。

フミエは、茂のメガネをはずして、ダッシュボードの上に置くと、茂のうえで
身をくねらせ、全身全霊で茂を愛しはじめた。茂の顔にほおずりし、唇をあわせて
舌をからめあう。お互いに知りつくした身体が、鍵と錠のようにぴったりとはまり、
重い扉がひらこうとしていた。
茂は、フミエの思わぬ熱情にたじろぎながら、快感に身をまかせた。

「あ・・・ぁああああっ―――――!」

絶頂の悲鳴とともに、きゅううっとしめつけられ、茂は愛する女の中に放った。
やわやわとかかってくる重みを受けとめ、ただじっと抱いていてやる。
息がおさまっても、フミエは茂の胸に顔をつけたまま動かない。

「・・・どげした?お母ちゃん。」
「お願い・・・もう少し、このまま・・・。」

フミエは、茂に甘えた。もう少し、茂を独占していたかった。
ベンチシートとはいえ、せまい車内で、無理な体勢のため、身体が痛くなってきた。
しばらくして身体が自然に離れても、茂の胸に顔を寄せているフミエを、茂は
ただ黙って抱きしめていてくれた。いつまでも、茂の体温を感じていたかった。
外は涼しく、車内は二人の熱気で窓ガラスが曇っている。

「ほれ、交通安全のお守りだ。」

茂が、フロントガラスに目玉親父の絵を描いた。

ふたりは、車を降りると、手をつないで小屋まで歩いた。
小屋に着くと、父親と母親にもどって、二人の娘をはさんで眠りについた。

翌朝。

「あーーーっ!お父ちゃん、ゆうべ喜子にナイショでたき火したねーーっ?!
喜子もしたかったよーーー。」

目を皿のようにして、ゆうべの痕跡がないかどうか車を調べていたフミエは、
喜子の泣き声にとびあがるほどびっくりした。たき火のあとを目ざとくみつけた
喜子が、茂に抗議の声をあげたのだ。

「あー、すまんすまん。お前たちが早く寝てしもうたけん。わるかったわるかった。
泣くな。・・・そうだ、今度来た時、ヤキイモしよう。うまいぞー。」

喜子が、ようやく機嫌をなおし、四人は車に乗り込んだ。

「あーーーっ!」

またもや喜子の大声に、車をスタートさせたばかりのフミエは、急ブレーキをふんだ。

「窓ガラスにお絵かきしたんだー!喜子もしたかったよーーー。」
「わかったわかった。うちに帰ったら、なんでも喜子の好きなもん描いてやるけん。」

ひさしぶりの甘い一夜に、ずいぶんとツケがまわってきたものだ・・・。茂は苦笑しながら、
背もたれに隠れてフミエの膝に手を置いた。
ふたりとも、熾き火のような情熱のなごりを、身体の奥に感じていた。






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