村井茂×村井布美枝
「しげぇさんが、あげに興奮するのを、初めて見たわ。」 藍子が生まれたとき、産院で茂が全身で喜びを表現したという話を暁子から 聞かされた時、フミエはうれしさでいっぱいになったものだ。 同じことを、やはりその場にいた義姉からも後になって聞いた。 数えるほどしか茂に会ったことがない姉と違って、兄嫁の佐知子は フミエより茂を知っている年月が長い。その義姉の言葉だから、 茂が藍子の誕生をどんなに喜んでくれたかが伝わって、フミエは ますますうれしかった。 (でも・・・。) フミエはちょっとさびしくも思った。佐知子は、境港や神戸時代の茂を 知っているのに、妻である自分は知らない。わずかに知っていることも、 紙芝居の親方や浦木から断片的に聞いただけで、茂が語ってくれることは あまりなかった。 ある夜、寝間で浴衣に着替えたフミエは、藍子を寝かしつけながら、 一冊のアルバムを見ていた。すこしでも昔の茂のことを知りたいと、 義姉に貸してもらったものだ。義兄のものらしいそのアルバムには、 数は少ないが若き日の茂の写真もあった。 義兄夫婦の婚礼に参列した茂、義姉と神戸の家で笑っている茂・・・。 写真の中の義姉は、若く美しく、茂とふたりで写っているとまるで若夫婦の ようで、フミエの胸はわれ知らずざわめいた。 (いけんいけん。お義姉さんはこのころ大変だったんだけん。私は何を 考えとるんだか・・・。) 茂と違って海軍のエリート士官だった義兄の雄一は、戦後その身分がわざわいして 戦犯に問われ、長い間収監されていた。のこされた義姉と子供は神戸の茂のもとに 身を寄せていたのだった。 婚礼写真の中の花嫁は、輝くように美しかったが、その義姉がたどった苦難の 歳月を思うと、胸がいたんだ。今の生活も楽ではないが、佐知子が親子4人一緒に 暮らせる幸せをかみしめて生きているのをフミエはよく知っていた。 「何を見とるんだ?」 突然茂に声をかけられ、フミエはとっさにアルバムを隠した。 「こらっ!何を隠した?見せぇ。」 フミエはアルバムを傷めてはいけないと、しかたなく茂に渡した。 「お義姉さんに・・・貸してもらったんです。あなたの昔の写真、見たこと なかったけん・・・。」 「そげなもの、何で見たいんだ?」 「あなたは、昔のこと、何にも教えて下さらんのですもん。」 「昔のことなんて、知ってもしょうがないだろう。」 「だんな様のこと、よう知らんでは、女房がつとまりませんけん・・・!」 (好きなひとのこと、よう知りたいと思うのは、あたり前なのに・・・。) うまく言えなくて、涙ぐみそうになる。 「私、ほんとのこと言うと、浦木さんがうちに来るの、ちょっこし楽しみ でもあるんですよ。あなたの昔のこと、話して下さるけん・・・。」 「な、なんだと!?」 浦木が来るのが楽しみ、などと言われては黙っていられない。フミエの女心は 理解しないまま、茂は一生懸命昔のことを思い出してフミエに語り始めた。 「神戸におったころ・・・親父と、よく宝塚歌劇を見に行ったなあ。 お前は歌や踊りが好きだけん、いつか連れてってやりたいな。 まー、当分は無理だろうがなあ。」 今の経済状況では、とてもではないが観劇など夢のまた夢だ。それでも フミエはうれしかった。 「神戸はなー、食い物はうまいが、イモがやせておって、ちっともうまくない。 ええ屁が出らんのだ。」 「・・・また、屁のはなしですか・・・。」 フミエはがっかりするやら、おかしいやらで脱力したが、茂ははやばやと 思い出話を投げ出してしまった。 「あーー!!改めて昔のことと言われても、思い浮かばん!俺が偉くなったら、 自伝を書いてやるけん、それでも読め。なんだったら、お前が書くか?」 「えー?そげなこと、無理です・・・。」 「『私がいちばん近くで見とるけん、いちばんよう知っとります。』と 豪語しとったのは、どなたさんだったかな?」 「も・・・もぅ、そのことは、忘れてください・・・。」 (忘れてなんぞ、やるものか・・・。) ここに、自分の一番の理解者がいた・・・。あの時のことを忘れるはずがなかった。 お嬢さんぽいところが抜けなかったフミエが、茂の女房になった瞬間だった。 藍子を生んでから、フミエは髪を束ねるようになった。すこし首をかしげて 熱心にアルバムに見入っているフミエの、白いうなじがいやでも目につく。 茂が引き寄せられるように唇をつけると、すべらかな肌は甘く、心なしか赤子の においがした。 「今、こげして一緒におるのに、昔のことなぞ知る必要があるのか?」 うなじから首すじ、耳へと舌が這いあがり、ささやきながらやわらかな耳たぶを ねぶった。フミエの身体におののきが走り、アルバムがひざから落ちる。 答える声が思わずうわずった。 「だっ・・・て・・・。」 「俺ばっかりじゃなくて、お前の昔の話も聞かせぇ。」 「わ、私なんて、何にもありませんけん・・・。」 「好きなヤツとか、おらんかったのか?」 「そげなもの・・・。あなたが、初めてで・・・。」 「俺が初めてなのは、ようわかっとる。あん時は、大騒ぎだったけんな。」 「!・・・大騒ぎなんて・・・。」 茂が後ろからゆかたの身八ツ口に手をさし入れてきた。母になったフミエの 身体は、胸がすこし豊かになり、肌は以前よりさらになめらかに茂の手に 吸いついてくる。 フミエの首すじを味わいながら、耳元でささやいた。 「ふ・・・冗談だ。ちゃんと覚えとるよ。あれから、いろんなことがあったな・・・。 それもみんな、お前がいちばんよう知っとる。・・・それで、ええんじゃないのか?」 「は・・・い・・・。」 指と唇で愛撫されながら、低い声でささやかれ、フミエは身体の芯が とけてしまったかのように、茂にもたれかかってあえいだ。 「もう・・・大丈夫なのか?・・・その、こういうことをしても?」 ここまで来て、今さら駄目と言われても困るが・・・。 「せ、先生は、ひと月過ぎたらええ、と言っとられましたけど・・・。」 あえぎながらフミエが答えると、茂が手を抜き取って、前で結ばれた帯を解いた。 ゆかたをすべり落とすと、そのまま肩を抱いていっしょに布団に横になった。 後ろから抱いたまま、乳首を指の間にはさんで胸をもみしだく。 「ぁ・・・ああ・・・んっ。」 フミエがその手を抱くようにして身をくねらせた。 茂の手が下へとおりていき、狭間に指をすべりこませる。 「ま、待って・・・!」 フミエがその手をつかんで止めた。 「どげした?・・・まだ無理か?」 「わか・・・わからんのです・・・。自分でも、どげなっとるのか・・・。」 大きな変化が、身体におとずれ、また、茂をもう何ヶ月も受け入れていない。 「子供を生んだ女が、もうこれが出来んと言うのなら、とっくに人類は滅亡しとる。」 茂の長い指が、蜜をからめながらうごめき、深いところへ沈み込んだ。 「やっ・・・ん・・・ああっ。」 フミエは茂の腕を両手で押さえ、腰をくねらせて快感から逃げようとした。 茂はフミエの内部をいとおしむように指で深くさぐり、軽く責めた。 「・・・お前はなんにも変わっとらん。大丈夫だ。」 「・・・は・・・い・・・。」 茂がフミエを仰向かせ、深く口づけながら身体をひらかせた。 自身の先端でフミエのその場所にふれると、そこはもう、あたたかくうるんで、 なめらかに茂を招きいれた。なかは快く、茂は懐かしい幸福感に包まれた。 「お母ちゃんになって、一段と味がようなったな。」 「も、もぉ・・・。」 軽口の中にも、茂らしいいたわりを感じ、フミエはうれしかった。 茂は、フミエを気遣ってか、中の感触をたのしむようにじっとして動かない。 フミエは、身内から泡のようにわきあがる快感に、むずがゆく責めたてられ、 大きく身体をうねらせて身悶えた。 「あ・・・しげぇ・・・さん・・・。」 茂がようやく腰をゆっくりとまわしはじめた。フミエのむずがゆさが一層増してくる。 (た・・・すけ・・・て・・・。) 「お願・・・い・・・。っ・・・ぃ・・・。」 「なんだ?はっきり言え。」 はしたないと思われてもいい、茂を全部、感じたかった。 「つい・・・て・・・くださ・・・い・・・。」 「もっと、きつうしても、ええのか?」 「は・・・い。」 茂が、フミエの肩をつかんで、ぐっと突き上げた。フミエが悲鳴をあげる。 大きく腰をひいては突き上げることを繰り返され、フミエの足は茂の腰にあやしく からまり、腕は茂の首に巻きついた。 フミエを貫くものを回転させるように突き上げると、フミエは髪をふりみだして 小さく達した。茂は身体をふるわせるフミエを抱きしめ、なおも揺すぶりたてる。 「あ・・・え・・・え・・・快えの・・・しげぇ・・・さん。」 フミエは、揺すぶられながら、茂の耳元で繰り返し訴えつづけた。 耳にそそぎ込まれるせつないあえぎに、茂の官能もかきたてられる。 フミエが茂の背につめを立て、四肢をふるわせてかぼそい悲鳴をあげた。 ギュッと抱き合ったまま、茂もフミエの中で果てた。 情交のあと、ぐったりとなったフミエを、茂が包み込むように抱いてくれている。 温かく、すこし汗ばんだ肌が重なりあい、身体がつながっている時とは また違った一体感とやすらぎを覚えた。 (この時が、すこしでも長くつづきますように・・・。) フミエは、自分の身体に回された茂の手を両手で抱きしめた。 (女心は、ようわからんが、フミエを安心させてやらんといけんな・・・。) 茂のことを懸命に知りたがったり、こうして茂の手をいつまでも抱きしめて いたり、フミエが自分のことをせつないほど慕ってくれているのは茂にも よくわかった。なぜ自分のような男をこれほどまでに愛してくれるのか、 不思議に思いながら、茂もそんなフミエをこの上なくいとおしく思っていた。 「これ以上近づけんというほど近づいても、俺たちはそれぞれ別の人間だけん、 お互いの考えとることが全部わかるわけじゃない・・・。けど、わからんから 面白いのじゃないか?」 「はい・・・。」 「それにな、そこにおる藍子は、正真正銘、俺とお前を半分ずつ混ぜて出来とる。 それだけは、間違いない・・・。」 フミエは、ちいさな布団ですやすやと眠る藍子をみつめた。 (しげぇさんと、私を半分ずつ・・・。) ストーブの灯油も満足に買えないほど貧しいけれど、こうして茂につつまれて いれば温かく、目の前にはふたりの愛の結晶ともいえる藍子がいる。 あたたかい涙がにじんできて、藍子の姿がぼやけて見えた。 「昔のことは、おいおい思い出したら話してやるけん・・・。それより、これから 何十年も一緒におるんだけん、これから起こることを全部忘れんようにして いったらええ。」 「そげですね・・・。」 ほんの小さなことでも、大事に拾い集めて胸にあたためていけばいい・・・。 フミエは身体をよじって茂の方に向き直ると、ほほえんで茂を見上げた。 どちらからともなく求めあった唇がかさなりあい、やがて深くなっていった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |