寒い夜だから
村井茂×村井布美枝


「藍子は寝付きが良くて助かるわ…」

寝息を立て始めた娘の頭をひと撫ですると、起こさないようにそっと
階段を降りて仕事部屋へ戻った。
長女、藍子がもうじき3歳になろうとするある秋の日のこと。
その日は漫画の原稿の〆切が迫っており、藍子と一緒に風呂からあがった
後、布美枝も手伝いに駆り出されていた。
折しも今夜は冬の到来を思わせる寒さ。質素倹約を信条とする村井家でも
さすがに夜はストーブを焚いていたが、日をまたぐ時間にはもう灯油が
切れてしまい、仕方なく半纏やら何やらを羽織って二人とも原稿を
仕上げ続けていた。

黙々と描いていた茂がふいに顔を上げ、凝った肩を廻す。と、横を見やり
妙な事に気付いた。布美枝がベタ塗りの筆を持ったまま動かしていない。
じっと手元を見ているだけだ。そのうちに、筆すら置いてごそごそ
自分の手をさすり始めた。

「疲れたか」

声をかけると申し訳なさそうに茂を見る。

「あ、すんません。その、指がかじかんで動かんもんで……」

はかどらない仕事ぶりを詫びた。

寒いのは我慢できても指先が冷えるのはどうにもならない。しかし、筆先が
震えれば失敗に繋がるのだから何とか温めようと、布美枝は息をはぁっと
吹きかけた。すると。

「手え貸せ」
「あ…」茂の右手が布美枝の右手を掴んでいた。
「……ったかい」
「だろう」

彼の熱が、じんわりと移動してくる。指の一本一本を手の平で握られると
さっきまでの痺れるほどの冷たさがほぐれてきた。
寒いのは茂も同じはずなのに。

(男の人は皆、こげにあったかいんだろうか…)

安来の父はどうだったろう、と思いを馳せてしばし大人しく温められていたが。

「は、離してええよ。お父ちゃんの手が冷たくなるけん、もう十分…」
「ほい、次そっち」

右手を離して左手を握ってくれる。さすがに茂の手も、今度は
ぬるくなっているのが分かった。

「すんません…、だなくて、だんだん」
「おう」

茂が目を細めた。世話を焼かせてしまった申し訳なさと、気遣って
くれる嬉しさに、布美枝は礼を述べる事しかできなかった。

「あ!待って、お父ちゃん」

布美枝が茂の手を取って両手で包んだ。そしてその手を上に持っていき
自分の首筋にぴたり、と当てた。

「ほら、これなら」

素敵な発見をしたように微笑んでそのままじっと目をつぶる。

「お父ちゃんもあったかいでしょう?」

確かに首なら体温が高い。が、茂は少々面食らっていた。

(たまに思い切った事をするけん、こいつは侮れん……)

おそらく本人は、茂にも暖をとらせたい一心なのだろうが。
手の平から首の脈がとくとくと伝わった。茂の手が移動し、布美枝のうなじを
撫でる。それから耳の後ろの髪に指を滑らせた。

「風呂上がりなのに薄着するけん寒いんだ」

ふっと目を開けると、茂の眼差しが布美枝を捕らえた。

「髪も、濡らして」

これでも羽織っとるんですけどね、眉を下げて笑う。

「湯冷めせんうちに藍子寝かしつけて、良かっ…ひゃっ」

茂は布美枝を引き寄せると、足の間に入れる形で後ろ向きに抱きしめた。

ちょうど目の前に細い首が見える。鼻の頭で髪をかき分けるように
顔を埋め、うなじを甘噛みすると、フワッと女の匂いが鼻をくすぐる。
毎日同じ物を食べて同じ石鹸を使っているのに、こんなにも
自分と違う匂いを発する生き物が、茂にはもはや神秘に思われた。


「ふ…」

くすぐったいのか、布美枝が肩をすくめる。

「お父ちゃん、あの、原稿は……?〆切…」

うーん、と唸り机の上の原稿に目を遣った。

「終わってからやるか」
「――――――どっちを?」
「また遅れるけん、お前責任とって手伝えよ」

首筋に口付けたまま宣告した。

「責任て、何の…」

理不尽な理屈に後ろを振り向くと、うなじに落とされていた
唇が、今度は唇に吸い付く。

「お母ちゃんのせっかくの誘いだけん、乗ってやらんとな」
「誘っ…、人のせいにせんでごしなさい!」

軽口を叩き合いながらも、二人とも笑顔になっていた。口付けながら
喋るので、唇が擦れあう。吐息の湿気が与えられる代わりに、熱を奪われる
感触がこそばゆい。

「ふふ、くすぐった…」
「ほれ集中せえ、集中」

もう一度首筋に顔を埋められた。まるでその表面に蜜でも塗ってあるかのように
布美枝のうなじや肩が後ろから食まれる。背骨に沿って唇を受けると、
刺激が全身を走った。思わず体を前に折った布美枝を茂がぐいと引き戻し、
そしてそのまま下着の中へ手が侵入する。

茂みの奥の湿地を慣れた指が掻き回すにつれ、布美枝の体が弛緩していく。
奥から湧くものが畳の上に伝うのを、明日掃除しなくちゃ、と酔った頭で考えた。

おもむろに茂が指を抜き、布美枝の肌の上を滑らせる。まろやかな線を
指の腹でつつ、となぞられ、愛液で乳房に円を描かれた。
自らの透明な絵の具で夫に文字通り遊ばれている事に、甘美な羞恥が襲う。

「もっと…ちゃんと、触って」

珍しい妻のねだりに、茂の目が愉快そうに細められた。
大きな手の平にすっぽりと包まれた乳房が水風船のように揉まれる。既に
布美枝の浴衣は、腰回りにぐしゃぐしゃとまとわり付いているだけの布に
なり果てていた。結局その時になれば、布美枝を『集中』させる事など
茂にとっては簡単なのだ。

布美枝は茂の方を向き腰を上げると、茂の中心に照準を合わせる。
そろそろと下ろした腰を掴まれ、その上に降ろされた。

「ひっ……!」

一瞬、胎内が突き破られたかと思った。自重で簡単に奥まで届く
夫の熱い一部。粘膜が擦れあい、血が交じり合う。

「あ……あっ」

布美枝が両腕で茂の頭を胸に抱え込んだ。癖のある髪の中に指を入れて
夢中でかき抱く。

「もっと…おねが…」
「…待て、苦し…」

茂の漏らした息を吸い込むように唇を強く合わせてきた。
こんな時、布美枝はしばしば茂を惑わせる。抱いているのに逆に抱かれている
ようで、征服しているつもりが実は彼女に囚われているような――――――。
臀部を持ち上げ、一気に下に縫い止めると、喉をひゅうっと鳴らして
のけぞらせるのが見えた。

茂が奪っているのか、奪われているのか。それとも布美枝が与えているのか、
与えられているのか。互いの肉にまみれる中で、境界線はぼやけていく。
果たして茂が布美枝の中で白く熔けた瞬間、二人はそれぞれを共に所有した。

乱れた衣類を毛布がわりに引っ掛けて、さっきのように布美枝が
茂の足の間で寄りかかった。汗を含んだ茂の前髪を、指で横に払ってやる。

「いけんな」

布美枝の肩に額が乗る。

「もう今日は仕事する気にならん。こげな予定じゃなかったんだがなあ」

後悔の言に、甘く気だるい響きが滲んでいた。

「明日は私も頑張るけん、もう今日は遅いし寝ようか。…眠たいんでしょう?」
「うん」

子供みたいな返事があったかと思うと、数秒後には、肩に乗った頭が
しっとりと重みを増した。その時自分がしたい事をする、夫の
天真爛漫さが布美枝にはどこまでも微笑ましくて、緩く笑った。

明くる朝、珍しく茂が早く起きてきたので3人が揃った朝食になった。

「はい、お父ちゃんお味噌汁」
「おう」

手渡された椀を茂が受け取る。窓から差し込んだ朝日が布美枝を
後ろから照らして、陽光が彼女の細い体をあわあわと縁取った。
藍子の方を向く時などに、昨夜自分が愛撫したうなじの産毛が
金茶色に輝くのをぼんやりと眺めながら、味噌汁の椀を口に運んだ。

「…あ」

「あらま、お父ちゃんまでこぼして!藍子とそっくり」

セーターの胸元を濡らした茂に、布美枝が笑って布巾を手渡し
ちゃぶ台を拭こうと前に屈んだ。

その時、娘が何かに気付いた。

「おかあちゃん、よごしたの?」
「え?」

藍子が指差した先には、布美枝の首に、昨夜茂から受けた口付けが
紅く掠れた印となって残っていた。

「これはっ……」

慌てて手で隠す。

「とれないの?」

物をこぼした染みか何かとでも思っているのかもしれない。
子供の純真な眼差しが心苦しい。

「あの、大丈夫、放っておけば消えるけんね」

つい正直に答えて、ブラウスで何とか隠そうと襟を直す。
一人そ知らぬ顔で沈黙を守りつつ、そのくせ忍び笑いしている目の前の
夫をねめつける布美枝だった。今日こそは途中で中断せずに
しっかり仕事しなければ、と改めて心に誓いながら。






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ