あぶな絵の女
村井茂×村井布美枝


「うーーーーーーん。」

ある夜、仕事部屋から聞こえてきた茂のうなり声に、フミエは寝支度の
手を止め、閉じられたフスマの向こうをうかがった。

(どげしたんだろう?お仕事がはかどらんのかな・・・。)

心配になるけれど、おいそれと覗きに行くわけにもいかない。マンガの
ストーリーや下書きが出来あがってからなら、ワク線ひきやベタ塗りなど
フミエにも手伝えることはあるが、構想の段階では、とても無理だった。
こういう時は、そっとしておくほかない。

「おい、ちょっこし来てくれ。」

茂の声に、いそいそと立ち上がってフスマを開け、仕事机のそばに座った。

「きゃっっっ!」

茂の前に広げられたたくさんの色あざやかな錦絵・・・そこには半裸の男や女が、
あるいは縛り上げられ、あるいは逆さ吊りにされ、血にまみれた地獄図を
繰り広げていた。
フミエは吐き気を覚えて目をおおった。

「すまんすまん。ちょっこし仕事の参考にしようと思ってな。」

三海社がなくなって以来、どんな仕事でも受けるようになっていた茂は、
マンガ出版社ではない会社にも当たってみたところ、エログロ雑誌の小説の
さし絵をたのまれたのだという。少女マンガの時も苦手分野に四苦八苦したが、
あの時は天のたすけでなんとかなった。

「俺はグロは得意だが、エロの方はな〜。小説のさし絵だけん、ストーリーを
考えんでええのはええが、俺の持っとる資料は、こげな血まみれの
ばっかりだし・・・。」

茂はふと話をやめて、フミエの顔をじっと見た。

「これは、明治時代の月岡芳年という人の錦絵でな・・・。夜中にひとりでこげな
絵を見とると、それはそれはええアイディアが湧いてくるんだが・・・。
いかんせん、頼まれたのはこげな昔の残酷物語じゃなーけん。血やら衣装やら
ないところを見たいんだが・・・。」

(え・・・?)フミエはイヤな予感がした。

「お前、ちっとモデルになってくれんか。」
「い、いやです、そげな。わ、私は全然色っぽくなんかないですし・・・。」
「そげなことはええんだ。女を縛ったところが見たいだけだけん。」

そんなこと、もっといやだった。いったいどんな小説なのだろう?フミエのように
育ちのよい娘には、想像も出来なかった。

「お前、俺の役に立ちたい、といつも言うとるじゃないか。」

・・・それを言われると弱かった。茂のいたって真面目な面持ちに負け、言われるまま
たんすから着物のひもを出すと、茂の前でおずおずと浴衣の帯をといた。
帯ははらりと落ちたが、まだ浴衣を羽織ったままのフミエに、

「前にもモデルになったことあるだろう?早やことせえ。」

着ているものをすべて脱がせると、茂は立ったままフミエの両手を後ろにまわさせた。
・・・早くも涙ぐむ瞳に、吸い寄せられるように口づけると、

「・・・たのむ。」

(女房なんだけん・・・。お仕事のためだけん・・・。)

フミエは自分に言い聞かせ、持たされたひもを握った。茂が器用にひもをまわし、
魔法のようにしばりあげる。驚いて声も出ないフミエに、

「こりゃあ、戦地で捕虜をしばるやり方だ。もっとも、敵さんは姿も見せんで
いきなり撃ってくるばっかりで、こげな悠長な戦争じゃなかったけどな。」

茂はそのままフミエを立たせておいて、スケッチブックを取り上げた。

「本当は、吊ったところが見たいんだが、このボロ家にお前を吊り下げたら、
家がこわれるけんな。」
「もぉっ・・・。」
「おっ、お前の『もぉっ。』が出たな・・・。」

茂がほほえんだ。フミエも笑ったことで、ちょっとだけリラックスできた。
それでも、美術のモデルとは違う、隠微な緊縛のくわわった裸体が恥ずかしく、
茂の顔を見ることもできない。
立ち姿をいろいろな角度からスケッチし終えると、今度はフミエを座らせる。
やわらかい肌に硬いひもがくい込み、座らせるためにフミエの身体を抱いた茂の
腕に、えもいわれぬ感触を味わわせた。
座ったポーズの次に、茂はフミエをやさしく抱いて布団の上に横たえた。
後ろ手にしばられ、自然と突き出された胸、くの字に曲げられた長い脚・・・。
真剣に観察しながら写しとっていく茂の、視線に犯されているようで、フミエは
ほおが火照り、しばられた身体がうずくのを感じた。

手は着実に仕事をしながら、茂は次第に妖しい気分にとらわれていくのを
禁じえなかった。
自分の妻が、全裸で緊縛され、ころがされている。自分でやったことなのだが、
何か、フミエが誘拐され、汚されたような錯覚におちいり、猟奇的な劣情に、
鼓動が早くなるのを感じる。
フミエが寒くないよう、ストーブをつけてあるが、早春にしては暖かい陽気のせいか、
あるいは羞恥のせいか、フミエの肌はなまめかしく上気して染まり、茂の額には
汗の粒が浮かんだ。
フミエを横向きにさせ、後ろから観察すると、ぴったりと閉じられた両腿のあいだに、
てらてらと光るものが見える。

(フミエも、感じとる・・・。)

そう思うとたまらなくなって、思わず顔を寄せ、ひもで上下を縛され強調された乳の、
桃色に息づく突起を口にふくんだ。

「や、やめてぇっ・・・!」

視線だけでたかまっていた身体に、直接的な刺激をうけ、四肢をつらぬくような
快感が身体中にひろがった。茂が唇をはなすと、たかまる情欲が、もっともっとと
フミエを内側からせっついた。

「や、めない・・・で・・・。」

フミエはこきざみに震えながら、胸を突き出して哀願した。

「やめるのか、やめんのか、はっきりせえ。」

茂はそれ以上のことをせず、フミエを見下ろしている。

「これ・・・解いて、ごしない・・・。」

このまま抱かれたら、どうなってしまうかわからない恐ろしさに、フミエは訴えた。

「解いてやってもええが、そしたらそのまま寝るんだぞ。」
「・・・いじわる・・・。」

身動きできないのに、火をつけておいて、じらすなんて・・・。

「してほしいんだったら、して下さいと言え。」

ずきずきと痛いほど脈打つ中心部が、欲しいと言え、とフミエを責め立てる。

「・・・・・・し、て・・・くださ・・・!」

言い終わらぬうちに、唇を奪われ、気がとおくなる。
フミエの首と言わず胸と言わずむさぼりながら、もどかしげに茂は着ているものを
脱ぎ去り、自分を待ちこがれる女の身体を抱いた。やわらかい肌と、硬いひもが
交互に肌にあたり、自由を奪われた細い身体が、茂の加虐心をあおりたてる。
うしろ手にしばられたフミエの手が痛くないように腰をあげさせ、自分の太腿の
上に乗せる。脚を大きく開かされ、大変なことになっているそこを、茂に見られて
いると思うと、恥ずかしくて死にたいくらいだったが、同時に茂になら何をされても
いいという不思議な安心感をおぼえ、フミエはただひたすら貫かれる瞬間を待った。
ずくり、と音がしたかと思うほどの衝撃に、ぎりぎりまでたかぶらされたフミエは、
茂をあわてさせるほどの悲鳴をあげたが、もうその声もフミエ自身には聞こえなかった。
抜け落ちそうになるほど腰をひいては、容赦なく突き上げられる。わきおこる激しい
快感は、けれども行き場をうしなって、フミエの身体を内側から引き裂きそうだった。

「あ・・・や・・・いやっ・・・やぁっ・・・!」

突かれるたび、せつなげな悲鳴があがり、高くかかげた脚がゆらゆらとゆれる。
大きな波が近づいてくるのを感じ、茂にしがみつきたいのに・・・。

(このままじゃ、おかしくなる・・・!)

そう思った瞬間、いましめを解かれ、自由になった腕で茂に抱きついた。

「あ・・・ぁあああああ―――――!」

つよくつよく、茂を抱きしめながら、フミエの意識はとおのいていった。

・・・シュルッとひもが引き抜かれる感触にふと気づくと、茂が赤くなったひものあとを
指でなぞり、いやすようにひとつひとつ口づけている。見ていると、ふと目があい、
どぎまぎしてフミエは目をそらせた。

(こげな時だけ、やさしくして・・・。)

じわり、と涙がうかんでくる。

(ずるいんだから・・・。)

こうやっていつも茂にまるめこまれてしまう自分もどうかと思うけど・・・。
そんな茂が好きなんだから、しかたがない。

「・・・痛かったか?」
「まだちょっと、しびれとって・・・。」

茂が、しびれた腕をさすってくれる。

「こげなこと・・・もう、せんでごしなさいね・・・。」
「安心せえ。お前が手伝ってくれんと縛れんのだけん。」

茂の温かくて大きな手が気持ちよくて、そのままフミエは眠ってしまった。

茂はフミエの寝顔を見ながら、先ほどのめくるめく時間を思い起こしていた。
二の腕や乳の上下に残る赤い縄目を見ると、罪悪感といとしさが同時につのる。

(女を縛って何が嬉しいんだろうと思っとったが、これはこれでそそるものがあるな。
・・・だけど、もうこれっきりにしとこう。)

結婚して1年以上が過ぎ、無垢だったフミエも、茂との交わりに深いよろこびを
得られるようになってはいたが、この劇薬のような快楽は、なんとなくフミエには
似つかわしくないように思われた。

(それに、普通のでじゅうぶん、気持ちええけんな。)

すやすやと眠るフミエの頭をなでると、茂は仕事部屋に戻っていった。

つぎの日。茂に呼ばれて部屋に行くと、茂ができあがったさし絵を見せてくれた。
それは正視できないような淫らな光景だったが、茂が描いただけあって一種の凄み
と迫力があり、官能的な作品にしあがっていた。

「どげだ?よく描けとるだろ。」

息をのんで絵をみつめているフミエの、無言にしびれをきらして茂が聞いた。

「むね、が・・・。」

顔が変えてあるのは当然だが、さし絵の女は、フミエとは似ても似つかぬほど豊満で、
むちむちとした肉身が、くい込んだ縄目からはみ出すようだった。

「ああ、こういう本を読む連中には、この方がうけるけん。」

(私ってやっぱり、色気がないのかなあ・・・。)

ちょっとショックを受けているフミエに、茂が笑いながらスケッチブックを見せた。

「俺はこっちの方もええと思うがな。」

(きゃっっっ・・・!)

それは、ゆうべのフミエのスケッチだった。フミエはあわててそれを奪い取ろうとする。

「それ・・・捨ててください!もういらんのでしょ?」

茂は、スケッチブックを抱きかかえ、フミエに取られまいとして言った。

「勝手に捨てたりしたら、またやってもらうけんな。」
「もぉっっっ!・・・絶対、誰にも、見せんでごしなさいね!」

フミエは、しかたなくあきらめて、台所へ戻っていった。
茂は、あらためてできあがったさし絵を満足そうにながめた。この手の嗜好は
理解できないと思っていたが、実際に縛られたフミエを抱いてみて、ちょっと
その気分がわかり、この絵にそれを生かすことができた。

(ふーーーーむ。なんでも実践してみることが大事だな!)

いずれまた、茂の実践の手伝いをさせられる運命とも知らず、のんきなフミエの
歌う『埴生の宿』が、台所から聞こえてきた。






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