小袖の手
村井茂×村井布美枝


「それではいけん。もっとこう、垂直にペンを落とすんだ。」

〆切りも間近のある日の夜ふけ、フミエは茂のアシスタントをしていた。
背景の点描をまかされたフミエの手元を見ていた茂が、突然フミエの手を
後ろからつかむと、そのまま点を打って手本を示した。

「・・・はい・・・。」

・・・茂の大きな手が自分の手をつかみ、後ろから抱かれるように身体が
重なっている。茂のはく息が顔にかかり、低い声がいつもより深く耳にひびく。
茂は仕事となると邪念などには全くとらわれないのだろう。けれどフミエは
思わぬふれ合いに、胸のドキドキが止まらない。

(いけんいけん。私ったら、大事なお仕事の最中に・・・。)

茂が自分の机に戻ってからもしばし呆然としていたが、あわててペンを握り直し、
習ったとおりに点々を打ち始めた。

・・・どのくらい時間が経っただろうか。

「ずいぶん丁寧に打ったな。もうそれでええ。明日もあるけん、お前はもう寝え。」

茂の声にわれに返ると、恐ろしく細密な点描が出来あがっていた。

(・・・しげぇさんは、すぐ手首をつかむんだから・・・。)

寝巻きに着替えて布団に入ったたフミエは、さっき茂につかまれた手首を
そっと握って、感触を思い出していた。
結婚して半年以上が経つ夫婦だから当然のことだが、フミエはもう数え切れない
くらい茂と肌をあわせてきている。
それでも、思いがけない時に手首をつかまれると、動揺してしまう。
それは、「手首をつかんで引き寄せる」ことが、愛の行為ののはじまりを意味する
から・・・だろうか?
二人の夜のはじまりに、甘いささやきなどあったためしがない。照れ屋の茂は、
いきなりフミエの手首をつかんで引き寄せ、唇を奪うことも多かった。

「手も握ったことがない。」と言うように、男女のふれあいの最初は、手を握る
ことから始まるらしい。祝言の日に初めて顔を合わせた時代ならともかく、今は
たとえお見合い結婚でも、婚約後、すこしは恋人気分でデートすることもできる。
そんな淡いつきあいもなく、いきなり結婚したふたりは、お互いに相手をよく
知りもしない内に身体が先に結ばれ、日々をかさねるうちに心も通い合うようになった、
と思えるこのごろだった。
フミエは、今さら手を握られることにドキドキしている自分をおかしく思った。

(私たちは、いろいろ人と順番がちがうけん・・・。)

茂と、ドキドキしながら手を握り合うところから始めたかった・・・と、すこし
残念に思いながらも、不思議なえにしに感謝し、フミエは眠りについた。

フミエが眠った後も、茂はペンを動かし続けていた。その指がふと止まり、
ペンを置いて自分の手をみつめる。

(細うて、白うて・・・なんというか・・・。)

先ほどの、フミエの手の感触を思い出し、たまらなくなる。

(いけんいけん。そげなことをしとるヒマはない。今は〆切りに向かって
ばく進しとる最中だけん。)

首をふって、邪念を振り払おうとするが、

(あの手首をつかんで、引き寄せると・・・。)

羞じらいながらも、素直に茂に身をもたせかけてくるフミエの、やわらかい肌の感触や、
髪の匂い・・・五感にはたらきかけるさまざまな記憶になやまされる。

(だ〜〜〜!!もう!なにもかも〆切りがすんでからだ!)

ぼりぼりと頭をかきむしり、再び仕事に没入していった。

婚礼の日。
白無垢の花嫁衣裳をまとったフミエを初めて見たとき、茂の心に去来したものは、
世間一般の花婿の感想とはやっぱりちょっと違っていた。
とにかく真っ白だ、と思った。そして次に気づいたのは、花嫁衣裳の丈が
ちょっこし足りないらしい、ということ。ゆきも足りないのか、手首がすっかり
出てしまっている。

(小袖の手、だな・・・。)

フミエが似ている妖怪を、またひとつ見つけた、茂は会心の笑みをうかべて
フミエに微笑みかけた。

(手・・・あの手だ!)

翌々日、徹夜で原稿を仕上げた茂は、おそい朝食をすませると、なにごとか
胸に期するところを秘めながら、出版社に出かけていった。

「いってらっしゃい。気をつけて。」
「お・・・おう。」
「?・・・何か私の顔についとりますか?」
「い、いや、なんでもない。・・・ほんなら行って来る。」

茂は、いまだにフミエに見送られることに慣れないようで、かゆくもないのに
頭をぼりぼりとかきながら角を曲がっていった。

(おかしな、しげぇさん。)

フミエは、ほほえみながら家の中に戻った。

その日、茂が帰ってきたのは午後もおそく、二時を過ぎてからだった。

「おかえりなさい。おなか、すいたでしょう?」
「おう。チキンカリー買うてきたけん、今夜はこれにしてくれ。」

原稿料が入った日は、缶詰のカレーを食べることが、二人のささやかな
ぜいたくだった。
遅い昼ごはんを食べた後、ここのところ徹夜つづきだった茂は、
猛烈な眠気におそわれた・・・。

ふと目覚めると、部屋は真っ暗で、いつの間にか布団に寝ている。
となりを見ると、フミエも自分の布団で眠っている。

(今、何時だ?)

時計を見ると、二時だった。

(よ、夜中の二時か?しまった・・・。)

昼飯を食べた後、つい眠り込んでしまい、なんとそのまま夕食も食べずに
12時間ちかく眠ってしまったことになる。フミエが布団に誘導してくれた
のだろうが、まったく覚えていない。

(腹が減ったなあ・・・。)

それよりも、おとといからおあずけをくっていたことがある。

少し暑いのか、フミエは布団から手を出している。茂はその手首の内側の、
やわらかい部分に唇をあてた。舌にここちよい感触に、思わず吸い上げ、
甘噛みして味わうと、フミエが目を覚まし、眠そうな声でたずねた。

「んん・・・。あ、あなた・・・どげしたんですか?」
「すまん、起こしたか。・・・腹が減ってな。」
「・・・何か、こさえましょうか?」

そう言うフミエの顔をのぞきこみ、やわらかな唇に喰らいついた。
まだ目が覚めやらぬまま、むさぼられていたフミエだったが、茂の激しい口づけに
しだいに応えはじめた。

「はぁ・・・あ。あ・・・あの・・・ごはんは・・・?」

唇が離れると、息をはずませながらも、フミエは茂の空腹が気になった。

「こっちが先だ。」

茂が、乱れたゆかたの胸もとに顔をつっこみ、ふたつの果実を交互にあじわう。
乳首を舌でなめころがすと、フミエが身悶えて茂の頭をかき抱いた。
その間にも、指は下着をおろそうとする。手伝おうとするフミエの手をつかんで
おのれの昂ぶりをにぎらせ、あとは足で引きおろした。
フミエの左足をつかんで大きくひろげさせると、濡れそぼつ中心部を貫く。
もう片方の太腿を足で抑えるようにして、左足をつかんだまま深く突き込んだ。

「ああぁっ…んっ。」

甘い衝撃にフミエの腰が反り返る。いつもと違う角度の責めにとまどい、
茂の背を求めて腕をのばすが、すがるものもなく、フミエの手はむなしく
布団の上に落ち、敷布をつかみしめた。

声を漏らすまいと手の甲を噛むフミエを見下ろしながら、茂は腰の動きを
早めた。フミエがくぐもった叫びをあげて昇りつめた。
茂はフミエの右手をつかむと、ぐいっと引っぱり起こした。まだわなないている
内部をさいなむ剛直の角度が変わり、フミエが弱々しい悲鳴をあげる。
身体に力が入らず、後ろに倒れそうなフミエの背中を抱いて支えてやる。
絶頂の余韻に身体をふるわせているフミエは、痛々しくもたまらなくいとおしく、
茂の嗜虐心をあおりたてた。
フミエの腕を首にまわさせると、右手を後ろについて強く腰を突き上げ、
容赦なく責める。

「だ・・・めっ・・・そげに、したら・・・。」
「何度でも、いったらええ。」

フミエは必死で右手で茂の肩につかまりながら、左手は後ろについて、
茂の動きにあわせて啼きながら身体を揺らした。
お互いの足を斜めにからませあいながら、一番感じる部分をこすりあううち、
動きは止まらなくなり、ふたりの切迫した息づかいだけが室内にひびいた。

「あぁっ・・・あ・・・ぁああああ―――――!」

絶叫とともに、フミエの腰ががくがくとうちふるえ、茂はつよい収縮の中に
すべてを吐き出した。
つながりあった身体の、たがいの脈動だけを感じながら、ふたりはしばらく
そのままつよく抱きしめあっていた。」

・・・熱が去ったあと、フミエは布団の中で茂の胸に顔を寄せ、甘い余韻に浸っていた。
今日のように激しく責めた後は、罪悪感にかられるのか、茂はフミエが甘えるのに
まかせて黙って抱いていてくれたり、とりとめのない話をしてくれることが多く、
フミエは愛された後のそんな時間をとても大切に思っていた。

「・・・エラかったか?」
「・・・死ぬかと、思いました・・・。」
「でも、よかったんだろ?」
「・・・知りません!」

羞じらうフミエの肩を抱いて、甘く口づける。フミエの中ではまだ悦びの残滓が
くすぶっており、ほんのわずかな刺激でまた燃え上がってしまいそうな自分に
戸惑った。
茂がふとフミエの腕をつかんで空中にさし上げた。

(え?また・・・?)

ドキッとしたフミエをよそに、茂はその手をおいでおいでをするように動かした。

「小袖の手・・・という妖怪を知っとるか?」
「?・・・いいえ。」
「着物の袖口から白い手がはえて、まねくんだ。」

フミエの脳裏に、衣桁にかけられたうつくしい小袖から白い手が出ている情景
が浮かんだ。

「いやっ・・・。」

ゾッとして茂にしがみつく。さっき茂と愛し合っていたときは気にならなかった
深い闇が、悪意を持ってせまってくるように感じられる。

「そげにこわがらんでもええ。小袖の持ち主の恨みが宿って災いをまねいたという
話もあるが、持ち主が大切に愛用したために魂が宿ったという説もあるんだ。
器物の怪というて、いろいろな生活の道具に魂が宿って動き出す、という考え方が、
日本には古来からある。大切なモノには、魂があるような気がするだろ?」

フミエは、祖母のくれたかんざしや、母が夜なべして縫ってくれた着物のことを
思った。それらは、ただのモノではなく、フミエにとっては、くれた人の魂が
こもっているように思える大切なものだった。

「婚礼の時な、花嫁衣裳を着とるお前を見て・・・。」

茂がその後に続けた言葉は、フミエの淡い期待を大きく裏切るものだった。

「『小袖の手』に似とるなあ・・・と。」
「もぉ〜、また、妖怪ですか・・・。」

フミエはちょっとふくれてみせた。だが、茂にとって妖怪は気味の悪いものでは
ないらしい。フミエを妖怪にたとえるのは、ちょっと変わった愛情表現なのだ。

「白い着物から、ニョキーッと出とったからなあ。」
「もうっ、そのことは、言わんでください・・・。」

引っ込めようとするフミエの手を茂ははなさず、手首の内側に唇をつけて強く吸った。

「あ、あとになってしまうけん・・・。」
「ええじゃないか。俺のもんだという印だけん。」

(しげぇさんの、もの・・・。)

フミエは、恥ずかしくて茂の胸に顔をうずめた。愛された後のこころよい疲れが
身体をひたし、しあわせな気分で目を閉じた・・・。

・・・茂は、急に空腹感におそわれた。

(そうだ、腹が減っとったんだ。)

「おい、フミエ、なんか食わしてくれ。フミエ・・・。」

フミエは、急速に深い眠りにおち、起きそうにない。
無理やり起こすのも、かわいそうになり、茂はしかたなく台所に立っていった。

(やれやれ。あげにいじめんだったらよかったかな。)

フミエは、茂が起きないので、夕食は残り物ですませたようだ。
冷や飯に味噌汁の残りをぶっかけてかきこみ、なんとか空腹をおさめると、
茂はフミエのかたわらにもぐりこんだ。
カレーを温めようかとも思ったが、やめておいた。

(フミエがあっためた方がうまいけん・・・。)

カレーの缶詰など、誰が温めても同じようなものだが・・・茂はフミエが温めた
カレーが食べたかった。

(明日こそは、喰うぞ・・・。いや、カレーをだ。)

あどけない顔をして、こちらを向いて眠っているフミエの、ほおの下になっている
手首に、茂に愛されたあとが残っている。茂はそっとその手を顔の下からはずして
にぎると、満ち足りた思いで眠りにおちた。






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