村井茂×村井布美枝
![]() 「ご苦労さん、おかあちゃん」 「…だんだん…おとうちゃん」 互いに見つめあって、照れくささに思わずぶっと噴出す。 緩んでくる頬を無理矢理引き締めながら、茂は布美枝の腕の中の我が子を覗き込んだ。 「抱きますか?」 「おう」 布美枝はゆっくりと、茂の右腕に赤ん坊を委ねた。 小さな小さな身体が、小さく小さく仰け反って、声とは程遠い小さな小さな呻きが洩れた。 「…うわ、軽っ」 「そげですか?」 「あんたが随分よたよたと歩いとったけん、どんだけ重いんだと思っとったが…」 「もぅっ!貴方も一回妊婦をやってみたらええんですよ!」 「それは無理だな」 にやりと笑う茂に、膨れ顔をした布美枝もすぐに笑顔に変わった。 「お前のせいでホットケーキを食い損ねた」 赤ん坊の鼻先に、自分の鼻の頭をくっつけて、茂は恨めしそうに呟く。 「ゃあ」と猫のように呻いて、赤ん坊は鼻に皺を寄せてむずかった。 「…名前、貴方が決めてください」 「ん、分かった」 腕の中の娘を見つめながら、茂は強く頷いた。布美枝は溢れてくる幸福感に身体が癒されていくのを感じた。 「いつ退院できるんだ」 「調子が良ければ、4、5日で」 「そげか。ならそれまでに考えとく」 「お願いします」 「おかあちゃんに任せといたら、犬みたいな名前をつけられてしまうけん、な?」 ふあふあと欠伸をする娘に向かって、茂は笑いながら話しかけた。 「もぅっ!」 布美枝の反応を面白がって笑う茂に、しかし今日は何でも許せてしまうような気がした。 やがて布美枝の腕にそっと赤ん坊を戻すと、茂は「そろそろ帰る」と告げた。 「何か要るものがあったら」 「姉に頼んでありますけん。大丈夫です」 「そげか。じゃあ…」 言ってから、少し間を置いて、ごほんとひとつ咳払い。 そしてきょろきょろと部屋を見回してから、茂はそっと布美枝に顔を近寄せた。 「あ…」 触れた唇から、じんわりと温もりが伝わる。労いと、感謝が交じり合う口づけ。 長く、永く、優しく、深く。 何度も。 「…ふ、ふ、ふ…ぁぁぁぁ…」 ふと、布美枝の腕の中の小さな生命が、精一杯の主張を始めた。 「…怒られた」 本気で拗ねた表情をした茂に、布美枝は可笑しくなって笑った。 クリスマスイブのこの日、茂と布美枝の元には小さなサンタクロースが訪れた。 これから毎日、ふたりにプレゼントをくれる。 ひとまず今日は、家族という贈り物。 そして日々に、幸せという贈り物。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |