キャンドル・ナイト
村井茂×村井布美枝


とある初秋の週末。村井夫妻と子供たちは、富士のすそ野の小屋にやって来た。

昼間、たき火でヤキイモを焼いたり、遠くまで散歩をしたりしてはしゃぎ疲れた
子供たちは、夕食を食べた後、早くも船を漕ぎ出した。

「あらあら、ふたりとも。早こと着替えてお布団に入りなさい。」

フミエが二人をパジャマに着替えさせ、寝かしつける。藍子はあっさり眠りについたが、
喜子は楽しい時間に別れを告げたくなくて、眠気と戦いながらぐずっていた。

「電気消しちゃいやぁ〜。こわいもん〜。暗いとおばけが出るよ〜。」
「じゃあ、ろうそくつけたげる。ね、こわくないろうそくだよ。」

フミエは、荷物からヨーグルトのびんに入ったきれいな色のろうそくを出し、火をつけた。

「これならええでしょ。大丈夫、ねんねしなさいね。」
「うん!きれいだね・・・。」

眠くて眠くてぐずっていた喜子は、安心するとたちまち眠りにおちた。

それを見届けてからそっと起き上がり、フミエは少し離れて見ていた茂のもとへ
ろうそくを持ってやって来た。

「そのろうそく、どげしたんだ?」
「喜子が幼稚園で作ったんですよ。ろうそくとクレヨン、削って溶かして・・・。」
「ほお。最近の幼稚園はハイカラなことするのお。」
「百目蝋燭は、こわがるんですよ。あなたが落語の『死神』の話なんかなさるけん。」
「・・・ろうそくもあることだし、百物語でもするか?」
「もぉ、お父ちゃんが怖い話するけん、子供たちが寝られんようになるんですよ。それに、
怖い話であなたに勝てるわけないでしょ。それより、コーヒーでもいれますか。」
「コーヒーは食後がええな。」
「え・・・?」

夕食ならもう食べたはず・・・フミエは一瞬意味がわからなくてきょとんとした。
茂が笑いながらフミエを抱き寄せた。合図のような軽い口づけが、ふたりの時間の
始まりを予感させ、フミエは茂の肩にもたれてうっとりとろうそくの灯をみつめた。

「・・・ろうそく見ると、貧乏時代を思い出すな。」
「ええ。電気とめられて・・・。お父ちゃんがろうそくの光で描いたマンガ、怖かった・・・。」

貧乏だったけれど、茂の仕事をフミエが手伝って、二人一緒に戦っていた日々・・・。
今は豊かになって、電気のない暗さも、ボロボロの家も記憶の中にあるだけだった。
別荘とは名ばかりの簡素なこの山小屋の、あたりに人家もない真の闇のなか、
心ぼそげなろうそくの光に照らされていると、ふとあの頃のふたりに戻った気がした。

「今の東京に、もう真の闇はないな。妖怪の出る場所も年々減るいっぽうだ。
・・・ここはええな。日が落ちたら真っ暗だ。」

茂はろうそくをフッと吹き消すと、窓を開けて空を見た。窓のへりに頭を乗せて
星空を見上げ、フミエを手招きする。

「凄いような星空だ。こげなもんは東京では見られんな。」

フミエも真似をして顔をあおむけて空を見上げた。星空に見とれていると、その唇を
また茂が奪う。さっきよりも深まる口づけに、息を乱し、広い背をつよく抱きしめた。

「んん・・・ふ・・・ぅ・・・ぅん・・・ふ・・・。」

寝ている子供たちを気にしながらも、何もかもさらわれてゆく。星月夜のもと、
窓の下の壁に押しつけられ、首筋や鎖骨に加えられる愛撫に、フミエの身体はじんわりと
痺れていった・・・。その時。

「ぅ・・・うう・・・うぇ・・・えぇ・・・ん。おか・・・お母ちゃ〜ん。」

二人はハッとして身体を離した。喜子が目を覚まして泣いている。

「どげしたの?喜子・・・。」

フミエは乱れたブラウスを直しながら、暗闇の中を慌てて喜子のそばへ寄った。

「くらいよ〜。ろうそく、消しちゃったの〜?」
「ごめんね。よう寝とったけん。・・・さ、またつけたげたよ。」
「こわい夢見たよ〜。お母ちゃんといっしょじゃないと寝られないよ〜。」
「もぉ〜、よっちゃん。・・・私までこわくなっちゃうじゃない。」

喜子の泣き声で、藍子までが不安そうな顔をして起き出してきた。

「しょうがないね。・・・そうだ、ホットミルクつくってあげようか?」

フミエが牛乳を温め、茂にはコーヒーを入れて、みんなで飲んだ。それから、
藍子と喜子の間に横になると、二人がフミエの両側からぴったりとくっついた。

「やれやれ。俺はちょっこし一服してくるか。」

茂はしかたなく、外へ出てたばこを吸った。頭の上は降るような星空。

(そう言や、藍子にもようジャマされたなあ・・・。)

*****

藍子が生まれて半年ほどたった頃。戌井の出版社の仕事はあるものの、人気は
さっぱり出ず、生活は逼迫するばかりだった。公共料金の支払いもとどこおり、
集金人を居留守でやり過ごすにも限度があった。ある日フミエが電気の集金人と
鉢合わせしてしまい、とうとう通電を止められてしまった。

「灯火管制みたい・・・。戦時中を思い出しますね。」
「うちはまだ、戦争がつづいとるんだ。」

ろうそくの光の中で食べる粗末な夕食は、さらに貧しく見えた。
暗い中、ろうそくの光だけでも茂は変わらずにマンガを描き続け、フミエも
ろうそくをもう一本つけてその手伝いをした。

「うわ〜、お父ちゃんのマンガ、ろうそくの灯りで見ると一段とこわい。」
「そげだろ。怪奇ものは、ろうそくの灯りで描くのがええかもしれん。」

蒸し暑い空気を入れ換えるため窓を開けると、一陣の風がろうそくを吹き消した。

「わあ・・・。お父ちゃんほら見てください!星がきれい・・・。」

マッチをする手を止め、フミエが見上げる空を、茂もつられて見上げた。

「たまには、暗い夜もええですね。」

(こげな時でも、こげな顔をしておれるコイツは、貴重な女かもしれん・・・。)

目を輝かせて星空に見入るフミエの無邪気な顔を、茂がじっと見ていることに
フミエは気づかなかった。

「ん・・・。」

いつの間にか近づいていた茂の匂いを感じると同時に、柔らかく力強い唇に包まれた。
そのまま折り重なって倒れ、仕事机の前で、ふたりは抱きあった。

「は・・・はぁ・・・はっ・・・ン・・・。」

激しくなる口づけに息があがり、身体が痺れていく。
ブラウスのすそを引き出し、すそから入りこんだ手が肌をまさぐる・・・。
ちょっと強引だけれど、臥所以外の場所で、茂にこんな風に挑みかかられることは
珍しいことでもなく、フミエは茂のなすがままに乱されていった。

だが、その時・・・。

「ふ・・・ふふっ・・・ふぇ〜・・・ふぇ・・・ぇええ〜ん。」

母親なら、飛んでいかずにはいられないような哀れな声で、藍子が泣き出した。

「藍子が泣いとる!」

フミエはがばっと起き上がると、あわてて二階へ駆け上がって行った。

ひとり取り残され、茂はしかたなくろうそくをつけ直して仕事の続きを始めた。
・・・ずいぶん経って、ようやく藍子を寝かしつけたフミエが降りてきた。

「すいません。やっと寝ましたけん。・・・お手伝いしますね。」

衣服や髪の乱れもない。仕事机の前にきっちり座ると、さっきやりかけた原稿に向かい、
真剣な顔で筆にたっぷりと墨をふくませるフミエの顔を、茂が横からジトッと見つめた。

(さっきはあげに乱れとったのに、もう涼しい顔しとる・・・。)

視線に気づいたフミエがけげんな顔で聞いた。

「・・・私の顔になんかついとりますか?」

茂はあわてて目ををそらしたが、不服そうに口をとがらせてボソボソつぶやいた。

「・・・お前はもうええのか。・・・その、途中でやめられて・・・。」
「え・・・。だって・・・もうお仕事しとられるけん・・・。」

(私から、続きをして、なんて言えんじゃないですか・・・。)

「・・・まず、筆を置け。」

原稿を汚さないように筆を置かせると、茂はフミエのおとがいをあげて口づけした。

「んん・・・ふっ・・・ふぅ・・・ン・・・。」

深くむさぼられ、フミエは胸をはずませたが、茂はふっと唇を離した。

「そう言えば、お前から『して。』って言うたことないな。」
「そ、そげなこと・・・。」

何か言いたくても喉に何かがつまったようで何も言えず、フミエは涙ぐんだ。
茂の顔がゆっくりと近づいてもう一度口づけると、喉からその何かが溶けおち、
フミエは大きく吐息をついた。

(俺も、どうかしとるな・・・。)

貞淑なフミエが、乱されて次第に溶けてゆくのを見るのは、こたえられない見ものでは
あるけれど、反面、時には貞婦の仮面をかなぐり捨てて淫らに誘ってほしくもある・・・。
さっきのように途中で邪魔が入ったからと言って、すぐに涼しい顔で仕事に戻られると、
なんだかさびしくなってしまう、身勝手な男のわがままなのは自分でもわかっていた。

「女房だって、たまには淫乱になってもええんだぞ。」

そんなことはフミエにとっては無理難題か・・・。ちくりとした胸の痛みをごまかす
ように、茂は耳に、首筋に、口づけしながらフミエの身体を探っていった。

再開された愛撫に、先ほどのたかまりはすぐよみがえって、フミエの身体は手もなく
溶け出していく。唇を溶かしあったままもつれあって倒れ、下着をたくしあげて
さらされた乳房を押しつぶすようにもみしだいた。乳首を吸い上げながら、スカートの下の
下着に手を入れる。熱く茂の掌をぬらす泉が、誘惑の言葉はなくともフミエの気持ちを
雄弁に語っていた。
蜜をからめた茂の指が、やさしく、緩急をつけながら真珠を撫で擦った。

「い・・・や・・・それじゃ・・・。だ、め・・・っちゃうっ・・・。」

フミエが腰をよじりたて、すがるような目で茂の手をつかんで抵抗した。

「ええけん・・・イけ。」

あらがう手を引き剥いで自らの脚をひらかせ、深く口づけながら指で絶頂へと導いた。

「あ・・・んぅ・・・―――――!」

鋭すぎる快感に秘部は脈打ち、フミエの全身を痺れさせた。だが、それは茂自身に
満たされて得る本物の陶酔とは程遠かった。
いつもなら、指でフミエを弄んでも、その後かならずいっぱいに満たしてくれる茂が、
次の行動に移る気配もなくじっとしている。波が少しおさまると、フミエは目を開けて、
虚脱したように茂をみつめた。

(来て・・・くれんの・・・?)

そのまなざしに責められるようで、茂は照れくさそうに白状した。

「ちょっこし時宜を逸したけん、思いどおりにならんのだ。男っちゅうもんは、
女が考えとるよりずっとデリケヱトなもんだけんな。」

肩を抱いて口づけすると、茂はフミエの衣服の乱れを直してやった。

「さて、仕事するか・・・・。お前は、ちょっこし休んどれ。」

立ち上がろうとした茂の手をフミエがつかんだ。もう一方の手が茂のシャツをはだけ、
首と言わず胸と言わず、口づけの雨を降らせた。

「よ、よせ・・・慣れんことをするもんじゃないぞ。」

くすぐったさと、濡れた後がスースーする冷たさに閉口しながらも、茂はフミエの
必死な様子にうたれ、なすがままになっていた。
ベルトをはずし、前を開けると、手も使わずに茂のものを根元まで飲み込んだ。
そのまま唇をすべらせながら吸い上げると、口の中でぐぐっと充実するのがわかる。
意表をつく責めに、茂の中の雄が奔馬のように勇み始めた。

「も・・・ええ・・・充分だ。」

自分で予期したよりもかすれた声が、情欲の高まりを自覚させる。このまま迸らせそうな
危機感を覚え、フミエの頭を押して口を離させる。フミエの責めから解放された逸物は、
大きく反り返り、本来おさまるべき場所を求めて揺れていた。
フミエの顔が、茂の顔の位置まであがってきて、うるんだ瞳で茂をみつめた。
そのまま目をそらさずに、脚だけが大胆に動いて照準をあわせる・・・。

「ぅ・・・くっ・・・ふぅ・・・。」

あたたかくきつい肉の壁に、張りつめたものをのみこまれ、茂は小さくうめいた。
フミエがせつなげに眉をひそめ、茂の胸に手をついて身体を揺すり始めた。

「無理・・・するな。」
「だって・・・ゆびだけじゃ・・・さびしくて・・・。」

指や唇に与えられる絶頂は、茂自身に満たされて得る悦びとはくらべものにならない。

「・・・あなたが、欲しかったの・・・。」

フミエにとって恥ずかしすぎる告白だったが、どうしても伝えたかった。
けれど、自分のとった行動の淫らさに煽られたフミエは、いつもよりもろかった。
自ら迎え入れた充実にさいなまれ、フミエは耐えかねるように身をよじり、のけぞった。

「だめ・・・だめっ・・・おおき・・・すぎて・・・。」
「お前が・・・大きくしたんじゃないか・・・。」

自らの重みにくい込むくさびにつらぬかれたまま、身体を起こしているのがやっとという
様子のフミエは痛々しく、加虐心といとおしさの両方をかきたてる。

「お前に襲われるのも・・・たまにはええが、残念ながら、スタミナが足らんだったな。」

茂は笑って、上体を起こすとフミエの背中を抱いて支えた。

「や・・・あ・・・ぁ・・・あっ・・・ぁあっ!」

茂が腰を抱いてゆすると、フミエは甘く鳴きながら茂の背にしがみついた。
無意識に自らの身体を茂にこすりつけ、くるおしく快感を追うさまは、たまらなく
淫らで、内部は熱く茂自身を食いしめ、からみとられそうだった。

(ふぅ・・・いけん、もたんかもしれん・・・。)

茂は、フミエの秘所に手を差し入れ、花芯をとらえた。悲鳴のような声があがり、
フミエが腰をよじった。自分がつらぬいている箇所を確かめるようにぐるりと撫でると、
蜜をからめた指をつぷり、ともうひとつの場所に沈めた。

「・・・いやっ!・・・そげな・・・とこ、きたないっ・・・。」
「お前のからだに、汚いとこなんかあるのか。」

フミエが顔を真っ赤にして茂を抗議の目で見たが、茂はかまわずにゆっくりとその指を
動かした。懐かしいような、罪深いような・・・初めての感覚にとまどい、フミエは
やめてくれるよう懇願した。だが、茂の指は逃れることを許さず、腰の動きに合わせて
抜き挿ししたり、中で指を動かしたり、執拗に快感を教え込んだ。

「ひゃっ・・・ぃ、やっ・・・だめっ・・・へんっ・・・へん、になっちゃ・・・ぅぅっ・・・。」

指を動かすたび、茂を飲み込んでいる場所がきゅうっとしまり、後ろでも感じている
ことを茂に伝える。フミエに入っている自身に沿って探るように壁を撫でこすると、

「だめっ・・・だ・・・ァッ・・・ぁあああ―――――っ!」

身も世もなく達したフミエにつよく食いしめられ、茂も放縦に精を放った・・・。

*****

「そろそろ、あいつらも寝たころかな・・・?」

一服した後、茂が小屋に戻ると、二人の娘とフミエはすやすやと寝息をたてていた。

「お母ちゃんまで寝とる・・・。」

ここに来た時に、子供たちの寝た後でゆっくり愛し合うことは、お互い口に出さずとも
暗黙の了解となっている。今、ろうそくと星空から連想した昔の思い出に昂ぶらされ、
茂はさっきより強くフミエを求めていた。

「おい・・・。」

起こそうとして、藍子と喜子が両側からフミエのブラウスのすそをつかんでいるのに
気づいた。フミエと、フミエをはさんで眠る娘たちは、茂にとってかけがえのないもの・・・。
それはそれで至福の光景で、こわすにはしのびなかった。

「やれやれ・・・。今日は、あきらめるか・・・。」

その光景を目に焼きつけてから、茂はフッとろうそくを吹き消した。






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