合図
村井茂×村井布美枝


「ん・・・。お茶ならそこに置いといてくれ。」

深夜。誰もいない仕事場のネーム部屋で、仕事をしていた茂は、視界の隅に入った
フミエにそれだけ言うと、また仕事に没入した。

「え・・・あ、はい。」

フミエが去る気配がし、しばらく経ってからお茶の香りとともに茶碗の置かれる音がした。

「あ・・・あの・・・。」
「なんだ。まだ何か用か?」

フミエはお茶を出しに来たわけではなかった。茂にああ言われたからあわてて淹れては
きたものの・・・。

「あの・・・お呼びじゃ・・・なかったんですか?」
「ん・・・?」

フミエが、机の上を指さした。雑多な仕事用具や紙の間に、フミエ手づくりのペン立てが
あり、ブルーの色鉛筆がたった一本だけささっている。

「う・・・お、俺はさしとらんぞ。」
「え・・・。」

フミエは真っ赤になった。ペン立てにさした色えんぴつは、最近決めた二人だけに通じる
秘密の合図だった。茂は殺人的に仕事が忙しく、たくさんの人間が常にいる家の中では、
夜ですら二人だけの時間を持つことは至難のわざだった。そこで、フミエが毎朝かならず
消しゴムのかすなどを片付けるネーム部屋の机の上のペン立てに、秘密の合図の任務を
負わせることにしたのだ。

「お前以外の者にはさわらんよう言ってあるが・・・。誰かが鉛筆を拾って何気なく
さしといたんだろう。」
「そ、そんなら失礼します。」

フミエがあわてて帰ろうとすると、茂がその手をつかんで引き止めた。

「まあ、待て。その気で来たんだろ?」

フミエはますますドギマギして、つかまれた手を振り払おうとした。

「・・・してほしいって、顔に書いてあるぞ。」
「もぉっ・・・。」

椅子に座ったまま、茂が手を引き寄せて、甘く口づけてくる。かがみこむような姿勢で
むさぼられ、フミエはバランスを失って茂の足元に倒れこんだ。

「時間がないけん・・・。」

茂が、フミエの頭を押し下げて、うながす。フミエは開かれた脚の間にひざまずいて、
茂の意図するところに従った。
フミエの口の中で、いとおしいそれが次第にみなぎってくる。

「顔を・・・見せえ。」

フミエが、顔を少しかたむけ、羞じらいながら茂の顔を見た。のみ込まされた逞しさの
ゆえか、それともこの行為による陶酔感のゆえか、その瞳はとろりとうるんでいた。

「・・・来い。」

茂はフミエの頭をそっと押しやって離れさせ、二の腕をつかんで引き上げた。
今の今まで自身を頬張っていた唇をむさぼり、抱きしめあいながら応接間の階段まで
もつれあって歩く。
せっかく設けたのに急すぎて使えず、本棚と化しているこの階段にフミエを押しつけ、
ゆかたのえりをくつろげて湯上りの肌をむさぼった。

「は・・・ぁ・・・あ・・・ぁん。」

背中にくい込む階段の板の感触と、バサバサと落ちる本の音で、フミエは自分が今
押しつけられているものが何かをさとった。

(あ・・・あとで拾っとかんと・・・。)

そんなことを考えながらも、深まる愛撫に足の力が抜け、ほとんど階段に腰をかける
ように身体をもたせかけ、フミエはあえぎを高めていった。
くるりと反転させられ、ゆかたのすそをまくりあげられる。下着がひきおろされ、
ひやりとした空気にさらされながらも、羞恥にかっと身体が燃えた。

「こ・・・こげなところで・・・?」

このまま抱かれたら、立っていられる自信がない。不安そうに茂をふり返るフミエは、
上半身は肌ぬぎになり、下半身はすそをまくりあげられて、帯のまわりにだけ
ゆかたがからみついているという、あられもない姿だった。

「・・・ようつかまっとれよ。」

そう言うや、茂はフミエの脚をひらいて、たけりたつもので下から突き上げた。

「ひぁっ・・・やっ・・・ぁ・・・。」

無意識に、上へ逃げようとするフミエの腰をつかんで引きおろす。洗いたての髪が
かぐわしく、茂は顔をうずめてその香りをたのしんだ。

「んんっ・・・ん・・・あ・・・ぁぁ・・・。」

根元までつらぬくと、今度はそれを抜け落ちるギリギリまで引き抜いては、また奥まで
突き入れる。突き上げられて足が宙に浮き、フミエは必死で次の段をさぐって足をかけた。

「だめっ・・立って・・・られな・・・ぁ・・・ぁあっ・・・。」

上へとずれていってしまうフミエの手をつかまえ、茂は身体をぴったりと密着させて
揺さぶりをかけた。顔や胸、身体の前面が階段に押しつけられる痛みもわからないほど
感じさせられ、追いつめられていく。

「・・・っちゃう・・・いっちゃ・・・ぁ・・・ぁぁああ―――――!」

階段の板をにぎりしめ、弱々しく絶頂を訴えながらフミエががくがくと身をふるわせた。
茂も、ひとつふたつ大きく突きを入れると、くるおしくフミエの中に放った。

はしご段に身体をもたせかけて、かろうじて立ってはいるものの、茂の支えがなければ
ずるずると落ちてしまいそうなフミエを背面から抱きかかえ、茂は荒い息をととのえた。
つながった部分を引き離すと、案の定、弛緩したフミエの身体はくずおれそうになる。

「おい、しっかりせえ。」

手を貸してやりながら、茂はそばのソファにフミエを座らせた。ぐったりとソファの背に
もたれたフミエの、胸の上部や肩に、はしご段に押しつけられた痕が、赤く残っている。

「痛かったか・・・?」

つつしみ深いフミエが、愛された痕の如実に残る淫らな身体を晒したままでいるのは、
行為によほど精も根もつきはてたものか・・・。自分の責めに蕩かされ、動けないでいる
女がたまらなくいとおしく、茂はその痕を唇で癒やしてやった。フミエはそんな茂の頭を
いとおしげにかき抱いた。
茂はフミエの乱れたゆかたの前を合わせてやり、落ちていた半纏を拾ってかけてやると、
まだうっとりとしている唇に口づけてから立ち上がった。

「動けるようになるまで、そこで休んどったらええ。」

身支度をすると、ぬるくなったお茶をひと息に飲み干し、茂はまた机に向かった。
フミエは甘だるい身体をやっとのことで持ち上げ、ソファの背にあごを乗せて茂をみつめた。

(もう、仕事されとる・・・。あげに何もなかったみたいな顔して・・・。)

少しうらめしそうなフミエの視線に、茂は原稿に向かったままふっと笑った。

「なんだ。まだ物足りんのか?」
「・・・もぉ。そげなことばっかり・・・。」

フミエはのろのろと立ち上がると、身なりをととのえた。情交の気配を色濃く残したまま、
いつまでも茂の仕事部屋にいてはいけない・・・。フミエは、さっき自分が夢中で
なぎ落とした本を赤面しながら拾い集め、あたりを整えた。
茶碗を持って去ろうとしたが、やっぱり恋しくて、茂の後ろに立った。茂が何も
描いてない時を待って、肩に手をかける。茂は黙ってその手に自分の手を重ねて
ふり返った。フミエはかがみこんで、その唇に甘く口づけた。

「・・・おやすみなさい。」
「おう。」

また仕事に戻った茂の背を少しみつめてから、フミエは部屋に戻った。甘い時間は
あまりにも短く怒涛のように過ぎ、現実のものとも思えないほどだ。終わった後、
とりわけ今夜のように激しく責められた後は、うんと甘えさせて欲しいのに・・・。
けれど、合図をしたわけでもないのに茂が相手をしてくれたことは嬉しかった。
まだ芯に熱を持って疼いている身体を抱きしめ、フミエは深い眠りに落ちていった・・・。

その夜の一部始終を見ていた人間がいた。
水木プロのマネージャーをしている、茂の弟の光男は、その夜寝床に入ってから
ふと金庫が入っている自分の机の引き出しのカギを閉めたかどうかわからなくなった。
気になり始めると、とても眠れるようなものではない。
最近、他のマンガ家のプロダクションに泥棒が入ったことを聞いていた光男は、
水木プロの防犯には神経をとがらせていたのだ。出版社の人間やアシスタント、
いろいろな業者など多様な人間が出入りする水木プロの防犯状態は、あまり万全
とは言えない。
兄と違ってまじめで几帳面な性格の光男は、深夜にもかかわらず、徒歩で行ける
距離の自宅から、戸締りを確かめにやって来た。眠っている家人を起こさないよう、
電話も入れず、合鍵でそっと玄関を開け、しのび足で仕事机のある応接間の引き戸を
開けようとして、

「ガタッ!バサバサッ。バサッ。」

という物音を聞いた。

(すわ、泥棒か・・・?!)

光男はぴたりと動きを止めた。扉の陰に身をひそめ、引き戸のすき間から中の様子を
うかがう。応接間は暗かったが、ネーム部屋からの灯りに照らされ、光男のすぐ目の前に
展開された光景は・・・。

まず目に入ったのは兄の茂だった。兄が抱えているものは・・・髪の長い、ほとんど
全裸の女。腰を高くかかげ、二人はつながっているようだ。女が髪をふり乱してのけぞり、
それが義姉のフミエだと知れる。茂が大きく腰を使って容赦なく責めると、フミエは
悲鳴を上げてはしご段にすがった。フミエの身体が固い板の段々に押しつけられるのも
かまわない激しい責めは無慈悲とも思え、光男は見ていてハラハラした。

兄は、義姉に暴力的な性を強いているのではないか・・・そんな疑念と憤りがわき起こる。
プロダクションが設立されてから、九州から上京して来た光男は、フミエに会うことは
兄の婚礼以来ほとんどなくで、この夫婦をよく知っているとは言えなかった。ちょうど
茂がフミエをあまり仕事にかかわらせなくなった時期で、おとなしい義姉が何かにつけ、
のけものにされているようなのを、光男は同情心を持って見ていた。

やがて、ぴったりと身体を密着させた茂が激しい揺さぶりをかけると、フミエは
せつなげな訴えとともに激しく身体をふるわせた。男に絶頂をきざまれる女の姿を客観的に
見るの初めてで、光男は名状しがたい思いにとらわれた。
終わったようだ・・・一刻も早くこの場を離れなければ、そう思っても、光男は足に
根が生えたように動けないでいた。
茂が、ぐったりとなったフミエを抱きかかえ、そばのソファに座らせる。茂がなおも
フミエの胸や肩に唇を這わせているのは、固い板が残した痕を癒やしてやっているのだろうか。
白く長い腕がのびて、茂の頭をいとおしげに抱きしめた。それから、茂がなまめかしい姿の
義姉の浴衣をととのえてやり、二人はゆっくりと口づけあった。
やがて仕事に戻った茂を、やっとのことで身体を起こした義姉は、ソファの背にあごを乗せて
じっとみつめていた。その姿は童女のようで、光男はなんだか胸をうたれた。激しい行為の後、
早くも仕事に戻ってしまった夫の姿をみつめる義姉のまなざしは、せつないほどの愛情に
あふれていて、その横顔から目を離すことができなかった。

どのくらいそうして見とれていただろう。義姉が立ち上がる気配にハッと我にかえり、
光男は大急ぎで、出来うる限り静かに家を出た。
暖かい夜で、星がまたたいていた。今見た光景に、足元もふわふわと覚束なく、
光男はふらふらと近くの公園に入った。
今ごろ騒ぎ始めた心臓を落ち着かせようとブランコに腰掛ける。

(兄貴もええ歳して激しいなあ・・・。それにしても、明日からどげな顔してあそこで
仕事したらええんだ?)

近しい身内の行為をかいま見てしまった気まずさ・・・。思いがけず官能的な義姉の姿態・・・。
だが、それにも増して、身体が離れた後、茂をみつめていたフミエのせつなげな横顔・・・。

(義姉さんは、なしてあげに兄貴のことが好きなんだろうな?)

前から、フミエのことを献身的な妻だとは思っていたが、この二人がこれほど激しい愛で
結ばれていようとは思ってもみなかった光男だった。

(でも、まあよかった。フミエさんがいじめられとったんじゃなくて。)

着衣のままの茂に、後ろから激しく責められるフミエを見て、二人の関係に異常なものが
あるのではないかと危惧したが、その後の茂のいたわりや、フミエの愛情にあふれた
しぐさや表情が、そうではないことを語っていた。

(俺は女房から、あげに哀切な目で見られたことがあるだろうか・・・。)

長兄や次兄とちがい、年若で戦争に行かずにすんだ光男は、今の大学の工学部にあたる
工業専門学校を出て就職し、安定したサラリーマンとして兄の茂よりもずっと早く結婚した。
見合いで結婚した妻の栄子との間には子供にも恵まれ、家庭生活にはなんの波風もない。
平々凡々とした彼が、唯一冒険したのが、会社をやめて水木プロのマネージャーに
なったことだった。

(あの二人には、筆舌に尽くしがたい貧乏を一緒に乗り越えてきた絆があるんだろうな・・・。)

光男は、平凡ながら安定した人生を送ってきた自分には計り知れない、兄夫婦の歴史に、
この時はじめて想いを馳せた。

「やれやれ。戸じまりを確かめに来ただけなのに、とんだ目に会ったな。」

目撃したのが自分だったから良かったものの・・・。プライバシーも時間も無いのはよく
わかるが、あそこで逢瀬を続けるのは危険ではないだろうか・・・。何か方策は無いものだろうか
と思うが、自分が口を出すわけにもいかず・・・。誰にも気づかれないことを祈るのみだ。
ブランコから立ち上がると、星空を見上げ、光男は家族の寝しずまる家に帰った。

それからしばらく、光男は仕事をしつつも、あの夜の光景を思い出さないよう、仕事場の
階段やソファをつとめて視界に入れないようにしていた。茂やフミエに相対してもドギマギ
しないよう、ポーカーフェイスをつらぬくのは、なかなか大変だった。

「・・・ちょっこし、息抜きに行ってくる。」
「兄貴・・・!まだスケジュールの説明が途中だが。」

気が遠くなるほどぎっちり詰まった仕事の予定を前に、茂がトイレへ逃亡した。光男は
その背中を目で追って、ため息をついた。その視線が、床の上に落ちた。

「・・・あれ、また落ちとる。兄貴ときたら、タテのものを横にもせんのだけんな。
誰か踏んづけたりしたら滑って危ないが。」

落ちたものもほったらかしで拾いもしない兄に代わり、几帳面な光男は仕事机の下に
落ちていた色鉛筆を拾いあげ、

「ここに入れとくぞ。」

何も入っていないペン立てに、ころん、と挿した。






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