村井茂×村井布美枝
「・・・なして、こげなことになったんだっけな?」 東京へ帰る汽車の中で、ふと眠りから覚め、茂は隣の席に眠る女を見てつぶやいた。 そう言えば、昨日結婚したんだった・・・と、寝ぼけた頭がようやく思い出す。 なんだかこそばゆいような気持ちと、反面、ひとりの人間を急に肩に負わされた ような重さを感じ、とりあえずもう一度目を閉じた。 (そもそも俺は、なしてこげに急いで結婚したんだったかな?) 境港の両親に調布の家を急襲され、縁談を突きつけられたのがたかだかひと月と少し前。 見合いをすると約束せねば、一週間でも二週間でも居座ると母のイカルに脅迫され、 しぶしぶ承諾した・・・はずだった。 さてそれからが、茂自身にも不可解なことなのだが、ものすごい勢いで仕事の段取りを つけ、質屋に預けた背広を返してくれるよう交渉し、それがダメなら兄に背広を借り、 食うや食わずだったのに境港までの汽車賃まで捻出するという、獅子奮迅のはたらきで もって見合いにこぎつけたのだ。 そして、見合いの席ではいつになく饒舌に、闊達にふるまい、出されたご馳走を 舌つづみをうって次々とたいらげ、飯田家の人々を瞠目させた。 吸い物を飲むことが、相手の娘を気に入ったという合図であることを、覚えていたやら いないやら・・・茂はそれも美味そうに飲み干した。 イカルがハタと膝を打ち、イトツが仲人に何やら話をつけ、仲人は相手の親に 非常識な申し入れをした。 (俺なんかで、ええのかねえ・・・。) てっきり断られるだろうと思っていたのに、先方はこの驚異的なスピードの結婚を 承知したと言う。 母のイカルは、手回しよく結納や婚礼の日どりと会場まで見合い前に決めていた。 なんだか全員がイカルに操られているようだった。 承諾するまで居座ると言う母を追い返すため、苦しまぎれにとにかく見合いだけは すると言っただけのはずなのに、気づけば茂は婚礼の式場で、まっ白でひょろりと背が高く、 白無垢の丈がちょっぴり足りない花嫁の隣りに座っていた。 「あの・・・村井さん?着きましたよ。起きて・・・ごしない。」 今の状態に至った経緯をたどるうち、茂はまた睡魔に襲われて眠ってしまった。遠慮がちに 起こすフミエの声と、あたりの喧騒に目を覚まし、慌てて汽車を降りた。 フミエの姉が差し向けたという立派な車に乗り込むと、車窓には東京のメインストリート の風景が流れ出す。無邪気にはしゃぐフミエを、茂は複雑な思いで眺めていた。 (あーあ・・・。ウチに着いたら驚くぞ・・・。) 華やかな都会の風景は、次第に田園風景へと移り変わり、車窓に張り付いて景色を 眺めていたフミエの表情は次第にこころ細げになっていった。 「ここです。」 火の気もなく、ホコリだらけのボロ家に入った花嫁が、ぼう然としているのがわかったが、 そこはもうとぼけるしかない。しめ切りをひかえ、茂の頭はもう仕事仕様に切り替わっていた。 家の中を案内し、背広を取りにやって来た義兄の雄一を紹介し、商店街の場所を教え・・・ 必要に応じて、幾度か仕事場から出てきて最低限の説明はしてやるものの、それが済むと さっさと仕事部屋にこもってしまうのだった。 夕食時、初めての土地で置き引きにあい、親切な女性に助けられ・・・なかなか多事多難な 一日だったフミエの話もろくに聞いてやらず、初めて二人だけで食べるフミエの手料理にも 特に感想もなかった。家財道具をそろえる相談をしたいと言うフミエに、 「まかせます。今はしめ切りにむかってばく進しとる時ですけん。一週間も帰省したのが、 致命的でした。」 一刻も早く仕事に戻らねば・・・頭の中はただそれだけで、フミエの目の前でフスマを閉めた。 逃げていたのかもしれなかった。これまでイカルの持ち込む縁談を断り続けて来たのも、 気ままな暮らしの中に“女”という異質の生き物を受け入れることのわずらわしさが、 嫁を欲する心よりも正直まさっていたからだ。 「結婚してしまえば、もう嫁をとれとは言われんだろう。」 嫁をもらうのも面倒だけれど、結婚しないでいる限り、母の奇襲攻撃もやまないだろう。 両者を天秤にかけ、安易な気持ちで嫁をもらってしまったのかもしれない。 嫁をもらって嬉しくないわけではないけれど、帰省で一週間以上仕事を休んでしまった 茂には、お互いに何も知らないも同然の新妻ときちんと向き合う余裕はなかった。 数日後、幼なじみと言うより腐れ縁の浦木が、知らない男を下宿させろと言って連れてきた。 「こげなことになってしまったばっかりだけん・・・。」 茂の言葉に、(こげなこと・・・って私のこと?)とフミエの大きく見開いた目が語っていた。 結局、下宿代に目がくらんで、断って欲しそうなフミエを無視して、浦木が連れてきた その男を下宿させることになった。 (・・・なんだか、どんどん新婚生活から離れていく感じだな・・・。) フミエがいろいろなことに戸惑っているのはわかったが、今はとにかくしめ切りに 向かってばく進するしかない。食事を流し込むようにたいらげると、また机に向かい、 夜は机に突っ伏して眠る日々が続いた。 ようやく原稿が完成した。出版社で原稿料をもらって来た茂は、質屋に預けてあった ラジオを請け出し、家に帰るとフミエに手渡した。 「うわっ、ラジオ!欲しいなぁと思うとったんです。ひとりは・・・寂しくて。」 嬉しそうな妻の顔。「寂しくて。」と言う言葉に胸がチリッとした。 (放ったらかしで、かわいそうだったかな。) フミエは早速ラジオのアンテナを伸ばし、スイッチを入れた。流れ出したのはロカビリーの 愛の歌。小首をかしげて嬉しそうに聞き入り、歌にあわせて小声で口ずさむフミエに、 茂は思わず眼を細め、立ち上がって仕事部屋のフスマを開けた。 「・・・なんだ、これは・・・?」 自分の座る場所を中心に、資料やら描き損じやらが放射状に拡がり、妖気さえただよう 見慣れた仕事場が、やけに整然とこざっぱりして、よそよそしい雰囲気に変わっている。 聖域を侵された気がして、カッと頭に血がのぼった。 「・・・なんでよけいな事をするんだ。仕事のものに勝手に触ってはいけん!」 くず籠に捨ててある反故を拾う茂を手伝おうとするフミエの手を、茂は振り払った。 「あんたにはゴミに見えるかもしれんが、ここにある物にはみんな意味があるんだ!」 「すんません。私、なんもわからんで・・・。教えてもらったら、そういう様にしますけん。」 「ええです。どうせあんたにはわからん。」 平謝りに謝るフミエを、茂は冷たく突き放した。 「村井さんの考えとること、少しは話してもらえんと・・・。ここで一緒に、暮らして 行くんですけん。」 しぼり出すようなフミエの訴えに、茂は内心しまったと思ったが、引っ込みがつかなかった。 「・・・もうええ。とにかく勝手なことはせんでくれ!」 茂は仕事机の前に座り、くず籠から救い出した、アイデアを走り書きした紙や 古い切り抜きなどのしわをイライラしながら伸ばした。 これだから女はいやだ・・・整理整頓だ清潔だと、すぐにひとの大事なものを捨てたがる。 そして、家を自分の思いどおりに変えたがるのだ。・・・子供の頃、大切にしていた 動物の骨のコレクションを、母のイカルに捨てられたことを思い出す。 (無くなっとるものは、ないようだな。) ホッと安心して、鉛筆を取りあげた。・・・きれいに削ってある。冷静になってあたりを 見回すと、空気が淀んでいた部屋は洗ったようにさっぱりとし、自分が置いたように 置いてないと怒った道具類も、それほど位置は変わっていなかった。 きれいになった机の上には、野の花がヨーグルトの空きびんに挿してある。 頭が冷えると、フミエの必死な表情とともに、その言葉がよみがえった。 「ここで一緒に、暮らして行くんですけん・・・か。」 生まれてから何十年と育った家を離れ、知らない家に嫁いでゆく女の方が、結婚と言う ものに対する覚悟ができているのかもしれない。婚礼から何日も経っても、まだフミエを 受け入れ切れていない茂と違って、夢に描いていたのと全く違うであろうこの生活の中で、 つかみどころのない茂と言う男と、それでも精一杯やっていこうと決めているらしい フミエが、なんだか自分より大人で、同時にいとおしく思えた。 (・・・ちょっこし、言い過ぎたかな。) 今日、原稿を持って行った富田書房の社長に、鬼太郎をさんざんこきおろされたうえに 原稿料を半額に値切られ、しかも次回作は無しにされたことがかなりこたえていた。 そのイライラを、何の罪も無いフミエにぶつけてしまったのかもしれない。 (そろそろ、なんとかせんといけんな・・・。) 茂は、原稿料の残りをつかむと、部屋を出て行った。 「どこまで行くんですかー?」 「ええとこがあるんですよー。」 自転車のペダルを踏みながら声をかけるフミエに、茂はふり返って答えた。さっき 自転車を見せた時に流した涙は、河原のさわやかな風に吹かれて乾いたようだ。 茂が質流れの自転車をフミエのために買ってやり、サイクリングに連れ出したのだ。 ささやかだけれど初めてのデートに、フミエの声や表情が弾んでいるのがわかる。 「・・・自転車に乗れる人を探しとられたんですか?」 緑の多い境内で、水の音を聞いたり、お参りしたり・・・フミエはずいぶん打ち解けたらしく、 そんな核心に迫る質問をしてきた。 「フスマから大きな目玉がのぞいとったんです。あの目玉でこっちは即決です。目玉には 人の魂がこもりますけん。」 「はあ・・・。」 「そっちは・・・。俺、なんかええとこ見せたかなあ?」 「食べっぷり・・・。お見合いの席で、料理、おいしそうに食べとられたでしょう。父は そこがええと言ったんです。食べる力は生きる力と同じだ・・・って。」 (親父さんが・・・か。) ちょっとがっかりしたが、フミエも父親のその意見に納得して自分の元へ来たのだから、 それでいいと茂は思った。 (生きいきした目玉も、食いっぷりも、どっちも生きる力があるということだな・・・。) 茂は、ふたりの着眼点が意外に一致していたことに嬉しい驚きを感じた。 家に帰ると、茂はまた仕事を始め、フミエは台所で夕食の用意をした。茂の仕事部屋の フスマは開け放たれ、楽しそうに立ち働くフミエの後ろ姿を茂は時おり見やった。 (女が家におるというのは、案外ええもんだな。) 自分が気に入ってもらったくせに、どう接していいかわからずに放ったらかしにして、 今日はとうとう怒鳴りつけてしまった。それなのに、茂の示したほんのささいな好意に、 フミエはとびきりの笑顔を見せてくれた。泣いたり、笑ったり・・・今まで面倒くさいと 思っていた女という生き物がとても新鮮で、いとおしく思えてくる。 (えーと・・・問題は、この後だな・・・。) 急に女としてのフミエの存在が気になりだす。夫婦としてひとつ屋根の下に何日も 一緒に暮らし、フミエだってそれを覚悟しているだろう・・・。フミエの着ている、 娘時代と変わらぬような花模様のブラウスやスカートの下に、息づく肉体がやけに 意識され、茂は目をそらした。 (俺は・・・こっちの方は、からっきしだけんな・・・。) 朴念仁の茂といえども、知識がまったく無いわけではなかった。戦時中、召集された茂が 南方に出征する前、父のイトツは茂を遊郭に案内した。だが、若かった茂には、相方の妓が とてつもなく年上に思え、経験したことはしたが、あまりいい思い出とは言えなかった。 それ以外に、その方面の知識と言えるものは、戦地で出会った新婚の兵隊から、いやになる くらい微に入り細をうがち聞かされたノロケ話・・・。若さをもてあましている茂たちにとって、 それは迷惑以外の何者でもなかったが、今になってそれが役立つとは思いもよらないこと だった。終戦後は生きていくのに精一杯で女どころではなく・・・。 (少ない経験知のほかは、想像力で補うまでだ!) なんだか心臓がドキドキしてきた。 (だーっ!!落ち着け!相手はもう嫁さんなんだけん・・・なんとかなーわな。) 茂がこんな考えをめぐらせているとも知らず、台所のフミエは巣作りをする小鳥のように いそいそと夕食の用意をしていた。 その夜。二人でなごやかに鍋を囲んでいる時、同業の貸本漫画家で茂の大ファンという 戌井が闖入してきた。思わぬ宴になり、ふたりの静かな夜は台無しにされたかに思えたが、 フミエはいやな顔もせず乏しい食材を総動員して客をもてなした。暗い業界の話題にも、 いちいちうろたえる様子も無い。 (ちょっこし、腹がすわってきたかな。マンガ家の女房として・・・。) そんなフミエの横顔を、茂は頼もしそうにみつめた。 「・・・味わいのある男だねえ。」 何度もふり返りふり返り、見送る夫婦に別れを告げる戌井を、茂は遠慮なくそう評した。 (あなただって・・・。)そう言いたげなフミエの瞳とかちあって、茂は照れ笑いを浮かべ、 温かい灯りのともる家に戻った。 時刻はもう十一時をまわっている。フミエはいつものように茶の間に床をとった。 「あー・・・ひとつはこっちに敷いてくれんかね。」 茂の言葉に、フミエは一組の布団を仕事部屋まで運んで仕事机の前の狭い空間に敷いた。 いくらおおらかな茂とは言え、いつ間借り人が水を汲みに来るかわからない茶の間で、 初めて事に及ぶのは、なんだか落ち着かなかったのだ。 だが、フミエは、茂が仕事をしながら眠ると思ったのだろう、ちょっと寂しそうに 「おやすみなさい。」を言ってフスマを閉めた。 (お・・・おい。ちょっと待て。) 茂がフスマを開けると、フミエは浴衣に着替えるため、ブラウスを脱いでいるところだった。 「きゃっ・・・!」 フミエはあわてて脱いだブラウスで下着姿の胸を隠し、タンスの陰に隠れた。 「き・・・着替えたらちょっとこっちに来てごしない。」 (はぁ・・・そう言えば夫婦なのに、服を脱いどるとこも見たことなかったな・・・。) 茂はため息をついて部屋に戻った。 「あの・・・何かお手伝いすることでも・・・?」 着替え終わったフミエが部屋に入ってきた。フスマを閉める後ろ姿を、茂は無言で抱きしめた。フミエが息を飲む音が聞こえた。 「ずぅっと放ったらかしにしとって、すまんだったな。」 浴衣と丹前をとおして、激しいふるえと体温が伝わってくる。温かくて、やわらかで、 拍子ぬけするほど細くて・・・男とは全く違う、女と言う生き物のはかなさ、いとおしさが 茂の男の本能をかきたてた。 振り向かせて、顔を見る。フミエの瞳からは大粒の涙が流れていた。 「こ、こら。まだ何にもしとらんのに・・・。」 茂はうろたえて無骨な指で涙をふいてやった。指にかかる涙は熱く、とめどがなくて、 茂は困って涙ごとすくいあげる様に口づけた。まだ口づけも知らぬフミエの、固く 閉じられた唇を包むように口づけを深める。涙はしょっぱかったけれど・・・。 女の唇と言うものは、こんなに甘いものなのかと茂は驚いた―――――。 狭い部屋のことで、背後はもう褥・・・茂は泣きつづけるフミエを抱きしめたまま、 そっと布団の上に横たえた。 静かな夜の中に、フミエの息づかいだけが聞こえている。横たわって向かい合い、 涙で濡れたほおに貼りついた髪をかきあげてやるうち、フミエはようやく泣きやんだ。 しばらくみつめあってから、ふたたび口づけあう。 何度も重なる口づけに、フミエが呼吸を求めて苦しげに口を開けた。茂の舌が しのびこんで可愛い舌をからめとると、フミエは茂の腕の中で大きく身体をふるわせた。 唇を離すと、上気した顔にうるんだ瞳が見上げてくる。フミエの髪や肌のにおい、 手ざわり、ぬくもり・・・全てが茂の欲望をかきたてた。 前でむすんだ帯に手をかけると、 「で・・・電気を、消してごしない・・・。」 蚊の鳴くような声でたのまれ、茂はよっこらしょと起き上がって電灯を消した。 真っ暗になってしまったのは残念だが、フミエが恥ずかしがるのならしかたがない。 帯を解いて前をはだけると、ようやく闇に慣れてきた目に、夜目にも白い肌が浮かびあがる。 胸乳(むなち)に口づけ、ほおをつけてしばらくそのまま顔を乗せて感触をたのしむ。 あたたかく、なめらかで、自分ももろともに溶けて行ってしまいそうなほどやわらかい。 (い・・・いや、こげなところで停滞しとる場合ではない。) 茂は目の前にある淡い色のとがりのひとつを口にふくみ、もう一方を指でもてあそんだ。 フミエが大きく息を吸い込んで身体をわななかせる。なおも愛撫をやめないでいると、 小さな声を洩らし、身をよじった。 さらに手を伸ばしておそるおそる秘所に触れる。さらりとした感触の合わせ目に指を はわせると、ふいにとろりとしたぬめりを感じた。 「ゃ・・・ぁ・・・。」 フミエが初めて洩らしたあえぎが、耳にこころよい。相手も感じているということが、 これほどの喜びをもたらすことを、茂ははじめて知った。 敏感な箇所を傷つけないように気をつけながら、指で構造を調べる、一番上にある つぼみのようなものに触れると、フミエが悲鳴を上げ、身をよじって逃げようとした。 (ここは、感じすぎるんかな・・・?) なだめる様に口づけし、痛くないようにぬめりをからめながら、なおも奥をさぐる。 複雑な構造の中に、たしかに自分を受け入れてくれるべき場所があった。 挿しいれられた手をしめつけるほど固く閉じられた両腿の間から、そっと手をすべらせて 膝の間にわずかな空間を作り、そこに自分の膝を割り込ませて、フミエを上から見下ろした。 「まだ・・・こわいか?」 「だ・・・大丈夫、です・・・。」 「ほんなら、もうちょっこし中に入れてごしない。」 笑いながらもう一方の膝を割り込ませてフミエの脚の間に完全に身体を入れ、自分も浴衣を 脱いだ。フミエを気づかいながらゆるゆると体重を乗せる。肌と肌が重なりあい、茂の胸に フミエの可愛いとがりが感じられ、下半身に突き上げるような欲望を感じた。だが、情欲の ままに突入することで、初めてのフミエを傷つけたくなかった。 「あの・・・な。」 「は・・・はい。」 初めて茂と直接ふれ合い、その身体の重みを感じて身体を固くしているフミエの緊張を ほぐそうと、茂はとんでもないことを言い出した。 「ちょっこし良えことを教えようか?・・・実は、俺も初めてみたいなもんなんだ。」 「え・・・?」 「出征する前に、親父が遊郭に連れてってくれてな。女も知らんうちに死んでしまうのは 可哀想だと思ったんだろうな。けど、初めてだったもんだけん、何が何やらわからん うちに終わってしもうた。」 こんな時に何を言い出すやら、フミエははなはだ困惑しているらしく、羞じらいも忘れ、 大きく目を見開いて茂を見上げていた。 「白塗りの妖怪みたいな妓(おんな)だったが、案外あれで若かったのかもしれん。 あまりの妖気に感心しとるうちに、アッサリ奪われてしもうたんだな。」 婚礼からだいぶ日は経ってしまったが、曲がりなりにも初夜の床で、他の女の話、それも 商売女の話をする花婿と言うのも前代未聞すぎて、フミエは不快に感じるというよりも、 あきれて脱力してしまったようだった。 「あんまし良えしらせでもなかったかな・・・。俺が初心者と言うことは、あんたに 痛い思いをさせるかもしれんということだけんな。」 「ずっと・・・良えです・・・。こげなことに・・・慣れとられるひとより・・・。」 フミエは羞ずかしそうに目を伏せて、やっとのことでそう言った。 (まあ・・・あそび人より、朴念仁のほうが良えと言うてくれるんなら、良かった。) フミエの言葉に、茂はちょっと気をよくして、いよいよ隘路(あいろ)の攻略にとりかかろう とした。 ・・・あんな狭そうなところに、異物を入れられるのはどんなにこわいことだろう・・・。 自分も不安だが、さっき指でその場所を確かめてみたから、少しは想像がつく。茂は、 フミエの手をとって、自分の昂ぶりに触らせた。 「まったく知らんものが入ってくるのもこわかろうと思ってな。・・・こげなもんだけん、 何も恐れることはないけんな。」 驚いて引っ込めようとする手を握ってしばらく触れさせておく。やわらかくしなやかな 指に触れられるだけで、爆発してしまいそうに心地よいのをこらえ、起き直った。 「ほんなら・・・ちょっこし我慢してごせ。」 先端をあてがうと、先ほど確かめておいた場所をさぐり、思い切ってぐっと腰を進めた。 「―――――っ!」 茂の話に脱力し、さっきよりはよほど緊張が解けていたフミエだったが、いよいよ 破瓜の瞬間には、やはり力が入ってしまうらしい。固いつぼみを生身でこじ開ける方も 必死だった。 「もうちっと、力を・・・ぬいてごせ・・・。なんか面白い話でもするか?」 「だ、大丈夫、ですけん・・・。面白い話は、やめて・・・。」 「そ、そうか・・・?」 茂は、面白い話をする代わりに、目を閉じ、眉根を寄せて苦痛に耐えるフミエの顔を そっと撫で、額に口づけした。 「もうちょっこし、進むぞ。」 あまり時間をかけても、苦痛が長引くだけだろうと思い、ひと息に根元まで押し入れた。 全部入ると、気づかいながらゆっくりとおおいかぶさった。すがるように茂の背に 腕をまわしてきたフミエを、ぎゅっと抱きしめる。 (こ、これは・・・。) 深くつながりあい、肌と肌をぴったりと合わせていると、ふたりの人間なのに、ひとつに 溶けてしまったかと思うほど心地よい。いじらしくきついフミエの花が、茂の中心部を あたたかく食い締めてくる。強い快感に我を忘れて思わず腰をうごめかせた。 「・・・った・・・ぃ。」 フミエが背に回した指に力が入り、目をぎゅっとつぶった。 「お・・・すまん。あんまり気持ちようて、あんたのことを考えんだった。早こと終わらして やるけん、もうちっと辛抱せえよ。」 おそるおそる抽送を始めると、なめらかで複雑な花びらが茂自身にからみつき、身も心も 吸い取られそうだった。フミエの耳元に口をつけ、熱い吐息とともにささやいた。 「がいに、気持ちええな・・・あんたの中は。なあ、ちょっこし目を開けて、俺を見て くれんかね。」 そう言うと、フミエの力いっぱいつぶったまぶたに口づけし、額の汗をふいてやった。 力の入れすぎで震えているまぶたがゆっくりと開き、涙でいっぱいの目が茂を見上げた。 (ああ・・・この目だ。) 戸惑いと、痛み・・・けれどもう、そこに恐れはなく、涙の中に初めて本当の夫婦になれた 喜びの輝きと、夫となった茂への愛と信頼があった。 フミエの視線が茂の左肩に移り、ハッとしてそれをそらすと、目を伏せた。 「ああ・・・気にするなと言うても気になるよな。まあ、だんだん慣れてくれたらええけん。」 フミエが、背に回した手に力をこめて抱き寄せ、茂の胸に顔をうずめた。 (か、可愛いな・・・。) 激しいいとおしさに心臓をわしづかみにされた瞬間、茂はフミエの中で爆ぜていた。 (はああ・・・。これが極楽と言うもんかもしれん・・・。) フミエの中に、思い切り欲望を解き放ってしまった後も、まだしばらくこうしていたい 気持ちだったが、フミエの痛みを思い、そっと身体を離した。 目を閉じ、初めて愛された疲れと安堵感にぐったりと白い肌をさらしているフミエには、 目には見えなくても確かに自分のしるしが刻まれている気がして、激しい所有欲がわき起こる。 いささか乱暴に唇を奪うと、口づけには少し慣れたものか、目を閉じたまま甘く応えてきた。 「あんたのクチビルは、美味いなあ・・・。これからは、腹が減ったらセップンするとええかも しれん。」 ロマンチックとはほど遠い、茂流の愛の言葉を、フミエが理解できるようになるには、 まだ少し時間がかかりそうだった。きょとんとしているフミエの唇を、茂はかまわずに 舐めたり甘噛みしたり好きなように味わい、フミエをまた息ぐるしくさせた。 「あ、あの・・・村井さん。」 「ん・・・?あんたも村井さんでねか。」 「あ・・・。」 二人は顔を見合わせて笑った。 「やっと、笑ったな。・・・その方がええ。正直言うと、俺は、女に泣かれるのはかなわん。 どうしても泣きたい時は、泣いてもええけど・・・。」 フミエの頬に残るいく筋もの涙の後を、茂は指でふいてやった。 「これからは、あんたが泣かんでもええように、俺もがんばるけん、俺たちはできるだけ、 笑って暮らして行こうや。」 「笑って、暮らす・・・そげですね。」 フミエはその言葉をかみしめるように繰り返した。 「あの・・・し、茂さん・・・。」 「おう、なんだ?」 「・・・あれ?なんでしたっけ。忘れてしもうた・・・。」 「思い出したらでええよ。・・・これから何十年も、ずぅっと一緒におるんだけんな。」 フミエが幸せそうに微笑んだ。 (最初っから、あの目玉に、やられとったかな・・・。) 東京で、見合い写真を見せられた時から、顔が長いのなんだのと言いながら、気づかぬうちに その瞳に射られていたのかもしれない。そして、見合いの席で本人より前に出くわした、 生きいきとした力のある目玉・・・。親の持ってくる縁談に見向きもしなかった茂にも、 未来の妻に対する理想はあった。むしろ、その理想が今までの縁談を無意識に断らせてきたの かもしれなかった。 極度の緊張から解放されたフミエは、茂の胸の中でひと足先に眠りに落ちていた。 (『まことの恋をする者は、みなひと目惚れである。』・・・とイトツがよう言うとったが。) 今は閉じられたまぶたの下にたたえられた湖のような瞳を、茂は思い浮かべた。 「こげなのも、ひと“目”惚れ・・・ゆうのかな。」 思わず声に出して言ってしまい、聞かれはしなかったかと心配になる。あどけない寝顔に 顔を近づけて様子をうかがうと、顔にかかる寝息がこそばゆかった。今はフミエの吐く息すら いとおしく、その唇に唇でそっと触れると、茂も目を閉じて、眠りについた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |