約束
戌井真二×戌井早苗


「水木さんは、すごいよなあ。」

水木プロ設立の祝賀会から帰った戌井は、家でひとり、祝杯をあげていた。
つまみを運んできた早苗も、一杯つきあう。
戌井は、水木の祝いに駆けつけたものの、出版社やTV局の歴々に囲まれる
盟友に、なんだか気後れがして、ろくに話もできずに帰ってきてしまった。

「やっかんでるわけじゃ、ないんだよ。あの人たちが、とうとう水木さんを、
陽のあたる場所へひっぱり出してくれたんだ。オレは、水木さんの才能を、
一番理解していながら、世に出すことができなかった・・・。それがふがいなくてな。」
「元気出してよ。小さな出版社じゃなきゃ、出来ないことだってあるわ。」
「うん・・・。だけど、お前にも苦労ばっかりかけて・・・。オレと結婚したこと、
後悔してないか?」
「やだ。今さら何言ってんのよぉ。あなたが『結婚してくれなきゃ、死ぬ。』
って言ったんじゃないのさ。」
「オレ、そんなこと言ってないよ!」
「ふふ・・・ウ・ソ。忘れるわけないじゃない・・・。あとにも先にも、あんなに
うれしかったこと、なかったもん。」


早苗は、戌井が仕事でよく行く出版社の事務員だった。おきゃんで溌剌とした
彼女は、会社に出入りする男たちに人気があり、いつも噂の的だった。
戌井も、そんな彼女にあこがれてはいたが、容姿にも甲斐性にも自信はなく、
ただ遠くからみつめるだけで満足していた。ちょっと姉御肌で面倒見がよい
早苗は、ひっこみ思案な戌井にもわけへだてなく接してくれ、彼女に会えると
思うだけで、出版社に行く日が楽しみだった。

そんなある日、神保町の行きつけのバーに入ると、カウンターで早苗が
水割りを飲んでいた。

「あれ?早苗さん。珍しいところでお会いしますね。」
「ああ、戌井さん・・・。ふふ。おかしいでしょ。女がひとりでこんなところで・・・。」
「いや、酒にお強いんですね。ウィスキー飲むなんて。」
「ううん。いつも一杯だけ。亡くなった父がね、ウィスキーが好きだったのよ。
何かあると、ここで父のこと思い出しながら飲むの。一本買うの大変だから。」

戌井は、いつも明るい早苗の、意外な一面を見た気がした。

「ふうん。じゃあ、今日は原稿料が入ったから、それは僕におごらせて下さい。」

・・・そんなわけで、それから二人は、戌井の懐が温かい時、このバーで一杯のむ
ようになった。

「早苗ちゃん、彼氏がいるんだってなあ。」
「そうよ。相手はあの紙問屋の若旦那。玉の輿だよなあ。ちくしょう。」
「ありゃあ、もう出来てるな。あの若旦那、女には手が早いらしいからな。」
「あーあ、金があって男前、俺たちじゃ、束になってもかなわねえな。」

会社の男たちが早苗の噂をしていた。戌井は、あきらめてはいたものの、
心にぽっかり穴が開いたような気がした。好きな女がみすみす他の男のものに
なっていくのを、指をくわえて見ているしかないのか・・・。

それからしばらく経ったある日。
戌井は早苗のいる出版社に原稿を届けに行った。ところが早苗の席には別の
女事務員がいる。戌井は出入りの業者の男をつかまえて聞いた。

「早苗さんは?」
「彼女なら昨日やめたよ。かわいそうに・・・。あの男に捨てられたんだよ。
いいとこの娘と結婚するらしい。彼女は、恥ずかしくて、もうここには
いられないんだろ。」

戌井は、信じられない気持ちで例のバーへ行った。驚いたことに、そこには
早苗がいた。

「早苗さん・・・。会社やめたんだって?」
「ああ・・・・・・。ふふ、戌井さんも聞いたでしょ。あたし・・・母が入院してるから
仕事やめられなくて、恥をしのんで続けてたんだけど、一昨日その母も
亡くなったの。あたしもう、ひとりぼっちになっちゃった・・・。」
「早苗さん・・・。」
「父のお墓がね、箱根にあるの。母をそこに入れて、箱根で温泉女中にでも
なろうかと思って。ふふ・・・あたしに向いてそうでしょ?」

戌井は黙って早苗の隣りでウィスキーを飲んだ。

「あたしの父はね、下町でパン屋やってたの。ハイカラで楽しい人だった。
でも、空襲で死んじゃって・・・。母はそりゃ苦労してあたしを育ててくれたの。
バカね・・・あたし、あの人と結婚したら、母に楽させられる、なんて考えて。」

早苗は、二杯目のウィスキーをぐっと飲み干した。

「戌井さん、ありがとう・・・。あたしね、ほんとはこんな店でひとりで飲むの、
ちょっとこわかったんだ。でも、戌井さんがいてくれたから・・・。
旅立つ前にここへ来たの、あなたに会えるかもしれないと思ったから・・・。
向こうに行っても、ウィスキー飲んだら、あなたのこと思い出すわね。」

早苗は立ち上がろうとして、ぐらっとよろめいた。そんなに酒に強くないうえに、
このところあまり眠っていなかったようだ。戌井は彼女に肩を貸して、自分の部屋へ
連れ帰った。

・・・早苗は目覚めると、自分が見知らぬ部屋の布団に寝ているのに気づいた。
かたわらで、毛布にくるまって寝ていた戌井も、眼を覚ました。

「戌井さん・・・。あたしに、なんにもしなかったの・・・?あたし、もう何もかも
どうでもいいと思ってるのに・・・。」
「・・・もうどうでもいいと思ってる女なんか、オレはお断りだよ!なんだよ!
心配してるのに!なんでもっと自分を大事にしないんだよ!」

こんなに怒っている戌井を見るのは初めてで、早苗は目を丸くした。

「ごめんなさい・・・。失礼なこと言っちゃって・・・。」
「ああ、失礼だね!オレは、あんたのこと、ずっと好きだったんだ。あんたには、
幸せになってほしいと思ってたのに・・・。男に振られたくらいで、なんだよ!」

戌井の剣幕に、早苗は圧倒された。

「あたしの、ことを・・・?」

戌井は、激情にかられて、早苗を布団に押し倒して口づけした。唇がはなれても、
重なったままの戌井に、早苗がささやいた。

「戌井さん・・・いいのよ。」
「イヤだ!」
「?」
「結婚してからじゃなきゃ、イヤだ!」
「戌井さん・・・。ダメよ。会社の人、みんなあたしのこと知ってるのよ。きっと
みんな嘲笑(わら)うわ。」
「なんでそんなことで、あんたをあきらめなきゃならないんだ!他の奴らなんか、
どうでもいい。あんたはどう思ってるんだ?」

早苗は、何も言わずに、下から腕を回して戌井を抱きしめた。

「オレが忘れさせてやる、なんて言えないけど、忘れてほしいんだ・・・。あんたが
東京にいるのがイヤなら、オレが箱根に行ってもいい。結婚してくれ・・・。」
「ふふ、バカね・・・。あなたがマンガを捨てられるわけ、ないじゃない・・・。
それに、順番が逆よ。あたしにも、あなたを好きにならせてよ・・・。」

早苗が目を閉じ、二人は口づけをかわした。

数日後、二人は神社で祝詞を挙げてもらってから婚姻届を出し、その足で箱根に
向かった。早苗の父の墓に母をほうむり、二人は手をあわせた。

「お母さん・・・。こんな僕だけど早苗さんをまかせてくれますか?」

もう少し結婚式らしいことをしたかった戌井だが、早苗が新生活のためにお金を
とっておいた方がよいと反対したのだ。そのかわり、墓参りのあと、箱根の
温泉旅館に一泊することにした。

「ここ、すてきね。川の音がする・・・。」

風呂からあがってくると、電気を消した部屋で、早苗が窓に腰かけて外を見ていた。
ゆかた姿に、戌井が声も出ずに見とれていると、

「結婚したんだから、もういいわよね・・・。」

早苗が、戌井の胸に顔を寄せた。戌井がおずおずと早苗の身体に手をまわす。

「早苗さん・・・。」
「早苗って呼んでよ。」

二人は抱き合ったまま布団に倒れ込み、激しく口づけをかわした。
戌井は、ふるえる手で早苗の帯をといた。ゆかたの下から表れた裸身は、ほそく
しなやかで、戌井は夢を見ているような思いでなめらかな肌に唇をはわせた。
本当に惚れた女を、その腕に抱くことなど、初めての戌井だった。
あまりにも細い身体が、幻のように消えてしまいそうで、戌井は早苗をつよく
抱きしめた。くるしさに、早苗がもがいた。戌井はあわてて手をゆるめる。

「ご、ごめん・・・。」

早苗は、何も言わず、幸せそうにほほ笑んだ。両目からあふれ出す涙を、戌井が
ぬぐうと、早苗はその手をとって自分の頬に押しあてた。戌井がゆっくりと
口づける。早苗のやわらかい唇に、とけていきそうだった。
秘所に手をのばすと、早苗の身体がピクリと緊張した。戌井が手を止めた。

「・・・ごめんね。あたし、あなたと・・・もっと早く出会えていたら・・・。」

戌井は、早苗を抱きしめてささやいた。

「なあ・・・約束してくれないか。今日からは、もうオレしか見ない・・・って。」
「ウン。・・・ウウン、はい。・・・ありがと、慎二さん・・・。」

戌井は、燃えるような情熱で、早苗の中に分け入った。
戌井のたくましいものに貫かれ、早苗の細い身体が、哀しく美しい動物のように
しなった。
ひとつにつながった身体から、早苗の想いが自分に向かって全て流れ込んで
くるような気がした。

「う・・・早苗・・・さな・・・え・・・。」
「・・・あなた・・・。」

戌井は、早苗の喜びも、悲しみも・・さびしさも、全部オレが受けとめてやる、
そんな想いを抱きながら、あたたかい早苗の中に、おぼれていった。


「忘れてないわ。あの約束だって・・・。」

早苗が、顔を近づけて、まっすぐに戌井をみつめた。

「よ、よせよ・・・。」

戌井は、真っ赤になって早苗の唇を奪った。

「なあ、ひさしぶりに・・・。」
「もぉ、バカ・・・ふふっ。」

早苗は戌井の厚い胸に抱かれ、口づけが深くなっていった・・・。






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