2人の掛け合い(非エロ)
小ネタ


「……ンー いいお天気…」

洗濯竿に並んだ洗濯物が風を抱いて揺れる。
洗濯籠を手に玄関に入ると、茂の仕事部屋から時折話し声が聞こえる。

「……でな、こいつはベトベトサンといって……」

布美枝がそっと仕事部屋を覗くと、茂が胡座の上に藍子を座らせ、自分の描いた絵を見せなが
ら、何やら話し掛けていた。

「でもな、こいつは悪い奴では無いぞ。そっと道を譲ってやると消えてしまうんだ…」
「 …アー、…ンーマ……」
「オー、そうか、わかるかー」

茂の話し掛けに相槌を打つ様に、藍子が声を出す。

“お父ちゃんったら… まだ藍子には分からないわよ …もしかして親バカ?”

そう思いつつも邪魔をしてはいけない気がして、少しの間、2人の掛け合いを静かに聞いていた。

その日の夕方。

台所では布美枝が夕餉の支度、少し離れた所に敷かれた座布団に座った藍子が静かに遊んでいた。

「お父ちゃん、もう直ぐ帰って来ますからね〜」

時折藍子に話し掛けながら野菜を刻む。

「帰ったぞ」

玄関のドアの音。

「お帰りなさい お疲れ様です」

原稿を出版社に持って行っていた茂が帰って来た。鞄から茶封筒を取り出すと、布美枝に手渡す。

「原稿料入ったぞ。今日は約束通りの金額だ」
「……アッ こんなに♪」

思わず声が出てしまい、口元を抑える。

「オゥ 藍子、帰ったぞ」

積み木で遊んでいる藍子の頬をチョンとつついた。

「お父ちゃんが帰って来るの待ってたのよね、藍子」
「お父ちゃん、お風呂どうぞ」
「お父ちゃん、ご飯ですよ」
「お父ちゃん」
「お父ちゃん」
「お父ちゃん」……

その日の夜。

茂の仕事部屋の襖が開く。

「お茶ですよ…お手伝いしましょうか?お父ちゃん」
「すまんな、それじゃベタを頼む」
「はい♪」

慣れた手つきで墨を塗ってゆく布美枝。茂はペンを休め、布美枝の横顔を眺めていた。

「? どげしましたか?お父ちゃん」

布美枝が気付き、茂を見た。

「あのな…」
「はい お父ちゃん」
「その、なんだ…」
「どげしましたか?お父ちゃん」ひとつ大きく深呼吸した茂は意を決した様に言った。
「ォ…お前のお父ちゃんは安来に居るだろうが」
「……え?」
「ッタク、藍子が生まれてからお父ちゃんお父ちゃん… 」
「でも、お父ちゃんはお父ちゃんですよ?」
「アーッ だから、俺はお前のお父ちゃんじゃない」

少しの沈黙の後。

「…肩を揉みましょうか」

布美枝は茂の後ろにまわり、肩揉みを始めた。

「そげですね…藍子にとってはお父ちゃんでも、私にとっては…茂サン」

布美枝は茂の耳元で呼んだ。

「ツ、続きやらんと朝になるぞ」

茂は原稿に取り掛かる。

「そげですね、茂サン」
「あー、もうええ 仕事にならんぞ ……布美枝」
「…はい♪」






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