家族(非エロ)
田中家


千葉県某市――

若い男女が辺りをキョロキョロと見回しながら、あるお宅を探していた…
男の方は、何度か訪ねた事があったとはいえ、ここ数年の急速な街の発展に短期間で様変わりした街中では記憶と相違して目的地がなかなか見つからず内心焦っていた
だが、女の前で格好悪いところは見せたくないと
平然を気取っていたが女にはすでにバレバレだった

「えっどぉ…こっち…あっ。こっちだ!!
ぃゃぁ…1〜2年でこの辺も変わっだなぁ」

女は、初めて来るこの街で頼れるのは、この男だけ…なのに迷子気味で緊張と不安で、気持ちが滅入りはじめていた

「はぁ…本当、大丈夫ー?」

「大丈夫だっで!ほらっここだ!こんにちはー!」

やっと目的の一軒家を見つけて安堵して意気揚々とチャイムを鳴らす

「はぁーい。」男にとって懐かしい声が聞こえて自然と笑顔が零れる
そんな男の様子を横目に見て嬉しそうに微笑む女。『まずは第一印象!』気合いを込めて極上の笑顔を整える

ガチャ

「あらっ。太一くん!太一くんじゃないの!!いらっしゃい。久し振りね〜来てくれて嬉しいわ
あらっ!そちらの方…お手紙にあった花子さん?そおね?初めまして!」
「初めまして!いつもおば様の事、太一くん……っと…コホンッ。夫からお話伺ってます。太一の妻で花子と申します!」

緊張しつつも極上の笑顔とハキハキとした明るい口調で自己紹介する花子に美智子は、慈愛にみちた優しい笑顔を返した

「まぁそう。お会い出来て嬉しいわっ
……ねっ…その腕の中にいるのは…そぅ…太一くんお父さんになったのー!まぁ…あっ。ごめんなさい。玄関先で…
さっ上がって!あなたー!おばーちゃん!太一くんよー!それにねーー…フフッ」

太一達が茶の間に上がるとキヨと政志が変わらぬ優しさで温かく迎え入れてくれた
そして、太一の腕の中には花子から受け取った赤ん坊が…
それを見て目を見開いて驚く二人

「あらーっ太一くんそーかいそーかい!お父さんになったのかい!!
嬉しいねー赤ちゃん連れて来てくれたのかい
おやおやっ。こんにちはー」

「あんちゃんが親父かー名前!名前なんつーんだい?」

「はいっ!名前は「さとし」です。字は「悟士」って書きます」

「えっ…」
「なっ…」
「………太一くん…」

「名付けたのは女房なんです。生まれたこの子の顔見で…」
「私の父「悟」って名前で、夫の父親の名前が「武士」って言うんです。二人から名前いただきたくて考えたら自然と…
そしたら、夫がビックリしてて…こちらの皆さんの事はいつも聞いてたんですが、お子さんの事はその時、初めて聞いて…
あぁこの子、この名前で間違ないんだって…そう思ったんです」

「おばさんにすぐ手紙で書いで知らせだかっだんだけど、どうせだったら顔直接見で欲しくっで
内緒にして驚かせだくっで」

「まぁ…本当…おばさんびっくりしちゃったわぁ」
「おばさんは、俺の東京での『お母さん』だから…この子の『おばあちゃん』にもなっで欲しくっで、おじさんとおばあちゃんにも可愛がってもらえだら嬉しいっつーか…」ポリポリ…「よがったら、こいつの…悟士の心配しでもらえますが?」

「…太一くぅ…ん…ぅっ…ありがとうぉっ……………」
「良かったねぇ…良かったねぇ美智子!ありがとうねーありがとうねー太一くん…」

「…あんちゃん……………ありがとうよ」
「あのっ抱いてやってもらえますか」
「いいのかっ?」
「はい!悟士、おじいちゃんだよ」

太一から恐るおそる受け取った赤ん坊…忘れたくても忘れられなかった
忘れたくないのに薄れゆく記憶を鮮明に思い出させてくれる温かさと腕に感じる確かな重み

「……………うっ…くっ…そっか…ズズッ………おめぇ悟士ってのか…おぅっ!じーちゃんだぞ!」

政志の腕に抱かれて安心したように欠伸をする悟士の姿を見て美智子はハンカチで拭っても拭っても、とめどなく涙が溢れて

「うっ…んっ…うぅっ…ありがとう!太一くんありがとう!
はじめまして!美智子おばあちゃんよ悟士くんっ!
こっちは、大おばあちゃん?ふふふっ」
「よしとくれよっ!!そうだね〜あたしゃキヨおばあちゃまだよ。悟士くん〜」

「あははははっ」

久しぶりに明るい笑い声がいつまでも響く田中家だった

涙を拭いながら美智子は、幸せそうな笑みを浮かべて

「ねっ!おばさん今日は、腕によりをかけてご馳走作っちゃう
食べてってくれるでしょ?」

「はいっ!いだだぎます!おばさんの料理ほんどうめーがら、はなちゃんにも食わせだかったんです!」

花子は勢いよく立ち上がって

「あのっ…私にもお手伝いさせてください」
「いいのよーゆっくりしてて」
「いえっ!いつもおばさんのお料理は美味しいって太一くんから聞いていたので…ぜひ教えていただきたいんです!!」

「まあっ!そう〜それじゃあ〜お願いしようかな。」
「はいっ」

美智子と花子が台所に立ち
キヨは台所のダイニングテーブルに腰掛けてサヤエンドウの筋剥きをしていた

政志と太一は、茶の間でなにやらあれこれと話が盛り上がっていた
その傍らで悟士はスヤスヤと眠っている

一生懸命、野菜の皮剥きをする花子に目を細める美智子

「今日はわざわざ遠いところから本当ありがとうね。おばさん、太一くんのお手紙読んで花子ちゃんに一度会ってみたかったの
想像してた通りの明るいお嬢さんで、会えて嬉しかった」

「私こそ、お会いでけて…あれっ…お会い……………会えて嬉しかったです!
って、すみません…敬語使うの下手で…」

「いいのよー普通にして。あなたらしい言葉でいいのよー肩の力抜いてちょうだい」
「………はいっ」
「ねぇ。太一くんとは、どこで知り合ったの?『結婚しました』って手紙はもらったんだけど馴れ初めは教えてもらってないの。
よかったら聞かせて」

「お恥ずかしいんですが………実は太一くんと知り合った頃、私かなり荒れてたんです。髪も真っ赤で…不良でした」
「まぁそうなの!全然そんな風に見えない。」
「あはっ。全部、太一くんのおかげです。
不良の時、太一くんと道端でぶつかって。その時、落としたもの届けるためにわざわざ走って追いかけてきてくれて…それがきっかけで…
最初は、反発してたんだけど、その後、何回か会ううちにだんだんと…えへへっ…」
「そうだったの」

「私、両親小さい頃に死に別れてて…親戚たらい回しにされたあげく、施設に放り込まれて…
その後は、お決まりコースの如く不良街道って感じで…
周りを妬んで恨んで…人を傷つける事でしか自分の居場所感じる事できなくて…
そんな私に太一くん真っ直ぐに向かい合ってくれて…
余計なお世話だって言っても『はなちゃん。俺だって、はなちゃんと変わらなかったと思う…
拗ねて、いじけて、幼稚で自分を心配してくれる人達に酷い事言って傷つけた…
だけど許してくれた。広い心で受け止めてくれたから、道を間違えなかった!
だから俺は、はなちゃんを心配したいんだ!
心配させてくれっ!』って…」
「えっ…」
「それで凍っていた心が溶けていくように気持ちが温かくなって」
「そぅ…そうだったの…」

美智子の脳裏に調布にいた頃の懐かしい日々が鮮明に蘇った

「太一くんから『東京のお母さん』の話聞いて…だから今日、会えて嬉しくって…
私、母親と並んで料理とか買い物とかしてる子を見掛けると、いつもすごく羨ましかった
でも、その夢叶った気がして…」

「まぁ…おばさん、はなちゃんの『お母さん』になってもいいのかな?
おばさんも娘か、息子のお嫁さんとこうして並んで料理するの夢だったのよ」

「…………私の…お母さんになってもらえますか…?」

「よろこんで!………………あらっやだ…この玉葱…目に染みるわね…涙が出ちゃう…こんなに嬉しいのにね…」

「ははっ…本当だ…目に染みて涙止まりませんね…あははははっ」
「うふふふっ」

「ちょいと二人して、あたしの事忘れてもらっちゃ困るよ!
…………………たくっ、このサヤエンドウも目に染みるったらありゃしないよ………はなちゃん今日から、あんたのおばあちゃんもいるからね……………」

「はいっ!おばあちゃん」

女3人涙、鼻水垂らして互いに笑い合った

楽しい団らんもあっと言う間に過ぎ
別れを告げる時刻となった

「今日は本当ご馳走さまでした!」
「またいつでもいらっしゃい!ここはあなた達のもう一つの実家なんだから」
「はいっ」
「ありがとうございます!」

美智子、キヨ、政志は、太一達が見えなくなるまで、いつまでもいつまでも手を振り続けた

太一、花子も美智子達の姿が見えなくなるまで何度も何度も振り返って笑顔で応えたのだった


後日談

美智子、キヨ、政志は3人でデパートへ―――

「あらっこれいいわねー」
「おやっ美智子こっちも可愛いよ」
「本当ねぇ〜どれがいいかしら迷っちゃう」

「おいっ。いっそこれなんかどうだ」と、政志が見せたものを
「ダサいっ」と、一蹴する美智子とキヨ
「なんだよっ」と、いじけて売り場を離れた政志は店内をブラブラすると子供用のバットとグローブが目に止まった

なにげなく手にとった政志だったが………

―――――熱い日差しの中

木陰でゴザを敷いて、ご馳走を並べて笑いながらこちらを見守る美智子とキヨと花子

政志の少し離れた所に帽子を被ってバットを持った少年とキャッチャーの真似ごとをして、しゃがんでいる太一
政志が放ったボールを力一杯打ち返そうと勢いよくバットを振る少年
少年の顔は帽子に隠れて見えない―――――――

自然と笑みが零れる政志

「よしっこれだ!」

バットとグローブを手に取ってレジへと駆けて行った

コツコツコツッ…

いまだ買う物が決まらない美智子とキヨ
その後ろから忍び寄る人影が…

「いらっしゃいませ!本日は、男の子用のお洋服をお探しでしょうか?」

にっこりと微笑む店員
その声に弾むような笑顔と共に振り返る美智子

「ええっそうなんです!!孫がねっ遊びに来るの!うふふふっ」






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