火のタマの片思い(非エロ)
倉田


 小峰、倉田、菅井のアシスタント3人組は、お茶を飲みながら
雑談をしている。茂は出版社へ、フミエといずみは二人で買い物に
行っており、この家には今彼らしかいなかった。

菅井「なあ、いずみさんって年いくつかな?」
小峰「彼女に興味あるの?」
倉田「お前、女にうつつをぬかしとる場合か?」
菅井「なんだよ倉田くん、君こそ目ぇつりあげて明日なんかないって
   顔でマンガ描きまくってるけど、全然もてないだろ?」
小峰「まあまあ、二人とも落ち着いて。ところで、ウチの先生と
   奥さんって、すごく仲がいいよね。」
菅井「ああ、奥さんが先生にゾッコンって感じだよね。」
小峰「そうかな?先生の方が参ってるって、僕には思えるけどね。」
 
 倉田はドキッとした。小峰は世事の何事にも動かされないようで
ありながら、全てを見通すようなところがあった。
 死んでも口には出せない思いを、倉田は胸にかかえていた。
事もあろうに、先生の妻のフミエに懸想していたのだ。フミエの優しさ
と、それを負担に思わせない心遣い、そして矛盾するようだが、彼女の
夫に対する愛と献身に、倉田は心をわしづかみにされていた。
フミエに愛され、フミエの身体を自由にしているだろう茂。今、フミエは
茂の子供を身ごもっている。フミエと茂の間にかもし出される、濃密な
愛の気配は、倉田の心を毒のようにむしばんだ。茂に抱かれるフミエを
想像するだけで、倉田は気が狂いそうになり、下宿の黄ばんだタタミの上で
のたうちまわる夜がつづいていた。

 ある日、倉田は仕事場で茶色の布切れを拾った。いつもフミエが髪を
結んでいるリボンだ。手に取ると、フミエの髪の匂いがした。思わず
頬を寄せる。いとしい人の身体に触れたものだと思うと、いけないとは
思いつつも離すことが出来なかった。人の気配がして、あわててそれを
引き出しにしまった。
 その日、フミエは小さなハンカチで髪をしばっていた。

「おい、いつものやつはどうした?あー、髪をとめとるやつだ。」

茂に聞かれて、フミエはどこかでなくしたらしいと答えた。

「だらっ。女の匂いがするもんを、そこらに落としとくな。こいつらも
 若いけん、気が散っていかんわ。」

そう言いながら、茂は倉田にぴたっと目線をあてた。倉田は震えあがった。
その目は、何もかも知っているぞ、フミエは俺のものだ、と語っていた

 次の日。茂は台所にやって来てフミエのいれたコーヒーを飲んでいた。

「お前、あんまり仕事場に来るな。」
「なしてですか?そげに邪魔にせんで下さい・・・!」

泣きそうになったフミエに、茂はあわててつけたした。

「倉田がお前のことを好いちょる。」
「え??まさかそんな。若い人がこげなおばさんを・・・。」
「気がつかんかったのか?・・・鈍いな、お前。」

(朴念仁にニブイとか言われとうないわ・・・。)

「倉田は、若いのにエライ苦労してきちょる。それだけに純粋だ。あの
 火のタマの様な性格は、一歩間違えたら道を踏み外す。俺はあいつを
 立派にひとり立ちさせてやりたいんだ。お前は何事もなかったように、
 あいつらのお母ちゃんの様にどっしりかまえてな。たのんだぞ。」

・・・茂が仕事場に戻った後、フミエは思い出した。昨日、なくしたはずの
茶色のリボンが、箸やスプーンを入れる引き出しに入っていたのだ。
フミエはもとより、厳しくしつけられたいずみも、食器と同じ引き出しに
髪の道具を入れるはずがなかった。そして、こそこそと台所から出てくる
倉田の姿・・・。

(まさか・・・ね。でも・・・。)

はるこのことはさっぱり気がつかなかった茂なのに、人のこととなると・・・。

(意外に鋭いんだから。でも、お父ちゃん、少しはヤイてくれたのかしら?)

フミエはなんとなく面映い気持ちになったが、将来のある倉田のため、また
人を雇う立場の茂のため、これまで以上に自重しようと決心した。

 倉田は、すぐにでも逃げ出したい気持ちだったが、あの後、茂に

「倉田くん、家で描いとるマンガはどげなっちょる?ちょっと見てやるけん、
 明日持ってきてくれんか。」と言われ、夜逃げすることも出来なかった。
この人は、自分のけしからぬ気持ちに気づきながら、自分を育てようと
してくれている。倉田は、はちきれそうなフミエへの想いを胸にしまった。
 
 月が満ち、フミエは二人目の子を無事に産みおとした。退院の日、茂は
なぜか倉田にいずみのお供をしてフミエを迎えに行くように命じた。
「菅井じゃあ、赤ンボを取り落としそうだし、いずみちゃんは末っ子だ。
 あんた、弟や妹の世話をしちょったけん、小さい子のこともわかるだろ。」

 いずみが荷物を持ち、倉田が赤ん坊を抱いてタクシーに乗った。
甘く乳臭い匂いが鼻をついた。その子はまぎれもなく茂とフミエの愛の結晶だった。
不覚にも涙が流れた。

「倉田さん、泣いちょるの?」

いずみが大きな声で驚いたように言った。

「いや、その、故郷の弟たちのことを思い出して・・・。」

 家に帰ると、フミエは倉田から赤ん坊を受け取って、出迎えた茂にわたした。
赤ん坊をはさんで寄り添う二人の間には、何者の入り込む余地もなかった。

「よっしっ!描いて描いて描きまくっちゃる!!」

仕事に戻った倉田は、苦くて甘い青春の思い出を胸にしまい、バリバリと
マンガを描きはじめた。






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