犬夫婦(非エロ)
戌井夫婦


水木しげる、雄玄社漫画賞受賞の報せは、
茂の親友であり、ある意味では戦友の戌井にも伝えられた。
我がことのように感極まって泣き出した戌井の腕を
妻の早苗は、全く遠慮なくばしっと力いっぱい叩くと、

「ウィスキー、買ってこよっか!」

明るく言った。

とは言え、極貧の北西出版にウィスキーはなかなかの高級酒。
戌井夫婦は、極限まで薄めた水割りを囲んでしみじみと祝杯をあげた。

「どーしてこう差がついちゃったかなぁ」

薄い水割りでも、何杯も飲めばほろ酔い加減になるもので、
早苗はうっすら頬を朱くして、内職の山を見ながら呟いた。

「…そんなこと、言うなよぉ…」

酒の肴の煎り豆をぽりぽり食べながら、戌井はしゅんとして背中を丸める。

「水木さんてさ、よく見ると男前よね、背は高いし」
「うん…」
「愛想がないのはイマイチだけど、でもその分笑ったときにほっとするわよね」
「うん…」
「布美枝さん、喜んでるだろうなぁ〜」
「うん…」

どんどん小さくなる戌井を、ちらりと横目で伺いながら、
早苗ははあ、とため息をついて、またばしっと戌井の背中を叩いた。

「あんたねぇ、もっとしっかりしなさいよ!」
「お前が落ち込むようなことばっかり言うからだろぉ」

自分より男前で、自分より才能があって、自分より出世した親友を夫に持ち、
早苗にしてみれば、布美枝と比べて自らの立場を卑下する気持ちは痛いほどよく分かった。
出世も見た目もさっぱりの自分には、言い返す言葉もない。

「悪かったなぁ、水木さんみたいじゃなくてさ」

そう言うのが精一杯だった。

水に近い水割りを、かっと一気に流し込む戌井を見やりながら、
早苗はふふっと笑った。

「…けど。水木さんじゃどうしてもダメね」
「…えぇ?」

さっきまでの持ち上げぶりは何処へ行ったのか、急転する早苗の言葉に戌井は顔を上げた。

「だって、こうして一緒に呑めないダンナなんて、つまんないじゃない」
「あ…」

にこっと笑って、戌井の空のグラスを催促すると、次の水割りを作り始めた。
じわじわとこみ上げる感情に、また戌井の涙腺は緩んできてしまって…。

「早苗ーっ!」
「うわっ!」

感情の赴くままに、戌井は早苗をがばっと抱きしめてみたが、
次の瞬間には思い切り頭にげんこつをくらってしまった。

「いてー!何するんだよぅ」
「もう、こぼしちゃったじゃない!馬鹿っ!」






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