番外編
朝食の後かたづけをすませ、綾子はTVの連続ドラマに見入っていた。かたわらの 祐一は、早朝の仕込みをすませ、朝食後のひと休みに新聞を読んでいる。 朝九時から開店しているせんべい屋『ささき』の一日が始まる前の、ちょっとだけ ほっとする時間だった。 ドラマの中では、ヒロインがかっぽう着姿もかいがいしく、せっせとガリ版で 夫の漫画のファンクラブの会報を印刷し、製本している。その手際を、めずらしく 夫に誉められ、純情なヒロインが有頂天になる様がかわいらしい。 「・・・こんな亭主のために、よくがんばるよな。」 いつの間にか新聞から目を離していた祐一がつぶやいた。 「え・・・私はこの男優さん、ゆうちゃんにちょっと似てると思うんだけど・・・。」 「俺は、こんな亭主関白じゃないだろ?」 てっきり見ていないものと思っていた祐一が、意外に話を把握していることに 綾子は驚いた。 「それより、この奥さん、いいよな・・・。ちょっこし、綾子に似とる。」 祐一が、綾子の顔を見ながら、ドラマの口調を真似て言った。 (見てないような顔して、しっかり見てるじゃん。) 綾子はなんだかおかしくなったが、自分がこのドラマのヒロインに似ているなどと 今の今まで思ってもみなかった。 (私は、こんなにけなげな奥さんじゃないけどな・・・。) ドラマの中のヒロインは、時代が違うとはいえ、会ったばかり同然の男性と見合いで 結婚するという、綾子のような現代女性には信じられない人生を歩んでいた。だが、 引っ込み思案なヒロインが、与えられた暮らしの中で懸命に生きていく姿に、 朝のニュースからの流れでなんとなく見ていた連続ドラマだったけれど、このごろでは 欠かさず毎日見ないではいられなくなっていた。 (ここで、私にできることって、何かなあ・・・?) 綾子が祐一と結婚し、下町のせんべい屋「ささき」の若女将になってから、 一ヶ月あまりが過ぎた。六年前、学生だった祐一と綾子は、バイト先の居酒屋で 出会った。バイトの先輩である祐一は、新米の綾子にビシビシダメ出しをし、 綾子は綾子でそれに反発・・・。相性最悪に見えたふたりは、いつしかお互いが 最も気になる相手になっていた。祐一が大学を卒業すると同時にふたりは つきあいだしたが、家業のせんべい屋を継ぐため修行中の祐一が、綾子に正式に プロポーズしたのは、つきあい始めてから三年後のことだった。 先代である祐一の父は病にたおれ、母はその看病にかかりきりのため、「ささき」の 経営は実質若夫婦にまかされていた。 祐一は修行を始めてから四年経ち、もう一人前のせんべい職人としてあぶなげはなく、 経営も順調だった。綾子は家事のかたわら店を手伝っているが、まだいまひとつ 何をしていいかわからず戸惑っていた。昨日も常連客の好みを覚えていなくて さんざん嫌味を言われたり、山葵せんべいの「山葵」が読めない女子高校生たちに 試食を勧めてもかわされたり・・・。 自分は、祐一の役に立っているのだろうか・・・?新婚旅行から帰り、ようやく 新生活にも慣れて日常が戻ってきたとたん、何をしていいかわからなくなってきた。 「・・・まだ一ヶ月だもん。考えてないで、仕事仕事!」 一足先に工場へいった祐一を追って、綾子も階下へ降りていった。 その夜。綾子が二階の夫婦の寝室の引き戸を開けると、祐一はもう布団にもぐり こんでいて顔が見えなかった。 (ゆうちゃん、もう寝ちゃったのかな。最近、寝不足気味だったから・・・。) このところ、祐一は仕事のことで考え込むことが多く、夜も熱心に新製品の開発や 現行の商品の改善に取り組んでいる。今日はせんべいを焼く器械の調子が悪く、 明日の仕込が大幅に遅れ、祐一は遅くまで仕事をしなければならなかった。さっき ようやく遅い夕食をとると、ざっと風呂に入って寝室に行ってしまった。 夕食の片づけをすまし、風呂に入ってから寝室に来た綾子は、祐一がおやすみの あいさつもせず寝てしまったことをちょっと寂しく思った。 (おやすみのキスくらい、してくれたっていいのに・・・。) 綾子は、入りかけた布団から出ると、祐一の顔を隠している布団をそっとはぎ、 目を閉じて唇を寄せた。 「きゃっ・・・!」 寝ているとばかり思っていた祐一にガバッと抱きしめられ、綾子は悲鳴をあげた。 何か言い訳したくても身動きもさせてもらえず、じたばたする。 「眠れないの?・・・綾子。」 腕をゆるめられ、やっと顔をあげると、祐一のからかうような笑顔があった。 「・・・だって、おやすみのキスもしてくれないんだもん。」 綾子がそう言うと、祐一が下から軽くキスをした。 「・・・んじゃ、おやすみ!」 (ええ〜?) 綾子の物足りなそうな顔を引き寄せて、祐一がもう一度ゆっくりキスをした。 ・・・唇が離れると、ふたりとも真剣な顔になって、今度は深く口づけあった。 「んん・・・ふぅ・・・ン・・・。」 口づけながら、祐一の手が下から綾子の胸を愛撫する。綾子は自分の内なる泉が 早くもあふれ出すのを感じながら、溶かされていった。 口づけと愛撫を繰り返しながら着ているものを脱ぐと、肌と肌をかさねて 抱き合った。ぎゅっと肩を抱かれ、寄せられた乳首を祐一の右手の長い指が 同時にさいなむ。深く口づけあっている綾子ののどがせつなげにあえぎを漏らした。 唇を離すと、片方の乳首を吸いながらもう片方をいじり、さらに右手は綾子の しげみの奥をさぐり、敏感な粒をもてあそんだ。 「ん・・・や・・・ぁ・・・ぁぁん・・・。」 最も感じるポイントを同時につかれ、綾子の全身を戦慄にも似た快感がつきぬける。 祐一の右手が綾子の手をとって反り返る男性をにぎらせた。手の中のたしかな量感が、 これからつらぬかれ、確実に導かれる絶頂を予感させ、綾子を息苦しくさせる。 祐一が起き上がって、綾子の身体をうつぶせにさせる。腰を持ち上げられ、さっき 確かめさせられた昂ぶりをつきつけられる。一気に、ではなく、じりじりと 捻じ入れられ、苦しいほどの充実に声も上げられず、綾子はうめいた。 「あや・・・すごく快いよ・・・しめつけてくる・・・。」 背中におおいかぶさり、祐一が綾子の耳を舐めるようにしてささやいた。 恥ずかしい格好をさせられて下を向いた乳房を、祐一の右手が揉みしだいた。 くさびを打ち込まれた秘部からの快感が全身をおかし、さらに祐一の手指に 与えられる愛撫がそれを増幅する。綾子は、自分の心と身体のすみずみまでも 祐一の存在に浸透され、支配される感覚に身をまかせた。 「あぁっ・・・あぁ・・・ん・・・ゆうちゃ・・・ん・・・ゆ・・・うちゃ・・・ぁぁ・・・ん・・・。」 綾子が祐一の名をを繰り返し呼ぶ声も止まらなくなっていく。祐一は綾子の身体を 後ろから抱きしめ、首筋に、耳に、熱く口づけながら身体全体を揺すぶった。 「あっ・・・あぁっ・・・ぁあああっっ―――――!」 祐一に顔を見られないですむのをさいわいに思うほどみだらな表情をさらし、綾子は 枕をにぎりしめ、声をあげて身も世もなく達した。 祐一を奥へ奥へと引き込むような綾子のなかの運動が、真の絶頂を如実に伝えてくる。 そのただ中にほとばしらせたい衝動を唇をかんでこらえ、そっと自身を引き抜くと、 震えている綾子の身体をやさしくあおむけにする。脚を広げさせると、達したばかりの 中心部に、まだ勢いを失わないもので再び侵入した。 「んん・・・や・・・ぁあ―――――。」 「あやは、このかたちが好きだろ・・・。」 祐一もたかまる快感に耐えながら、綾子の耳元でささやいた。愛を交わすように なってから月日がたち、祐一にどんな形で愛されても深い悦びを得られるように なっている綾子だけれど、最後は正常位で抱きしめあいながら一緒に登りつめるのが 好きなことを、祐一はよくわかっていた。 (だって・・・一番、愛しあってるって感じがするんだもん・・・。) 口づけを待ち焦がれ、綾子は手を伸ばし、祐一の首に腕を巻きつけて引き寄せた。 涙でぼやける目に、いとしい人の顔が近づいて、目を閉じ唇を重ねあわせる。 さっきまでの容赦のなさとはうって変わって、祐一はただ全身の感覚を解き放って 温かい綾子の海の中に溺れるような錯覚を味わっていた。綾子がゆるゆると 自分のところまで下りてくるのを待って、またゆるやかに責め始める。 どこもかしこも過敏になって、すぐにでも祐一の腕をすりぬけてしまいそうな綾子を つかまえ、リズムを早めていく。 「はぁっ・・・あ・・・ん・・・あぁ・・・ん。ゆ・・・ちゃ・・・。」 綾子が背中にまわした腕に痛いほどの力がこもる。脚が祐一の脚にみだらにからんで 腰を揺すり、祐一の与える律動に呼応するのは、もう無意識のことだった。 「あぁ・・・あ・・・あぁぁ―――――!」 飛び立とうとする綾子を抱きしめ、祐一もその身体の奥深く精を放った・・・。 結婚してから変わったことのひとつが、愛し合うとき二人の間に介在していた 薄い膜がなくなった事だった。結婚してから、ふたりは子供を持つことを考え、 話し合ってそれを使うことをやめたのだ。 いつまでも恋人同士でいたいという気持ちもあるけれど、ごく自然に授かれる ものなら、いつでいいという思いもあった。祐一を直接感じ、彼の熱情を最奥に 浴びせられる時、綾子は結婚して初めて味わう幸福感に満たされた。 綾子の熱い柔肉につつまれ、その中に解き放った祐一は、しばらくはめくるめく 感覚に身をまかせ、口もきけず綾子の上に突っ伏して荒い息をついていた。 やがて少し息がおさまると、顔をあげて綾子を見た。ゆっくりと目を開けた綾子は、 長いまつげが涙の粒で飾られ、その瞳は夢見るように祐一をみつめた。 祐一はしどけなく半開きになった唇をふさぐように口づけた。口づけながら、 そっと身体を離すと、ふさがれた綾子の唇がわずかにうめきをもらし、身じろいだ。 祐一は紙をとってまず自分を清めてから、ぐったりと横たわる綾子の脚を少しだけ 開かせて、綾子の秘所にこぼれた自分の欲望の残滓を確かめ、ぬぐい始めた。 「や・・・見ない・・・で・・・。」 綾子は手で祐一の視線をさえぎり、脚を閉じようとしたが、祐一がこの行為を するのはもう恒例になっているようで、抵抗はあまり長く続かなかった。 「・・・理解できないかもしれないけど・・・好きな女に自分の痕(あと)が残ってるのを 見るのって、男にとってはたまらないんだ。・・・オスの本能ってやつかな。」 自らの放ったものを両脚の間からこぼす綾子の姿にかきたてられ、祐一は激しい いとおしさと独占欲をつのらせた。 「・・・いつ、来てくれるかな?」 祐一が、綾子の平らな下腹を撫でながら言った。愛し合い、注がれることで 新しい命が生まれる・・・不思議な気持ちがして、綾子は祐一の手に自分の手を重ねた。 恥ずかしい時間を耐え、寝巻きをつけた綾子は、祐一と並んで布団におさまり、 愛された後の心地よい疲れに身をゆだねていた。 「・・・ねえ、ゆうちゃん。」 「ん?」 「いつか、子供にこの店を継いでほしい?」 「うーん・・・。それはそいつの意思しだいだな。」 「そっか・・・。」 「俺だって、親父やお袋に継げって言われたことないし。なんか自分の中で この仕事をやりたいって気持ちが二十年かけて育ったって感じなんだ。」 「ふーん。」 「それより、俺たちの代で何が出来るか?ってことの方が大事だよ。子供は、 その姿を見て何かを感じてくれたらいいと思うんだ・・・。」 祐一は、頭の後ろで組んでいた両腕をうーんと伸ばし、あくびをした。 「明日もあるし、寝よ寝よ!」 そう言って目を閉じた祐一は、本当にすぐに寝息をたて始めた。うらやましいぐらい 寝つきのいい夫の寝顔を、薄闇の中で綾子はいつまでもみつめていた。 (ゆうちゃん、将来のこととかちゃんと考えてるんだなあ・・・。) 祐一はこの家に生まれ、小さい頃から自分の将来について自問自答してきたのだろう。 飛び込んだばかりの綾子と違うのは当たり前だった。 (『俺たちの代で何ができるか?』・・・俺 た ち ・・・って言ったよね?) 祐一が、綾子を同志のように考えてくれているのが嬉しかった。 (私にも、何かできるかな・・・?) 答えはまだ浮かばないものの、綾子は胸の中に何かが芽生えるのを感じていた。 金曜日。綾子は夕方から行われる同級会に出るため、午後から実家に帰った。 祐一はゆっくりしてくるように言ってくれたけれど、綾子は土曜日の昼ごろ帰ってきた。 「ただいまー。ごめんね、ゆうちゃん。お店番やすんじゃって。」 「なんだ、今日いっぱいゆっくりしてくればいいのに。」 「だって、お店休みじゃないもん。あ、パスタ?おいしそう。」 「ん。ソースまだあるから、綾子も食べれば?」 パスタを茹でるお湯を沸かそうとして、ふとTVが目に入った。あのドラマの 昼の再放送の最後の場面で、ヒロインが何やら不思議な踊りをおどっていた。 「あーーーっ!今朝見るの忘れちゃった!!!」 綾子はもともと朝のドラマの視聴習慣があったわけではないので、実家に帰った とたん、のんびり寝坊してしまい、今朝は見るのをすっかり忘れていたのだ。 「どうしよう?土曜日に見ないといろいろ解決しないんだよね・・・。もう再放送 ないし・・・。ゆうちゃん、録画なんてしてないよね?」 ドラマを見逃してくやしがる綾子を、祐一はパスタをフォークに巻きつけたまま あきれて見ていた。 「・・・綾子ってさあ、もしかして総合しか見てないの?」 「え・・・?」 「このドラマって、一日五回やってるって知ってる?土曜日なんて一週間分の 再放送合わせると六回だよ。」 夜の七時半からBSで再放送があると教えられ、綾子はほっとしたが、 「受信料払ってるんだからさ、もっと理解して使わなくっちゃ、ね?」 (もっと理解して使わなくっちゃ・・・かぁ。) また祐一に笑われてしまった。冷静沈着で緻密な性格の祐一に失敗を指摘されると、 綾子は自分がすごく大ざっぱな人間のような気がして凹むのが常だったが、 再放送があることにはほっとして、パスタを茹で始めた。 夜。夕食の後かたづけもそこそこに、綾子は朝見逃したドラマに見入っていた。 暑い夏の日、ヒロインは精魂かたむけて漫画を描く夫の背中を見て涙を流す。 夫のほんものの努力にうたれ、ヒロインもほんものの献身を決意する瞬間だった。 初めて筆をとり、夫の漫画のアシスタントをした夜。机を並べ、夜が白むまで ひたすら描き続けるふたりの後ろ姿・・・。 『あなたの夢がいつからか、ふたりの夢に変わっていた・・・』最近、ラジオや巷で よく耳にするようになったこのドラマのテーマソングには、TVでは流れない部分に こんな歌詞があったことを思い出す。 (いいなあ・・・。) ヒロインのまっすぐな生き方がうらやましかった。漫画という、今まで何の縁も なかった世界に生きる夫に寄り添って、精いっぱい生きていく・・・。 (好きな人の一生の仕事だもん。うんと考えれば役に立てることあるよね?) 「女房」と言う言葉に古臭さしか感じていなかった綾子だけれど、なんだかすごい 言葉のような気がしてきた。なんとなくOL気分の抜けていなかった綾子にも、 せんべい屋「ささき」の主人、祐一の女房として生きる覚悟が生まれてきたのかも しれなかった。 (ゆうちゃんが精魂こめて焼いてるおせんべい、お客さんにもっと知ってもらいたい・・・!) 綾子の中で、漠然としていた想いが、ようやく形をとりはじめた・・・。 SS一覧に戻る メインページに戻る |