かなしきを 立てめやも(いちせん夫婦ネタ)
番外編


「祐ちゃん」
「ん」
「今日、何の日か覚えてる?」

秋晴れの休日。
ダイニングで朝食後のコーヒーを啜りながら、夫はのほほんと答えた。

「勤労感謝の日」
「他には」
「Jリーグの日」

元サッカー部らしい回答に、「まだあるでしょ」と綾子は粘る。

「ん〜、後はあれかな」

揃いのマグカップを持ったまま、祐一は空(くう)を見た。

「良い(11)夫妻(23)の日」
「惜しいっ」

語呂合わせだが、話題は近い。

「あたしたち両方に関係のあることだよ」

心なしか身を乗り出して、返答を待った。

「――ああ、アレか」
「そう!」
「『ささき』創業55周年記念日」
「…」

すました夫の横顔を、頬を膨らませて軽く睨んだ。

さすがに結婚記念日は覚えているだろうが、この日も――少なくとも綾子にとっては――大切な日だ。

(忘れちゃったのかなぁ)

一年前、こちらは胸が破裂しそうなくらい、どきどきさせられたのに。
ジュエリーケースから取り出したエンゲージリングを見つめ、小さく溜め息をつく。
結婚して半年。
老舗の煎餅屋のおかみさんとしての暮らしにも、何とか慣れてきた。
先代が病に倒れて以来、跡目を継ぐべく奮闘していた夫も、店が持ち直したこの頃は、少し余裕が出てきたように見える。
定休日との連休となった今日くらい、二人でのんびり過ごしたいというのは我儘だろうか。
ただ、大好きな人と、ずっと一緒にいられたらいい。
一番近くで、彼の笑顔を独り占めするのは、何よりの贅沢だ。

(祐ちゃんの、ばか)

目上に翳した紫水晶が、窓から射し込む陽光にきらりと光った。

細々とした用事を済ませ、いつのまにか普段通りの休みの過ごし方になってしまっていることに、何となく釈然としないまま、夕刻が近づく。

(ごはん、どうしようかな)

多少は豪華に奮発してみたら、今日の意味を、彼は思い出してくれるだろうか。

「綾子」

キッチンテーブルで頬杖をつき、ぼうっと考え込んでいたので、すぐそばに祐一が立っていることに気づくのが遅れた。

「ゆッ、――あぃタっ」

急いで立ち上がろうとして、膝頭をテーブルにぶつける。

「いっ、たぁ〜…」
「どした。相変わらずおっちょこちょいだな」

誰の所為だと八つ当たりしそうになる。

「ま、そういうのも良いんだけど」

ぼそりと呟かれる。
聞き返そうとして、「大丈夫か」と問われた。

「あ、うん…」
「痣になったら目立つな。膝の隠れる服にしといて」
「は」
「長めの、あのワンピースとか良いんじゃないか」
「…え、って何、が」

表情を読まれまいとするかのように軽く顔を背け、祐一が襟足を掻く。
照れている時の、癖。

「夕メシ作んなくて良いよ。偶にはどっか食べに行くのも良い。明日休みだから、遅くなったって構わないし」
「祐ちゃん…?」

子供っぽい強引さで即決される。

「ちょっと、めかしこんで行こ」

訳もわからず、連れ出される羽目になった。

どこへ行くかも教えられずに附いていった先は、昨年の同日も祐一に連れられて来た、都心のホテルの展望レストランだった。
恋人同士として付き合っていた当時、綾子が何気なく「行ってみたいな」と口にしたのを叶えてくれたのだ。
そしてその日、この場所で、彼に求婚された。

「祐、ちゃん?」

偶然だろうか。
恐る恐る見上げると、一瞬だけ合った視線は、するりと躱される。

「結婚してからわりと慌ただしかったし、綾子、いつも頑張ってくれてるから、少しくらい息抜きしても良いんじゃないかなって。
どうせなら、泊まってゆっくりしていこう」
「え。だって、いきなり行って泊まれるわけ」

ぴたりと止まって、まじまじと彼の横顔を見つめる。

「…知ってたの、今日のこと? 覚えてたから、前もって予約してくれてたの?」

返事はなかったが、そっぽを向いた頬の赤らみが答えだった。
肩の力が抜けて、笑いたいような、涙が出そうな心地で、お腹の底が熱くなる。
そっと、彼の掌に指先を通した。
静かに握り返される。

「綾子にとっては、サプライズだったのかもしれないけど」

食事を終え、スィートルームに落ち着いた時、祐一が言った。

「去年のあの日は、俺にしてみれば、覚悟の日だったんだよ」

眼下の夜景の美しさに感嘆していた綾子は振り返る。

「覚悟って」
「自分の一生の女として、綾子の人生を貰うと申し出る日」
「祐ちゃん…」
「綾子に、『ささき』の歴史を一緒に背負ってほしいと頼む日だ。だから、創業記念日にプロポーズしようって、前から決めてた」
「――」
「言われる方だけじゃなくて、言う方にとっても特別な日なんだぞ」
「これでも結構悩んだんだからな」と、照れ臭そうな笑みを見せる。

愛情でも尊敬でも信頼でも足りない想いの熱さに、綾子の胸は温まった。

「んじゃ、改めまして、再プロポーズ」
「え」

向かい合い、真っ直ぐな瞳に射抜かれる。

「これからも、ずっと、俺の――女房でいてください」

…返事などできず。
ただ、彼の胸に飛び込み、ぎゅぅっと背にしがみつき、喉を詰まらせて頷くのが精一杯だった。

「…ね」
「ン?」

窓際で抱き締められ、耳朶を優しく噛まれながら、綾子はふと尋ねてみた。

「祐ちゃんのおじいさまって、どうしてこの日に、お煎餅屋さん始めたのかな」

夫に良く似た面差しの、初代の顔写真を思い浮かべる。
彼は噴き出すのを堪えるふうな、可笑しげな顔つきをしていた。

「い、今訊くことじゃないかもしれないけど、なんか気になって」

ぽんぽんと頭を撫でられ、あやされる子供みたいな気分になる。

「働かざる者食うべからず、とか?」

あてずっぽうで挙げると、祐一は笑って、綾子の髪をそっと指先で払った。

「新嘗祭(にいなめさい)だから」
「?」
「戦前までは、その年の米の収穫を祝って感謝する祭日だったんだ。丹精込めて育てられた米を加工して、
人々に届ける煎餅屋の起業に相応しいからって」

「親父からの又聞きだけどね」と、亡き祖父の面影を追うように、夫の瞳は少し遠くなる。
家族に愛されて育った彼の内には、技術の伝統とは異なる、精神的な土壌も受け継がれている気がする。

「ちなみにもっと大昔、万葉集の頃とかは、民間でも新嘗祭をしていて、女の人は潔斎してお祭りをして、
男は家の中に入れてもらえなかったらしいよ」
「祐ちゃんて、無駄に物知りだよね」
「無駄って言うな」
「…でも」
「ん」
「あたしだったら、祐ちゃんを置き去りになんて…できない」

もう、できない。
神事の不謹慎を咎められても。

「じゃあ、旨い煎餅を作ってお供えして、見逃してくださいって神様にお祈りしないと」

以前にしでかした家出紛いを思い出し、少し落ち込みかけた綾子の頬を摩り、祐一は穏やかにおどけた。
触れた箇所に、掠めるように唇が落ちる。

「後は」
「え」
「他に訊きたいこと」

肩を覆う腕の囲いが、やんわりと狭まる。

「あ…と、訊きたいことっていうか、言いたいこと…?」
「なに」
「――大、好き」

彼が軽く瞠目する。

「今、言うか」
「だ、って。さっき、ちゃんと返事できなかったし」
「だから、ソレ反則」
「はぁ」と溜め息をつかれてから、きゅっと抱き竦められた。
「言わなくても、わかってるよ。綾子、素直だから」

「ベッドでは特に」と囁く低い声音に、ぞくりと震える。
これから訪れる、歓喜の予兆。

「…すけべ」
「何とでも」

最後の会話は、唇の中で交わされた。

* **

相手の腕を引き寄せたのは、どちらが先だったろう。
舌を差し出し、互いに貪り合う。
綾子が祐一の首に腕を回し、後ろ髪を掻き撫ぜれば、彼の掌が服越しに腿と尻を摩る。
肩を掴まれ、乳房を揉み上げられると擽ったく、つい笑みが零れた。
ワンピースが滑り落とされ、下着姿で抱き締められる。
押し当てられた下肢の硬さに嬉しくなった。
彼のシャツの胸元を乱すと、すっきりと張った筋肉が覗く。

「祐ちゃん、…綺麗、裸…」
「コッチの台詞」

遊びめいた口づけを繰り返し、躰を擦り付け合う。
長い指が伸びてきて、ショーツの上から秘部をなぞられた。

「ッ…」

片手で器用にブラが外され、剥き出しになった乳首にむしゃぶりつかれる。
見上げる彼の目線が、悪戯好きな少年みたいで、綾子はくすくすと笑った。
強く舌を押し当てては吸われ、揉みしだかれるうちに、吐息は途切れがちになる。

「祐、ちゃ」

そのまま寝台に縺れ込んだ。
キスというより、食べ尽くす勢いで、舌を奪われる。
うつ伏せにされ、大腿を高く開かれた。

「、や…ン」

されることがわかっていて、恥ずかしくも、そこは待ち望む。
ぐっと押し広げられ、布地越しに陰唇を舐められた。

「ん、ァ…」

下唇を噛んで、疼きに耐える。

「ぅ、ン…ん」

潜り込んできた指の感触に首を反らせたところで、すかさずうなじを押さえられ、口をキスで塞がれた。
連動する舌と指の動きに、綾子は声も出せずに悶える。
引き下ろされるショーツを、無意識に自ら脱ぎ捨てた。
仰向けに寝かされ、両腿を左右に持ち上げられる。
この男しか知らない秘境を、煌々とした灯りの下に晒す。
羞恥はとうに焼き切れて麻痺している。
ちゅ、と可愛らしくそこに口づけられたのを合図に、最も過敏な箇所を愛撫された。
割れ目を舌が辿り、包皮の淵を唇が伝う。

「ぁ…ハ、ッぅ…」

溝も花芽も遠慮なく弄られ、綾子はシーツを泳ぐようにのたうつ。

「ん、ァ…ッは、――ン、んぅ」

執拗な刺激から逃れようと、身を捩った。

「ゆぅ…」

させまいとする強さで、手首を固定される。

「ま…、ッて――、待っ、…ンふ、っ!」

愛液を啜り上げる音が響き、綾子は眉根を寄せて喘いだ。

「ゅ、――ちゃ…」

己を苛む男に助けを求める。
蕩けて弾けそうな衝撃は、一人では耐えられない。
綾子の欲しいものを、夫は違えずに与えてくれる。
目線を合わせた彼と抱き締め合い、ゆったりと陽根を挿入されながら、舌を吸われて陶酔した。
労わるようなじれったさが、却って堪らない。

「あッ…、…ぅン、んッ――ア…」

緩やかに腰を回されつつ、柔く乳頭を齧られた。

湿った呼気で呻く綾子の髪を、祐一が掻き混ぜる。

「っ、う…んゥ、ン――」

襞をねっとりと這う雄の振動を、ひくつきながら受け入れた。
快感に歪む顔を、間近から熱いまなざしで観察される。
左腕を首裏に導かれ、右腕と右足は同時に抱え込まれ、グラインドから抽入が速まった。

「ッあ、…!ァ、はぅ…、ん――」

真上から突き下ろす勢いで穿たれる。
甘い悲鳴は、唇で封じられた。
手探りで掴めるものを探し、ずれた枕の端を握り締める。
髪を打ち震わせ、自ら腰を振って応える妻に、祐一は微笑んだ。

「綾子」
「…、ぁ」
「自分で動いてる。気持ち好い?」

声は優しいのに、突き入る動きは容赦ない。

「ッン、んぅ…、い――、イぃ…。ゆぅ…ちゃ」

逞しい肩に縋りつき、彼の匂いに浸る。
ぬるついた秘部が、粘着な音を立てた。

「ゅう…す、…き――、好き…よ…」

朦朧となりながら必死に紡ぐ。

「――ぁ…ン、――ぅき…」

言いたがる綾子の口を、言わせまいとするかのように祐一は塞ぐ。
息継ぎの合間に告げようとすれば、微笑む彼は、巧みに声を吸い上げて酔わせてくる。
猥(みだ)らに蠢く、真剣な戯れ。
急に視界が回転したかと思うと、上下の体勢が入れ替わった。
夫の上で腰を抱き込まれたまま、鋭く膣を抉られる。
綾子の弱点を、的確に知り尽くした愛技。

「ハぁ、…ンうッゥ――、んっ…あぅ」

四つん這いになって硬直し、泣くように喘ぐ。
何かが迸りそうな切迫感が押し寄せる。

「…綾子」

促され、のろのろと身を起こした。
仰臥した夫の腹に馬乗りになる。
ぬちりと粘(ねば)ついた音を上げ、更に深く、男根が秘部に埋め込まれた。

「ァあ…」

容積の大きさと太さに震え、形が奥に馴染むのを待つ。

息を荒げつつも、教えられた通りに、下腹を揺すってみた。

「ふ、ン…ん、ぁ――あン、…ン」

体内の燠が発火し、肌の裏を快感の炎が舐めてゆく。
彼の長い指が、脇を摩り、乳首を摘まんで軽く捻った。

「ひぁ!ッア、やぅ…ン、ん――」

双方が下腹をぶつけるように擦り合わせては悶える。
無我夢中で、綾子は、抜き差しを加速させ啼いた。
夫の目許に悦楽が滲むのに、堪らない充足感を得る。
最愛の男に求められ、開拓され、彼を悦ばせている。

「ッア!ん」

真下からの突き立てが、勢いを増した。
縦横無尽に支配しようとする、雄芯の激しさ。

「イゃ、ッ…ゆぅちゃ、ア、あ…ぁ、あ――」

口に手の甲を当て、無意味に「だめ、ダメ」と、か細く叫びながらも、動きには逆らえない。
奥底から、もっともっと、と欲求する声が迸る。

「ゆぅ…ン、うぅン…」

耐えきれずに、夫の胸に上体を倒した。

「ど、した…あゃ、こ…」

表情には余裕があるが、彼の呼吸も荒い。
縺れた髪を静かに梳いてくれる。

「良いよ、どんな格好でも、好きなだけ動いて…。俺に…全部見せて。全部、欲しい」

この人の声は、従順をもたらす魔術が潜む。
起き上がり、綾子はゆらりと後ろ手をついた。
繋がった部分も露わに、大きく膝を広げる。
痴態を晒け出す倒錯的な満足感に、頬を震わせた。
擦れ合う恥毛の感触に、首を左右に振ってよがる。

「ァ、あ…、ぁ、うン、んッ、ン…」

綾子は、のけ反って腰を跳ね上げた。
祐一が乳房を揉み上げ、形が変わるまでに指を喰い込ませてくる。

「っ、ふぅ、ン――あぁ、…ア…、ぁん」

肌の感触を確かめる仕草から、彼は下肢の速度を一気に上げた。

「ひ…!ン、ぅ、あ…ん」

流れる愛液と精が混じり合い、二人の腿を濡らし伝う。
ますます滑りの良い襞が、男の軸を搾り上げる。
祐一が低く呻いた。

「す…、っげ…、最、高――」

「も、もぅ、ダ…め、ゆ――」

崩れ折れた妻を抱き寄せ、彼は力強く臀部を掴んだ。
ぐいと引き寄せながら、奥深く交わる。

「――ぅ、ちゃ…、…ちょぅ、だい…」

涙ながらの懇願は叶えられ、即座に、甘美な絶頂へ押し上げられる。
熱い飛沫に胎内を焼かれる幸福感に、刹那、意識が飛んだ。

「…ァ――あ…、ぅ…」

力が抜けて肩で息をする、綾子の腰と背に腕を回し、夫が身を起こす。
その胸に凭れて座り込んだ細い躰を、裏返して抱き留めた。
広げた綾子の腿の下から、再び精力的に突き上げてくる。

「ハ、ぁ…ン、アッん、ン――」

乱れる長い髪を除け、彼が背中に口づけた。

「あゥ、…ぅちゃ…」

綾子は知らず、尻を前後に押し出し、夫の愛撫に応えている。
妻の肩に顎を乗せて動いていた男は、やがて背に伸し掛かり、後背位で接合を深くする。
頬を埋めた枕の端を握り締め、綾子は涙目で、肩越しに夫を見上げた。

「ゆぅちゃ、…凄、ィ…おっ、きぃ…、当たって――」

胸の尖りを揉まれながら肩甲骨に跡を残され、火照った吐息を零す。

「ッと…」
「…ん?」
「も、っと…奥、まで…突ぃ、てェ…」

自ら脚を広げ、高く掲げて揺らしながら、請うた。
背後に覆い被さる彼が、ずるりと腰を進める。
耳元で囁かれた。

「綾子…可愛いね…」
「ひぁ、ッン…」

結合の挟間から溢れ出す、愛液に火傷しそうだ。
必死で背後を手で探る。
伸ばした指に、彼のそれが絡められた。
握り合う強さに比例し、腰の律動も速まる。

「いぅン…、あふ、ン――」

固く抑え込まれ、抉られた肉壁が感電している。
もうじき、また翔け上がれる。
迫り来るその瞬間を、早く早く、と綾子は願った。

「ゆッ…、――ィ、くぅ…ン…――!」
「…おいで…一緒に――」

脚を突っ張らせて、夫の遂情を味わい、随喜の涙を流す。
長い一夜を、身を結ぶことで紡ぐように、代わる代わる縺れ合い、絡み合っては二人、相手の躰に溺れ続けた。

* **

綾子は自宅に居た。
見慣れた部屋なのに、なぜか壁が透明で、外の庭が見える。
不思議に思って眺めていると、周辺に十匹程の猫たちがいて、中を窺っている様子だ。
部屋に入ろうと壁を掻いたり、うろうろと歩き廻る。
その内の一匹が、まるで首根っこを掴まれたような姿勢で浮いて、壁を擦り抜けた。
綾子はとっさに受けとめようと両腕を差し伸べ、その瞬間、猫はぽすんと落ちてきた。
危なげなく抱きとめることができ、ほっとした直後、目が覚める。

「…ぇ。な、に」

ホテルの天井を見上げ、ぼんやりと呟くと、祐一に腕枕されているのを思い出し、慌てて噤んだ。
幸い、傍らの夫は眠ったままだ。
伏せられた長い睫の形に見惚れる。

(ゆ、め?)

猫の夢は受胎の暗示だと聞いたことがある。
思わず、自分のお腹に手を当てた。
彼に深く愛された名残。

――もしも、そうなら。

治まった筈の動悸が、また高まり出す。

「ゅ、ぅ、ちゃ」

小声で囁いてみる。
早く知らせたいような、内緒にしておきたいような、ふわふわした予感。

いつか。
そう、きっといつか。

彼に、『仔猫』の名前を決めてもらおう。
二人が受け継いだ歴史と想いを、新たに伝えゆく存在。
互いが出逢い、結ばれたからこその、未来。
その日はたぶん、遠くない。

了.

<鳰鳥(におとり)の葛飾早稲を饗(にえ)すともその愛(かな)しきを外(と)に立てめやも>万葉集14-3386作者不詳
(葛飾早稲の稲を神に供える新嘗の祭でも愛しいあなたを家の外に立たせたままになどするものですか。)






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