番外編
「ただいま」 帰宅した祐一を迎える綾子の顔に、安堵の色が浮かぶ。 やはり案じていたのかと、密かに苦笑う。 別段、疾しくなど無いが、不安は取り除いてやろうと思う。 独り合点から擦れ違い、喧嘩にまで発展してしまったのは、ついこの間のことだ。 *** 秋の彼岸に、佐々木家の墓参りへと連れ立った。 結婚して数ヶ月。 亡き祖父母、初代に嫁のお披露目も兼ねていた。 菩提寺からの帰り道、墨田公園に足を延ばす。 隅田川沿いを、二人でのんびり散策した。 春は桜、秋は彼岸花が美しい。 スカイツリーを見上げ、以前の家出紛いさえも、笑って話せた。 道行くカップルにつられたわけではないけれど、自然と手を繋いで歩く。 「――祐ちゃん?」 妻以外の、声に呼ばれた。 祐一は立ち止まり、声を掛けてきた女性に見入る。 十年ぶりに再会した、懐かしい面差しの人がいた。 連れがいるのを気遣ってか、相手は、簡単な挨拶に留めて別れていった。 隣の綾子も会釈を返していたが、祐一は碌に返事もできず。 口数が減ったまま、若干上の空になって、家に戻った。 年賀状の束を引っ張り出し、連絡先を探す。 携帯のメールアドレスが載っているのを覚えていた。 使ったことはなかったけれど。 ≪今から会える?≫ 送信する前に迷わなかったわけではないが、おそらく、今日を逃したら会えなくなる。 返信は、直ぐに来た。 土産の煎餅を用意し、綾子には「もっかい出掛けてくる」とだけ言い残す。 一瞬、その瞳が揺れたのに気づき、「遅くはならないから」とも付け加えて。 帰る場所はここだけれど、あの人とまた離れてしまう前に、直接確かめて伝えたかった。 *** 「幼稚園からの同級生なんだ」 軽く晩酌をしながら話し出す。 実際は赤ん坊の頃から知り合いだったらしいが、そこまでは覚えていない。 「母親同士も仲良かったし、家は20mも離れてないし、ウチは客商売だったから、おばさんに面倒見てもらって、よく一緒に遊んでた。 お互い一人っ子だから、きょうだいができたみたいでさ。俺、女の子の遊びも、結構得意だったよ」 同い年でも女の子の方が成長は早いから、しょっちゅう姉さんぶられて、少し悔しかった記憶もある。 小学校までは身長が低かったが、中学の三年間で30cm以上伸び、彼女の背丈を追い越した時は嬉しかった。 「好きかどうかで言えば、好きだったよ」 たぶん、あれが初恋だった。 そう告げた時、さすがに妻の顔が曇る。 それでも、正直に打ち明けた。 「親は知らないだろうけど、ちょっとだけ付き合ったりもしたんだ」 高校が別々になり、離れ難くて、何となくそういう流れになった。 今更のようで、改まって告白などはしなかったが。 「――でも、ダメだった」 過ぎ去った、淡い苦み。 「なんていうか、近過ぎて、家族みたいな感覚になっててさ。いざ付き合ってみても、距離の取り方はわかんないわ、 近親相姦みたいで手も握れないわ。寧ろ、そういう対象にしちゃいけないような気がして。暫くして、言われた」 “私たちって、やっぱり、きょうだいだね” 高校を卒業する頃、彼女の父親が病気で亡くなり、母親も身体が丈夫ではなかったため、彼女は、遠方にある母方の実家に揃って身を寄せるようになり。 あちらで就職したこともあり、それきりずっと会っていなかった。 「今日は、会社の研修がてら、親父さんの墓参りも兼ねて来たらしい。言っとくけど、久しぶりに会ったからって、どうもしないよ。向こうも結婚してるしさ」 根っこの本音を言えば、姉を奪(と)られた弟みたいな寂しさも混じってはいるのだが。 それでも。 「なんか、…ほっとしたんだ。色々苦労してたし、その分、幸せになってほしかったし」 それは、自分にはできなかったから。 仮に祐一の方が歳上で、もっとしっかりしていたら、何かが変わったかもしれないけれど。 もしもの話なんて、言い出したらキリがない。 だから。 「今は、これで良かったんだって思うよ。本当にね」 顛末はおしまい、と締め括って、祐一は笑った。 「心配させて、ごめんね?」 ふるふると首を振る妻が、無性にいじらしい。 抱き締めたいなぁと、目を細める。 「土産に」 「…?」 「あれ、持って行ったんだ。苺煎餅」 妻の好物と発案で作った、新商品。 「俺は、俺の選んだ人と一緒に、ちゃんと人生歩いてるよって。毎日笑って、偶に喧嘩して、でも凄く幸せでいるから、こっちも大丈夫だよって安心させたくて」 自分が満たされていることを、けれど伝えるまでもなく、相手には見抜かれた。 「女房自慢、うんとしてきた。あっちからは旦那のノロケで返されたけど」 幸福の持ち寄りは、何倍にも増して伝染するのだろう。 少年の時分の焦燥が、穏やかに昇華しているのを、祐一は実感した。 *** 日が落ちれば、季節の推移は明らかで。 だいぶ涼しくなってきた気配に、祐一は縁側の硝子戸を閉める。 跳ねた洗い髪をくしゃりと掻いた。 同じく風呂を済ませた綾子が近寄ってきて、背後からこつんと肩に額を置く。 黙って向きを変えた祐一の懐に、彼女は凭れ、掌で胸板を撫でた。 首筋に口づけられ、その細い顎を掬い上げる。 「珍しいね」 妻から誘われることは、そう多くない。 心細くさせた申し訳なさに改めて詫びると、「違うの」と否まれる。 「祐ちゃんの小さい頃を知ってる人が羨ましいなって思うけど、それだけじゃなくて。祐ちゃんが、友だちやご近所や、 周りの人を大切にしてるってこともわかってるし、その人たちが幸せになるのを願ってるのも知ってる。それが…嬉しいから。 そういう祐ちゃんが、あたしは好き」 「好きよ」と繰り返され、きゅっと抱きつかれる。 「――うん」 俺も、と答える代わりに、強く抱き返した。 『家族』と恋はできなかったけれど、恋をして家族になった女がいる。 *** 舌を絡ませ、詰く吸いつつ、薄い寝間着の上から乳房に掌を這わす。 持ち上げて揉み、後ろ抱きにして囲う。 尖り出した乳頭を、捏ねて弾いてやると、綾子は頸を倒して声を漏らした。 呼吸も乱れてきている。 「ゆぅ、ッア…」 彼女の手が、求めるように祐一の下肢に伸びてくる。 「…こら」 無意識なのか、ねだっているのか、形をなぞるふうに指で辿られ、笑いながら、キスで咎めてみせた。 敷布に座らせ、ネグリジェを捲り上げ、ゆるりと足を開かせる。 下着越しに蕾を転がして弄(いじ)ると、押し殺した呻きが零れた。 じわりと湿る縁(ふち)を、弾力をつけて押し、次第に速く擦る。 「っぁア…、――ッあ!…ダ…め――」 彼女の顔が左右に揺れる。 「綾子。もう、こんなに…濡れてる」 「や、ぅ…ゆう――ちゃ…」 腕に縋って震える姿が、余計に嗜虐を煽ると気づく筈もなく。 祐一と逢うまで、男を知らなかった彼女だ。 夫の愛撫に従順に身を委ねる素直さこそ、この女の秘められた淫乱さ。 「あッ、ア、…ぁあ――」 膝を折り曲げて腰を浮かし、綾子が首をのけ反らせた。 「イきそう?良いよ」 「っハ…、ぅ…うン―――!ッ」 止めたいのか促したいのか、祐一の手を引っ掻く仕草で、彼女は身動(じろ)ぐ。 びくん、と跳ねて到達した躰が、肩に寄り掛かってきた。 「熱、ぃ…」 ぼんやりと呟く唇を、軽く啄ばむ。 「綾子、…脱いで」 自分で、と導くと、頬を赤らめつつも、おずおずと従う。 レースのショーツを膝まで下ろし、困ったように見上げてくる。 捩(ね)じれた布地をそっと引っ張ってやると、意を決した様子で足首を抜いた。 胸元に纏わりついていたネグリジェも剥ぎ、布団に横たわらせる。 白い全裸。 身に付けているのは、薬指の指輪だけ。 己(おの)が妻の証に、祐一は口づけた。 この躰の外にも内にも、最初に快楽の火種を焚き付けたのは自分だ。 腿を広げる姿勢を、初めは恥ずかしがっても、最後には彼女が悦ぶのも知っている。 露わになった充血を、指先で追った。 「ココ、すげぇ欲しがってる…」 体毛の薄い、薄紅色の秘肉が、物欲しげに開いている。 「ぁ、ハ…」 表面を覗かせた花芽を、こりこりと突いては摘まむ。 眉根を寄せて耐える変化を、じっと観察し。 徐(おもむ)ろに口を近付け、ぺろりとそこを舐めた。 「あッン、あ――ふ」 窄めた舌で、割れ目から滴る雫を、丁寧に掬い取る。 「や、…ぁ…うンッ!」 ひくひくと尻を捻り、再び達した相手の耳元に、微笑って囁く。 「イき過ぎ」 普段にも増して敏感さを指摘してやると、「だって」と消え入りそうな声が零れた。 「だって、祐ちゃんが…」 「俺が?」 胸に顔を伏せてきた彼女が、ぽそりと拗ねる。 「いつもより、もっと…Hなんだもん…」 噴き出しかけて、黒髪に指を絡めた。 「Hな俺は嫌?」 口籠もる上目遣いが愛らしいと思う辺り、Sっ気が擽られて堪らない。 意地悪くも、目一杯、可愛がってやりたい。 ぬちゅりと差し入れた指で、内壁を解(ほぐ)す。 「ゥッ、くぅ…ン、ん…」 勝手次第に摩擦を速めると、薄い腹が波打った。 「ひゃ、ッぅ…!――」 屈伸する膝が、彼女の官能を示す。 「ダ…だめ、そ…こ、ダメ…そんな、しちゃ――ッ」 甲高い声と共に、汗ばんだ女体が撓(たわ)む。 とろりと大量に溢れ出た愛液が、秘腔から伝い落ちた。 「まだだよ」 淫靡な液体を、ゆっくりと秘部に塗りたくる。 触れられるだけで感じるのか、彼女の呼気は益々荒くなる。 滑りの良くなった膣内を、ぐちゅぐちゅと掻き回した。 「ヤ、…やぁ――また、出ちゃ、ぅ…」 「綾子、見ててごらん」 腰を支え、自らの秘花を確かめさせ、深く指を抽入する。 「ア、ふぅ…ンァ、あ、あッ―――!」 背を反らせ、蕩けるように絶叫した綾子の下腹から、透明な液が噴き上げた。 「…、…――」 放心した彼女の目が焦点を失う。 「綾子」 瞳を覗き込みながら、静かに指を抜いてゆく。 「ハ…ぅ、ん…」 「ホント、すご…。ぐしょぐしょだ」 濡れそぼつ陰唇を晒し、綾子は必死で息を整えている。 縺れた髪を片手で梳いてやると、その目線が切なげに揺れた。 「おね、が…ぃ…、祐、ちゃ――」 「欲しい?」 こくりと頷く彼女に、真っ直ぐ見つめられる。 「…挿れて」 疾うに余裕でいられないのはお互い様で。 臨戦態勢を堪え通した男根は、はち切れんばかりに膨れ上がり、爆発まで引火を待つだけだ。 両腿を左右に持たせて、仰向けに寝かせる。 無防備に剥き出しになった秘部が、ひくりと待ち受けているのが見てとれる。 愛蜜のとろみで濡れて光る襞に招かれ、ずぶりと雄を含ませた。 「あふ…ン…」 小振りの乳房を揉み寄せながら、隆起を進ませ、奥底まで貫く。 膝頭を撫で、彼女の胎内の熱と狭さを味わう。 「ん、ンぅ…、ふ――」 「相変わらず…良い、締まり…」 唇を重ねたまま、「動くよ」と囁いた。 返事もできないほど陶酔している綾子の腰を掴み、縦横無尽に征服する。 「ッあ!――ア、…やゥ、う…アッ、あ、あぁ―――」 汗と体液で滑る肉体を、強く揺さぶり、軋ませる。 妻の嬌声と表情と、膣の熱さに煽られ、脳内の理性がじりじりと焼き切れるのを、祐一は快く感じた。 沈着冷静、そんなもの二束三文で売り叩いてやる。 「い…ィ、好い――ゆぅちゃ…あ…気持ちいぃ――」 髪を乱し、自ら胸を抱き、立てた膝を震わせ、綾子は善(よ)がる。 愛欲の儀式に無垢だった女が、祐一の腕の中でのみ変貌する。 漸く手に入れた、運命の女。 白い腿ががくがくと揺れ、彼女の限界が近いことが窺えた。 片足を肩に掲げ、首に縋らせ、腰の振動のギアを上げる。 祐一の肩甲骨に爪を立て、泣きそうに喘いでは、綾子は何度も懇願する。 “もっと” “もうダメ” “早く” “やめないで” 混乱と快感の渦に押し流される妻を、絶頂まで容赦なく、獣めいて追いつめた。 「■■――■■■――!!」 硬直した女の秘壺に、怒涛の射精を遂げる。 詰く収縮する柔肉の奥に、熱くすべてを放出した。 長く、最後の一滴までも余さず注ぎ入れ、祐一は息を吐(つ)く。 火照った肌の上に寝そべった。 繋がったままの彼女のそこは、まだひくついていて、その感覚が心地好い。 一向に萎えない硬度に、反応した綾子が小さく喘ぐ。 ずるりと引き抜くと、咄嗟にしがみつかれた。 「…ヤぁ…」 「ん?」 虚ろに潤んだ瞳にせがまれる。 「抜いちゃ…嫌――もっと…」 声にならず「して」と呟く唇を塞ぎ、体勢を入れ替えて腹に乗らせた。 脇を掴み、まろい尻を撫で摩る。 形の良いそこを押し広げ、張り詰めた勃起を挿し込んだ。 「アんッ」 腰を震わせ、深く男を呑(の)む媚態に、綺麗だと見惚れる。 後ろ手を突いて股を開かせ、腰を上下させた。 「そう…、上手になったね…綾子。もっと、動いてみ」 夢中になって腰を振る女は、他の誰も知らない、祐一だけの女豹。 目の前で揺れる、二つの果実の白さが眼福だ。 「あ、アぁ、…ん、――ハ、ん…」 粘着質な音を立て、結合部が擦れる。 彼女が下腹を回す度、内を抉るペニスへの刺激に呻く。 翻弄されるのは不本意なので、下から勢い良く突き上げると、彼女は高く啼(な)いた。 「ハ…ふン、ッ――う、ウんっ…ア、あン…あ――」 長い髪を振り乱し、とりとめもなく叫んでいる。 「ぁん、あ…すご、ィ…――ゆぅちゃ、…凄い――!」 小刻みに穿つ程に揺れ動いていた躰が、がくんと倒れ込んだ。 「祐、ちゃん…、キス…し、て――」 切れ切れに乞う妻に、唇を寄せる。 躰が離れている時間が続くと、しばしば口づけを望まれる。 殊更優しく、ねっとりと舌を奪い、糸を引いて唇は解(ほど)けた。 彼女の瞳の潤んだ熱に、再び、雄の欲情が暴発しそうになる。 起き上がり、素早く躰を伏せさせ、休ませてやれずに、後背から鋭く挿入した。 「やンッ!…ん、う――ぁ…アあ――」 卑猥に蠢く陰唇を、太く赤黒い陽根がずぶずぶと襲う。 「ア、あッ…――ひン、…う――ゅウ…ちゃ…」 「綾――あゃ、こ…」 肉のぶつかる乾いた音と、妻を呼ぶ声が重なり。 乱雑な動きで激しく腰を突き出しながら、祐一は思わず天を仰ぐ。 彼女がもたらす、和やかな日常の至福と情愛、極上の愉悦。 これだけ雁字搦めにされて、手放せるわけがない。 (ちくしょう) どこぞで眺めているかもしれない、恋愛の神様とやらに、笑って悪態をつきたい気分だ。 お望み通り、二人で手を取り、睦み合い、命も躰も昇天して。 この幸せを全うしてやろう。 「――んック、…ぃく、ッア――あァ…、…イ、くぅ――、もぉ…ッ」 悦楽に甘く悲鳴を迸らせる妻を、固く抱き締める。 「ゆ…ッ、ちゃ―――!!」 痙攣する柔らかな深奥に、低く吼(ほ)えながら、全力で精を注ぎ込んだ。 *** くたりと寝入る綾子の横顔を見つめ、裸の肩を覆うように上掛けを被せる。 指の背で頬を撫でては、途中で加減を忘れて求め続けた己を少しばかり省みた。 大事にしてやりたいのも、すべてを奪いたいのも、本当で。 彼女の前では、ただの男でしかなくなる有り様に、我ながら苦笑してしまう。 勇気も励ましも、幾度となく与えられ、照れを隠して偶に礼を言えば、満開の笑顔で応えられる。 “祐ちゃんが、大好き” 素直で、明るくて、愛嬌があって、涙脆くて。 一見、正反対の二人が付き合い始めた頃は、周囲に多少驚かれもしたけれど。 欠けたものを補われるような心地好さに、誰より不思議がっていたのは祐一自身だ。 もう少し早く逢いたかった気もするし、逆に、今だからこそ良かったのかもしれないとも考える。 ふと、昼間再会した幼馴染みを思い浮かべた。 あの人と自分は、きっと、彼岸花の花と葉のようなものだ。 同じ根から育っても、一緒に生きてゆくことはできない。 花が咲く時、葉は出ておらず、葉が出れば花は散ってしまい、実は結ばれない。 花と葉が最後まで相見(まみ)えることのない、相思華(そうしばな)。 違う土地で、会えることなく、けれど幸せに花開いているのであれば、それでいい。 「…ん…」 小さく寝息を漏らす妻の、瞼と頬にキスをして、静かに自分の胸に抱き寄せる。 確かな温もりに、目を閉じた。 祐一が見つけ、共に生きてゆく花は、今、腕の中に鮮やかに咲いている。 了. 花詞:「情熱」「諦め」「独立」「悲しい思い出」「再会」「また会う日を楽しみに」 SS一覧に戻る メインページに戻る |