小さい男 前編(いちせん夫婦ネタ)
番外編


「・・・綾ちゃん?」
「あ・・・佐古さん?」

食事を終え、店を出てきた綾子に、男が声をかけた。

「あれ・・・なんか今日、いつもより背、たかくない?」

退社する時、綾子はデート用に普段履かないハイヒールに履き替えていた。
佐古と呼ばれた男は、綾子にかなり近づいて少し見上げるように背をくらべてみた。

・・・ちょっと接近しすぎ、と綾子が思った時、向かい合った佐古の視線が綾子の
後ろに泳いだ。綾子が振り返って見ると、そこには少し遅れて出て来た祐一が
立っていた。佐古はあわてる風でもなく、綾子との距離を元に戻した。

「あ・・・祐ちゃん。あの・・・こちらは会社の同僚の、佐古さん。」
「佐古雄一郎です。あゃ・・・平泉さんには、いつもお世話になってます。」
「・・・どうも。」
「ぇと・・・お、友達の・・・佐々木、祐一さんです。」

綾子がなんとなく気まずそうに祐一を紹介する。すぐさま営業用の笑顔を浮かべ、
はっきりと自己紹介した佐古とちがい、祐一は無言でうっそりとうなずいただけ
だった。

「じゃ・・・平泉さん、またね。」

佐古はそれ以上よけいなことを言わず、サッと歩み去った。それを見送っていた
綾子も、祐一にうながされて歩き出した。

金曜日の夜。どう見てもデート中のところを、会社の同僚、しかも男性に
出くわすのはかなり恥ずかしい。食事が終わったら次はベッド・・・そう決まっている
ものでもないけれど、休みがズレている上に仕事が忙しいふたりは、会うたび
求め合わずにはいられない。
げんに今夜も、ふたりの足取りは自然とホテル街に向っていた。佐古も、それを
想像しただろうか?・・・そう思うだけで、いたたまれなくなる。

「あ、あの人ね・・・佐古さん・・・あ、今の人・・・。」

ちょっと白けた雰囲気を破るように、綾子が今の人物について説明を始めた。

「中途採用でウチに来る前は大手にいたとかで、才能もあるし、いずれ独立する
だろうって言われてるの。入社したのは私より1年あとだけど、祐ちゃんより
年上だし、私みたいなヒヨッコとは雲泥の差で、いつも助けてもらってるんだ。」

なんとなく気まずい空気をまぎらすため、綾子はいつになく饒舌だった。

「そんなデキる人なのに、な〜んか軽いから『残念なイケメン』とか『バブルの
忘れ物』とか言われて気の毒なの。でも、頭イイ人だから、敵をつくらないように
計算してわざとそう振舞ってるのかも・・・。」
「・・・綾子、どこ行くの?・・・着いたよ。」

祐一に言われてハッと気づくと、そこは二人が何度か夜を過ごしたことのある
ホテルの前だった。いつもにも増して綾子は、人目を避けるように目を伏せて
祐一の後から建物に入った。

この種の目的のホテルはみなそういうシステムになっているのか、誰とも会わずに
チェックインでき、料金も前払いなのだが、それでも綾子は誰かに見られている
ような気がして、廊下を歩いている間も落ち着かない気分だった。

「・・・ここだよ。」

祐一にうながされて部屋に入る。この手のホテルにありがちな淫靡で安っぽい
雰囲気は微塵もない。シンプルなインテリアに、リネン類は清潔で、アメニティも
豊富だった。

「・・・!」

コートも脱がないうちに、祐一に抱きしめられる。外を歩いてきて冷たくなった
唇と唇がかさなり、熱が生まれる。

「・・・ん・・・待・・・って・・・ゆ・・・ちゃ・・・。」

きれぎれに抗う綾子の声、服と服のこすれあう音しか聞こえない、閉ざされた静かな
空間・・・。佐古と言う『日常』と出会ってしまったために醒めてしまった綾子の心が、
祐一との『夢』の時間に切り替わっていこうとしていた。

「・・・会社では、ヒールじゃないんだ?」

祐一がふと唇を離し、綾子の足元を見下ろして言った。官能に身をまかせつつあった
綾子は、急にまた話を会社に戻されてすこし戸惑った。

「え?あ・・・うん。お客様を見下ろしちゃダメだって・・・佐古さん・・・がアドバイス
してくれて。」
「ふーん・・・あいつのためでもあるわけ?」

佐古は、綾子がフラットな靴にすれば、綾子よりほんの少し低いくらいの身長だった。

「べ、別にあの人のためじゃ・・・他の人だってみんな、目線が合って話しやすいって
好評なんだよ。」
「・・・俺は、こっちの方がいいな。」

言いながら、祐一がジッパーを下ろして、綾子のスカートだけをするりと落とした。

「ゃ・・・だ。」

続いてコートも脱がされる。ピンと糊のきいた白いシャツに、小さなビジューの
いっぱいついたモカブラウンのカーディガン・・・上品な上半身と対照的に、下は
ガーターとストッキングとショーツ、そしてハイヒールという、かなり羞ずかしい
格好になった。つづいてカーディガンのボタンにも指がかかる。

「ま・・・って・・・シャワー、浴びてくるっ!」

綾子はあわててスカートを拾いあげ、逃げるようにバスルームに飛び込んだ。

(あいつ・・・さっきからなんかそわそわしてるな・・・。)

綾子がこうした場所にいつまでも狎れないことは、祐一にとってそれはそれで嬉しい
ことだった。綾子のそういう初心なところが好きだし、羞じらう綾子を徐々に乱して
いくのも楽しい。

(けど、今日のはちょっと度が過ぎてるな。)

さっき会った男が原因だろうか・・・?綾子とずいぶん親しそうだった。綾子の口ぶりに、
あの男に対する敬意と、そこはかとない好意がにじむのも面白くない。

(そんな気分じゃなくなった・・・とか?)

まだあの男の空気が残っているうちに、祐一に抱かれるのが恥ずかしいのだとしたら、
それは綾子が、あの男を男性として意識しているということではないのか?

(・・・まあいい。あんな奴のこと、消し去ってやる。)

「あ・・・アレ、切らしてたんだっけ。」

祐一は立ち上がってキーを取ると、部屋の外へ出た。廊下の一隅の、死角に隠れる
ような場所に、ぼんやりと灯のともった小さな自販機があった。

綾子が出てくると、入れ替わりに祐一がバスルームに入った。

(ゆうちゃん・・・今日、なんか機嫌わるい?)

綾子はますます身の置き所が無くなる気がした。本当は、素裸になってベッドで
待ってたりするといいんだろうけれど・・・。なんだか今日はそれも羞ずかしくて
たまらない。

(あ・・・明日の資料、目を通しとかなきゃ。)

所在ないまま、綾子はバスローブ姿のままソファに座り、バッグから仕事関係の書類を
出して読み始めた。

「・・・仕事?」

濡れた頭をゴシゴシ拭きながら祐一が覗き込んだ。

「あ・・・うん。明日、会議なんだけど、今日は時間無くて読んでられなかったんだ。
明日の朝も、読む暇ないだろうし・・・。」
「それって・・・朝起きられないくらい、してほしいって意味?」
「ち・・・ちがうよ!」

祐一は資料をそっと取り上げてサイドテーブルの上に置くと、わざと綾子の膝の
間に身体を割り込ませて膝立ちし、顔を寄せて唇を奪った。

「・・・ん・・・っふ・・・。」

バスローブの下には何もつけていない。大きく開かされた両腿の間が、早くも
溶けはじめる。

紐を解いてバスローブを左右に拡げると、白いパイル地にくるまれ、祐一が贈った
プチネックレスだけを身につけた綾子は、祐一のためだけのプレゼントのようだった。

「・・・んゃっ・・・ぁ・・・ん・・・。」

ネックレスに口づけてから、その下のふたつの宝石にも交互にキスをする。
吸い込むように口に入れては出してみたり、強く舌で転がしてみたり・・・。

「・・・ゆ・・・ぅちゃ・・・キ、ス・・・して・・・。」

綾子にキスをせがまれ、顔を上げて下からくわえるように口づける。綾子が両手で
祐一の顔をはさんで、舌を入れてきた。祐一の指は、なおもふたつの尖りを責め
つづけている。綾子は耐え切れなくなって唇を離し、身をよじって顔を俯けた。

「どうしたの?珍しくあやの方から舌を入れてくれたのに・・・。」

キスを続けられないほど弄っておきながら、祐一がとぼけて聞いた。おでこを
くっつけて顔を押し上げ、目をのぞきこむ。にらみながらも綾子の目元は官能に
染まり、涙でいっぱいの瞳にはどうしようもなく情欲がにじんでいた。

すくいあげるようにキスしてから、祐一が立ち上がって綾子の手をとった。

「ゃっ・・・ある、けな・・・。」

引っ張られて腰をあげたものの、脚に力が入らない綾子を支えながら、祐一が
ベッドに座らせる。並んで腰かけた祐一が、綾子の両脚を抱え上げてベッドに
抱き倒した。火照った身体にシーツの冷たさがここちよく、これから刻み
込まれる絶頂の予感に胸が苦しくなる。

・・・ここからが長いのはいつものことだ。けれど、今夜の祐一はいつにも増して
意地悪だった。綾子の弱いところばかりを執拗に責めて、肝心の部分には触れもしない。
横抱きにして肩をぎゅっと寄せられ、長い指でふたつの尖りを同時に責めながら、
口中を犯される・・・快感が絶え間なく綾子の全身を駆けめぐり、ふさがれた唇からは
せつないあえぎが切れ切れに洩れつづけた。

(・・・ゆうちゃんだって・・・こんなに・・・。)

綾子の腰に押しつけられた男性は、充分に怒張している。いつもは握らせて
くれるそれにそっと手を触れると、やさしくその手をつかんで押し戻された。

(ひどい・・・ゆうちゃん・・・。)

ここに至って綾子はようやく、すこし様子がおかしいと思い始めた。祐一に優しく
虐められることで綾子がより感じてしまう・・・というのは、ふたりにとって
お約束のプレイのようなものなのだけれど・・・。

綾子のあえぎが、泣き声に変わりそうになるギリギリのタイミングで、祐一が
手と唇を離した。向かい合った綾子の目を見て、無言でそっと頭を押し下げる。
綾子はもうろうとした頭で、言われるまま痺れる身体を持ち上げて下へさがった。
祐一の脚の間にひざまずき、中心にそびえる塔に顔を寄せる。

「・・・あっち向いて、して・・・?」

充血しうるんでいる秘唇を、祐一に見られるのは耐え難いほど羞ずかしいけれど、
綾子は何でもいいから今の状況から先に進みたかった。

祐一に臀を向け、脚を大きく拡げてまたがると、疼きすぎてズキズキ痛むほどの
秘唇が祐一の眼前にさらけ出された。その一点に意識が集中し、カッと全身が燃える。
火照る頬を雄芯にすりつけ、浮かび上がる血管に口づけた。手を添え、頭を傾けて
横咥えに口に含むと、固い芯と表皮をずらすように唇でしごく。

「・・・ふぅ・・・あゃ・・・。」

祐一の声が少しかすれている。先端に少し露を含むほど昂ぶっているのに、祐一は
ただ綾子の臀から大腿を撫でさするだけで、シックスナインすらするつもりは
ないらしい。綾子は身体の内に燃えさかる情欲の炎から意識をそらし、雄根に奉仕
することだけに没頭しようとした。

「あや・・・すごいよ。したたり落ちそう・・・。」

突然、燃えるような花芯に、冷たく硬い無機質なものが当たり、綾子は祐一のものを
深く呑みこんだまま固まった。これを・・・挿入れるつもりなの?まさか・・・けれど、
冷たい塊はぐるりと輪を描くように周縁をなぞり、哀れな花唇がこぼしつづける
涙をすくいとっただけだった。

「・・・・・・?!」

ホッとしたのもつかの間、いちども侵入をゆるしたことのないもうひとつの孔に、
その無粋な人工物がつぷり、とすべり込んだ。

「・・・ゃっ・・・な・・・に・・・?」

綾子は思わず口を離し、身を固くして、その侵入物がもたらしたなんともいえない
異物感に耐えた。

「ん・・・ちょっと思いついてさ。ここ、こんなのも売ってるんだね。」

綾子が正視できなかった、アダルトグッズの自動販売機・・・あそこでわざわざ
こんなものを・・・?綾子は羞ずかしくて振り返ることも出来ず、固まったままだ。

「・・・あや、口がお留守になってるよ?」

カチリ、と音がした。

「ブゥゥゥンン・・・。」

鈍いモーター音と共に、綾子の体内の異物が、邪悪に身を震わせはじめる。

「いやっ・・・やめてっ・・・!!」

綾子は祐一の身体から横に這い下り、自分で異物をとろうと手を伸ばした。

「ダメダメ・・・動いてる時に引っ張ったりしたら、切れちゃうかもよ?」

せめて振動だけでも止めようと必死で臀の周囲を見ても、それらしいものはない。
祐一の手に握られたリモコンに気づいて奪い取ろうとする綾子の両手をとらえ、
祐一は子供をあやすように抱きかかえて耳に囁いた。

「力を抜いて、身を任せてみて・・・きっと快くなるから。」

淫らな蠕動に馴らされ始めた内奥の感覚が、綾子の四肢から力を奪っていく・・・。

「ちょっと我慢して・・・あやをもっと可愛くしてやるからさ・・・。」

祐一が手を離して起き上がり、力なくシーツに突っ伏した綾子の腰を抱えて大腿を
開いた。拡げさせられた脚の中心に、あれほど渇望した刀身がつきつけられる。

挿入れられる・・・そう思ったとたん、綾子は力を振り絞って祐一の手から逃れた。

「いやっ・・・!!」

祐一を怖いと思ったのは初めてだった。彼のもとめを拒んだことも・・・。

我慢してこのまま受け入れてしまえば、きっと自分はいつものように乱れ、
啼かされ、何度も何度も達するだろう。あるいは新しい快楽の地平を見られる
のかもしれない・・・。

今までも、愛し合う流れの中でみちびかれ、時にはやさしくなだめられて、
綾子は戸惑いながらも新しいことを覚え、さらに深い悦びと結びつきを得てきた。
けれど今夜はなぜか何かが違う気がして、この羞ずかしい仕打ちをすんなり
受け入れることができなかった。もしもこのまま許してしまったら、綾子自身も
ふたりの関係も、取り返しのつかないことになるような気がした。

「本当に・・・いやなの。とって・・・ください・・・お願い。」

自尊心を奪ってしまいそうな未知の感覚を必死でこらえながら、綾子は祐一の方に
向き直り、震える声ではっきりと言った。大きな瞳から、ぽろぽろと涙が
こぼれ落ちた。

祐一はハッとしてすぐにスイッチを切った。綾子が大切な存在であることを
やっと思い出したかのように、優しく身体を押さえながら異物をそっと引き抜いた。

「私、帰る・・・ね。」

身体に残る不快感を振り払うように立ち上がり、綾子は小走りにバスルームに
駆け込んだ。呆然としていた祐一がようやく我に返った時、綾子は早くもブラウスと
スカートを身につけてバスルームを出て来た。

「待って、綾子・・・送ってくよ。」
「いい・・・大丈夫だから!」

綾子はソファのそばにあったバッグとコートをつかむと、部屋を飛び出した。

「おねえさん、どうしたの?・・・ひとり?」

ホテルを出て歩き出した綾子に、一台の車が近づいてきた。無視して足を速める
綾子に、ゆっくりとした速度で着いてくる。

「ねえねえ。そんな寒いカッコでどしたの?・・・彼氏とケンカしてホテルから
飛び出してきたとか?」

都会の真ん中だというのに、ぬぐったように人がいない。人目を避けるカップルに
優しいつくりの建物の並びは閉鎖的で、もともと道行く人も少ない通りだ。
表通りの灯はまだ遠い。急に方向を変えて別の道をとるべきか、でも車を降りて
追ってこられたら・・・綾子は全身をハリネズミのように緊張させながらひたすら
歩いた。

「おい!・・・さっきから話しかけてんのに返事くらいしろよ!お高く止まってても、
どうせ男とヤろうとしてたんだろ?」

男が車を止めて降りて来た。綾子は足がすくんだ。走り出そうとして、前に立ち
ふさがられ、今にも身体に触れられそうになった時、背後に力強い足音を聞いた。

「彼女に何か用か!」

祐一が綾子をかばうように男との間に割って入った。こうして見ると、男は意外と
背が低く、綾子よりも小さかった。

「ちぇっ・・・なんだよ。そんなデカい女、用はねえよ。」

男は捨てゼリフを吐くと、車に乗って走り去った。

「大丈夫?・・・綾子。ひとりで飛び出したりするから・・・。」

怖かった・・・祐一の胸に飛び込んでワッと泣き出したい綾子を、もうひとりの綾子が
押しとどめた。

「ごめんなさい・・・でも、もう大丈夫だから。」

やっとのことでそれだけ言うと、クルッと踵を返してスタスタと歩き出した。
祐一が慌てて追いかける。

「待てよ!・・・悪かった、謝るよ。だから、ひとりで帰るのはやめて?」

大慌てで服を身につけて来たらしい祐一は、上半身は半そでのTシャツだけ、
ベルトはちゃんと通っていず、とりあえず引っつかんできた服を両手にいっぱい
抱えていた。

綾子は何も言わず最後のブロックを歩ききり、表通りに出た。祐一が先んじて
タクシーを拾った。ドアが開き、綾子は素直にそれに乗り込んだが、祐一が続いて
乗り込もうとするのを目顔で止めた。

「さっきは、助けてくれてありがと。・・・でも、今はひとりになりたいの。」

綾子の口調と表情はむしろ悲しそうで、怒っている風ではないのが、かえって
祐一の心を凍りつかせた。思わず身を引いた祐一の前でドアが閉まり、綾子が
行く先を告げると、車は静かに走り出した。

「待って、綾子・・・忘れもの!」

祐一が抱えあぐねているたくさんの衣類の中に、綾子が浴室に忘れていった
カーディガンがあった。上質のニットの軽くなめらかな手ざわりが、綾子の
しなやかな裸身を思い出させる。今、手をすりぬけていった人の面影のような
それを握りしめ、祐一はいつまでもそこに立ちつくしていた。

タクシーの中で泣き崩れてしまいそうになるのを、綾子は必死で堪えた。
家に着くと、ルームメイトがまだ帰宅していないのを幸い、自室のベッドに
倒れこんで思い切り泣いた。

(ゆうちゃんのこと、怖いと思うなんて・・・。)

何よりも、それが悲しかった。

(いつも意地悪してくるけど、怖いなんて思ったことなかったのに・・・。)

綾子を焦らしたり、羞ずかしい言葉でかき乱したり・・・ひと筋縄ではいかない
祐一の愛し方だけれど、それを越えてふたり登りつめる高みのことを思うと、
こんな時でさえ幸福感に胸がいっぱいになる。それにひきかえ、あの無機質な性具が
もたらす感覚は、祐一の指や舌、そして祐一自身が与える体温のある責めとはまるで
違い、ただ冷たく虚しいだけだった。

(もう私のこと、大事に思ってくれてないのかな・・・?)

祐一に拓かれ、馴らされ、知り尽くされてしまっている綾子の身体だった。
急に自分の素肌が無防備にさらされているような恥ずかしさと寂寥感に襲われ、
綾子は両腕で自分を抱きしめた。

『どうせ男とヤろうとしてたんだろ?』

さっきの男の下卑た台詞が耳にのこる。あんな時間にあんな場所を、彼氏と
ケンカして飛び出して来たことが丸わかりの薄着で歩いているから、つけこまれ
たのだ。実際、その直前まで綾子は素裸で祐一に苛まれ、あまつさえ恥ずかしい
場所に恥ずかしい玩具を埋め込まれていたのだから。

さっきの異物が与えた、たやすく快感に変わってしまいそうな違和感が、
身体の奥に怪しくよみがえり、みじめな気持ちになる。

(ゆうちゃんを信じてる・・・信じたい・・・のに・・・。)

恋人とは言っても元々は他人同士、ふたりきりの密室で素肌をさらし、男性に
身をゆだねるということは、考えてみればとても危険なことなのだ。だからこそ、
二人の間には深い信頼と思いやりが必要なはずだった。

『綾子。本当にごめん。許して欲しい。』
『電話に出て下さい。そして謝らせて。お願いします。』
『今から謝りに行ったら・・・迷惑?』

さっきから鳴り続けている祐一からの電話に出られないでいたら、今度は次々と
メールが届き始めた。矢継ぎ早な謝罪のメールには、祐一の誠意と必死さが表れていた。

さっき変な男にからまれた時、助けに来てくれた祐一のことを思い出すと、
胸が高鳴ってしまう。綾子は今怒っているはずなのに、恋しくて気が狂いそうだった。

『今夜はもう寝ます。家には来ないで。』

恋しくてたまらない気持ちと不信感とに引き裂かれる思いの中で、とにかく頭を
冷やそうと、綾子はいささか冷淡ともとれる返信をした。

電源を切ろうとした瞬間、再び着信音が鳴った。手の中で明滅する祐一の名が、
綾子の心臓を跳びあがらせる。

『わかった。行かないからゆっくりやすんで。でも木曜のこと忘れないで。』

木曜のこと・・・それは、祐一の家の近所の神社で行われる酉の市のことだった。
そのお祭りには、毎年祐一の店が手焼きせんべいの出店を出す。祐一の父が病に倒れた
去年の大晦日、綾子は祐一に「今年の酉の市には店を手伝ってほしい。」と頼まれたのだ。

(酉の市・・・どうしよう・・・。)

よりによってこんな時に・・・。食事をしながら、当日の仕事の内容や服装についてなど、
ふたりで楽しく打ち合わせしたのがもう何年も昔のような気がした。






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