花とせんべい(いちせん夫婦ネタ)
番外編


「『うすずみ』・・・?うーん。聞いたことあるような・・・。」
「・・・小さい蔵元さんなんです・・・。」

春とは思えない冷え込みが続いたせいか、遅れに遅れた桜もようやく
開き始めたある日。綾子はある銘柄の酒を探して近所の酒店を訪れていた。

予定よりずいぶん遅くはなったが、今度の定休日にはちょうど見ごろに
なりそうだし、祐一と花見に行く約束を、綾子は心まちにしていた。

(お弁当つくって・・・それから・・・ちょっぴり、お酒・・・。)

綾子は、以前祐一が話していた酒のことを思い出していた。契約している新潟の
米農家の人にもらったもので、とてもおいしかったのだとか。

「なんか・・・近くにある桜の名木にちなんだ名前だったんだよね。本当に、
満開の桜の下で飲んだら似合いそうな味だったよ。」

名前も定かではないその酒を、桜にちなんだ名の酒と新潟というキーワード
だけで、綾子はネットでつきとめた。
『うすずみ』というその酒は、だが製造元のHPすら無く、取り寄せることは
出来そうになかった。ネットには、酒の好きな人がこの酒を絶賛するブログが
いくつか散見されるだけだった。

「ゆうちゃんに、飲ませてあげたいなあ・・・桜の下で。」

祐一とつきあい始めてからめぐって来たいく度かの春、二人で花見に行ったことは
もちろん何度もあるけれど、去年の花の時期は新婚旅行に行っていて、花見は
できなかった。祐一と結婚してから初めてのお花見・・・夫婦として見る桜は、
果たして今までとひと味違うものかどうか、楽しみだった。

ダメ元で、綾子は普段前を通るだけのこの店に、思い切って入ってみた。
いろいろな銘柄を書いた紙がガラス戸じゅうに貼られたこの店なら、あの酒の
ことがわかるかもしれないと思ったのだ。

だが、酒にくわしそうな店主の返事は、芳しいものではなかった。

「・・・新潟のお酒なんだよね?うちは関西方面のが多くてねえ。よっぽど有名
じゃないと、わかんないねえ。」

やっぱり、ダメだったか・・・綾子が礼を言って店を出ようとした時、入れ替わる
ようにひとりの初老の男性が狭い店に入って来た。

「あ・・・かがやさん。ちょうどいいとこへ。あんた『うすずみ』ってお酒、
知ってる?・・・新潟の。」
「・・・ああ、知ってるよ。なに、もしかして入荷したの?それなら是非ウチにも
まわしてくださいよ。」
「いやいや、そうじゃなくて。こちらのお客さんが探してるって言うんだけど、
あんたなら知ってるんじゃないかと思ってさ。」
「へえ・・・あなた、渋いのをごぞんじだね。」
「え・・・い、いえ・・・主人が・・・以前にもらっておいしかったと言うもんですから。」

お酒にくわしそうなその人に見つめられ、どぎまぎして答える綾子に、店主が
男性を紹介した。

「奥さん。この人はね、最近この近所に日本じゅうの珍しい酒を集めたバーを
開店してね。日本酒オタクだから、きっと知ってると思ったんだ。」
「・・・ご近所のひと?お酒が好きなら、ぜひ寄ってやってください。」

男は『銘酒かがや』と書かれたカードを綾子に手渡した。

「かがやって言っても、別に石川県に関係ないの。加賀谷って苗字なんです。
ここで生まれ育って、定年後に趣味と実家の建物を生かして、一杯飲み屋を
始めたってわけ。どうぞ、ごひいきに。」

下町の男性特有の、少し女性的な話し方に嫌味がなく、好感がもてる。綾子は
思い切って聞いてみた。

「・・・今、お店にこのお酒があるんでしょうか?」
「え・・・ああ、ありますよ。」
「あ、あの・・・!お店で飲むのと同じお代を払いますから、少し分けていただけ
ませんか?・・・どうしても、桜の下で飲んでみたいんです。」

男性はちょっとびっくりしたように綾子の顔を見た。

「あ・・・す、すみません。やっぱり・・・ダメですよね・・・。」

初対面の関係ない人に、図々しいことを言ってしまった・・・綾子は顔から火が出る
ような思いで謝った。

「ふうん・・・桜の下で・・・ねえ。わかりました。じゃあ、ちょっと着いてきて。」
「え・・・?」

加賀谷は綾子にかまわず、さっさと店を出て行った。綾子は店主に礼を言って
あわててその後を追った。何軒か先の町屋風の小さな家に吸い込まれていった
加賀谷の背をかろうじて目に留め、頭を下げて低いくぐり戸を潜った。

「4合でいいかい?・・・めったに手に入らないから、ちょっと惜しいけど、ウチで
飲んでくれたと思うことにするよ。」

古い家を上手にリフォームした店内には、綾子が見たこともないほどたくさんの
銘柄の日本酒のびんが立ち並び、やわらかい照明の中で輝いている。

「はい、どうぞ。・・・おまけしとくから、今度はぜひ、ウチで飲んでくださいよ。」

林立する酒びんに圧倒されている綾子に、加賀谷が『うすずみ』を満たした
4合びんを差し出した。

「は・・・はい。ありがとうございます!・・・きっと近いうちに寄らせて頂きます。」

酒びんを入れたエコバッグを大切に胸に抱いて、綾子は帰路に着いた。

「んじゃ、かんぱ〜い!」

数日後の夕暮れ時、祐一と綾子は、川沿いの公園のコンクリートの長堤にもたれ、
花見酒としゃれこんでいた。

「予定外の夜桜になっちゃったけど、これはこれで風情あるね・・・。」

本当は、明日の日中に花見をする予定だったのだけれど、明日はほぼ確実に雨と言う
天気予報に、急きょ夜桜見物に変更したのだ。

「昼酒はきついけど、川風に吹かれて飲むとグイグイいけちゃうなあ・・・。あれ?
この酒・・・。」

竹製のコップに注がれた酒を味わっていた祐一が、ふと考え込んだ。

「これ、飲んだことあるような・・・。どこで買ったの?・・・びんにラベルもないし。」
「おいしいでしょ?・・・手に入れるの苦労したんだから〜。」

綾子はちょっと得意げに、この酒を手に入れた経緯を語った。

「へえ・・・そんな店ができたんだ。」
「うん。すごく素敵なお店なの。ご主人も・・・『粋』って、ああいう人のこと
言うんじゃないかなあ。今度飲みに行こうよ。加賀谷さんにもそう約束しちゃったし。」

一気に話して、綾子はふと祐一の無表情に気づいた。

(ゆうちゃんの前で、他の男の人ほめたのは失敗だったかな・・・。)

結婚する前は、綾子の周囲の男性にかなり神経をとがらせていた祐一だったが、
最近はそんな様子もないので綾子はついつい注意を怠っていた。

「あのね・・・加賀谷さんって、私のお父さんより年上だよ?」

あわててフォローにかかる綾子に、祐一がプッと吹き出した。

「・・・俺が妬いてると思った?・・・自惚れてるなあ。」

からかわれたのだと知って、ホッとしながらも、綾子はちょっとくやしくなった。

「もぉ・・・せっかくゆうちゃんのために苦労してみつけて来たのに・・・真面目に話聞いて
くれないんなら、私が全部飲んじゃうんだから!」

綾子がふくれて抱え込んだ4合びんを、祐一が笑いながら押さえた。

「こら!綾子は弱いんだから、そんなに飲んじゃダメだよ。ほら、卵焼きア〜ン。」

祐一も少し酔っているのか、普段は家でもやらないことをする。

「・・・ん。おいひい・・・ゆうちゃんのだし巻き。」

綾子がだし巻き卵をほおばりながらぐい呑みの酒をくいっとあおる。

「あ・・・そうだ。これ持ってきたんだった。」

祐一がバッグからわれせんの袋を出した。

「あ・・・おせんべい?」
「うん・・・意外と酒に合うんだよ、これが。」
「わあ。何味にしようかな?」

さすがはせんべい屋の女房、綾子は薄暗い中でも自分の好きなゆず醤油味のわれせんを
一発でみつけ出し、ぽりんとかじって、また酒を飲んだ。

「ほんと、お酒に合うね〜。あ〜、お花もきれいだし、しあわせ・・・。」

まだ茜色をとどめている西の空と、紫色から次第に濃い群青色へと移り変わりつつ
ある東の空の真ん中に、見事に並んだ満開の桜・・・。

「ちょっと酔っちゃったみたい・・・。」

綾子は長堤の上にひらりと腰かけると、川風に顔をさらして涼んだ。地上の灯りを
映して揺れる水面からの光が、綾子の横顔を照らし出す。

(きれいだ・・・な・・・。)

「やだ、なに・・・?」

放心したようにみつめる祐一の視線に、綾子が艶なまなざしを返した。

「や・・・酔っ払ってそんなとこに飛び乗ると、川に落っこちるぞ。」
「だ・・・大丈夫だもん!」

綾子はそれでも少しこわくなったのか、足を伸ばして地面につけた。

「ほら、綾子。帰るぞ・・・歩ける?」
「らいじょぶ・・・。」

せんべいと酒の組み合わせが気に入って、普段より多くきこしめしてしまった綾子は、
長堤からゆらりと降りると、壁にもたれかかった。

「調子にのって飲むからだよ。しょうがないなあ・・・。」

祐一は弁当の容器や酒びんなどをまとめると、綾子に手を貸して歩き始めた。

「ん〜ん・・・ゆうひゃん・・・なんかふわふわするよ・・・。」

綾子は雲を踏むような足取りで、祐一が修正してやらなければ、あらぬ方向へ
行ってしまいそうだった。

(まさしく千鳥足ってやつだな。まったく・・・勤め帰りのサラリーマンかよ。)

花見どきとて、そんな人も珍しくはないのだけれど、ゆらゆらと歩く女性とそれを
必死で支える男性の組み合わせで、しかも長身のふたりはかなり目立った。

「綾子、がんばれ!・・・あと少しで我が家だ・・・・・・。」

人通りの少ない夜の商店街まで来たところから、祐一は綾子をほとんど肩にかつぐ
ようにして家までたどり着いた。

「は〜、着いた。着いたぞ〜!」

家に入ってからがまたひと苦労で、正体のない綾子をおぶって三階の寝室まで
運ぶのはかなり骨が折れた。

「しょうがないなあ・・・まったく。」

綾子を畳の上に寝かせ、押入れから布団を出して敷きながら、祐一はぼやいた。

「ほら・・・綾子!ちゃんと布団で寝ろよ。」

抱き起こしてパーカを脱がせてやると、下に着ているブラウスは肩紐だけの
ノースリーブで、むき出しの二の腕とデコルテにちょっと目を奪われる。

(ま、またエロい服着て・・・どういうつもりなんだ。)

祐一の中の雄が、ぴくりと反応する。

(酔っ払って寝てるとこ襲うわけにもいかないし・・・あーもーっ・・・フロはいろ!)

祐一はきざしかけた欲望を振り払うように綾子を寝かせると、掛け布団を着せて、
部屋を後にした。

(綾子・・・まだ寝てるかな?)

風呂からあがり、祐一は夫婦の寝室の引き戸をそっと開けた。

温かな春の宵、ひと一人が眠る部屋にはすこし温気がこもり、綾子の匂いが
たちこめている。

「あーあ、はだけちゃって・・・風邪ひくぞ。」
「ん〜・・・っ!」

暑いのか布団をはだけて眠っている綾子に、肌掛けだけを掛けてやったが、綾子は
うっとうしそうな声を出してまたそれをはねのけてしまった。

「あつい〜・・・。」
「暑いんなら脱げ!」

目を閉じたまま、綾子がジーンズのボタンに手を掛けるのを見て、祐一はちょっと
驚いた。普段、よほどセクシュアルなシチュエーションでなければ祐一の目の前で
服を脱いだりしない綾子なのだが、今夜はそれだけ酔っているのだろう。

うす闇の中で、真っ黒に見えるジーンズからむき出された真っ白い脚・・・綾子は
寝たまま臀をあげて足を抜き取った。

「ほんと・・・暑いな・・・。」

祐一はその脚に口づけしたい衝動をこらえて窓際まで歩き、窓を開けて新鮮な空気を
取り込んでやった。

「のど・・・カラカラ・・・おみず・・・。」

綾子の子供のような訴えに、祐一はやれやれと思いながら階下のキッチンに水を
取りに行った。

「・・・綾子、水・・・。なんだ、また寝ちゃったのか。」

綾子はまた肌掛けをはだけ、チュニックブラウス一枚で長い脚をさらして横たわって
いた。白地に黒い水玉模様で、バストの周りと肩紐と裾に黒いレースをあしらい、
胸の真ん中に黒いリボンのついたチュニックは、パーカを着ている時は別にどうという
こともなかったのに、こうして一枚だけで着ていると、まるで男を誘う娼婦の装いの
ように扇情的だった。

(なんつーエロい服・・・綾子ってなんかちょっとセンスずれてるんだよな。)

デキる女風の外見なのに、中身は乙女で可愛いものが好きな綾子は、祐一とのデート
など、ここぞと言う時にリボンやレースのついた服や下着を身に着けることが多い。
それは時に似合っていないこともあるのだけれど、そのアンバランスな組み合わせが
妙にそそるのだった。

(ま・・・そこがエロくていいんだけどさ。)

「綾子・・・ホラ、みず・・・。」

なんとしても綾子に起きてほしくなった祐一は、冷たいペットボトルを綾子のほおに
押し当てたが、綾子は顔をしかめるだけでいっこうに目を覚まさない。

「しょうがないな・・・。」

祐一はペットボトルの水を口にふくむと、綾子の頭の後ろに手を入れて少し起こし、
口うつしに水を飲ませた。

こくん、と音がして綾子が水を飲みくだした。・・・けれど、綾子は満足そうな
顔をしただけで、また寝入ってしまった。

「寝るなよ〜・・・!」

ここまで来て、祐一はもう引き返せないほど綾子が欲しくなっていた。幻想的な
夜桜の下で、川面にうつる灯に照らされていた綾子のうつくしい横顔がよみがえり、
祐一の胸を妖しくざわめかせる。

祐一は立って行ってさっき開け放った窓を閉めた。綾子の上にそっとかがみこみ、
少し透け感のある水玉模様のチュニックの裾をまくりあげる。ブラのホックを外して
やると、綾子が気持ちよさそうに大きな吐息をついた。

「ふうぅ・・・ん・・・んん・・・。」

あらわになった胸乳を大きな手で包み込み、円を描くように揉みはじめると、綾子は
目を閉じたまま、甘えるような鼻声を出した。

「んん・・・んぅ・・・ふぁ・・・ん。」

とがり始めた先端を口に含んで舐めころがすと、両腕を顔の高さに上げて枕をつかみ、
腰をくねらせる。明らかに感じている様子なのに、綾子はまだ目を覚まさない。

淫らによじれた腰からショーツを抜きとる。シャンパンイエローに黒い小花模様の
小さなそれは、汗で少し湿って、綾子の太腿でくるくると丸くなってしまい、祐一は
脱がせるのに苦労した。

(可愛いんだか、エロいんだか、わかんねえよ・・・!)

酔っ払って正体のない女の下着を一枚一枚脱がしている自分が、相手は妻とはいえ、
なんだか犯罪者のようで、祐一は自嘲的な気分になりつつも、後戻りはできない。

(目を覚まさせてやる・・・!)

両足首をつかみ上へと持ち上げる。Mの字型に開かされた脚の中心部は、とろりと
潤んで光っていた。

「ふぁ・・・?」

熱くとろけるそこに口づけると、綾子がぴくりと震えた。両腿を肩にかつぎあげる
ようにして秘部の全容をあらわにし、襞の谷間を舌がさまよい始める。

「ふっ・・・ぅうん・・・ぁ・・・ふ・・・。」

手で押さえている太腿に力が入り、空中に突き出された足がびくびくと震えた。

「・・・ゃっ・・・ぁ・・・あっ・・・んっ・・・。」

腕の中で暴れる綾子の両脚にかまわず、祐一は舌で花芽を吸いたてた。

「・・・ゃあ・・・んっ・・・んやぁあっ―――――!」

ぴんと突っ張った四肢から力が抜け、ぐったりとなった両脚を、祐一はゆっくりと
下ろしてやった。

「え・・・。やっ・・・あっ・・・やだ、ゆうちゃん・・・!」

夢うつつの中で絶頂をきざみ込まれ、朦朧とした綾子の瞳に、自分の下腹部から
顔を上げた祐一が映った。

「・・・ごめん。ガマンできなくてさ・・・。」

祐一に組み敷かれている身体をよじり、丸くなって祐一を避けようとしている綾子の
顔を唇で追い、頬に口づけながらささやいた。

「・・・ひどい・・・わたし・・・わからなくなってたのに・・・。」

意識のないまま、素裸に剥かれ、達かされてしまった・・・綾子は羞ずかしさで
混乱し、祐一を責めた。

「だって・・・あやが、あんまり可愛いから・・・。」
「そっ・・・!」

綾子が何か言いたげに開いた唇を奪う。綾子自身の蜜を残す舌に舌をとらわれ、
強く吸われると、先ほどの絶頂感がよみがえって綾子の身体をつらぬいた。

「――――っ!」

声も出せず身体を震わせる綾子の手に、祐一が張りつめた剛直を握らせた。

「今日の綾子・・・きれいだし・・・エロいし・・・。」
「あ・・・。」
「綾子のせいなんだからな・・・責任とってよ・・・。」

痺れるような絶頂感で無理やり目覚めさせられて混濁した頭がようやく覚めると、
綾子は、今手の中にあるこの充実に満たされたいと強く求めている自分に気づいた。

「キス・・・して・・・・・・ゆう、ちゃ・・・―――っ!」

大きな瞳に吸い込まれるように口づけながら、祐一は綾子のなかに押し入った。
あまりにも性急な挿入に、綾子が小さな悲鳴をあげる。

「・・・んぁっ・・・ぁっ・・・ゃ・・・ま・・・って・・・!」

綾子を隙間なくいっぱいに埋めつくした祐一の分身が、激しく主張し始める。

さっき、うつつないまま口淫をほどこされた羞ずかしい姿勢のまま、曲げられ、
大きく広げられた両脚の間に迎え入れられた祐一の腰が、うねるように上下した。

「・・・ぁっ・・・ゃっ・・・まっ・・・ゆ・・・ちゃ・・・。」

完全にペースについて行けず、きれぎれにあえぎながら祐一の激しい動きに
揺さぶられるばかりの綾子は、それでも足を立て、祐一に合わせようと腰を上げた。

「ぁあっ・・・っや・・・だっ・・・ぁああっ・・・!」

膝の裏を祐一の両手につかまれ、身体を折り畳まれるようにしてさらに深く抉られる。

「だめっ・・・だっ・・・ゅ・・・う、ちゃ・・・ぁああ――――っ!」

脚を拘束されたまま絶頂を刻み込まれ、綾子の宙に浮いた両足がびくびくと痙攣した。

・・・強くつかまれていた両脚がそっと下ろされる。綾子は次の瞬間、祐一の少し汗ばんだ
逞しい胸がゆっくりと覆いかぶさってくるのを待った。だが・・・。

「・・・ぁ・・・んっ!」

祐一のかたちにぴったりと密着していた肉の襞から、羞ずかしい音とともに剛直が
引き抜かれ、綾子は思わず声を上げて腰をふるわせた。

「・・・ゃ・・・んゃぁあっ・・・。」

身体をひっくり返され、腰を持ち上げられて背後からまたつらぬかれる。酔いと
快感が腕の力を奪い、上体を起こしていられなくなって、綾子は枕に突っ伏した。

「あや・・・このカッコ・・・無理?」

顔を枕に押しつけたままの綾子を心配し、祐一は背後からしっかりと綾子を抱き
かかえると、そのままゆっくりと後ろへ倒れた。

「・・・ゃ・・・ぁ・・・。」

後ろから貫かれながらも自分が上になるという変則的な体勢に、綾子があえいだ。
祐一は上体を起こして半開きの唇を舐め、舌を吸いながら、今度はゆっくりとした
テンポで責めはじめる。

「・・・ぁ・・・ゆ・・・ちゃ・・・ぁっ・・・あ・・・。」

綾子が伸ばした手に指をからめ、祐一がしっかりと握ってやる。

「・・・ぃ・・・くっ・・・ぃき・・・そ・・・ぁあ!」

快を訴えながら必死で祐一を振り返る綾子の可愛い舌を甘噛みしてやりながら、
上になった大腿をつかんで挿入をめ、下から激しく揺すぶりたてる。

「・・・達け・・・達けよ・・・!」

祐一に命じられるまでもなく、綾子は啼きながら激しく身体を痙攣させた。
その収縮のなかに、祐一も全てをそそぎ込んだ。

まだ時おりひくついている身体からゆっくりと引き抜くと、綾子がひときわ大きく
息をついた。大切に横たえてやってから、そっと抱きしめる。小さく開いた唇に唇を
重ねる。同じ恍惚を共にした後の口づけはことさらに甘く、やわらかだった。

「・・・綾子・・・大丈夫か?」

唇が離れたあとも、まぶたを開けない綾子のほおを祐一は小さくたたいた。

「・・・快すぎ、た・・・?」

だが、快感のあまり気を失ったのでもなく、綾子は早くもすうすうと寝息を立てて
眠っているのだった。

「なんだ・・・。」

事後、女は相手と触れ合いたがり、男はさっさと離れたがる・・・とはよく言われる
ことである。もちろん甘えたがりな綾子は、愛し合った後何度もキスしたり、
抱きしめられることをのぞむのが常だが、祐一もそんな綾子を甘やかしてやることが
嫌ではなかった。触れ合ううちに、エロティックな記憶を反芻し、相手を心底
満足させてやれたという達成感に浸るのも悪い気分ではないと思う。

「・・・明日、何にも覚えてなかったりしてな・・・。」

ちょっと拍子抜けして、祐一はつぶやいた。自分を拭くついでに、綾子もきれいに
してやって、ふとその紙を見たりしてみる。

「俺は何をやってんだ・・・。」

すやすやと眠る綾子をしっかりとタオルケットでくるんでやり、上掛け布団を
かけてから、眠る子供にするように額にキスした。

祐一にすべてを奪いつくされ、眠りにおちた綾子の無邪気な寝顔を見ていると、
この女を誰にも会わせず閉じ込めておきたいような、危ない独占欲にかられる。

「惚れてるから・・・さ。」

自分で自分の台詞に照れて、祐一も綾子の隣にもぐり込むと、目を閉じて眠りについた。

数日後。店番をしていた綾子がふと通りを見ると、見たことのある男性と
目があった。

「あ・・・。」
「おや・・・これは。」

それは『うすずみ』を分けてくれた加賀谷だった。綾子はカウンターの後ろから
走り出てきて、先日のお礼を言った。

「どうでした・・・もう飲まれましたか?」
「はい!・・・ちゃんと桜の下で・・・。すごく、おいしかったです。」

美味ゆえに飲み過ぎてしまって、その後のことは・・・とても他人には言えない。

「・・・おせんべい屋さん、なんですか。」
「はい・・・あ、これをおつまみにして飲んだんです。・・・すごく合うんですよ。」

綾子は自分のお気に入りのゆず醤油味のせんべいを手にとって加賀谷に示した。

「へえ、おいしそうだな。・・・いろんな味があるんですね。」

加賀谷は、綾子お手製の商品の説明書きに目を走らせた。

「あ・・・これなら、いろいろ味見できますよ。・・・どうぞお持ちください。
この間のお礼です。」

綾子はいろいろな味のわれせんの入った袋を手早く包み、遠慮する加賀谷に渡した。

次の定休日の前日。

「ねえ・・・今夜は外で食べない?」
「ん・・・いいよ。どこ行く?明日なら遠くへ行けるけど、今日は近場だぞ。」
「うん。近場も近場。この近所だよ。」

綾子に引っ張られて向かった先は、近所ではあるがあまり馴染みのない一角にある、
よく手入れされた古い町屋ふうの店だった。

「『銘酒かがや』・・・これって、もしかして・・・。」
「へへ・・・私が開拓したお店だよ。」

普段ふたりが行く店は、ほとんど地元っ子の祐一が知っている店なので、今日は
自分が先に知っている店に案内できて、綾子はちょっと得意げだった。

「いらっしゃい・・・おや、これはようこそ。」
「こんばんは。今日は主人を連れてきました。」
「どうぞどうぞ・・・あのおいしいおせんべいを焼いてる方ですね。」

白木が清潔なカウンターに案内され、冷酒とつきだしが置かれる。

「あ・・・。」

竹で編んだ小さな箕に乗っているのは、『ささき』で売っているわれせん・・・。

「おっしゃるとおり酒によく合うんで、かわきものに使ってみたら、評判が
良くってね。・・・今度から卸してもらえませんかね?」
「・・・ほんとですか?」

綾子は思わず祐一と顔を見合わせた。思わぬところで商談成立である。

加賀谷の妻という穏やかそうな女性がおいしそうな酒肴を運んでくれる。
自分が商売の役に立ったという嬉しさもあり、綾子は性懲りもなく杯をかさねた。

「おい・・・そのくらいにしとけよ。また歩けなくなるぞ。」
「だって・・・おいしいんだもん・・・お酒もお肴も。」
「・・・ふうん・・・でも、俺はもう嫌だからな・・・。」
「え・・・何が?」


「・・・前の晩のこと覚えてない奴とスるのは・・・。」
「え・・・ちょ・・・ゆうちゃん!」

綾子があわてて声をひそめて祐一をたしなめた。

「こ・・・こんな所でそんな話・・・。」
「じゃあ、酒はそのくらいにして、腹減ったからラーメン食いに行こ。」
「もお〜。せっかくいい雰囲気なのに・・・。」

カウンターの上の大きな花瓶に無造作に投げ入れられた桜の下で、ほろ酔い加減の
綾子が恨めしそうに祐一をにらんだ。

「おや・・・もうお帰りですか?」
「楽しかったです・・・また寄らせていただきますね。」
「・・・せんべいの件は、またお店にうかがった時に・・・。」
「はい。ありがとうございます。お待ちしてます。」

涼しい顔で加賀谷と挨拶を交わしている祐一の横で、綾子は顔が火照るのを
どうしようもなかった。

「もぉ・・・ゆうちゃんて意外と根に持つんだから。ちゃんと・・・覚えてるもん。」

店を出て歩き出してから、綾子が小声で言った。

「へえ・・・じゃあ、どんな順番だったか言ってみ?」
「じゅ・・・そんなこと、言えないよ!」
「ほら、やっぱり覚えてない。・・・やっぱり俺ってそれくらいのもん?」
「ち・・・違うって!」
「じゃあ、明日ちゃんと順番覚えてて報告しろよ?」
「え・・・。」

綾子が真っ赤になってうつむいた。祐一はラーメン屋の灯りを目指してさっさと
歩いていく。

「ま、待ってよ・・・ゆうちゃん。」

綾子があわてて後を追う。もうすっかり散ってしまった花びらが道路に散り敷き、
温かい風に舞っている、しあわせな夜だった。






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