ニケ×ククリ
![]() 体の感覚があんまりない。 指先は凍るように寒い。 秋の雨は寒いもんなんだな… 傘を持っていこうなんて、必死すぎて考えてなかった。 その家に近づくにつれ、そこが家ではないことがわかってきた。 ―宿屋か? やけに小規模だが、家の前に小さな看板が立ててある。 目の前まで来てはっきりわかった。 「宿屋か…少しくらいこの街のこともわかるだろ」 その時気が付いた。 玄関が少し、開いていることに。 (もう夜中なのに…無用心もいいとこだな) 木製のドアをあけると、中は暖かい。 はぁー…生き返る。 「ちょっと、入りますよー」 返事はない。 「…変な宿屋だな… ……ってうおっ!?」 そこにはおばあさんが机に伏せて寝ていた。 び、びっくりした… 「お、おーい、こんな所で寝ちゃあ… …つーか管理人がこんな所で寝てていいのかよ」 おばあさんは結構気持ちよさそうにすやすやと眠っている。 俺、明らかに侵入者だよな。 まぁ、いいか。…盗賊だしな。 に、しても街のことを聞こうと思っていたのに…これじゃあ無理だ。 仕方ない、少し休ませてもらうか。 近くの椅子に腰掛ける。 …しまった、体がびちゃびちゃだ。 いかん、椅子が汚れ…― ガタンッ! 「えっ!?」 奥の部屋からなにやら音がした。 「な、何の音だ…」 誰か泊まってる人がいるのか。 奥に進もうと廊下を覗き込んでみる。 手前に、少しドアが開いて光が漏れている部屋があった。 ここから聞こえたのか… 耳を澄ますと、何やら声が聞こえてくる。 1人…いや、2人か? 小さな声で喋りあっているようで、よく聞こえない。 うーん…もう誰でもいいや。 とにかくこの街の情報さえ聞き出せれば。 いきなりこんな奴が入ってきたらびっくりするだろうが… …まぁ、隣に泊まってたってことで。 何とかわかって貰えるだろう。 俺は意を決して半開きのドアを開けた。 キィ… 「あのー、すいません、隣の部屋に…――」 次の瞬間、俺が目にしたのは。 ―駄目。 やっぱり…駄目だよぉ…。 勇者様じゃなきゃ… 「ピンクボム…―」 レイドはククリの肩を強くつかんだまま、少しずつ顔を近づけて…― ―やだ、こんなのってない。 レイドとキスなんて…したくない。 だけど、あと少し、あと少しでレイドの… 「…―勇者…様ぁっ…!」 「!!」 ククリが勇者様の名前を呼んだ瞬間、レイドが手を離した。 「…勇者、勇者って…っ、一体あいつのどこがいいんだ!? あんな奴より…俺の方が…」 ぼうっとする。 レイドが部屋の中を歩き回っている。 大声上げて色々喋ってるみたいだけど、よくわからない。 頭の中は勇者様でいっぱいで… 「ゆ…うしゃ、様…」 ただ呼びたい。勇者様のこと。 勇者様はずっと、ククリの勇者様でいて欲しい。 やっぱり一緒に旅したい。 ずっと、ずぅっと…これからも… 「ククリは…勇者様が…好き、なの」 「目を覚ませ、ピンクボム!」 ガタンッ! レイドが椅子を蹴り上げた。 そして、またつかつかとククリに近づいてくる。 どうして、こんなことになってるんだろう… 何で、こんなところにレイドと2人でいるの? ふらふらする頭で一生懸命考える。 「ピンクボム、お前は気が付いてないだけだ。お前は勇者に憧れていて、 あいつが勇者勇者って周りから言われたことから、”勇者”様を好きになった」 「…そ…んなこと、ない…」 違う、ククリは… 「でもあいつは勇者なんかじゃない。俺達闇魔法に対しての敵なんだ…―」 「きゃっ…」 急に、強く押し倒される。 手首を強く握られて、痛い… 「や…だよぉ…」 「思い知らせてやる。俺の方が、余程良いってことをな」 ねぇ…勇者様。 レイドにこんなことされたら、ククリ勇者様のこと忘れられるかなぁ。 もし忘れられるんだったら…忘れた方がいい? もし、勇者様がそういうなら、ククリ… ああ、勇者様に…後で謝ろう。 ククリがした失敗たくさん。 ククリのせいでかけた迷惑たくさん。 勇者様にいっぱい助けてもらったことも。 …そして最後まで勇者様に迷惑たくさんかけてしまったこと。 謝ろう…― 『役立たずの魔法使いでごめんね。』 何故か、そんなことが脳裏によぎった。 …レイドが顔を近づけてくる。 (…さよなら、勇者様) ぎゅっと、目をつぶった。 キィ… 「あのー、すいません、隣の部屋に…――」 信じられない光景だった。 そこにいたのは俺が探し回っていた相手…ククリ。 そして… そして、レイドの姿。 二人とも、驚いて固まっている。 俺も… 目を向けたはいいが、逸らすことが出来ない。 「……―」 自分で顔が真っ青になっているのがわかる。 頭の中がこんがらがって、何も考えられない… 「ゆ…ぅ…しゃ、様ぁ」 ククリの息遣いが荒い。 ただ、信じられないような顔つきで俺を見つめている。 「…何しに来た?」 レイドが俺に尋ねる。 …何しにって。そりゃあ…― …何も答えられない。 ククリがパジャマでベッドに寝ていて。 レイドがその上に覆いかぶさっていて。 依然レイドはククリの手を強く握っている。 「フッ、どういう状況か、見たらわかるだろう。 お前の出る幕はない。さっさと帰るんだな」 「や…ぁ、待ってぇ…勇者様ぁっ…」 ククリはそういいながらも、ベッドから起きようとしない。 俺は、ようやく目の前に起きていることを理解出来たようだ。 1週間前のククリの夢の中にいたのはレイドだった。 これまで俺は何も認めたくなくて、ずっと目をそむけてきた。 …だけど、これで何もかもがハッキリとしたんだ。 帰ろう。 俺はここにいるべきじゃない。 パニックになりそうな頭で、何とかドアを閉めて外に出ようとした。 「待っ…てぇ…、お願い…」 ククリの声、俺もう聞けなくなるのかな。 そう思ったら少し、足を止めてしまった。 …そうだ。 「ククリ…」 俺は背を向けたまま、まだベッドに寝ているであろうククリに話しかけた。 「レイドのことは…好きになってもいい。 だけど…ギリの手下にだけは…なるな」 ククリはみんなの光でなければいけない。 ククリがグルグルをギリの為に使うようなことがあったら、この世界はお仕舞いだ。 こんな状況だってのに、何故かこれだけはいわなくちゃって…思った。 ククリがそばにいなくても。 ククリがレイドを…好きだとしても。 俺にとって、ククリは天使であって欲しいんだ…― 「じゃあな、ククリ」 そこに勇者様がいた。 頭はうまく働かないけど、 体はほとんど動かないけど、 勇者様だけはハッキリ目にうつっている。 「ゆ…ぅ…しゃ、様ぁ」 搾り出すように声を出した。 勇者様、あのね、これは…違うの。 これはね、ククリが望んだんじゃないよ。 レイドがね、急に入ってきて… そして、変な粉を振り掛けられたの。 だからククリ、体が動かないんだよ。 思うように喋ることもできない。 勇者様、わかって… 勇者様がククリのこと嫌いでも。 ククリは勇者様のことが好きだったの。 レイドじゃないよ。 勇者様が好きなの… 誤解だけはしないで、お願いだから… なのに、思うように言葉が出ない。出せない。 こんな状況でお別れなんて、寂しすぎるよぉ…― 「ククリ…」 勇者様はククリに背を向けたまま… 「レイドのことは…好きになってもいい。 だけど…ギリの手下にだけは…なるな」 違う!そうじゃない…! 「…………っ!」 悔しくて…涙が出てくる。 これから先、もう喋れなくなってもいい。 ククリ、言葉をなくしてもいいよ。 だから今一言だけ喋らせて。 『勇者様が好き』って…― 「じゃあな、ククリ」 バリッ… パリーンッ! 「レイド様!まだこんな所にいたでしかっ!!」 「げっ…チ、チクリ魔!…と、カヤ…」 レイドはとっさにククリの手を離した。 窓ガラスを破って入ってきたのはチクリ魔とカヤの姿。 突然の出来事に、ビックリする他ない。 「レイド様…一体どこへいったのかと探しておりました。 あまり勝手に行動されては困りますな…」 「いっ、いや、しかし…」 コワイ顔に威圧されてたじたじになるレイド。 ククリは、まだ…起きられない。 どうしよう、こんな状態でグルグル使えないのに…― もし攻撃なんてされたら…! 「さぁ、レイド様帰るでし!こんな所で道草食ってる場合じゃないでしよ!」 チクリ魔は少し慌てた様子でレイドをせかす。 「レイド様、例の計画はお忘れですかな?今は一旦引き下がる必要があるかと。 …一体いつまでそこにおられるおつもりで」 「〜〜〜っ……ああ、確かに…」 レイドがようやく、ククリの近くから離れた。 レイドはしぶしぶ、といった感じで窓から外へ出て行く。 「グルグル使いと勇者、あいにく今回は私達も忙しいんだ。 お前達の相手をしている暇がないのでね。 せいぜいそれまでに、腕を上げておくことだな」 「〜〜くっそぉ、ピンクボム!…覚えておけよっ」 小雨の降る中、レイド達はさっさと帰っていった。 窓ガラスの破片が所々に落ちていて、痛々しい。 「…………」 「…………」 この状況は…一体、何なの? ククリもわからない。 勇者様も…多分、よくわかってない。 急にチクリ魔とカヤがレイドを連れて行った。 …攻撃もなにも、せずに。 ククリは動けなかったのに。 例の計画って何なのかな…― だけど、その前に… 急に部屋の中が静かになって、俺は呆然とした。 何だったんだ、今のは。 ただ、破られた窓ガラスの向こうに小雨が… …いや、問題はそんなことじゃない。 とにかく、目の前に横たわっているククリ。 俺にとって、カヤやチクリ魔が出てきたことは問題ではなかった。 目の前にいるククリ… 「…………」 未だ状況を把握出来てないのかもしれない。 俺は一体、これからどう動いたらいいんだ。 ククリがレイドと一緒にいたから部屋を出ようと思ったんだ。 レイドが去っていった今、俺がここを出る理由は…無くなった。 だからといって、ここにいるのもどうなんだろう。 さっきはククリに会いたくて仕方なかった。 …だけど今は… 「勇者…様っ…」 「!…………」 声に反応してククリの方を向く。 ククリはとても苦しそうに俺を見つめていた。 ………… …そして、何かに違和感を感じていることに気づく。 涙を流しながら、俺を見て… だけど…おかしい。 「…ク…ククリ。起きられない、のか…?」 ククリはずっと仰向けになったまま、俺の方を向いている。 明らかに起きられないように、見える。 「勇者、様ぁっ…ククリ…」 ようやく、体を起こそうとするククリ。 しかしうまくいかないようで、俺の方へ寝転がることがやっとのようだ。 「はぁっ…はぁ…勇者様ぁ…来て…」 「………で、でも」 こんなときに…こんなことを考えるのはいけないかもしれないが。 やたらと…色っぽい。 ククリがすごくいやらしくみえる。 いつものククリと…違う。 「お…ねがい…。勇者…様っ」 とても苦しそうにしている。 「ク、ククリ…―」 その時、はっとした。 「も、もしかして、毒か!?」 もし毒なら、すぐに治療しなくちゃいけない。 さっきから苦しそうにしてたのは、もしかしたら毒のせいで…― 俺、ククリが苦しい時になんてばかなこと考えてんだろ。 …くそっ、本当に情けない。 「待ってろククリ、今薬探して来るからなっ!」 宿屋だったら、どっかに救急箱くらい… 「違うのっ…待って!」 精一杯大きな声出したつもり。 これ以上大きな声なんて、出ないくらいの。 でもかすれて、勇者様に届いたのかもよくわからない。 段々頭のふらふらするのが強くなってきてる気がする。 さっきまではそんなことなかったのに。 もっと、もっと…熱いの…― 「毒、なんか…じゃ…」 「えっ…」 勇者様はククリの方を見て立ち止まった。 「あ…の、毒じゃ、ないのっ……」 ―ううん、わかんない。 もしかしたら毒かもしれない。 ククリこのまま死んじゃうかもしれないけど。 でも… 「もう…どこも、行かない、で…勇者…様ぁ…」 ククリの気持ちがまだハッキリしていて、伝えられる間に。 勇者様に伝えたい。 ククリの…この気持ち。 「…ククリ、俺は…―。ククリは…その、さっきレイド、と…」 勇者様…どうしてそんな寂しそうな顔するの? レイドとは、何にもしてない。 どうしたらわかってもらえる? ククリは、ククリはね… ククリはレイドと、キス…したんだろうか。 ククリはこの宿屋のものであろう、ボロボロのパジャマを着てる。 だから、変なことはしてない、はず。 …むしろ、今から、だったのかもしれないけど。 でも… 「ククリ、はね…」 「え…?」 ギクッとする。 ククリの口から出る言葉がレイドのことだとしたら… ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |