番外編
----- プラトーの働きにより 大地裂ける時 鳥があらわれ 信じるものを 聖なる理想郷アナスタシアへと運ぶであろう ----- その日、プラトーの教会は、最高の盛り上がりをみせていた。 なにしろ伝説どおり、大地裂ける時、鳥があらわれたのだから・・・ 事の始まりは一週間ほど前、プラトー本殿の目の前で謎の大爆発がおこり 裂けた大地の煙の中から「鳥」と名乗る者があらわれたことで始まった。 彼はいかにも神の使いといった風な衣装をまとった超絶美青年であったので 誰もが彼をうたがう事すらなく伝説の鳥だと信じ込んでしまった。 ただ一人、プラトー教のルナーであるジュジュをのぞいて・・・ 自らを鳥と名乗る青年は、教会の神官たちにより最高の待遇で迎えられ、 毎日贅沢の限りをすごした。 そして青年は次の降神祭の日に信者たちをアナスタシアへ運ぶかわりに、 信者たちの持つ全ての財産を教会へ差し出すことを要求した。 信者たちは聖なる理想郷アナスタシアへ行けるのなら、現世に財産など持っていても 意味がないということで、皆が嬉々として財産を渡す準備に奔走した。 ただ青年には一人、邪魔な者がいた。 そう、降神祭で毎回神のお告げをもたらすルナー、ジュジュの存在である。 青年はジュジュのお告げで、自分がニセモノだとバレることを最も恐れていたのだ。 そこで青年は降神祭の3日前に、ひそかにジュジュの食事に病原菌をしこませ、 ジュジュを高熱で降神祭に出られないようにした。 そして降神祭の当日、信じる者をアナスタシアへ運ぶ、約束の日がやって来た。 ジュジュの体調は最悪で、高熱でうなされ、もはや神のお告げどころではなかった。 しかし、ジュジュはどうしても降神の儀式を敢行することにこだわった。 想像していた『鳥』とあまりにかけ離れた青年の出現にジュジュは疑念を持ち、 神の真のお告げがそれを打ち砕いてくれると信じていたからである。 プラトーの働きにより 大地裂ける時 鳥があらわれ、 信じるものを 聖なる理想郷アナスタシアへと運ぶであろう・・・ プラトー教の伝説の『鳥』が出てくるその一節が大好きだったから まだ7歳の幼い子供であるジュジュには荷が重過ぎるルナーの重責にも 耐えてこれたのだ。 その大好きな一節を、世俗にまみれた青年の行いに潰されるのが許せなかった。 ジュジュは毎日贅沢の限りをつくす青年が『鳥』でないことを確信していた。 だから苦しい病魔と闘いながらも迷うことなく、その言葉は少女の口から発せられた。 「お父様、私今日の降神祭のお告げに出席するわ」 もちろん父は大反対したが、一度言い出したらきかないジュジュの性格にまけて 半ばジュジュの気迫に押し切られる形で、降神の儀式の準備が開始された。 もちろん、それが大失態につながることをジュジュは予測できなかった。 「ただいまより降神の儀式をおこなう!」 神官長の言葉に、青年は青ざめた。 (何故だ?ルナーは今立つことすらままならない病状にあるはず) 青年の動揺を隠せないまなざしと、信者たちの熱い視線に見守られながら、 ジュジュはよろめきつつも二人の神官に体を支えられて壇上に姿をあらわした。 「彼女は今、その身に神を降ろすために半分眠った状態にあります。 決して音を立てないようお願いします」 その配慮が逆に事態を悪化させることになった。 静まり返った教会に、その異様な音が響き渡った時、人々は最初 何が起きたのか分からなかった。 しかし、壇上のジュジュの様子がおかしいのと、彼女の足元にできた水溜りが、 そこで何が起きたのかを明確に物語っていた。 ジュジュは高熱で紅潮した顔をさらに赤らめて、その場にガクガクとくずおれた。 どうしようもない放水音が、静まり返った会場に響き渡り、なまあたたかい水溜りが ジュジュを中心にその面積を広げていく。 なかば高熱にうなされていたジュジュは、そのせいで自分の下半身から訴えかけてくる 尿意に気づかなかったのだ。 明らかな動揺のざわめき声が教会内で起きるのを意識しながら、 ジュジュは顔を真っ赤にして恥辱に耐えるしかなかった。 (ダメ!今はこんな事をしている場合じゃないのに!・・・) ジュジュの意思に反し、神聖なルナーにあってはならない事態は進行し続けた。 顔を赤くして座り込み、全てを出し尽くした少女に、顔を険しくした神官長が 歩み寄りジュジュの頬をはった。 「なんということをしてくれたんだ! ・・・だからあれほど反対したのに! こんな事をされては、二度とお前をルナーとして人々の前に立たせられないぞ!」 怒りと絶望に震えた声で、幼いジュジュに容赦なく厳しい言葉を浴びせかける。 (そう、こんなことをしている場合じゃないのに!私ったら・・・) 「ハハ、とんだルナーがいたもんだ。ただの小便小娘ではないか! 早くこの娘を部屋へ戻して、おしめを取り替えてやったほうがいいぞ」 青年は内心ホッとしながら、ジュジュを見下すように言った。 「ニセモノの『鳥』のくせに!」 ジュジュがくやしまぎれに思わず口に出してしまったために、周囲の人々に 新たなざわめきがうまれた。 「おれがニセモノ? ニセモノはお前のほうじゃないか。 お漏らしをして座り込んでいるお前を見れば、どちらがニセモノかは明らかだろ」 青年は哀れみさえ浮かべた表情で勝ち誇ったように言った。 確かにこの状況では、どちらの言葉に説得力があるか、言うまでもなかった。 「最後でいい・・・」 ジュジュが尿溜りの中から、覚悟を決めた表情で立ち上がった。 「もうルナーをやめてもいい! だから・・・ ルナーをやめてもいいから、今日だけは、私に最後の神の言葉を伝えさせて!」 半ば強引にトランス状態に入りかけるジュジュは、瞳の色が急速に金色に変化し始めた。 「だれか早くこの娘をつまみ出せ!」 慌てた青年が、ジュジュの強引な神のお告げを阻止しようと神官たちに命じた。 しかしジュジュを捕まえようとした神官の手は空をつかんだ。 ジュジュが教会の巨大な十字架を背景に宙に浮かび上がったからだ。 「ジュジュ様の最後の『神のお告げ』、あたしは聞いてみたいわ」 「お、おれも聞いてみたいぞ」 人々の中からそんな言葉が出始めた。 ----- プラトーの働きにより 大地裂ける時 鳥があらわれ 信じるものを 聖なる理想郷アナスタシアへと運ぶであろう ----- 神が降りたジュジュが口にしたのは、プラトー教のお馴染みの一節であった。 「な、何を言い出すかと思えば、プラトーのお決まりのセリフじゃないか! 神はやはりこの私が『鳥』であることを証明してくれたのだ!」 青年は拍子抜けしたように、安心しきった声で言った。 しかし、その神の言葉には続きがあった。 ----- ただし、鳥は決して自らを鳥と名乗らない。偽りの鳥があらわれたとき、 信じる者は大きな犠牲を支払うことになるだろう ----- ジュジュの口から出たのは、青年の主張を真っ向から否定するものだったのだ。 「う、嘘だ!みんな騙されるな!この小便小娘は自分で嘘をついているだけだ!」 しかし教会の十字架を背に宙に浮かび上がり、神が降りた証の金色に変化した瞳を たたえた神々しいジュジュの姿を見れば、立場が逆転したのは明らかだった。 (エピローグ) ・・・そして少しの沈黙の後、青年は信者たちから袋叩きの目にあった。 これだけの説得力のある神のお告げを聞いたからには、人々は皆ジュジュを信じ、 ジュジュがルナーを続けることを、信者たちのほうからお願いすることになった。 後に分かったことだが、『鳥』を名乗った青年は、各地で人々を騙しては金品を 騙し取る、有名な詐欺師であったということだ。 こうしてシュギ村は神のお告げにより、詐欺師に騙されることを免れたのだった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |