2ヶ月後(非エロ)
東海林武×大前春子


その日、大前春子はいつもの通り「ようじ屋」で定食を食べていた。
一緒になることが多い小笠原は朝から浅野と外回り中で、
今日は会社でも顔を見ていない。
美雪の方は、里中に頼まれたPC業務に躍起になり、
自席でパンをかじっていた。

ふいに、向かいの席に誰かが座った。
小笠原が戻ってきたのかも知れない。春子はふと顔を上げた。

「・・・!」
「それ、うまそうだな。お兄さん、これとおんなじヤツちょうだい」

はいよ、と店員が返事しながらお茶を置いて去る。

「よう、とっくり」
「・・・何の用ですか、天パー主任」
「最後ぐらい一緒に食いたくてね」
「私は食べたくありませんが」
「我慢しろよ。どうせ今日で終わりなんだから」

東海林は春子の挑発には乗らず、穏やかだが有無を言わせない口調で返した。
春子は食事に集中することにした。

「・・・」
「・・・」

黙々と食べ続ける春子を、東海林が黙って見つめている。

「お待たせしました」
「有難う」

店員がさばみそ定食を運んでくると、東海林は箸を手に取って言った。

「同じ釜の飯、だな」
「・・・」

「・・・来月からはどうするんだ」
「あなたには関係ありません」
「世間話だろ。よそへ行くのか?
それともあれか、海外放浪とかってやつに出るのか?」
「・・・」
「話したくない、か・・・あんたらしいな」
「・・・」
「あんたとは色々あったけど・・・
この3ヶ月、一緒に働けて楽しかったよ」
「・・・」

春子は食事の手を止め、東海林の顔を見た。

「俺もバカだな。もっと早くここで同じ釜の飯、食えばよかった」

そう言うと東海林は、少し寂しそうに苦笑して食事を続けた。
春子は僅かにまばたいて、ほんのしばらくの間東海林を見つめると、
再び箸を運び出した。

「何を感傷的になってるんですか・・・」
「なって悪いか」
「食事中に迷惑です」
「だろうな。でも今日、6時になったら部長から花束だけ受け取って
さっさと帰るつもりなんだろ?」
「・・・」
「賢ちゃんたちだって、あんたを何とか盛大に送り出したいって
準備してるみたいだけど、あんたがそれを素直に受けるとも思えないからな」
「はい、その通りです」
「最悪の場合、夜に店まで訪ねて行ってもモヌケの殻ってこともありうるし」
「何にせよ迷惑です。――ご馳走様でした」

春子はワンコインを置いて席を立つ。慌てて東海林が後を追った。

商店街の雑踏の中。
東海林が春子の前に立ちはだかる。

「――やっぱり海外へ行くのか?」
「・・・はい、行きますよ。それが何か?」
「帰ってくるんだろ?」
「・・・帰らずにすんだら、どんなにいいか」
「帰ってきたら、もう一度会ってくれないか?」
「・・・」
「俺は・・・今日が来るのが怖かった。
あんたともっと一緒に仕事がしたかったから。
でも・・・どこかでこの日を待ってもいた」
「・・・」
「俺はあんたが好きだ。2ヶ月前よりもずっと」
「・・・」
「正社員とか派遣とか関係ない、ただの人間同士に戻って、
もう一度最初から・・・やり直せないか?」
「・・・」
「ずっと聞きたかったけど・・・あんたの契約が切れるまでは
何を聞いても無駄だと思って、言えなかった」
「・・・」
「・・・俺のこと、嫌いか?」
「・・・」

春子は宙を見据えたまま、微動だにしない。
東海林はしびれを切らして言葉を継いだ。

「あんたのこと、もっと知りたいんだ。
あんたってさ・・・根性ねじ曲がってて口が壮絶に悪くて感じ悪くて。
会社のことボロクソに言ってムカつかせるくせに、
困ったときは誰よりも頼りになって。
電信柱みたいなふりしてるくせに言ってることとやってることが
矛盾だらけですぐボロ出して・・・。
滅多に笑わないくせに、たまに笑うと恐ろしくチャーミングで。
あんたみたいな女、初めてだよ」
「・・・」
「何とか言ってくれよ。俺が嫌いか?」
「・・・」

長い沈黙の後、春子が口を開いた。

「嫌いです」
「・・・!」
「人のことさんざんな言い方しておいて、派遣を差別して。最低な男」
「・・・そうか・・・」
「・・・」

次の瞬間、春子は東海林のネクタイを引っ張るとその顔を近づけて――
短いが、深く口付けた。

「?!」

春子は唇を離してもなおネクタイを放さず、至近距離で続ける。

「・・・なのにどうしても憎めなくて・・・」
「・・・」
「嫌いになりたいのに、嫌いにさせてくれない・・・
こんなムカつく男は、こっちだって初めてです」
「とっくり・・・」
「――勤務中ですので失礼します、東海林主任」

呆然とする東海林を置いて、春子はスタスタと歩き出した。
東海林はようやく我に返り、その背中に叫んだ。

「おいとっくり!6時過ぎたら覚えてろよ!
バス停で首洗って待ってろ!」

――それはこっちの台詞よ。

と春子がつぶやいたことを、東海林はまだ知らない。






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