欲と情
東海林武×大前春子


「おい、おおまえはるこさん」

「・・・・・・何か」


また、このうるさい男が来た。

毎日、まいにち、マイニチ、
静かに集中して仕事をしている私を邪魔しに来る男。
何でこいつはケンカになるってわかっているのに
懲りもせずにやって来るのか。

うすうす理由は気づいてはいるけど、
・・・考えたくない・・・本当に気持ちが悪いっ!

大体、この男とやけに仲が良い主任のほうが
断然!美青年で好青年でイイに決まってる。
マネージャーの一ツ木さんだってやけに濃いが美形だし、
男ハケンの近だって子供な浅野だって・・・。

ママとは違って絶対に!
私は面食いだ。

「あー、・・・やっぱりなんでもねぇや」

絶対に何か悪態をついてくると思っていた春子は、
妙に静かに去った東海林の後ろ姿を不思議そうに眺めていた。
そんな変なことがあった午前。
そして、午後・・・。

定時の18時まであと5分という時刻に、
春子は東海林の姿が見える場所でコピーをしていた。
あしたの朝一で使う資料を揃えるために。


ガコン、ガコン、ガコン。

うるさい音に紛れながらあの男の耳障りな声が聞こえる。
後輩にいろいろとうるさく指導しているのか
春子より少し離れた場所で立ちながら話をしていた。


 ――思ったより背、高いんだな。


いつも無視するか顔の近くでケンカしてるからか、
背の高さも気づかなかった。


 ――思ったよりスーツが。


全然、全く、興味が無いから気づかなかったが、
結構スタイルが・・・細身な体形だからそう見えるのか?
スーツは男を三割増させると言うしな。
それにしても、あの黒岩って正社員はあの蝿をいつも気にしてるな。
義理チョコを貰ったって喜んで何も気づかない馬鹿な男の、
あんな男の何処がいいんだか・・・。


ガコン、ガコン、ガコン・・・ガコッ!!


不意に聞き慣れない大きな音。
ずっと動き続けていたモノがピタッと止まる。
営業課全ての視線も春子に止まった。


「私としたことが・・・」


ぼそっと呟く春子を見ながら必死に笑いを堪える東海林だが、
片方の耳には電話の受話器。

「あー、そうですか。じゃあ、18時半には修理来られるんですね?
わっかりましたーよろしくー・・・とっくり〜聞こえたか?」

春子がいる場所はまだコピー機の前。
東海林が保守会社に電話していた時刻は18時20分。
何故か春子と東海林以外は誰もいなかった。

「・・・何でくるくるパーマだけしかいないんだ・・・」
「おまえが会社の飲み会を断るからだろ」
「私が使っていたので私が残ってやります!はやく行け、天パ主任」
「行ける訳ないだろ!課の鍵は最後に正社員がっ!返すんだからなっ!!」

バトルが始まりそうな雰囲気の中、
悪態をつきながらもずるがしこい笑みが止まらない東海林。
それを本当にくやしそうに睨む春子だった。

窓から見える外の世界は暗く、
部屋の中も照明が数個ついてるだけの場所。

薄明かりの中で東海林は立ち上がり、
コピー機の前の春子に静かに近寄った。
東海林が近寄ると警戒して少し離れる春子。

そんな時にふと思い出した疑問。

「午前中の・・・」
「あ?」
「何か私に用があったんじゃないんですか?」

春子が東海林の目を見ずに、
何も無い空間を見つめながら問う。

「あー・・・」
「何か私に言いたいことがあるからわざわざ残ったんじゃないんですか?」
「午前中に言っても、おまえは仕事中だって言うだろうしな」
「仕事の話じゃないなら、話さなくてもいいです」
「やっぱりな」

クククと笑う東海林。
春子は何が可笑しいのか分からず困惑していたのだが、
突然聞こえた「修理しに来ましたー!」という騒がしい声で
空気が変わり心からホッとした。

修理が終わった後はもちろん、
仕事を済ませて真っ直ぐ家に帰る春子と
飲み会にむかった東海林。


それで今日は終わりのはず、だった。

「はるこー!!」

階段下からいつものママの声が聞こえる。
春子は踊り終わって寝る準備をしようと、
自分の部屋への階段をのぼっていた。

時刻は、23時。
いつもなら店に出てるはずで自分を呼ばないはずの声。
何だか声も少し高いような気がして春子は悪い予感がした。

「はるちゃーん、お客様よ」
「私にはこんな時間に来る客はいませんっ!!」

拒絶した声が階段に響く。


「イヤね〜はるちゃん。
あなたがお風呂入ってる間にお客様が来たから
部屋に通しておいたわよ♪」


言い終わらないうちに激しく駆け上がる階段の音。
ばんっ!と部屋の扉を激しく開けるとそこには、
よつんばいになってそーっと手を伸ばす東海林がいた。

「人の部屋、あさるなぁーー!!くるくるパーマーーっ!!」

「いやあ♪ついつい鉄の女の謎を知りたくてね〜」
「謎知るのに布団をめくるのかっ!キサマは!」

あからさまに不機嫌な春子と
妙に機嫌がいい東海林。

「・・・飲みに行ったんじゃなかったんですか」
「行ったよ」
「・・・何故ここにいる」
「さっき終わったから二次会にココに来てやった♪」
「じゃあ、店に行けっ!」
「店に行ったら満杯でさ〜ココで飲めって通された」

部屋が見れて嬉しいのか、
ニコニコしながら春子のベッドに腰掛けて話す東海林。
すぐ下の床に座っている春子が下から睨みつけていた。

そんな時に東海林が突然、
起こす行動・・・。

「・・・っ?!やめっ!!」

以前のように触れるモノではなく、
激しい雨のように真上から降り注ぐキス。

酒の香りと東海林の香りが鼻をくすぐり、
流されそうになった春子は腕で力いっぱい拒絶したが
いっこうに男の体は動かない。

抵抗は無意味とわかった春子は、
流されまいと心で必死で抵抗しながら
キスの終わりを待っていた。

そして東海林の唇が離れる。
春子はすぐに離れた部屋の隅に移動したが、
目は合わせたままだった。

ベッドから慌てて立ち上がった東海林。
そこから数メートル離れて睨みつける春子。

バス停でのキスの時とは明らかに違う
春子の態度だった。


「バス停でキスしてから俺、オマエに告白しただろ?
やっぱり順番が逆だったとずーっと思ってて・・・。
でも、今回こそはちゃんとしようと思って来たんだけど、
やっぱり本能が・・・ごめんなさい」
「・・・・・・」
「パジャマなのがソソラレテ・・・」

春子の目に本当に申し訳なさそうな東海林の顔が映る。
無視してバスに乗ったあの時もこの人は
こんな顔をしていたのかもしれないと頭をよぎる。

拒否されて寂しそうな東海林の目。
長身のカラダ。

その2つが春子の瞳に同時に映り込み、
少しだけ体温があがった。

 ――やばい、くらくらする。


お風呂に入ってのぼせたからなのか、
キスでお酒の香りを嗅いだせいなのかはわからないが
いま、春子はこの男に欲情していた。


 ――私は面食いなのに。


「ホントは言うこと言ってから『寄せ書き』をケンちゃん達と渡したかったんだけどな。
数日たっちゃったけど・・・でも、俺が言いたいから言っとく。」


 ――たぶん何処かでわかってるけど、見たくない現実。

 ――絶対に、ダメだ。感情を出すな。

 ――私に言うんじゃない。



「誕生日おめでとう、はるこさん」


言葉を聞いた瞬間、
春子の中の欲が顔をだした。

本能で動いていた。

春子はおもいっきり東海林の体に抱きついて
勢い良くベッドに倒れこむ。

「・・・っ!?」

同時に変な声を発した東海林だったが、
春子はかまわず無抵抗である男のネクタイとシャツを
カラダから次々とはずしてゆく。


「俺に対する同情?」

困惑した東海林が思わず口にした言葉に
春子の手がピタリと止まる。

「・・・同情でこんなことするか・・・」

こんなにも感情的な行動を起こしても、
感情を出すまいと必死な女の言葉だった。

「絶対に、絶対だなっ?!」
「・・・絶対に面食いのハズだったのに・・・」
「大丈夫、今でもオマエは面食いだっ!!」

ベッドの上で春子に押し倒されながら、
満面の笑みでガッツポーズを見せる半裸な東海林に
思わず春子が素直に笑う。

そして東海林も素直に言った。

「声だけじゃなく、笑顔も可愛いじゃん」

春子はベッドの上の東海林からいったん降り、
部屋の中の違う場所へと歩き出していく。

女の温もりが急に離れていった寂しさからか
東海林の目は春子をずっと目で追っている。
東海林からは春子が何をしているのかは
全くわからなかった。

さっきまでの楽しそうな笑顔。
もしかしたらやっぱり・・・という男の心配をよそに
無事に戻ってきた女は再び東海林の上に乗る。

ゆっくりと白い手が動いた。
東海林の柔らかな髪に手を差し入れて
春子がそっと唇にも差し入れる。

舌とは違う何か。


「・・・チョコ?」

予想もしない時間を過ごしている
二人に合ったビターな味。

「・・・おまえ、チョコくれないんじゃなかったっけか?」
「バレンタインチョコじゃないから」

そんな速攻な返事に「可愛くねぇなぁ・・・」と言いながら
東海林はニヤけてキスをした。


「これがバレンタインチョコじゃないなら、
ホワイトデーじゃない今ココで3倍返しだな」

「はーー、何年ぶりだろ」

間抜けな東海林の声が部屋に響く。
二人は狭いシングルベッドから顔だけ出して、
同じ部屋の天井を見つめていた。

「・・・そういうことを言うとモテないのがバレるぞ」
「おまえだって絶対モテてないだろ!濡れてたのに痛がってたし!」
「あーあーあー、聞こえない!」

お互い本能のまま抱き合い、
愛し愛され貪りあった時間は短く感じられたが、
気づけばもう1時すぎ。

金曜だったので泊まっていきたい顔をしている東海林と
絶対に帰れと言わんばかりに睨む春子だが、

「はーるーちゃーん!またまたお店にお客様がきたわよー!!
そっちに向かわせようか〜?」

という突然の声で
直ぐにいつもの時間に戻る。

「おいっ、トックリ!俺のシャツとネクタイ何処だよっ!!」
「知りませんっ!自分で探せっ!!」
「おまえがムリヤリ脱がせたんだろっ〜〜!」

私も『会社』が大切だった時があったから
仕事や会社を大切に思っているコトだけは正直、
不本意ながらもこの男に共感できた。

そして今までの長い派遣生活にだって、
この男と同じように私に怒る人や理解したいという人は
たくさんいたと思う。今だって・・・いる。


でも。

自分とは違う人間という目で見ず、
『自分と同じ人間』として接してくるのは
コノ男しかいなかった。


私の生き方を全否定して暴言を吐きながらも
私に接してくるたびにキツイ言葉を浴びせられても
何故か私を好きになった馬鹿な男。

「おいっ!!大前春子っ!!
ボーっとしてないで早く半裸な俺を隠さないと〜!!って、ヤバイっ!!
誰か階段のぼってきたぞっ!!」

こんな馬鹿に欲情した面食いな私も
色んな意味で同類だったのかもしれない・・・。


そんな馬鹿な私が笑って言う。

「いいんじゃない?そのままで」






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